【書籍化決定】種付けおじさんIN戦国 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
夏が終わり、秋になると、うちの領地の田畑は稲穂の実りが凄いことになっており、水を抜いた田んぼから捕まえた巨大沢蟹達は捕獲されて皆で食ったり、町に売り出されることになった。
他の蟹に比べて肉厚で、卵もぷりぷりしており、味噌も美味しい。
食べられるために生まれてきた様な蟹に仕上がった巨大沢蟹は熱田や津島の町でも大好評で、他にも美濃の海の幸が手に入りにくい地域では、巨大沢蟹を食べることで海の幸代わりに美味しくいただけると好評だった。
中々の収入になり、しかも本命の米は大豊作間違いなしの状況。
領民達は笑いが止まらないだろう。
そんな収穫に向けて動き出していた頃、信長様も動き出していた。
比叡山延暦寺を再び包囲した信長様は、延暦寺と交渉を行ったものの、決裂し、開戦。
延暦寺側は多少抵抗して降伏するつもりだったが、信長様は延暦寺の権益全体の破壊、及び比叡山という軍事拠点になり得る場所を浅井、朝倉に渡らないように徹底的に破壊する意味も込めて焼き討ち及び根切りを実行。
比叡山延暦寺には僧達が自らの快楽のために呼んでいた娼婦だったり、衆道相手の美少年、僧達の家族達が大勢居たが、厳重な包囲及び、織田兵により殺害されていき、比叡山に籠るものを見逃そうとした織田兵は将達により死罪となると触れ回っていたので、本当の意味で根切りが実行された。
比叡山には4000人の僧兵と倍以上の非戦闘員がこもっていたが、その殆どが殺し尽され、高僧達も捕縛された。
そして本殿を含む軍事拠点になり得る施設を放火、焼き討ちし、30万石以上の権益を持っていた比叡山延暦寺の権威は失墜。
更に比叡山延暦寺と同じ宗派の僧兵達が織田家に反撃するために日吉大社に集結したが、織田軍の諜報網に引っかかり、先制攻撃をすることで、こちらも壊滅。
比叡山延暦寺の所領は信長様の配下に配られ、明智光秀様は門前町だった坂本に後々拠点を移し、坂本城を築城することになる。
これが比叡山焼き討ち事件であり、一応命令したのは足利義昭であったが、僧兵を皆殺しにした上で本殿も焼いた信長様の思いっきりの良さというか……残虐性というか……器と価値観が違うことを改めて理解し、織田家との関係が破綻。
以後足利義昭は弱体化した浅井、朝倉を立て直すために、加賀一向一揆との関係改善を行うように石山本願寺と協力体制を構築。
そして手紙を送っていた武田信玄に改めて上洛するように要求を行うようになる。
比叡山の焼き討ちを終えた信長様は岐阜城に帰還し、俺を呼びつけた。
「ずいぶんと大胆な事を致しましたね」
「なに、延暦寺は図に乗りすぎていたからな。余に対しても敵対を貫いていた。破戒僧に対して処罰を与えるは正しいとは思わぬか?」
「それもそうですね」
前に京で俺が調べた比叡山延暦寺の堕落ぷりを信長様も去年包囲をしていて感じていたのだろう。
そして今回攻め滅ぼしてみて、娼婦や売りをしている少年が多い事……。
「本殿の屋根裏が堕胎した胎児で埋め尽くされている噂は本当でしたか?」
「いや、それは無かった。流石にそこまでは堕落していなかった様で少し安心したぞ」
この話は実はキリスト教の方の話であり、仲良くなった南蛮商人の方が、キリスト教の悪い話の例として、堕落した神父が教会の屋根裏に堕胎した胎児を隠して、その骨が転がっているという噂があると話されていた。
堕落具合が似ていた比叡山でも起こってるんじゃないかと、信長様に報告したところ、今回本当に確認したらしい。
「まったく、仏教もそうだが、キリスト教もか……腐れば宗教たりとて害にしかならんな」
「宗教は薬みたいな物ですからね。用法と使い方さえ間違えなければ民を安らげる薬になりますが、権力を与えて太らせれば、腐臭によって周りを巻き込んで腐らせますので……敵対していますが、石山本願寺の方が私は好感が持てますよ」
「石山はなぁ……大きくなり過ぎた」
浄土真宗という民に向けた宗教であることや、寺の方針として救民を掲げ、比叡山延暦寺の様に銭を稼ぐのでは無く、民に還元する事をしていたので、広い範囲で浄土真宗本願寺派は門徒が沢山居た。
まぁその優しさのせいで、祀り上げられて、加賀の様にほぼ民が暴走して大名を殺し、一揆が国取りをしてしまった為に石山本願寺から派遣された坊さん達が統治しなければならないし、その坊さん達でも制御できない怪物が加賀の一向一揆である。
これとほぼ同じ事が三河でも前に起こって、徳川家の家臣を巻き込んだ壮絶な内乱が発生したりしている。
「長島の一向一揆は石山本願寺の統制下にある。石山とは和解の可能性はあるが、長島は尾張の安全上放置することはできん。徹底的に一向宗の影響力を削ぎ落とす」
「では来年は長島を攻略に」
「いや、その前に担がれることを拒否した将軍を排除する」
「足利義昭様を排除するのですか?」
「そのための工作に時を要する。ただその前に恐らく甲斐の信玄公が動くだろう」
「戦国最強の武田軍ですか」
武田信玄の強さは神がかっており、70戦近くの戦をして勝率が9割を超えていた。
敗北は3度のみであり、その敗北も砥石崩れ以外は大敗はしていない。
第四次川中島の戦いも大きな損害を被ったが、引き分けに持ち込み、神の域に達している軍神上杉謙信と唯一張り合える存在である。
上杉謙信が個による強さであるなら、武田信玄は軍による強さである。
信長様も武田信玄を高く評価……というか恐れており、婚姻関係を結んだり、多額の贈り物を贈ったりして友好関係を築いていたが、将軍が武田信玄に救援要請を送った事は信長様に露呈しており、関係が崩れるのも時間の問題であった。
「上洛してくる武田軍を食い止めなければならん。武田が上洛してくるとなれば、弱腰の朝倉、浅井も活気を取り戻しかねん」
「信長様の予想だと来年に武田が動くと」
「ああ、ただ進路が読めん」
信長様は地図を広げる。
武田が侵攻してくる可能性があるルートは3つ。
飛騨方面から美濃を通り、岐阜城を直撃するルート。
制圧した駿河から遠江、三河と順々に東海道を通ってくるルート。
奥三河経由で徳川の本拠地三河と織田家の中核の尾張を攻撃するルート。
これらが武田軍が考える侵攻ルートであり、美濃方面は大軍が展開しづらい山の多い地形で、侵攻してくることが分かれば周辺の城が時間稼ぎをしつつ、織田本軍が対応することが出来る。
しかし、後者の2択は徳川領内を通るので、場合によっては徳川家康が轢き潰される可能性があるのである。
信長様としては東国の守りに同盟国の徳川家が無くなると全方位敵という最悪な状態に陥り、対処が難しくなる。
それを避けるために徳川家は何としても武田軍の攻勢に耐えてもらわなければならなかった。
「武田軍が軍を分ける可能性は」
「それも考えられる。武田には方面軍を任せられる将が4人も存在する。武田四天王。聞いたことはあるだろう」
馬場信房、内藤昌豊、山県昌景、高坂昌信の4人の事であり、山県は赤備えでも有名、馬場は鬼馬場と呼ばれ、何十戦と戦をしているのに一切傷を負ったことの無い猛将である。
武田軍は立地の関係で多方面作戦を強いられる事があったが、優秀な家臣との団結(意味深)により無類の強さを発揮していたのである。
まぁ同盟関係を簡単に破る悪癖があるのも武田であるが……。
「馬には徳川救援の軍を恐らく任せる。兵数は万を超えるが指揮してみせよ」
「は、はい!」
いよいよ俺も武将として大軍を動かすことに来年はなりそうである。