忌々しい吸血鬼の異変が終わり、一つ二つ、季節を過ごした。
その間には吸血鬼共を招いた宴会くらいしか目立つことはなかった。強いて言えばあの………紅魔館?とやらだけに雨が降る小さい異変のみ。
それは伊織が気づく前に私が館へ出向いたから、大した問題ではない。……レミリア・スカーレットにも、妹のフランドールにも釘は刺した。
次は気兼ねなく殺していいのだと。
そうして訪れた平穏な日々。
異変も起こらず、妖怪による被害も少ない日々。
これを作り上げた最大の功労者は、私の前にいる。
けれど、その伊織が人々に表立って感謝されることは少なく、増えていくのは傷ばかり。お伽噺や本の中の英雄とは、似ても似つかぬ姿。
私に少し似ている顔立ち、綺麗な黒い髪。しかしその顔にこそ大きな傷はないが服をめくれば痛々しい傷跡が出てくる。
刀傷、火傷の跡、その他にも裂傷や砕けたり、肉が裂けたであろう魔法や術を使おうとも消せないほどの大きな傷の跡。
それは伊織の功労を示す勲章であり、美しくも汚れた傷跡であり、私にとっての心の痛みでもある。
そして、つい最近にフランドールの………吸血鬼どものせいでその両手にまた傷が増えた。
本人は
「吸血鬼なんて最上位の妖怪の上澄みの力をまともに受けてこれで済むなら上々。花や鬼、月の民に紫、藍さんに神々じゃあこれで済まない。運がよかったかな」
なんてふざけたことを言っていた。
あの異変では確かに、奴らには得たものがあっただろう。けれど、私たちに………私と伊織に残ったものは、時間では癒えない傷跡。
これだから妖怪はーーー異変は嫌いなのだ。
そう思いながら、炬燵の対面に座る伊織を見る。
いつも伊織は穏やかにいる。何もない日はたいてい家事をこなし、暇なときは縁側か炬燵で座っている。
決して寝ているわけではなく、ただそこにいる。
まるですべてを悟っているかのようなその姿。
伊織に平穏が訪れる時間は今までの人生で、ほんのひとかけら程度になるだろう。だからこそ、私が平穏を作り続けなくてはいけない。
恩返しと贖罪のために。
そうして何も言葉を交わすことなく二人の時間を静かに過ごしていると。
どさ、と突然表から音がする。
そして間もなく、どたどたと音が近づき、勢い良く閉じていた障子が開けられる。
「おい霊夢!これは明らかな異変だろ?!解決しに行くぞ!」
「はぁ?」
異変が起きている、?
大きな違和感をここ最近感じたことはない。
人里に影響が出るような異変であれば伊織が気づかないわけもないし、紫が何も言わないはずはない。
「全く、鈍いにもほどがあるだろ。今何月だと思ってるんだ?」
「知らないわ。………雪が降ってるし、二月かしら」
「何言ってんだ、四月だ、しかも半分だぞ半分!もう四月も半分だっていうのに一向に冬が終わる気配がないんだぞ!どう考えてもおかしいだろ?!」
自然は人が決めるものではない。
私たちが気にするほどのことでもないし、春が遅れることもあるだろう。春告精も来ていないし、春の妖怪か何かが寝ているのか。
それか、冬が暴れているのか。
どちらにせよ、冬が終わったところで私たちに関係はない。
強いて言えば魔理沙が花見や宴会といって私たちを連れ出してここの神社を占領するようになることくらいか。
伊織と妖怪を会わせたくもないが、伊織が参加を望む以上、断れない。その花見が始まらないならこの冬が長引くことも悪いことではない。
「おはよう、魔理沙ちゃん。もしかしたら、外の世界で冬が忘れられたのかな?気候変動や化学の進歩でまた変なものが幻想郷に増えるらしいし、その一つかもよ?」
伊織も同じような考えのようだ。
なぜ外のことを知っているのかはいずれ紫を問い詰める。私が博麗を継いでから行う巫女の仕事に現世………外の世界は関わって来ていない。
伊織にやらせているなら、紫だろうとも容赦はしない。
「いや、季節を忘れるわけあるか?それに、最初に忘れられそうなのは秋だろ?」
「そうなのかねぇ………まぁ、ちょっとのんびりしていったら?寒いんじゃない、外。」
「ああ、寒いぜ。だからこそ、その元凶を見つけてぶっ飛ばすんだろ?この間はいいとこなしだったからなー、私が直々にやってやるぜ」
そう言って拳を突き上げる魔理沙を見て、ため息をつく。
放っておけばいいのに………気に掛ける伊織も伊織か。こういう優しさも魅力であるけれど、私にとっては邪魔になることばかりだ。
「魔理沙、いい加減うるさいわよ。……………其処まで害がある異変でもなければ、ただのたまたまって可能性もある。そんなことに首突っ込んでいられないわ」
「でも異変だったらどうするんだ?解決するのは博麗の仕事じゃないのか?」
「もっと簡単に言ってあげる、寒いのよ。そんな外に出たくないし、
そう言って目を伏せる。
「おいおい、甘いな。今回は異変だってわかってるんだよ、実はな。」
面倒くさいことが分かった。
今追い出せば、この先を聞かなくて、聞かせなくて済むのだろうか?
「聞いて驚くなよ?春告精が春だって言いまわってるのを見つけたんだ。とっちめて問い詰めたら、なんでか知らないけど春が来ているはずなのに一向に春が始まらない、だとさ。」
すでに春告精は魔理沙にやられていたらしい。
だからいなかったのだろう。
しかし、ね。
「妖精って馬鹿なんだからそういうこともあるんじゃない?アンタにやられておかしくなったとかも考えられるし、あの妖精は妖精の中でも特に戦うのが好きだしね。それと、本当に誰かが春を止めているか奪っているかしたとしても、目的がわからない。」
妖精は基本的に知性が低い。
その辺を漂うしか能のない蛍のような雑魚が自我を持ったところでその程度なのはしょうがない。
春告精もその仲間である以上、そういった間違いをすることもある。
「季節の力は確かに強大だし、人々に特に節目として意識されやすい春の季節はね。でも、そんなエネルギーどうするつもり、確実に持て余す。」
春は強い力を持つ。
それは、想像もつかないほど。
そんな力を扱う道もないだろう。
「それに、春も終わりは来る。それで夏が来ればどうせ暖かくなるし、桜も植物なんだから花ぐらい咲くわよ。あんたお目当ての花見はその時やればいいでしょ?」
どうせ魔理沙は花見やりたさだろう。
はた迷惑なことだが、今回は利用する。餌を吊るしてやればあきらめるだろう、と思ってのこと。
何とも言えない表情を浮かべる魔理沙。
そろそろ追い出そうか、と思ったところで魔理沙はさらに食い下がってくる。
「でも、春告精は妖精とは少し違うだろ?間違えるとは思えないぞ」
「俺が行こうかな、魔理沙ちゃんと一緒に。」
言葉を返そうとしたとき、横から聞こえてくる。
驚いて振り向く。
伊織が穏やかな笑みを浮かべて魔理沙を見ている。
その表情からは、純粋な善意しか感じ取れない。寺子屋の遠足についていく、大人のような表情。
「心強いぜ、伊織さんがいるならな!でも、親玉は私がやるからな?」などとのたまう魔理沙を小さいころ、私に向けてくれた優しい目で見つめる。
衝動的になる自分を押さえつけて、考えを進める。
伊織を妖怪が動きやすい日の遮られた状態の外には出したくない。
きっと、何かあれば伊織は自分を顧みない。
季節を操るような大きな力が少なからず確実にかかわるこの異変に行かせるなどもってのほか。
影響が小さかろうと危険は危険。
行かせるわけがない。
ならば、私が行けばよい。
「私が行く。」
そう言うと、魔理沙は少し驚いたような表情になり、こちらを見る。
その後すぐニマ、と笑顔になる。
「なんだよぉ~、結局のところお前も花見したいだけなんじゃないのかよ~?ま、いいぜ。私とお前の付き合いだ、それぐらいわかってたぜ!」
という魔理沙を無視し、炬燵から出て縁側に立つ。
後ろを振り向くと、伊織が炬燵を出ようとしているのが目に入る。
無意識にギリ、と奥歯をこすり合わせ怒りを露わにする。
なんで、思いが伝わらないのか。
私は伊織を守りたいのだ、傷ついてほしくない。なんでわかってくれない。
言葉にしない私が悪いのはわかっている。
しかし、怒りは止まらない。
「アンタはここでじっとしてなさい」
吐き捨てるように告げ、外へ向き直る。
魔理沙が肩をたたき、声をかけてくる。
「おいおい、それはひどいだろ。心配なのはわかるけどよ……?」
何もわかっていないくせに、よく言えたものだ。
確かに、私の態度は外から見ればひどいものなのだろうけれど、これで伊織を守れるのならこれでいい。
変になれ合う必要もないでしょう。
「アンタには関係ないでしょ。行くならさっさと行って、さっさと終わらせる。ほら、ぐずぐずしないで行くわよ」
へいへい、とあきれたようなしぐさをする魔理沙。
それを横目に言葉を続ける。
「どうせ心当たりはないんでしょう………片っ端から行くわよ」
「お、おう………そうだな、そう来なくっちゃな!悪かったな伊織さん、今回は休んでてくれ!私たちがビシッとすぐ解決してくるからよ、お花見の準備でもしててくれよ!」
「わかった。いってらっしゃい、気を付けて。」
「おう!じゃあ、行こうぜ」
そう返事をして、魔理沙は空へ飛び立つ。それを見てから、後ろを向いて伊織を一瞥する。
その瞳は、どこか寂しさを含んでいる。
「ごめんなさい。」
小さくつぶやいて、空へ飛び立ち、魔理沙を追いかける。
次に“行ってきます”と言えるのかは、わからない。
暗い、“世界の隙間”の中で。
二人の妖怪がいた。
「紫様」
「何、藍?」
九尾の妖怪が自らの主へ言葉を投げかける。
「此度の異変、止めなくてもよろしいのでしょうか」
「幽々子のわがままのこと?いいのよ、好きにさせておけば。」
「しかし………万が一にも失策すれば、幻想郷の問題では済みません。外の世界どころか冥界、地獄、天界すら揺るがすでしょう。紫様が介入する必要は少なからずあるのでは?」
普段、この九尾の妖怪が主に異議を立てることはおろか、反論することなど滅多にない。
だからこそ、気まぐれで残酷な主の興味を引いた。
「藍は心配性ね。伊織も出ている以上問題はないのでなくて?桜の封印の外殻は残っているし、幽々子もいるし、霊夢もいる。再封印なんてあの子にはたやすいことよ」
「しかし、伊織にはまだ……」
言葉を返そうとする従者を言わずとも言いたいことは分かる、と言外に示すように人差し指を口に当てる仕草で止め、言葉を放つ。
「貴方、伊織を小さく見すぎよ。あの子の師匠はあなたなんだからもっとちゃんと見てあげなさいな。もうあの子は子供じゃないし、あなたの知っている弱い人間でもない」
「伊織、あなたより強いのよ?」
従者が目を見開く。
「それは………本当、でしょうか?」
「本気で殺しあえば負けるのは貴方よ。そもそも藍はずっと勘違いしてるの」
「何を、でしょうか………。」
「確かに、巫女として私は霊夢をとても高く評価しているし、伊織よりも優れていると確信しているわ。けれど、戦闘の分野、術の分野、力の操作は伊織のほうがはるかに上。」
従者はまた、驚いた表情になる。
彼女は、先代の博麗が死んだとき、外へ二人の子供を拾いに行った。
その二人こそが博麗霊夢と博麗伊織であるが、彼女はその霊夢の才能を目の当たりにし、自らの主は霊夢を求めていると考えた。
それは間違っていない。
主が見つけた、博麗の巫女としての才能を持つ少女は、間違いなく名もなき少女だった。
しかし、その兄を連れてくることになったのはその主の指示。
自分なりに少女が育つまでのつなぎか、それとも精神を壊さないためかと解釈し、主の指示通りその少年を鍛えた。
その少年の成長は劇的で、驚異的だった。
(思わぬ拾い物だ)
そう思っていただけだった。
自分なりに大切にもしていたし、主に変わって管理者をする時期にも手伝ってくれるようになるほど成長したのも喜ばしいことだ。
しかし、まさか。
主の目当ては
「薄薄気づいているんじゃないかしら。霊夢と伊織が戦えば、勝つのは伊織。巫女としての才能ーーー霊力こそ恵まれなかったけれど、他は伊織がずば抜けているでしょう?」
「そう、でしたか………」
従者は顔を伏せる。
主は扇子で口元を隠しつつ、微笑んだ。
「あなたが伊織を気に掛けるのも十分理解できるけれど、過保護は毒にもなる。それは覚えておきなさいな。
「………はい。精進いたします」
「でも、あなたの言うことは正しくもある。伊織であろうと必ず成功するわけでもないし、あの子は
「さて、霊夢たちの様子でも見ましょう」
そう言うと、主は手を空にかざし、空間に裂け目を作りそこに景色を映し出す。
「霊夢にも、期待はしてるのよ」
ゆかりおばあちゃんは間違ってないんやで
兄上の戦う頻度は?(この先の異変でどれくらい戦うか)
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進み続けろ、曇らせタグに報いるために
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少なくして
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お前がやりたいようにしろ