若人よ、ダンジョンに潜って死ね!   作:邪骨

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#2 ダンジョンの外

「パーティーメンバー募集してまーす! 魔法使い様限定!」

「バッカお前! 魔法使いがてめーらみてーな雑魚ども相手にするわけねーだろ!」

「なんですってッ!?」

「ぎゃはははは!」

 

 冒険者ギルドの中はいつも賑やかだ。みんな生への渇望でギラついていて、臆することなく他人と関わろうとしている。

 

 ――それが僕には少し、眩しい。

 

 ゴブリンを2体討伐したあと、僕はダンジョン外へと帰還した。

ダンジョンの脇に置かれた共同荷車を拝借し、ゴブリンの死体を乗せて薄汚い街並みを行く。

 ダンジョン発生――通称、大災害から12年。主要な都市はすべてモンスターに蹂躙され、今や街とは粗末なあばら家が立ち並ぶ光景を指すようになってしまった。

 僕が6歳の頃までは、街とはこんなものではなかったのに……。

 そう考えても仕方のないことだった。あれは、そう、抗えない、どうしようもない自然災害みたいなものだったのだから。

 

 荷車を引きながら向かったのは、貧相な町並みには不釣り合いなしっかりとした木造建築物――冒険者ギルドである。

 ギルドの建物は、そんな景色の中で異質だった。皇軍の資材提供によって建てられた、しっかりとした木造建築。周囲が瓦礫と掘っ立て小屋ばかりのこの街で、唯一「まとも」な建物だった。

 

 冒険者ギルド――正式名称は「ダンジョン探索支援局地方連絡所」。皇軍の駐在官を中心に運営され、モンスターの討伐報告、報酬の支給、武器の貸与や訓練の場の提供、さらには簡易な身分証の発行まで行っている。言うまでもなく、冒険者にとっては欠かせない存在だ。

 

「お、初討伐か?」

 

 受付にいた中年の男が、僕を見るなり書類に目を通しながら声をかけてきた。

 

 彼の机の上には、インク壺と羽根ペン。そして山のように積み上がった手書きの帳簿類。

 この時代、皇軍ですら電子機器を持たない。情報は手紙や書簡、そして地中ケーブルを使った簡易電話でやり取りされるだけ。便利だった時代は、もうどこにもない。

 

「ゴブリン二体、解体は済ませてません」

 

「まあまあだな。初回なら十分上出来だ」

 

 男は小さくうなずくと、報酬の木箱を足元から引っ張り出した。

開けてみると、中には干し肉、保存パン、カブの漬物、それに布製の包みにくるまれた赤い石鹸が一つ。

 現金支給はない。貨幣価値がほとんど消失したこの時代、報酬はすべて現物支給が基本だった。特に衛生用品は今や貴重品で、この石鹸一つですら贅沢な部類に入る。

 

「……ありがとうございます」

 

 木箱を受け取ろうとした僕に、男は少し顔を寄せてきた。

 

「なあ、坊主。パーティー組んだらどうだ? 単独じゃそのうち運が尽きるぜ?」

 

 その忠告に、僕は曖昧な笑みを浮かべて、ただ「ですよね」とだけ答えた。

 

 それ以上何も言わず、僕はギルドを後にした。

 

 

 家に帰ると、父さんはいつものように作業場で火を焚いていた。

 

 鍛冶師――この街で数少ない「物を作れる人間」。それが父の仕事だ。僕の使っているロングソードも、父さんが鍛えたものだった。

 父さんの作った刀剣類は基本ギルドに納品されるので、この街で使われる非ダンジョン産の武器のほとんどが父さんの作と言っても過言ではない。

 偉大な人である。

 

 僕と父さんは、大災害のとき、母さんとはぐれてこの街に辿り着いた。母さんの行方は分からない。けど、恐らくは、もう……。

 父との仲は悪くない。けれど、何を考えているのか掴めないところがあって、少しだけ苦手でもあった。

 

「……ただいま」

「おう、イッサ。無事だったか」

「ゴブリン二体でヘトヘトだよ」

 

 父さんは、にやりと笑った。

 

「それなら、初日としては十分だな」

 

 それだけの会話を交わし、僕は報酬の木箱を台所に運ぶ。

 イッサとは僕――吾妻 育久のことである。イクヒサの頭と尻を取ってイッサ、ということらしかった。

 

 皇軍学校に通っていた頃は、級友たちも皆そのあだ名で呼んでくれていた。懐かしい、ほんの一年前の話だ。

 

 でも、今ではこの呼び名を使う者は、父さんだけになってしまった。

 

 あの頃の友人たちは、僕より一足先にダンジョンに挑み、昨年、無惨な姿で街に帰ってきた。傷口の塞がらぬまま焼かれた遺体。潰れた顔。

 

 その中には、僕の初恋の人もいた。

 

 綺麗な黒髪で、よく笑う子だった。僕が書いた稚拙な詩を本気で褒めてくれた。目を見てくれた。僕の話を、ちゃんと聞いてくれた。

 そんな彼女――黒田 咲は、首だけしか見つからなかった。あのうつろな瞳。最期の瞬間がどれほどの恐怖だったのか、彼女の首は叫んだまま固まっていた。

 目元には涙の痕。鼻からは鼻水が。髪の一部が頭皮ごとべろりと剥がれ落ちていて、頭骨がむき出しになっていた。

 僕は彼女の死を前に、ただ呆然とするしかなかった。

 

 ――あの時は、何もかもが手につかなかった。

 

 二週間、家に引きこもった。何も食べたくなかったし、何も見たくなかった。父さんは何も言わず、ただ三度の食事を置いて、静かに火を焚いていた。

 

 それから一年。

 

 僕には、友人らしい友人というものがいなくなった。

 

 人と話すのは嫌いじゃない。でも、自分の言葉が誰かに届くことも、誰かの言葉に心を開くことも、どこか怖くなってしまった。

 だから、今日のギルドの賑わいは、少しだけ眩しかった。

 生にしがみつくように笑い合う人々。

 死と隣り合わせのくせに、明るく、軽く、強くあろうとする声。

 

 ――ああ、僕は、死にたいのかな。

 

 そう思いながら、僕は静かに水を汲み、台所の隅に腰を下ろした。

 

 そして、小さく息を吐いた。

 

 明日も、たぶん、剣を振る。

 理由もなく、きっとまた、命を削る。




 tips:パーティー

 冒険者はダンジョンに潜るとき、役割を分担した集団で行動することが推奨されている。この集団をパーティーと呼び、6人一組を1パーティーとするのがセオリーである。これは盾職、攻撃職、支援職を基本構成とし、そのバックアップ要員を一人ずつ加えて6人となるからである。
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