秘密結社holoXの用心棒、風真いろはは同じくholoXのメンバーである博衣こよりに呼び出され、holoXのアジトへと向かう。
そこで待ち受けていたものとは――

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いろはの受難

 様々な器機や薬品が並べられているとある部屋。

 その一角で、白衣を着たピンクのケモミミ少女が液体の入った試験管を見てニヤリと笑っていた。

「いい感じいい感じ♪」

 モフモフの尻尾を左右に揺らす彼女は、一目で分かるほどに上機嫌である。

「あとは効果の確認をどうするか……あっ、そうだ!」

 しばらく考えた後、何かを思い付いた少女は携帯を手に取りメッセージを飛ばす。

「一体どんな風になるかなぁ……ふふっ、楽しみだなぁ♪」

 そうと決まったからには、と彼女は実験に備えて準備に取り掛かるのだった。

 

 × × ×

 

「こんにちは~でござる!」

 秘密結社holoXの用心棒、風真いろは。

 彼女は同じくholoXのメンバーである博衣こよりに呼び出され、holoXのアジトへとやってきた。

「……あれ? 誰もいない?」

 アジトの中を見渡してみても人の気配はない。呼び出した張本人の姿もない様子だ。

 ――ラボの方かな?

 不思議に思いながらも、いろははこよりを探すため彼女の研究室へと向かった。

 

「こよちゃん、いるでござるか~?」

 研究室の扉をノックしてしばらく待つと、中から「どうぞ~」と馴染みのある声が聞こえた。

「お邪魔します」

「いらっしゃい、いろはちゃん! タイミングばっちりだよ!」

 こよりは待ってましたと言わんばかりに出迎える。

 不思議そうに首をかしげるいろはに、彼女は椅子を出して座るように(うなが)す。

「はい、お茶もどうぞ」

「あ、ありがとうでござる」

 いろはは差し出されたコップを受け取って一口飲む。

「今日いろはちゃんを呼んだのは、こよの実験に付き合ってもらうためです!」

「え、普通に嫌でござるが……」

 拒否をされるのは想定内ではあったが、即答であったことにこよりは苦笑いを浮かべてしまう。

「まぁまぁ、今回はいろはちゃんにとっても悪い話じゃないから。……多分」

「怪しい……」

 いろはが警戒するのもこよりの日頃の行いから来るものである。その自覚がないわけではない。が、それはそれ。これはこれ。というのが研究者・博衣こよりという彼女の考えであった。

 ――それに、既に手は打ってあるんだよね~。

 ニヤリ、とこよりが不敵な笑みを浮かべようかというその瞬間、研究室の扉をノックする音が聞こえる。

「は~い。どうぞ~」

 新たに研究室に入ってきた影が二つ。その姿を見たいろはは、驚きのあまり()(とん)(きょう)な声を上げて固まってしまう。

「お邪魔しま~す! あれ、ござるさんもいる?」

「ホントだ、いろはもいるじゃん」

「どどど、どうしてAS_tarがここにッ!?」

 慌てふためくいろはの眼前にいたのは、ホロライブ0期生のAZKiと星街すいせいだった。

「いやぁ、お二人とも今日は来てくれてありがとうございます! ささ、こちらをどうぞ!」

 こよりはいろはにしたのと同じように、二人にコップに入った飲み物と椅子をそれぞれに差し出す。一方でいろはは推し達を前に動揺し、先程までこよりに対してあった警戒感が霧散(むさん)してしまった。

「ありがとう、こよちゃん」

「んじゃあ遠慮なく」

 二人が渡された飲み物を一口飲んだのを見たこよりは、今度こそニンマリと口角を上げる。

「あっ、こより、忘れ物をしてきたので取ってきちゃいますね! 少々お待ちください!」

 彼女のその言葉にまたも慌てるいろは。

「こ、こよちゃん!? ござるもついて行くでござるよっ!?」

「いやいや、すぐだから大丈夫だよー」

 そう口にしたこよりは、あっという間に研究室の奥にある扉へと入っていった。

「なんでぇ……」

 残されたいろはから弱々しく漏れた言葉に、AZKiとすいせいは苦笑いで応えるだけだった。

 

 こよりが奥へ消えてからしばらくして。

 ――こよちゃん、すぐだって言ってたのにちょっと遅くないでござるか……?

 中々戻って来ない彼女に、いろははソワソワとして落ち着かない様子を見せる。

「どうしたの、いろはちゃん?」

「え、えっと、こよちゃん遅くないかなって……」

「確かにそうだね。でも――」

 椅子を寄せていろはの隣に座るAZKi。

「今はAZKiのことを構って欲しいな」

 彼女はそう言いながら、そっと身体を密着させる。

「あああああずきちッ!?」

 突然の事態に顔を赤くするいろはだが、AZKiは気にすることなくいろはの腕に抱き付く。

「ふふっ、いろはちゃん可愛い♡」

「~~~~ッ!?」

 思わず彼女は声にならない声を上げる。

 ――お、おかしいでござる……! いくらあずきちでも、すいちゃんもいる状況でいきなりこんな事はしないはず……いや、ちょっとしそうだな……でもやっぱりなんかおかしい!

 流石にいろはも彼女の行動に違和感を覚える。その瞬間、もう一つの動く気配を感じ取った。

「いろは」

「へっ!?」

 すいせいに呼ばれて目を向けると、いつの間にか彼女がAZKiと同じように近くにいたことに大変驚いた。

 ――す、すいちゃんがこんな近くに!? 顔、()……あっ、いい匂い……ってやめろバカぁ!

「すいちゃんは~?」

「はぇ……?」

 至近距離の推しに見惚れていたいろはは、すいせいの振りに反応が遅れる。

「すいちゃんは~?」

「きょ、今日もかわいいー!」

 二度目でどうにか返答をすると、すいせいはとても嬉しそうに笑う。

 ――か、可愛いがすぎる……! え、なにこれ夢か? AS_tarに挟まれてるなん……て……AS_tarに挟まれてるッ!? ひょえぇ!?

「あわわ……!」

 いろはは改めて今の状況を認識し、どうすればいいのか分からなくなった。

「ふっふっふ……どう? いろはちゃん」

 研究室にこよりの声が響き渡る。しかし、いろはが周囲を見渡しても彼女の姿はない。

「こ、こよちゃん、どこでござるか!? ってかその口ぶりは何かしたやつだよねぇ!?」

「せいかーいっ! さっきいろはちゃんが飲んだお茶と、お二人に渡した飲み物には、こよりが作った『気になるあの子からの好感度を爆上がりにする薬♡』が入ってましたーっ!」

「なんてことしてんだーっ!?」

 抗議するいろはだが左右にいる二人で動けない。

「まぁまぁ。まだ試作品で効果時間もそんなに長くないから安心して?」

「今の状況で何一つ安心できる要素ないんだけど!?」

「でもいろはちゃんにとっても悪い話じゃないって言ったじゃん? どう?」

「かざまの心臓がもたないよぉ!!」

 いろはは普段からAZKiとすいせいの二人からドキドキさせられることが多い。

 それが左右から密着する二人に挟まれる状態が――長くないとはいえ――続くとなれば、とても耐えられるものではなかった。

「それじゃ、こよは別室でモニターしてるから。頑張ってね~」

「うそでしょ!? こよちゃん! こよちゃん!? おいこんこよぉ!!!!」

 叫んでもこよりからの応答はない。

「はぁ……はぁ……」

「いろはちゃん、大丈夫?」

「う、うん……」

「良かった~」

 ニコッと笑うAZKiに速くなる鼓動と熱くなる頬は、彼女が近いからなのか叫んだせいなのか、いろはには分からない。

「あの、あずきち……」

 ひとまず心を落ち着けるため、彼女は一度AZKiに離れてもらおうと思った。

「ん?」

 そんないろはの様子を不思議に感じたAZKiが首を(かし)げる。

 ――うっ、そんな可愛く見つめないでほしい……っ!

 それが天然なのか計算なのかはともかく、AZKiのあざとさにいろはは弱い。普段から彼女の仕草に振り回されてばかりだ。

 ――でも今は心を鬼にしてでも……!

「その……ちょっとだけ離れてもらってもいい、かな……?」

「え……」

 それだけでAZKiは絶望的な表情を見せる。

「AZKiのこと嫌い……かな……?」

「違うよっ!?」

「じゃあどうして……?」

「うぅ……」

 どうやら今回も無理なようだ。

「――あ、あずきちが近すぎると、かざまがドキドキしすぎちゃってダメなのっ!」

 いろはは顔を真っ赤にしながら白状する。するとAZKiは先程と打って変わって満面の笑みを浮かべては、彼女の腕に抱き付く力を強めた。

「ちょ!?」

「えへへ、いろはちゃんに嫌われてなくてよかった♪」

「くっ……!」

 ――反則すぎる……っ!

 いろはとしてはこれ以上は本当に心臓がもちそうにないのだが、現実は厳しいものである。

「ねぇ、いろは」

「は、はいっ!」

 名前を呼ばれて慌ててすいせいの方に目をやると、ムッとした表情で口を尖らせている彼女の姿があった。

「いろはは星詠みだよね? なら、すいちゃんにももっと構ってよ」

 二人のやり取りを見ていたすいせいが不貞腐れていると一目で見て取れる。

 ――すいちゃんが……かざまに……構って欲しい…………?

 いろはが星詠み――すいせいのファンであるのは周知の事実だ。

 そんな彼女が、ただでさえこの状況に落ち着けていないところに、普段は間近で見ることのない推しのこのような姿を見せられれば、頭の処理が追い付かなくなっていくのは当然だと言えるだろう。

「いろはちゃんはAZKiのだから、ダメだよ」

 ――はい??

 はて、今彼女(AZKi)は何を言ったのか。

「いやいや、いろはが好きなのは私だから」

 ――んん????

 気が付けば二人の間に、なにやら不穏な空気が流れ始めていた。

 心なしか、両者が腕に抱き付いている力も強くなったようにいろはは感じる。

「いくらすいちゃんでも譲れないんだから」

「こっちだって譲る気はないよ」

 睨み合う両者。

 薬の影響も多少あるとは言っても、二人がこのように争う姿をいろはは見たことはない。その争いの原因が自分である事実が、より彼女を苦しくさせた。

「か、かざまは二人に喧嘩して欲しくないよぉ……」

 弱々しく絞り出されたいろはの言葉に、AZKiとすいせいはハッとする。

「ごっ、ごめんねいろはちゃん!」

「ごめんいろはっ!」

 あたふたとする二人の表情はやはり絶望的なものであり、その様子は普段の彼女らからは全く想像出来ないものであった。

「……もう喧嘩はしないでござるか?」

「しないよっ!」

「いろはに嫌われたくないからね」

 先程のAZKiといい、薬によって好感度が高くなった副作用か『いろはに嫌われたくない』という気持ちも強くなっているようだ。

 ともあれ、これで一安心かと思ったのも束の間――

「――あっ、だったらさ、すいちゃん」

「ん?」

私達(AS_tar)で仲良く共有するってのはどうかな?」

「お、いいねそれ!」

 二人はまた更におかしな方向へと向かって暴走していく。

「なんでぇ!?」

「だってAZKi達はいろはちゃんのことが好きだし――」

「いろははすいちゃん達のことが好きだから――」

「「問題ないよね?」」

 有無を言わせない圧を――本人達に自覚はないが――放つ二人。

「そ、そうかな……」

 そしてこの異常とも言える状況と雰囲気に()てられ呑まれたのか、いろはも徐々に二人の言葉に流されつつあった。

「そうだよ。だから三人で幸せになろ?」

 まるで小悪魔のようにAZKiが耳元で囁く。

「三人で……」

 流されるままにいろはが頷くかと思われたその時、研究室の扉がこよりを呼ぶ声と共に叩かれた。

「こよりー! いるかー?」

 声の主はholoXの総帥、ラプラス・ダークネスであった。

 彼女の声と扉をノックする音で我に返ったいろはは、助けを求めるのは今しかないと声を上げる。

「ラっ、ラプラスー!」

「は? いろは?」

 突然聞こえてきた声に戸惑うラプラス。

「今すぐ助けて欲しいでござるーッ!」

「お、おぉ……?」

 彼女は何事かと思いながら研究室に足を踏み入れる。すると目の前にAS_tarの二人に挟まれて身動きが取れない用心棒(いろは)の姿があった。

「え、どういう状況?」

「こよちゃんの薬で二人がおかしくなっちゃったの!」

「すいちゃん達は別におかしくなってないよね?」

「うん。いろはちゃんのことずっと好きなのは変わらないし」

「くぅ……!」

「あぁ~……」

 ラプラスは彼女達のやり取りで納得してしまう。とは言え、事態の全てを飲み込んだわけではない。

「今回の薬はどんなやつなんだ?」

 言いながら、置かれたままのコップと飲み物に目をやる。

「……『気になるあの子からの好感度を爆上がりにする薬』」

「なんだそれ……」

「こっちが聞きたいよ!」

 声を荒げるいろはだが、変わらず左右の二人は引っ付いたままだ。

 ――……ふーん。

「……すいせいさんとAZKiさんが飲んだ方はこっちの二つだよな?」

 おもむろに片方のコップを持ち上げながらラプラスが問う。

「え、そうだけど……?」

 その問いかけを疑問に思ったいろはを前に、ラプラスは手にしたコップに残っていた液体を一気に飲み干した。

「は……?」

 不意を突かれ呆気(あっけ)に取られるいろは。

 そんな彼女をよそに、空になったコップをラプラスは放り投げる。

「――……いろは、好きだ」

「おまっ、何やってんだお前ーッ!?」

 助けてくれるかと思われた総帥の予想外過ぎる行動に、いろははただただそう叫ぶしかない。

「……へぇ」

「ラプちゃんもそうなんだね……」

 そのラプラスの姿を見ていたAS_tarの二人は、それぞれにライバルが増えたのだと認識する。

「こ……これ以上は本当に無理でござるーッ! 誰か助けてぇぇぇぇッ!」

 いろはの絶叫に応える者は残念ながら誰もいなかった。

 

 × × ×

 

 それからどれ程の時間が経ったか。

「――あれ? ござるさん?」

「――んぁ……すいちゃん何してたんだっけ……」

 薬の効果が切れた二人は、ようやく正気に戻った様子だった。

「え……んんっ! おい、いろは、大丈夫か?」

 遅れてラプラスも、密着していたいろはから素早く身を離しながらも心配する素振(そぶ)りを見せる。

「いやぁー、いろはちゃんお疲れ様!」

 そんな中でニコニコと満面の笑みを浮かべた元凶(こより)が、奥の部屋から姿を現した。

 当の被害者(いろは)だが、三人から絶え間なく好意をぶつけられ続けて限界を迎えた結果、見事なまでの放心状態となっていた。

「AZKi先輩とすいちゃんもありがとうございましたっ! ラプちゃんまで飲んだのはびっくりしたけど」

 こよりの一言にラプラスは目を逸らす。

 ――あれ? でもあの薬って今回は人間以外には効果が出ない方向で作ったような気が……?

「――ハッ! ……こよちゃん!?」

「あ、気が付いたね」

 放心状態だったいろはの意識が戻ったことで、こよりは思考を打ち切る。

「ねぇねぇ、推し二人に好き好き言われ続けた感想はどう?」

 ニマニマとしながら彼女はお得意の『ねぇどんな気持ち?』と迫る。

「どう? じゃないよ! ホントになんてもん作ってんだぁ!!」

「えー、いいじゃーん。これで好きな人と相思相愛だよ?」

 こよりは平然と言う。

「こういうのはダメで――」

 いろはが言葉を言い切る寸前、とてつもないプレッシャーと気配が研究室を支配する。

「ねぇ、こよ……すいちゃんの記憶に間違いがないなら、すいちゃんは今からこよとお話することがあるんだよね」

 声の主であるすいせいの手には、いつの間にやらバルディッシュが握られていた。

「やべ……効いてる間の記憶が残る薬になっちゃってる……」

 危機を察したこよりは後退(あとずさ)る。

 AZKiとすいせいの二人が正気に戻った際に記憶の混乱が見られたのは一時的なものであり、記憶が残っているのは完全に彼女の想定外であった。

「ひぇぇ……!」

 一歩、また一歩とすいせいが近付く。

「すいちゃん」

 呼び止めたのはAZKiだった。すいせいは足を止めて彼女に視線を向ける。

 それを見てこよりは助かったと思った。しかし――

「AZKiも手伝うよ。悪い子にはお仕置きしなきゃね」

 どうやらこよりは逃げられないようだ。

「そんなぁ!?」

「いろはちゃん、ちょっと借りるね」

「へっ!?」

 AZKiはそう言うと、いろはが返事をする間もなく彼女のチャキ丸を抜いていた。

「こよちゃん、AZKi言ったよね。またずのー取るぞって」

「そ、それとこれとは話が別って言いますか……」

 追い詰められたこよりの前に、獲物を携えた二つの影が並び立つ。

「わ、わがはいやることがあるんだった……」

 ラプラスは結果的に巻き込まれる形になったため一切悪くはないのだが、二人のプレッシャーに震えながら逃げるように研究室を後にした。

「それじゃ、すいちゃん達とお話……しよっか」

「ちゃんと峰打ちにするから、安心してね」

 それぞれが手にした獲物を構える。

「い、いやですぅぅぅぅ!」

 こよりの悲鳴は研究室の外にまで響き渡るが、やはり助けてくれる者は誰もいなかった。

 

「……自業自得でござる」

 合掌。

 


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