【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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三河武士はメンヘラ

 流石に今年は……と思ってましたが、普通に昨年並みの豊作になりました。

 

 やっぱり米自体が去年行った精液漬けにした影響で進化したらしく、稲穂に実る量が半端なくなっている。

 

 正条植えも今年も村人達は率先してやってくれたおかげで収穫もスムーズに進み、大量の玄米が蔵に納められるのであった。

 

 正直俺の村だけでこれが済めばなんとも無かったが、下流全域で今年も豊作、それ以外の地域では不作だったので、つまりどういうことになるかと言うと……。

 

「食い物よこせー!」

 

 そうだね、隣の村の人達が襲いかかってくるね。

 

 信長様の統制が行き届いている尾張ではこんな事は起こらないが、中美濃は数年前まで斎藤家と織田家が争っていた係争地帯。

 

 故に不作であれば、豊作の地より食い物を奪うための小競り合いが普通に発生するのである。

 

 勿論この事は領主の責任であり、俺は温泉に入りに来ていた信長様に報告。

 

 襲いかかってくる連中も石を投げつけて、2、3人見せしめでぶっ倒せば逃げ出した程度なので被害は無かった。

 

 まぁでも領地の統治が出来ていなく、民を暴走させたとして隣の村を統治していた領主は信長様よりこっぴどく叱られたという事件も起こったが、収穫シーズンも無事に終了するのであった。

 

 

 

 

 

「又兵衛のところの米は一段と美味いな」

 

「喜んでもらえて何よりです。信長様!」

 

 握り飯を食べながら移動する信長様は、加茂村で作られた米を絶賛しながら、三河へと向かっていた。

 

 松平家康の三河統一を祝うための席に同盟者として出席するための移動である。

 

 忍び達から三河の情報を聞いていたが、三河は桶狭間の戦いの後に松平家康が独立し、織田家と同盟を結んだまでは良かったが、国を二分する一向一揆勢との激闘、周辺国衆を飲み込むための戦が続き、結構荒廃しているらしい。

 

 三河は綿が特産の地なので、早めに復興してもらい、美濃でも布の値段が下がるとありがたいのであるが……。

 

 木綿をうちの村でも育ててはいるが、米と育成期間が被るし、土地の栄養をごっそり吸収してしまうので、連作をすると、土地が痩せてしまう。

 

 なので、別の地域で育ててもらい、安く買えるようになれば最高なのだが……。

 

「信長様は松平家康様と幼い時から顔見知りと聞いておりますが……」

 

「ああ、そうだ。奴が元服する前に織田家に人質として来ることがあってな、利発そうなガキであったが、なかなか気に入ったものだ。今は狸の様な姿に成長してしまったがな」

 

「なるほど……」

 

 俺の記憶している松平家康こと徳川家康という人物は信長様、秀吉殿から天下統一というバトンを引き継ぎ、最終的に太平の世……徳川幕府を開いた人という印象が強い。

 

 中学時代に行った日光に祀られている人という知識くらいしか無いが……。

 

 確か年齢は数え年で24歳……信長様が尾張を完全統一したのが3年前の永禄6年(1563年)で、29歳の時。

 

 1国を統一する早さは徳川家康の方が早かったのである。

 

 同盟者が優秀なのは良いこと。

 

 松平家康様のお蔭で織田家は東を気にすることなく京の方を向いていられるのだから。

 

「又兵衛、くれぐれも松平の方々に無礼が無いように!」

 

「わかっております加藤殿」

 

 勿論この場には小姓頭である加藤殿も信長様の秘書の様な役割があるのでついてきていた。

 

 嫌味を言われるが、俺は気にすることなく受け流す。

 

 それを見ている加藤殿や小姓達が更に機嫌が悪くなる悪循環。

 

 信長様はそれを見て時折仲良くせいと注意を入れる程である。

 

 そんなこんなで三河の岡崎城に到着し、俺も家康様を見る機会に恵まれた。

 

 丸顔で小太り、そして福耳と呼ばれる耳たぶが長く垂れ下がっているのが特徴的な気の良さそうな兄ちゃん……という印象である。

 

「信長様、お久しゅうございます!」

 

「なに、竹千代(家康の幼名)と余の仲じゃないか!」

 

 信長様も上機嫌。

 

 そのまま信長様と家康様、それに側近の幾人かだけでの会合となり、俺は席を外すことになった。

 

「毛受又兵衛殿ではござらんか! 伊賀の皆がお世話になったかと」

 

 そう言ってきたのは服部半蔵こと服部正成殿……俺でも知ってる忍者のモデルになった人物であるが、本人は忍者ではなく武士であり、伊賀との繋がりも先代が伊賀出身だから引き継いだというなんともロマンの無い話である。

 

 ただ、忍び達と一緒に作戦行動を行うことは多かった様で、忍び達の現場指揮官ではあったようだ。

 

「毛受殿の武功は三河でも届いておりますぞ」

 

「又兵衛で結構ですよ。服部殿」

 

「私も半蔵で良いですよ……通り名ですし」

 

「では半蔵殿で……」

 

 まぁ半蔵殿は現在旗本という部署の一侍である。

 

 松平家康様はこの頃軍政改革を行い、軍を3つに分けていた。

 

 東三河衆、西三河衆、そして旗本衆……。

 

 旗本衆は織田家で言うところのは母衣衆と同じで家康様の親衛隊である。

 

 この様に軍を分ける必要があったのは住んでいる地域による団結力を高めて、密接な軍事行動が出来るようにというのもあるが、三河武士特有の面倒くささに起因する。

 

 半蔵殿は先祖代々三河に居た訳では無いので外様として三河武士達の面倒臭さを説明してくれた。

 

 一言で言うなら三河武士はメンヘラである。

 

 忠誠度は高いのであるが主君が解釈違いを起こすと暴れまわるのである。

 

 例えば松平家康の爺さんは三河にその人ありと名君であったのだが、家臣が織田と内通しているんじゃないかと疑念を抱き、戦場からその人物を外すと、これに父の忠義を疑うか! と怒った該当者の息子が家康様の爺さんを白昼堂々暗殺。

 

 他にも家康の父さんは今川に付くべきだけど織田に家康様を人質にされてる……でも今川に付くべき! と判断したら、家康様を見殺しにするのかと暗殺。

 

 ……正直これの何処が忠義に厚いか疑問がでてくる。

 

 そんな家康様もついこの前一向一揆との争いで、一向宗を保護しない家康様にはついていけないと多くの家臣が一向宗側に寝返ってしまうということが起こっていた。

 

 まぁ残った家臣達が宗教よりも家康様LOVEを貫いた結果内乱を勝つことが出来たが……愛が重い……それが三河武士なのである。

 

 まぁ三河武士は織田の兵の3倍強いとも言われ、尾張兵10人に対して三河兵3人、甲斐の兵1人が同等という兵の強さの物差しに使われることがあるくらい精強である。

 

「いや、甲斐の兵ってそれだと化け物過ぎません?」

 

「実際化け物だよ……多分日ノ本での兵の強さだけなら薩摩と甲斐の2強じゃないかな……」

 

 まぁ率いる将の質も甲斐の武田は凄いんだけどねと半蔵殿は笑っていたが……。

 

「松平様はよくそんな三河武士を制御できていますね……」

 

「だいぶ苦労しているけど、残った面々はやっぱり家康様の人徳に惹かれているんじゃないかな。あと勝負勘と言えば良いのかな……戦に対する嗅覚も尋常じゃない。三河武士の精強さと家康様の勘が上手く噛み合えば、大国に成り上がることも出来ると思うけどね」

 

「の、信長様も負けてはおりませんよ!」

 

「そりゃ分かるよ。というか三河では信長様を舐めている人物は1人も居ないさ。桶狭間で嫌と言うほど学んだし、美濃攻めの手際の良さも光る。何より地獄の内乱を勝ち抜いてきたんだ……尾張兵は弱兵なれど、それで勝ち抜ける信長様は本当凄い人だよ」

 

「ですよね! もし良ければもっと松平様のお話を聞きたいのですが!」

 

「良いですよ、私も信長様のお話を沢山聞かせてください」

 

 こうして俺は服部半蔵と仲良くなるのであった。

 

 あと三河武士はメンヘラであることを学んだ。

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