隣の白葺さんはゴミ屋敷に住んでいる   作:金木桂

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不快な表現でしたらごめんなさい。


#1

 

 

 今日も部屋にゴキブリが出た。それも6匹も。

 

「流石に多すぎるだろ……」

 

 思わずぼやきながらも人類の敵を殲滅すべくゴキジェットを手に激戦を繰り広げ、安息の地を取り戻したのは接敵から一時間後のことだった。

 

 一息ついて手を洗いながらも頭の中はゴキブリで埋め尽くされている。

 今日だけじゃない。

 昨日も、一昨日も、というかここ一か月ずっとそんな感じだ。

 

 今年最初のファーストコンタクトは四月のことだった。

 その頃はまだ一匹迷い込んできてそれを退治していたくらいで、春だなあとか暢気に考えていた。

 それが5月には毎日現れるようになり、今月になると最早複数体でのエンカウントが基本になった。最悪だ。

 

 そんな話を友人にでもすれば「お前ちゃんと部屋掃除してんのか? 実家暮らしだから知らんけど、男部屋にも限度ってあると思うぜ?」とか諭されてしまったが、そこは反論させてほしい。俺は結構マメな性質で、掃除は週に2回は必ずやっている。それなのにゴキブリは出る。群列を組んでやってくる。勘弁してほしい。

 

 確かに条件的にはゴキブリが沸く条件がこのワンルームアパートには整っている。

 築30年弱の木造アパートで、隣には夜遅くまでやっている中華料理店がある。季節的にも今は6月中旬の夏手前といったところで、昆虫共が元気良さげに蠢くには十分な温度と湿度が関東平野を覆っている。

 

 だがしかし。

 流石に出過ぎだろう。

 色々と物をひっくり返して奴らが潜みそうな場所を確認しても巣とかは確認できなかったし、そもそも俺はこの一か月の間に我慢できずバルサンを一度炊いている。なのにこの有様。最悪という言葉以外見当たらない。もしもドラゴンボールを七つ集められたら地球上からゴキブリを絶滅させてやりたいくらいだ。

 

 俺は全ての処理を終えて、到底部屋で何かを食べる気にもなれず、今日も隣にある中華料理店に足を運ぶことにした。

 

 中華料理店『春蘭』はこの辺りじゃ名前の知れた昔からある店だ。

 外装こそ駅前に一つはある赤と金、それから竜を基調とした看板で、しかし店内は夕飯時となればそこそこ賑わっている。

 飯も美味い。特に天津飯と餃子が抜きん出ている。

 客入りが良いのも納得な良店には違いない。

 ただこういう飲食店が近くにあると、やっぱり害虫が我が家に出没する確率が高まってしまうのだけ難点である。

 

 俺は今日も天津飯定食を食べて、15分ほどで店外へと出る。

 空腹が満たされても尚、頭の中は室外から侵入を試みる害虫のことで頭が一杯だった。

 

 そのままドラッグストアへ行って追加で毒餌でも買うか? 或いは撃退じゃなく、奴らが嫌う臭いを発する侵入防止スプレーとかを新しく探すのもアリかもしれないな。もう3種類くらいは持ってるが今のところ全く効果を発揮していないのが懸念事項だが……。

 

 悩んだ末に買いに行くのは止めておいた。そもそも市販品でどうにかなるようだったらこんなにも悩んでいない。大体、簡単に出来る対策は既に試し尽くしているのだ。

 

 家賃が魅力で住み始めたのだがそろそろ引っ越しすべきかもな。でも市役所に転居届出すのも会社に転居申請出して定期代精算の最寄り駅を変更するのも面倒だ。

 出来れば解決させる方向で動きたい。

 

 頭を悩ませながらアパートの外階段を上っていると、俺の隣の部屋の住人がドアを開けたまま自分の部屋の玄関前で立ち尽くしているのが目に入ってきた。

 

 一応知っている。

 確か名字は白葺(しらぶき)さん。

 今年の四月に入居してきた女性で、ここから程近くにある山手大学の一年生だ。四月に引っ越しの挨拶をされたときに本人がそう名乗っていた。

 実際、俺の同年代の女性より気持ち若く見える。関係無いが容姿も良い。なんというか、綺麗系というよりはおっとりとしていて可愛い系だ。眉に掛かった黒髪をぱっつんと平行に揃えているのがまた幼い雰囲気を醸し出してる。

 

 年齢は現役なら18歳か……一方で俺は社会人2年目の23歳。気付けば大学の新入生とは5歳も離れる程度に俺は歳を取ったのか。なんだかしんみりと来る。社会人になってから時間の流れが速すぎて浦島太郎状態だ。

 

 当然のことを話すが、俺は白葺さんとはほぼ接点がない。ただ部屋が隣ってだけだ。

 思えばこうやって会うのは引っ越しの挨拶ぶりかもしれない。出社する時も、帰宅するときも、休日どこかへ行く時も、ゴミ出しの時でさえも三カ月弱隣の住人として暮らしてきて全くすれ違ったことはなかった。きっと生活リズムが相当違うのだろう。

 

 そんな風に考えている間にも白葺さんは部屋の前で立ち往生を続けている。

 ……なんか困っているみたいだな。

 

「あの、どうかされました?」

 

 思わず声を掛けると背筋をぴくりと振るわせて白葺さんはこちらを見た。

 白葺さんはまるで指名手配中の逃走犯みたいに顔を強張らせて、不格好な笑みを浮かべた。

 

「えっと……何でも無いですよ! そう、何にも!」

「は、はあ……」

 

 何でもないなら別に良いか。

 ここで深入りしてセクハラだの何だのと強制わいせつ罪で刑事告訴されて、会社からの信頼を毀損して懲戒解雇なんてなろうものなら目も当てられない。最近は倒れている女性を助けた男が、女性の親から被害届を出されたなんて話もあった。結局助けられた女性が親を説得して男は無罪にはなったものの、この話から学ぶことのできる教訓は無暗矢鱈と知らない女性に関わらない。この一点に尽きる。例え無罪になろうとも被害届を出された時点で社会的信用は一時的に吹き飛んでしまうのだ。少なくとも無罪が証明されるまでの期間中、勤め先企業からの目は大幅に変わる。

 そのリスクを抱えながら女性を助ける───俺にはそんな正義心は無い。

 

 俺は見て見ぬふりをして自分の部屋に入ろうと、家の鍵を取り出そうとしたその時だった。

 

 奴が……ゴキブリが。

 隣の部屋───白葺さんの部屋から出てきたのが見えた。

 

「あの、失礼を承知でつかぬことをお聞きしても?」

「な、なんでしょうか?」

「その……部屋って掃除とかされていますか?」

 

 鍵を取り出そうとした動きのまま、俺は白葺さんの玄関から出てきたゴキブリを目で捉えつつ、そんなことを聞いた。

 なんとなく嫌な確信があった。

 パズルのピースが組み合わさったような、そんな感覚だ。

 

「そうですね……たまに! 気が向いたら掃除するようにはしています」

「本当に?」

「ほ、本当ですよ……?」

 

 白葺さんは俺の視線が何処に向いているか気付いたように足元を確認すると、語気が完璧に落ちた。千賀のお化けフォークくらい落ちた。

 これは……本当にそうなのかもしれない。

 

「ちょっと外観だけ、部屋の外からで構わないので、部屋の中を見せて貰ってもいいですか?」

「そ、それは……あの……」

「本当に一瞬だけで良いです。と言うのもここのところ俺の部屋に、勝手に隙間から入ってくる不届きな命がいましてね、丁度いま白葺さんの部屋から出てきたような輩なんですが」

 

 白葺さんは狼狽えながらゴキブリを見た。

 恐らく……いや、もうここまでくれば間違いなく。

 最近のゴキブリ出没フィーバーは白葺さんの仕業だろう。

 

 白葺さんは観念したように小さく「はい……」と頷く。

 俺はそれを見て、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 それは年下の可愛い異性を相手した時に生じる特有の甘い衝動を覚えたから───なんて童貞臭い理由じゃない。

 全身を強張らせる緊張感の正体、それは化け物をこれから目にするだろうという予感が起因している。

 

 思えば色々と合致するのだ。

 白葺さんが引っ越してきた時期とゴキブリが異常に出てくるようになったタイミングは一致している。

 ゴミ出しをしている姿を見たことも無いのも。

 そもそも白葺さんとすれ違ったことがないことすら。

 

 近頃の彼女についての情報を総合すると点と点が結びつけられ、ある一点へ収斂する。

 

 ゆっくりと俺は白葺さんの部屋へと近づく。距離にして僅か5m程度。

 すぐに彼女の部屋の玄関は目に見えて───絶句。

 そう、絶句した。

 

 ゴミ屋敷だ。

 玄関に積まれていたのはぐしゃりと適当に体重を掛けて潰されただけの段ボールや、種々様々な外箱。所狭しと積み上げられた隙間には飲み切ったペットボトルや汚れた衣類、冷凍食品の空容器みたいものが地層の如く積層構造となっていて。ゴミの山は約2m弱はあるんじゃないだろうか。ゴミの山が邪魔をして中を見通すことは出来ないが、恐らく中もそこそこヤバいのだろう。

 

 正直言葉が出てこない。

 何というか……マジか。衝撃的過ぎる。

 隣の可愛い女子大生が恐るべき汚部屋の住人だったというのがちょっと受け入れられない。

 ある程度散らかっているだろうことは予想していたが、これは酷い。酷すぎる。

 たった3カ月でよくもまあ作り上げたなこんなゴミ収集場を。

 

「何故……ここまで?」

「その……掃除が苦手なんです」

 

 愕然としながら呟くと、白葺さんは恥じらうように顔を俯かせた。

 恥じらうくらいなら掃除してほしい。

 

「とりあえず、これ、片付けて欲しいんですが……」

「ええと……?」

「多分、これのせいで俺の部屋にゴキブリが湧いていると思うんです」

「……っ!? すみませんすみません! 直ぐに片付けます!」

 

 理解出来ていないようだったので説明してやれば、白葺さんは目を白黒させながら頭をぶんぶんと上下に揺さぶった。

 それからまたゴミの山を見てフリーズする。

 まさかとは思うが。

 

「もしかして……部屋に入れなくなって立ち尽くしていたんですか?」

 

 その言葉に白葺さんは間を置いてコクリと頷く。

 確かに白葺さんは成人手前の女性にしては結構小柄だ。身長は150㎝くらいだろう。

 少なくとも俺の背丈を超している眼前のMt.ゴミの標高よりも大分小さい。

 

 あまりにもあんまりな光景に「じゃあ俺はこれで」とおさらばしたい気持ちが激しく湧いたが、残念なことにこれは他人事ではない。

 このゴミ山は確実に黒光りする奴らを誘き寄せ、更に隣在する俺の部屋へと派遣してくる時点で俺の日常生活を侵食しているのだから。

 

 深く溜息を一度。

 片付けておけと言ったところで白葺さんが本気で取り組むかは非常に怪しい。

 なにせたった三カ月弱でここまでの制作物を生み出す恐るべき住人だ。信用は出来ない。

 

 それにこのゴミの量を一気に処理するのは骨が折れる。仮に白葺さんが本気で掃除に取り組んだとして、女性一人だと一週間とか二週間はかかりきりになってもおかしくない。

 

「ゴミ屋敷専門の清掃業者とか呼ぶのはどうでしょうか?」

「ご、ゴミ屋敷?」

「どう見てもゴミ屋敷でしょう、これは」

 

 白葺さんは玄関と俺から目を逸らした。自覚ナシだったのかよ、このゴミの量を家に溜め込んでおいて。

 

「それはちょっと……私お金無いですし」

「親御さんから借りてください。部屋はそんな広くないので感覚ですが、費用的にもそんな高額にはならないと思います」

「……多分貸してくれないと思います。私、若干勘当気味に家から追い出されたので。生活費用だけは振り込んでくれてますけど……」

 

 思い出したくない過去から目を逸らすように瞳を僅かに臥せる。

 華の女子大生をこんなセキュリティー要素の欠片も無い木造ボロアパートに放逐するとはな……。

 もしかすると白葺家は複雑な家庭問題を抱えているのかもしれない。

 

 しかしまあ、俺には関係の無いことだ。

 親を頼れないとなると、後は自分でどうにかする道しか無くなるわけだが。

 

「消費者金融……を学生に勧めるのは気が引けるので、俺が利率ゼロで貸しますよ。困ってるんですよ俺も、白葺さんの部屋に誘引されてきただろう害虫がこっちまで侵入してくるの」

 

 溜息を吐きたい気分を堪えながら俺はそう提案した。

 兎にも角にもこのゴミ部屋をどうにかしてもらわねば困る。

 

「それは……とても言いにくいんですけど、私には返す当てとか無いですし……」

「はっきりと言いますが白葺さんの部屋は有害です」

「有害……」

「そうです。多分俺だけじゃないでしょう、他の住人も害虫被害に悩んでると思います」

 

 ここはほぼ都会みたいなもんだから他の部屋の住人とそんなに話したことは無いが、まあほぼ確実に白葺さんの被害を受けているはずだ。

 俺の為にも、近隣住民の安全な生活の為にも、一刻も早く解決をしてもらわねば困る。

 

「ちょっと待っていてください」

 

 俺は一度自分の部屋に入ると戸棚の中に保管していた財布から現金を抜き取る。いざという時に使えるよう保管してあるものだが、今がそのいざって時だ。絶対に。

 再度外廊下に出て、白葺さんへ取り出した札を差し出す。

 

「十万あります。もう夜なので今日は難しいでしょうが、明日は業者呼んで片付けてください。必ずですよ。残った分は使ってもいいですけど、最後には10万ちゃんと返してくださいね」

「……こんな大金を受け取るわけには」

「じゃあこのゴミ山はどう処分される気ですか?」

 

 白葺さんは言葉も無いとばかりに沈黙した。

 しょうがない。

 

「白葺さんの怠惰な生活のツケですよ。はい、受け取ってください」

「え、あ、あの」

「10万はいずれ返してもらいますが、それ以上に絶対ゴミを片してください。じゃあ俺はこれで」

 

 戸惑う白葺さんを他所に俺は部屋に入ってドアを閉めた。

 流石に清掃業者を選ぶところまで面倒を見る気はない。

 十万円貸しただけ十分俺は肩入れしたつもりだ。

 部屋に入れないというのなら今晩はその金でホテルなりネカフェなりに泊まってくれて良い。だから頼むからホント頼むから部屋を片してくれ。

 

「うわっ……」

 

 足元を見たら隣室に住むもう一人の住人である黒光りのアレがわさわさと俺の部屋へと足早に動き回っていた。

 ああくそ、全く以て最悪だ。衛生面は言わずもがな、こうも毎日見ていると精神的に滅入る。SAN値が減る。

 早く白葺さんには自室を片付けてもらわねば。

 

 俺は玄関に置いていたゴキジェットを手に、今日三度目の討伐クエストを開始した。

 

 

 

 





絶対反応微妙だろうなと思いつつ書きました。
書き殴り短編シリーズ。
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