入学式の日に顔を合わせたばかりのクラスメイトとベッドで一晩明かしてしまった 作:秋塚翔
シイコさんにしっかり脳を焼かれたので、その情動を叩きつけてみた。
入学式の日に顔を合わせたばかりのクラスメイトと気付けばベッドで一晩明かしていた。
「なんで?」
「今さらじゃないかなあ」
つい零れ出た疑問に、隣から呑気な声が返ってくる。
見慣れた自分の部屋の寝台の上で、余りに馴染みのない要素が入り交じっていた。耳のすぐ傍にかかる声、自分のとは異なる香水やシャンプーの微かな残り香――そこに混じる他人の香り。隔てるものがない肌からの直の感触に、ベッドの中にまである自分以外の存在が現実として実感させられる。
……あと視線も。いつから見つめられていたのか。穴が空きそう。
「いま何時?」
「六時――ちょっと前だね。まだ大丈夫な時間」
「うん、まあ……うん」
とりあえず、寝坊して登校二日目が慌ただしくなることはないようだ。
いや、そんなことより問題が今まさに起きているが。
「朝ご飯……食べてく?」
「いいの?」
「家泊めといて帰って食べてくれとは言わないって。簡単なもので良ければだけど」
「うーん。じゃあ、一緒に食べよ。まだ時間あるから、もう少ししたら」
そう答えて、私の腕に抱き着いてくる。あの、ちょっと、せめて服を――
と、不意に思い出して部屋を見渡す。毎朝毎晩毎日、この目で見ている私の部屋。白い壁に流行りのポスターとかを貼っていて、棚やテーブルに好きな小物などを並べる見飽きるほどの部屋に、二つの制服が散乱している。昨日まで私、と隣の存在が着ていた一式。紺色の学生服と、同じく揃いの黄色いネクタイと、白やピンクの……あの、それら。妙にエロ――じゃなくて。今日着るのにシワが心配だ。
それも今さらか、とまた天井に目を向ける。
いつもより早い起床時間。その時間を利用して、昨日のことを整理することにする。
私――
私が通い始めた東条高校は住んでいる実家に近い一方で、その他の中学の同級生にとっては立地が良くはなく、なおかつ鉄板の普通校を受ける生徒が多かったため、ほとんど私だけが受かった学校だった。私は特に進学先に頓着がなく、親に『高校くらいは行っておけ』と言われていたために、惰性で比較的近場のそこを選んだ。
案の定、宛がわれたクラス教室に顔見知りはいない。まあ、元々人付き合い多い方でないから構わなかったのだが。それでも若干のアウェイ感を覚えつつ、その日は何も特筆することなく半日を過ごした。
そこに突如現れたのが、明るい髪をしたクラスメイトの少女だった。
教室での事務的な挨拶や連絡事項が終わり、さて帰るかと立ち上がった時、周りが中学の同級生同士だったか早速接触した陽気な人種か、和気藹々とした喧騒が湧く中をすり抜けるようにして、そいつは私に話しかけてきた。
『ねえ、一緒に帰ろ』
まるで既知の間柄かのように、自然な口ぶりで誘ってくる知らない子。
薄い蜂蜜みたいな明るい色の髪をツインテールに可愛らしく纏めたその少女の誘いに、あろうことか私は戸惑いながら『いいよ』と答えていた。
……いや、想像してほしい。そもそも人付き合いが薄くて、ここではまず付き合い自体がないと高を括っていたところに、いきなり親し気に誘われたのだ。理由もないのに断れないだろう。え、だよね?
そんなこんなで、合意を得たことでますます親しく接してきた同級生なりたての少女と共に、学校を出て帰路に就く。
『私、
話の脈絡もなく、そう名乗ってきた――水瀬柚子さん。
正直、私は話上手じゃない。そもそも今日会ったばかりの相手に、どんな話題を出せばいいのか。ほぼ黙ったままの道中でも、何故か彼女は楽し気に横を歩いていた。
何を話して盛り上がるでもなく、何処かに寄るでもなく。しかし不思議と気まずくなることはない奇妙さで、私はどういうことか自分の家に彼女を招き入れていた。
――今思えば、ほんとになんでなんだ。確か『このまま別れたらクラスで浮くかも』なんて要らぬ懸念をしたんだと思う。高校生活の三年間は一応大事だ。第一歩として勇気を出した結果だったんだろう。
意外と乗り気な水瀬柚子さんを連れて、何の変哲もない一軒家の実家に帰る。途中、お菓子や飲み物なんかを買って、手持ちのゲームや漫画で良いのあったかなと頭を過らせながら、学校生活一人目の親しいクラスメイトを獲得する意気込みで家に上がった。はずだった。
それが結果、そのクラスメイトとベッドで一夜を過ごしてしまっていた。
「いやマジでなんで」
「そういうことだからもういいでしょ」
また漏れ出た疑問の声に、水瀬さんはあっさり適当に結論付ける。
色々言いたいが、回想しても解決にならなかった。仕方なく切り上げて起き上がる。
まだ春先の季節は、布団から出ると結構肌寒い――ってか、それも当然か。だって何も着てないし。暖房付けとけば良かった。あと冷静になると人前だから、凄く心もとない感じ。
私がベッドを出たのを見て、共に這い出てくる水瀬さん。私は動きだけ感じて、そっちを見ない。状態はあっちもおんなじだから、どうなってるか想像するだけでヤバい。
「あ、そうだ服……制服だとあれだし、ひとまず私の着て」
「わあ、やった」
何か喜ばれた。予想外のリアクションにムズ痒くなりながらクローゼットから適当なスウェットを取り出して投げ寄こす。ごそごそ衣擦れの音を背に、私も手早く着替えて、決して後ろを見ないように脱ぎ散らかした制服を拾い集めておく。……下着も自分のだけ。
そうしてお互い体裁を整えたところで、揃って階下に降りた。
「そういえば親御さんは?」
「共働き。で、どっちも忙しくて帰ってこない日が多い」
「へー」
「……えと、そっちは?」
「私の方は平気。お母さん夜仕事でまだ帰ってない」
他愛ない会話を交わしながら、リビングへ。食卓の椅子に座らせて、一人キッチンに向かう。
「ハムエッグでいい?」
「うん」
短く了承を得たので早速作っていく。
作りがてら、手持ち無沙汰にちらりとキッチンから見える食卓を見やる。見慣れてるはずのそこには、見慣れない一夜の相手――もといクラスメイトが私のスウェット姿でちょこんと座っていた。昨日までのツインテール髪は、朝は解かれて肩まで明るい髪色が被さっている。
この光景だけなら友達が泊まりに来たようだが、生憎とそれは記憶にばっちり否定された。昨日は一晩中ベッドで駄弁っていたかなという現実逃避もルートを塞がれている。
改めて有り得なさすぎる状況だ。
「――はい。できたよ」
「わあ、おいしそう」
そうこう考えてる内に、ハムと解き卵が良い塩梅に焼けて二人前のハムエッグが出来上がる。それを皿によそって簡単な朝食を食卓に並べた。
いただきます、とどちらからともなく言って、朝の食事を口に運ぶ。
「……それで、さ。どうするの? これから」
素朴に美味しいハムエッグを味わいつつ、私の方から話題を切り出す。どうするの? ――つまりこの状況で、これからどうしていくか。正しい言語化が難しい。
通じてくれた水瀬さんが、同じく食べながら言葉を返してくる。
「んー。私は別にこのままでも」
軽くそう答えて、直後にこっちを真っすぐ見つめる水瀬さん。
「そういう都築さんはどう?」
「え、私……?」
「昨日のが実は嫌だったなら、それでもいいよ。私は都築さんの言うことに従う」
一転して軽薄さを感じさせない口ぶりで、問い返してきた。
その神妙な眼差しを向ける瞳に、私は答えを窮する。
はっきり言えば、私は女性同士とかの気はない。ないはずだ。偏見も特にないが、異性が恋愛対象の認識だったし、部屋の棚には好きな人気男性アイドル曲のディスクが幾つか並んでいる。そもそも、昨日あんなことをした自分が今でも信じられないくらいだ。
対面する少女を見る。昨日会って間もない、けれど他のクラスメイトより親密な行為をした相手。昨日のことを思い出すと、顔が燃えるように熱くなる。逃避したくなる事実。昨日、私は、この子と――
それが嫌だったか、否か。素直に答えるとするなら、
「……嫌じゃ、ない、かな?」
「じゃあそれで。解決したなら早く食べちゃお」
提示した疑問交じりの答えに、しかし水瀬さんはぱっと髪色と同じ明るい笑顔を浮かべ、マイペースに箸で切り分けたハムを咀嚼する。
なんか腑に落ちないが、その後は会話もないまま朝食を片付けるのだった。
どうせならお風呂も貸そうと提案したが、水瀬さんはそれを固辞した。どうやらここから家までそう遠くはなくて、今から帰って支度すれば学校に間に合うとのこと。こちらも不都合はなかったのでそれを受け入れる。
着替えのため再び戻ってきた自室。一度退室してから戻ってみると、なんとなく水瀬さんの匂いも交じってそうで気まずいそこで、水瀬さんは制服に着替え直す。
「って、こらこら。そっち私のでしょ」
自然な手付きで私の方の学生服に手を伸ばす水瀬さん。
振り返るその顔つきは、どことなく悪戯好きな猫を思わせた。
「せっかくだし交換しよ?」
「いやいや、何がせっかくなの。サイズ合わないでしょ」
水瀬さんは一般平均より少し大きめの私より、小柄で背が低い。クラスの背の順で前の方な人。なので私のを着るにはぶかぶかだろう。
というか交換って。それ私も昨日袖通したばっかだし、意味ないだろうと。そもそも何故そんな近しい間柄の余興を昨日からのクラスメイトとするのか。……いや、もう親密な関係か? ツッコミが間に合わない。
すると水瀬さん、するりと私のから学校指定の黄色いネクタイを抜き取った。
「それじゃこれだけ。都築さんは私のね?」
「えぇ……?」
はい、と渡される彼女の制服から取ったネクタイを見、ますます困惑する。
マジでなんだこいつ、と。
そんな戸惑いも何処吹く風で、水瀬さんはそそくさと自分の制服と、そこに私のネクタイも着けて、あっと言う間に玄関先まで足を運ぶ。私もそれにただついていく。
「じゃあ、お邪魔しました」
結び直したツインテールを揺らし、にっこり笑いかけてきた水瀬さん。
見送る私は「うん」とつまらなく返事をして、玄関ドアを開けて朝の外に出ていく彼女を見届ける。
「あ。そうだ忘れ物」
と、徐に言った水瀬さんが顧みて私に距離を詰め、
「んーっ」
至極自然な動作で唇を重ねてきた。
「は?」
「また後で、学校でね」
一瞬のことに呆ける私を余所に、彼女は勝手な約束しがてら去っていく。
しばし玄関で立ち尽くす私は、昨日ぶりの唇の感触に頭がこんがらがりながら、もう扉向こうに見えなくなったおかしなクラスメイトに一言投げ掛ける。
「……なんなのよ、あんたは」
このあと迎える学校生活二日目に、不思議な憂鬱感を覚える私であった――
反響かモチベによって連載します。
しました。