【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
滝川一益様の北伊勢攻略は年内に終わり、手柄を立てた者は俺の配下に昇進または、特別武功があった者は滝川一益様から北伊勢の一部に領土を貰い、武士身分に引き上げられる者も居た。
「領主様……いや、又兵衛様、オラ北伊勢で又兵衛様みたいに成り上がってみせるだ!」
「そうか……お前は体格も良いから俺の部下に欲しかったが……滝川一益様に認められたんだ。恐らく陪臣で始まると思うが、出世して城持ちになれることを願っているぞ」
「は、はい! オラ頑張るだ!」
こんなやり取りをして、とりあえず直臣に引き上げた者は銭と米を折半して給金を支払う方針にした。
まぁ部屋住みや穀潰しと呼ばれていた家の畑を継げない者達だったので、自分の働きで金が支払われるだけで大いに喜んだが、村に帰ると、雇った者達が住むための長屋(現代だと平屋のアパートみたいな住宅)を建てて、そこに住まわせた。
そして3食飯を食わせ、鍛錬や勉強に励み、武芸や政務のやり方を学んでもらった。
俺も身分が低いので、稲葉重通や島みたいな元から武将としての教養がある人物が加入してくる事は少なく、かと言って信長様に与力(派遣社員)が欲しいと言うには地位がまだ足りない。
だったら鍛えるしか無い。
ゆくゆくは俺の力を吸収して、立派な種付けおじさん……いや、武士になって欲しいものである。
まぁ大半が元から俺の稽古に来ていた様なやる気のある連中だったので、自衛隊の様に衣食住を提供してやれば、勝手に忠誠を誓ってくれる。
俺の部下になれれば毎日腹一杯に美味い飯が食えると分れば家臣達もやる気が出るだろう。
それに、この家臣の中からそれぞれの適性を見極めて、武将を目指す者、文官を目指す者、裏方として部隊を支える者、忍びの技術を学ぶ者と学ぶ内容も分けるのであった。
「よし、お前ら15人には料理を学んでもらうぞ」
「はい!」
年が明けた1568年……俺の家臣の数は150人に膨らみ、俺と嫁達が料理を用意するのにもだいぶ労力が必要になっていたので、料理番を発足させて、手先の器用で食材の目利きが出来たり、料理がある程度出来る者の15名を集め、俺の料理を学んでもらうことにした。
具体的には煮る、焼く、蒸す、揚げる、炒めるの料理の基本5つに肉料理、魚料理、卵料理、野菜料理等の各種調理方法……まぁ現代だと家庭科の授業で習う内容+α程度の内容からスタートする。
また俺は別に秘匿する訳でも無いので、村の娘達も嫁いだ時に旦那の心象を良く出来るから学びたいという声が多かったので、身分も男女も関係なく、料理講習への参加を認めた。
なんなら美味い飯が作れるようなら女性でも給金を出すと説明すると、女性達の目の色が変わる。
この時代女性が自由に使えるお金は限られており、特に村に住む女性は財産が一家共有なこともざらである。
なので自由に使えるお金が貰えるし、畑仕事よりも家族の役に立てるとなればやる気が上がるのも仕方がない。
ちなみに料理関係は俺が教えて慣れている嫁達が教師役を担ってもらう。
「じゃあ皆さん、まずは美味しい米の炊き方から学んでいきましょう」
農民達は雑穀米で食べることが多いが、豊作が続いたことで、加茂村の人々はここ最近は玄米の比率8割から9割のご飯を食べることが出来ていた。
ちなみに残りの2割から1割に入ってくるのが二毛作で作る麦であり、麦入り玄米飯という感じになっていた。
これでも良いが、家の家臣達はやる気を出させる為に白米の提供を始めていた。
玄米の方が栄養価は高いが美味くないと量は食えない。
量を食べてもらう工夫として白米の提供である。
ちなみにこの時代は白米が食べられるだけで涙を流して喜ぶほどであり、普通の農民は年に1度か2度……収穫祭の時と正月の時に食べられたら良いな程度のご馳走が白米である。
もちろん玄米ご飯の美味しい炊き方も一緒に教える。
「玄米の美味しい炊き方はまず冷水に三刻(6時間)以上ほど漬けて水を染み込ませる……寝る前漬けておくと朝炊く時にいい頃合いになってるはずだ。白米の場合は半刻(1時間)程度……もう少し短くても良いな。それくらい浸水させておく」
他にも米を炊く時に塩を少量入れると良いとか、古米の場合は酢を入れれば風味が、酒を少量入れるとツヤが出て見栄えが良くなると説明する。
土鍋で炊き上げること30分、泡が大量に出てくるので、煮立ったところで鍋を火から離して15分から20分ほど蒸らすと美味しいご飯が炊き上がる。
家で炊く場合、朝ご飯を炊いて、残りは飯櫃(ご飯を入れて乾燥を遅らせるおひつ)に入れ、それを夕食にて冷や飯として食べる。
毎回炊いていたら薪や炭の消費が激しいので、朝炊き、夜は残りご飯というのがこの時代は普通なのである。
まぁ食費と割り切っている俺は飯代はケチるつもりは無いので3食炊かせることになるが……。
村娘達や奥さん方にもあえて初歩的な米の炊き方を最初の授業にしたが、米を炊くだけでも美味しいやり方があるのだと感心していた。
そのまま味噌汁の作り方や、俺が鶏を飼うことを推奨したことで、卵を食べることが普及しつつあったので、卵料理をいくつか教えて、今日は解散となった。
奥さん方から、いつの日にどんな料理が教われるのか事前に分ればありがたいという話をされ、奈々が暦の正確な計算が出来るので、カレンダーを作って貰い、それを村の中央に掲示板を作り、貼り出すことにした。
字が読めなくても、何か書かれていれば、この日に教わることが出来るという目安になるし、村人達への連絡にこの掲示板形式は有効に活用されることになるのだった。
冬の間に猛練習をした成果は直ぐに現れ、料理番達は文字の読み書きや算術も最低限覚え、レシピを読むことができるようになると、調理の基礎を覚えた彼らは、俺が調理手順の書いた料理書を読ませることで、それを見ながら同じ様な味付けにすることができるようになっていた。
今は全部で30品目くらいしか彼らは自信を持って作れないが、時間の経過と共に料理書を読みながらメニューを増やしていけるだろうと確信することが出来た。
彼らが戦力になったことで、俺や嫁達の負担も大幅に軽減され、俺は他の鍛錬に顔を出す時間が増え、嫁達は子育ての時間をより多く取ることができるようになった。
他の者達も島や稲葉、菊八達の古参組や忍び衆にバッチリ鍛えられ、ようやく俺の家臣団と言えるくらいの練度になっていった。
で、家臣達を鍛錬だけさせているのも生産性が無いよなぁ……と思った俺は、武芸だけでなく、陣づくりと称して土木作業も彼らに覚えさせた。
最初は武士になってまで土いじりするのかと言われたが、俺が村に来て民意を得るために最初に井戸を掘ったよなと説明し、民意があったからお前達は俺を信頼して家臣になるように努力したし、お前達が将来兵を募る時に村人から信頼関係があれば最後まで勇敢に戦ってくれるはずだと説得。
しかも土木作業を教えながら、田んぼの検地のやり方、行軍する時に必要な道幅、即席の橋の作り方や有効な土塁の設置方法なんかも教えてやり、その中で土塁の設置の方法が季節外れの大雨で川が氾濫しそうになった時に大活躍して、他の村人達から賞賛されたことで彼らの土木作業の見方も大きく変わった。
結果上洛が始まる頃には黒鍬衆(土木作業ができる戦闘員)と名乗り、その名に誇りを持つ様になるのであった。
なお彼らが一番得意なのは俺の影響か、穴掘りがめちゃくちゃ早いのであった。