若人よ、ダンジョンに潜って死ね!   作:邪骨

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#3 魔法使い

 その日、ギルド内はやけに活気づいていた。

 

 曰く、「魔法使いのパーティーがこの街に来た」らしい。

 

 魔法使い――それは、ダンジョンの内部から発見された未知の技術体系《魔法》を、わずかながらも習得した者たちのことを指す。

 

 《魔法》とは、もともとこの世界に存在しなかった新たな“技術”だ。あの大災害とともに現れたダンジョンの奥深くで初めて確認されたそれは、旧時代のいかなる科学とも整合しない異質の現象であった。

 

 その原理は、遺物に刻まれた不可解な文字列――《魔法文字》と呼ばれる構造体にある。それを理解し、脳内で適切な《詠唱》を構築・展開することで、現象が発現する。つまり魔法とは、解読と再現を必要とする、極めて高度な技術体系にほかならない。

 

 魔法使いたちは、自身の内に巡る何らかのエネルギー、仮に《魔力》と呼ばれる力を媒介に、炎を生み、水を操り、あるいは重力に干渉するといった“奇跡”を引き起こす。

 その力は、現代の残された機械技術とも、戦術ともまるで異なる法則に従っていた。

 10年前、皇軍主導で行われた《第一次ダンジョン戦役》。その作戦が成功裏に終わったのは、まさに魔法使いたちの力があったからこそだった。

 

 だが、魔法使いの数はいまだ少ない。魔法文字の再現は困難を極め、解読も研究も進んでいるとは言い難い。さらに魔法の再現には適性が必要であり、そもそも魔法の発動に必要な《魔力》を持つ者自体が極めて希少なのだ。

 

 そんなわけで、魔法使いとはファンタジー世界と化した現代においてさえ滅多に見かけることのない、伝説のような存在なわけである。

 ゆえに彼らがこの辺境の街に現れたとなれば、冒険者たちが浮き足立つのも無理からぬ話だった。

 

「お、おい、魔法使いの戦闘ってどんな感じなんだろうな」

「知らないわよ。魔法なんて見たことないもの」

「こっそりついて行っちゃ駄目かな……」

 

 ザワザワと色めきだった冒険者たちは、口々にそんなことを言い合っていた。

 この調子では、今日のダンジョンは魔法使いのストーカーで溢れかえるに違いない。

 

 受付のいつもの中年男も、「こりゃまいったね」と苦笑いだ。

 

 僕――吾妻育久は、その光景を少し離れた椅子に腰かけて、パンをかじりながら眺めていた。

 群がる人々の中に混じる気も起きなかったし、魔法使いとて血の通った同じ人間なのだと思えば、あまり珍しがるのも悪いような気がした。

 

 ――だけど、それでも。

 

 心のどこかで「見てみたい」と思っている自分もまた、否定はできなかった。

 

「おいイッサ、聞いたか? 魔法使いっての、女らしいぜ」

 

 隣にいた年上の冒険者が、ニヤついた顔で話しかけてきた。

 まったく、そういう顔で人について噂するものではないと思うのだけどな。

 

「……そうなんですか?」

 

「そうらしいぞ。若くて真っ赤な髪で、すげー美人って噂だ。お前、見に行かなくていいのかよ?」

 

 ……確かに、気になる。

 そりゃあ、僕だって男だものな。そんなに美人な女の子なら、一目見てみたい気はする。それに真っ赤な髪とは妙である。ヘアカラーはとっくの昔に絶滅したはずだが……外国人だろうか?

 

「でも……人が群がってる中に混ざるのも、ちょっと気が引けますね」

 

 そう言うと、年上の冒険者は肩をすくめて笑った。

 

「お前は変に真面目すぎんだよ、イッサ。若いんだからもうちょい欲に素直になれ。せっかくこんな辺境に魔法使いが来てるんだぞ?見なきゃ損だろ」

 

 そう言い残して、彼は面白がるように笑いながら、騒がしい人波の中へと消えていった。

 

 僕はかじりかけのパンをもう一口、静かに噛み締めた。

 

 ……そう、見たいとは思うのだ。魔法の発動というやつを、本物の魔法使いという存在を。それに、正直なところ、美人の女の子という情報も心を動かす要因の一つにはなっていた。

 

(……ちょっとだけ、情報を探ってみるかな)

 

 そう思って腰を上げたそのとき――

 

 ギルドの入り口が開き、にわかに空気が変わった。

 

 冒険者たちのざわめきがぴたりと止み、視線が一斉に入り口へと向けられる。僕もつられてその方向を見た。

 

 そして、そこに立っていたのは――

 

 鮮やかな朱の髪をした、ひとりの少女だった。

 

 年の頃は僕と同じか、ほんの少し下くらいだろうか。背はそれほど高くないが、まっすぐな立ち姿にどこか圧のようなものがある。彼女の背後には、複数の男女が控えていた。いずれも装備の質からして、ただ者ではないとすぐにわかる。

 

 彼女が、魔法使いだ。

 

 直感でわかった。

 

 身に纏う雰囲気が、他の誰とも違っていた。空気が、彼女の周囲だけほんのわずかに重く、あるいは澄み切っているように感じられる。もしかしたら、これが《魔力》というものなのかもしれない。

 

 それに――あの髪の色。

 朱をさらに濃くしたような、燃えるような赤。天然の発色とは信じがたいほどに鮮やかで、まるで熱を帯びているかのようだった。

 

 その少女は、周囲の注目にも動じることなく、一歩、そしてまた一歩とギルドの中心へと歩を進めた。

 

 そして、ギルド受付の前に立ち止まると、はっきりとした声で宣言した。

 

「私は遠藤 茜!魔法使いだ!ダンジョン探査支援局の要請に従い、皇軍より派遣された者である!」

 

 その声は、見た目に反して低く、よく通った。少女というより、将校と呼んだ方がしっくり来るような、そんな凛とした響きだった。

 

「――ギルドマスターとの面会を所望する」

 

 その言葉を引き金に、冒険者たちの間に再びざわめきが走ったが、誰ひとりとして彼女に話しかける者はいなかった。

 ただその威圧感と存在感に気圧され、誰もが距離を保ったまま、興奮と畏怖の入り混じった視線を送っていた。

 

 受付の中年男が慌てた様子で内線の電話を取る。ギルドマスターへの連絡だろう。

 

「皇軍の使者だぁ?ダンジョンで何かあったのか?」

「いやいや、異変なんてねぇよ。ただの調査じゃねぇのか?」

「あんなガキが皇軍の……世知辛いこった」

 

 冒険者の騒めきをよそに、僕は彼女の一挙手一投足を注視していた。

 

 ――隙が無い。

 

 所作に無駄がなく、常にアクシデントに備えて左手を腰に差したショートソードの柄にかけている。周囲を御付きの冒険者(もしかしたら皇軍?)に囲まれており、これは万が一にも襲われないようにとの配慮だろうか。

 恐らく彼女は魔法使いである以前に、軍人としても一流……そんな気がした。

 

 

 あの後、ギルマスに案内されて応接間に通された魔法使い一行は、三十分ほど話し込んでから、冒険者ギルドを去っていった。

 

 彼女たちがギルドから出ていく瞬間まで、冒険者たちは誰も動こうとはしなかった。まるで神事のように、ひたすら静かに、ただ見守っていた。彼女が通るたび、自然と人の波が割れて道ができる。

 

 そして、彼女――遠藤茜が最後に振り返ることもなくギルドの扉を閉めたとき、ようやく場の緊張が解けた。

 

 空気が元に戻ったのを感じて、僕は大きく息をついた。知らずのうちに息を止めていたらしい。

 

「……すごいな」

 

 思わず口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど素直だった。

 

 彼女はただ立っていただけだ。歩き、名乗り、話した。ただそれだけだというのに、ここにいた誰もが息を呑み、動けなくなっていた。

 

 数分後、一人、また一人と皆立ち上がっては魔法使いたちの後を付けていく。

 

 誰が言い出したわけでもなかったが、なるべく気が付かれないように、ひっそりとバラけて、皆一様にダンジョンに向かった。

 

 彼女らが何の目的で招集されたのか。

 何を成すのか。

 

 みんな気になって仕方がなかったのだろう。

 

 当然僕もその後に続いた。

 胸の高鳴りは最早抑えきれなかった。

 

 何かが起こる、そんな予感が僕をダンジョンに駆り立てたのである。

 

 僕も他の冒険者たちも、この時もう少し物事を深く考えておくべきだったと今になって思う。しかしそれはもう取り返しがつかなくなってからで、都合の良い冒険譚も、お約束の逆転劇も、この世界に存在なんてしないということに僕らは気が付かなかったのである。

 

 みんな誰かをダンジョンで亡くしていたというのに。

 

 現実離れしたシチュエーションについ浮かれてしまった。

 

 後悔することになるなんて知らずに。

 ただ、子供みたいに。




 tips:魔法使いの髪

 魔法使いは皆一様に体毛の変色が見られる。
 通常の人間にはあり得ない色彩の髪色に変化する者が多く、髪さえ見れば魔法使いか否か見分けられるほど。体内の魔力保有量が多いほど鮮やかな色合いになるとされ、魔法使いとして実戦に耐えうるかの指標ともなっている。
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