隣の白葺さんはゴミ屋敷に住んでいる   作:金木桂

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♯ 4

 

 

 誓約書を家のスキャナーでコピーして白葺に渡すと、ガコンガコンと動く洗濯機を一旦放置して白葺さんの部屋へと移動した。

 

 部屋の前まで行くと、白葺さんはスウェットのポケットから鍵を取り出してガチャリとドアを開けた。

 

「その、どうぞ……」

 

 謙遜気味に案内された室内は予想と違わず……いいや。2週間前にすべて片付いたと考えれば想像以上に汚れている。

 床のフローリングは所々は見えているが、殆どは散乱したペットボトルや冷凍食品の空き容器によって見えなくなっている。部屋の端に落ちている大きめのゴミ袋から片付けようとした努力は見えるんだが……非常に残念だ。

 

「あ、あの! 少しだけ片付けるので少しだけ待ってください!」

「はい」

 

 白葺さんは器用にもゴミを踏まないように部屋の中へと入っていく。多分見られたくないものを片付けようとしているのだろう。

 待つ間暇だったので玄関から見える範囲を見渡してみる。

 壁紙とかは思ったより汚れてないな。床も埃っぽくは無いし、汚いが生活がギリギリ成立する程度の散らかり具合だ。臭いも変な香りはあるが、まだそこまでではない。

 

「お、お待たせしました」

 

 これがゴミ屋敷の種なのかとかしげしげと見ていれば白葺さんがパタパタと現れた。

 

「人から見るとその、ちょっとだけ汚れてるかもしれませんが……とにかくどうぞ上がってください」

 

 今時点で"ちょっと汚れてる"の範疇を越しているが、それを指摘するのは野暮かと思って口を噤む。白葺さんの部屋が汚いのは公然の事実である。

 

 玄関と居間を区切る扉を開けば、見覚えのある間取りに敷き詰められたゴミ袋とペットボトルの数々。床は見えず、通路となっている場所にルーズリーフを一枚一枚敷き詰めることで擬似的に踏み場が作られている。その上を手慣れた様子で白葺さんは踏み込んでいく。

 勉強机にも缶コーヒーやチリガミ、他にも髪留めを始めとする小物が乱雑に置かれ、何とか教科書が一冊置ける程度のスペースだけは確保されている。

 それからベッドは片付いてるようだ。あくまで白葺さんレベルの話で、一般的な枠組みで言えば汚いという評価は免れないだろうが。

 

 ある程度見回して、予想よりもがっがりする自分に驚いた。

 女性らしい部屋を期待していたわけでは無いし、ゴミ部屋であることは承知の上来たわけだが、それにしてもかなり酷い。

 

 ゴミ屋敷化するの早くないか?

 2週間ちょっとでここまで悪化───というか現状回帰させるとは。

 

「白葺さん?」

「は、はい」

 

 名前を呼んだだけなのに白葺さんは耳をピクリと震わせた。耳先は少し赤く染まっている。

 宜しくない自覚はあるようだ。

 ならば指摘するしかない。

 

「なんですかこれは?」

「……殺してください。恥ずかしゲージが臨界突破しました」

「まだ羞恥心なんてものがあったんですか白葺さん。そんなのどうでもいいので掃除をしてください」

 

 気が重くなったように白葺さんの頭がずんと下がる。

 

「というか今更な疑問なのですが、何で袋に一纏めにしてゴミ捨て場に持っていけないんですか?」

「その……後回し癖がありまして……」

「はあ」

 

 後回し癖があるのは言われなくとも分かるよ。二浪してるしな。

 あと指をつんつんさせて可愛らしく恥ずかしがられてもゴミ屋敷の主という事実は消えないからな。言わないが。

 

「……分かりました。ともかくとして、今から始めましょうか」

「は、はい!」

 

 そんな感じで俺はまず汚れても構わない服装に着替えた。今日の部屋着は適当に買った柄Tシャツだったが、汚すには惜しい程度には気に入ってる。

 次にスーパーへ走った。

 ゴミ掃除を始めるに当たって、白葺さんの部屋には圧倒的にゴミ袋が不足していたからだ。ゴミを片すという習慣が無い白葺さんからすれば不要なものだったのだろう。俺が買いに行っている間、白葺さんにはゴミと必要な物を分別するよう指示した。

 

 白葺さんの部屋に帰宅するなり、俺は室内の様子を確認した。

 ……まあ2割くらいは進んだか。白葺さんの割には上等だ。

 

「ある程度進みましたね。その調子です」

「あ、ありがとうございます! 焼伊波(やいば)さん、これ袋に詰めますね!」

「そうしてください」

 

 少し嬉しそうにしながら白葺さんは鼻歌交じりにゴミを袋に入れ始める。褒められたのが嬉しかったのだろうか。まあどうでもいいな。

 

「あの、ペットボトルを可燃ゴミと一緒の袋に入れないでください」

 

 床にあるゴミを次々へ放り込んでいる白葺さんについ俺は声を掛ける。

 

「だ、ダメなんですか?」

「当たり前です。ペットボトルは容器を水で洗って一纏めに。プラスチックとかビニール製品は別の袋にして、段ボールとか雑誌類は資源ゴミで」

「……?」

「はぁ……取りあえず同じ種類で集めて、分からないものは私に聞いてください」

 

 分別って概念が無いのかこの子は。分かっていたが生活力が乏しすぎる。実家から出ちゃダメなタイプの人間だろうに、本当に白葺さんの親は何を考えてこんな世間知らずを野に放ったんだろうか。

 

「因みに今までゴミを分別したことないんですか、白葺さんは」

「その……そうですね。ゴミを捨てたことが……あまりないので」

「どうやって今まで生活してきたんですか、昨今お嬢様だってこのくらいの常識知ってますよ」

「すみません……」

 

 責められていると感じたらしく白葺さんは萎れていった。

 白葺さんの生い立ちについて興味は無いが、明らかに一般人より恵まれた暮らしをしてきたことが良く分かる。

 

 それから数分が経った。

 ……白葺さん、ずっとのろのろと掃除してるな。

 そんなに常識知らずと言われたのが嫌だったのか?

 

「まあ、少しずつ学べば良いと思いますよ」

 

 このまま暗い表情をした白葺さんと掃除するのは嫌だった俺は一応フォローの言葉を口にする。

 白葺さんは顔を上げる。

 

「失敗こそが人生です。失敗の足跡を蓄積すれば経験になって、その経験が成功の材料になる。それは受験もそうです。無駄な失敗などこの世には存在しない。俺からすれば非常に傍迷惑この上ないですが、白葺さんもこの瞬間を経験として未来に活かせば良いと思います」

 

 励まそうとしたら何だか説教臭くなってしまった。

 ただ本心でもある。

 きっと白葺さんの一人暮らしは今後も困難が続いていくのだろう、その度にこんな風に打ちひしがれていてはやってられない。

 

「ありがとうございます……慰めてくれているんですね」

「別にそういうわけじゃありません。隣人がゴミ屋敷だと困るってだけの話です。掃除を覚えてほしい俺の気持ち、分かってもらえますか?」

「……このままじゃダメですね、私」

 

 ポツリと自嘲げに白葺さんは表情を曇らせた。

 ……ちょっと失敗したかもしれない。

 どうも自罰的な感情を覚えているらしい。言葉も少し物憂げだった。

 

 白葺さんは浪人生だ。親からは尻を蹴飛ばされる形でこんなボロアパートにやってきている。その時点でメンタル的にあまり芳しい状態でないのは想像が容易い。

 その上で今回の一件だ。

 同情はしないが、凹むのは理解できる。

 

「確かに白葺さんは非常に宜しくない状態だと思いますよ」

「ですよね……」

「ですが悲観するほどでも無いはずです。なにせ若いじゃないですか」

「わ、若い……ですか? あの、お酒飲めますよ私?」

「若いでしょうに。20歳なんて幾らでも取り返しが付く年齢です。悲観的な妄想ではなく、今やるべきことだけに目を向けるべきでは?」

 

 とか、23歳の俺が言うのも変な話だが。

 年上であるのは事実だからここは先輩風でも吹かせておこう。

 

 少し間を置いて、白葺さんはプッと噴出した。

 小さな声でくぐもらせたような、少し不器用な笑い方だった。

 

「慰め方……下手すぎじゃないですか?」

「はあ……?」

「あと、やっぱり敬語似合ってないです。なんか気持ち悪いです、焼伊波(やいば)さんの敬語」

 

 うるさいな。俺の敬語は今関係無いだろうが。

 

「元気になったのなら早急に手を動かしてください。俺を揶揄うのはゴミ屋敷を一人で片付けられるようにしてくれませんか?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 強めの口調で言えば白葺さんがあわあわと手を動かし始めた。白葺さんは気が強くないから少し脅せば誤魔化せる。チョロいな。

 

 3時間ほどは断続的に他愛もない会話を挟みつつ、部屋にあるゴミを袋に詰め込んだ。

 床の表面は晴れ、ゴミは視界から失せ、ゴミ袋は12個ほど消費された。

 幸いなことに虫が湧いている様子もない。

 

「終わりました……掃除って大変ですね……」

「ただの掃除ならもっと楽なんですけどね」

「うう……すみません」

 

 掃除機を掛け終わって(因みに白葺さんの部屋には無かったので俺の部屋から持ってきた)、一先ず今日やろうと考えていた掃除は全て終わった。

 

 ……冷静に考えれば何をやってるんだろう、俺は。

 確かに白葺さんのゴミ屋敷をどうにかしないとまたGのパレード行進が始まってしまうと考えれば対応が必須とはいえ、俺がやる必要はあっただろうか? また業者に投げても良かったんじゃないか?

 まあいいか……ともかく俺も疲れた。

 

「俺は帰りますね。今後は定期的に掃除をしてください」

 

 帰って休もうと思い一言断って玄関まで行くと、白葺さんが付いてくる。

 

「あ、ありがとうございます……こんなに手伝っていただいてしまって」

「今更構いません……いえ本音ではとても構うのですが」

「うぐっ……! そ、そうですよね……」

「とにかくゴミ袋はちゃんと出してくださいね。次の可燃ゴミは月曜、ペットボトルは水曜、プラスチックは木曜、資源ゴミは金曜ですからね。絶対に捨ててください。本当に頼みましたよ」

「は、はい……ありがとうございます!」

 

 白葺さんは頭を下げた。

 本当は感謝の言葉よりもゴミ出しへの意気込みを聞きたかったのだが……まあいいか。

 

 部屋を出ると、扉が緩やかに閉じられる。

 疲れた。普通に疲れた。全く……こんなのは社会人が土曜日にやることじゃないっての。

 

 すぐ隣の自室の鍵を開ける。

 本当なら積んでいる本を二冊読んでしまおうと思っていたけど、偶には昼寝もいいもんだ。

 俺はそのままシャツを脱いでベッドに寝転がって、洗濯機が動いていないことに気付く。

 

「……洗濯物、忘れてたな」

 

 滅茶苦茶面倒だ。

 面倒だが放置したら生乾き臭がとんでもないことになって翌日の俺が後悔する。本来なら白葺さんに任せている仕事だったんだが……今から連絡するのも面倒だ。

 

 重い腰を上げて俺は洗濯物を処理にかかると同時に、腹いせに白葺さんの本日の給料を減額することに決めた。

 

 

 

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