入学式の日に顔を合わせたばかりのクラスメイトとベッドで一晩明かしてしまった 作:秋塚翔
まさか登校二日目で、こうも気まずい思いすることになるとは。
入学式から丸一日経った1-Bの教室は、まだ誰も彼もが学校の空気感に馴染んでいない様子。顔見知り同士で固まって談笑してるか、反対に見知った顔のいない私のように、立ち位置など手探り段階の
その中にあって、別種の居心地の悪さを感じてるのは私くらいのものだろう。もやもや、そわそわ――とにかく据わりが良くない気分で朝から過ごしている。
「ね、あれ観たー?」
「ごめん、昨日はすぐ寝ちゃった」
「えー! 他にも感想聞きたかったのにぃ」
「あれに食い付いてるのはあんただけだっての。それよりその前のコーナー良くなかった?」
「分かる分かる。あの若手俳優さんイカしてたよねえ」
独り悶々としている私の席の前方、すぐ近くで一つの女子グループが和気藹々と談笑していた。
多分、中学からの顔見知り同士なのだろう。まだまだ慣れない環境下において、実に馴れ合ったような空気を纏っていた。
それ自体は問題ない。会話の内容も私とは無関係だ。暇潰しでもわざわざ聞き耳立てるようなことでもない、これからの学校生活にありふれる日常の光景だろう。
「あ、そうだ! 聞いてよ水瀬っ。昨日さあ」
「ん? どしたの?」
――そこに水瀬さんがいることが、私の意識を向けさせる。
水瀬柚子。昨日顔を合わせたばかりのクラスメイト。可愛らしいツインテールに纏めた薄い蜜色の髪、それを飾る小さな顔、くりっとした両目。背は私より頭半分低くて、強く抱きしめたら壊れてしまいそうな細い腰回りは、痩せているようでしっかり女として羨む発育が窺える。
動物で例えるなら子猫とかリスとか、小動物辺りがぴったりだ。その印象に違わず、友人に向けている振る舞いもトゲがなく、とっつきやすい人間性の豊かさがあるよう。
はっきり言って、私と正反対。陰と陽、水と油――まで相容れないほどではないけど、恐らく普通にしていれば接点を持たずに卒業までいっているような、若干の人種の違いを感じる。そういう存在。
そんな水瀬さんと、私は、昨日――肌を重ねた。
――いやマジでワケ分からん。なんだこれ。
丸一日経ってもこの難問は解ける兆しを見せなかった。
劇的な、ドラマみたいな急展開の出会いがあったならまだしも。本当に彼女とはただ出会っただけだ。そこに惹かれ合う物語もなく、繋がり合う動機もない。体を重ねるのが恋愛関係の一要素なら、私と彼女の間に愛とか恋とかの感情が芽生えるきっかけはなかったはずだ。
まさか水瀬さん、私に運命的な何かを感じたのか? ――と思いかけ、すぐ自分から否とする。
私のような、地味で取り柄がない三白眼女に何を感じ取るのか。卑屈でなく事実として。蜂蜜みたいな髪に見合う明るさを振り撒く彼女が、黒々とした凡人の私に惹かれる理由はなかろう。
では、何故なのか。難問が舞い戻る。……というか、昨日の私もなんであの状況を受け入れたのか。自分で自分が分からない。ここまでの授業の内容に、勝手に課題を増やしてしまった。
と、なんやかんや考えを巡らせてる内に、教室に備え付けられたスピーカーが点く気配。キーンコーンカーンコーン――予鈴が鳴り、次の授業時間への区切りが知らされる。
それに応じ、クラスの生徒たちがぞろぞろのろのろ自分の席に動き出す。私は最初から席に着いているのでそのまま。水瀬さんグループも会話を切り上げ、同じように自席へと散開していく。
すると。不意に水瀬さんがこちらに目を向けてくる。――しまった、つい見すぎた。ここまで合わなかった視線がかち合い、私の中で朝からの現象である気まずさがまた顔を出す。
対する水瀬さんは、そんな私の心情など露知らず、にこーっと悪戯っぽく微笑み、徐に胸元をとんとんと指でタップして見せた。
「っ」
指で叩いたもの。黄色いネクタイに目が行き、思わず息を呑む。
昨日着けたばかりで愛着などなく、ともすれば自分の物という意識もまだ薄い学校指定のネクタイ。水瀬さんが着けているそれは本来私のであり、そしていま私が着けているのは水瀬さんのもので――
「……だー、もう」
まるで秘密を共有してるかのような心境。
よってこの後も気まずさを引きずることが確定し、また独りもやもやするのであった。
そんなこんなでようやく下校時間。
「一緒に帰ろ」
昨日と同じような足取りで水瀬柚子がやって来た。
それに断る理由が思い付かず、「いいよ」と端的に答え、連れ立って校舎を出る。
校内からも出て、車や人が行き交う道を会話もなく行く最中、私は昨日と同じ状況になったことの悔し紛れで、浮かんでいた疑問をぶつけてみる。
「教室で話してた子たちとは帰らないの?」
突拍子のなかった問いかけに水瀬さんは一瞬きょとんとした後、「ああ」と合点がいったように答える。
「あの子たちとは中学の時から学校で話すだけだから。気にしないで」
気にしないでって何。気にしてないから。何その気遣いっぽい付け足し。
だけど、まあ。それで納得する。そういう浅い付き合いなら、さっきも突っつかれなかった訳だ。話のタネにはなるけど、まだそれで下手に囃し立てる時期でもない。
そのままなあなあになってくれれば――
「って、違う違う」
「?」
つい口に出してツッコんでしまう。何故この付き合い続く前提だったし。
もう分からなくなってきてる。まだ一日しか経ってないもの。
ちら、と隣を見た。明るい小顔が目に映る。こんな子と知り合っただけでなく、その体に触れ、唇に触れ、肌を合わせた事実が今なお信じられていない。絶賛混乱状態だ。
そんな私の意図を察したのかそうでないのか、水瀬さんがふっと笑いかけ、いかにもさりげなく私の手を取って一歩前に出る。
「行こ」
「え、ちょっ」
繋がれた手に引かれ、思考もままならずして歩を進めた。
それから。やはり何処に寄るでもなく、自然と私の家に辿り着く。……まあ、昨日今日でカフェで一服したり、買い食いしてお喋りもできなそうだが。
勝手知ったる風に上がり込み、これまたごく自然に私の部屋へ。共に学生鞄を置き、なんか一緒にベッドへと腰を落ち着かせる。
自室のホーム感に一息吐いた後、そういえば冷蔵庫に昨日買って飲まずじまいだった飲み物あるなと思い至る。
「ジュース持ってくる。ちょっと待ってて――」
そう言いつつ立ち上がろうとしたその時、水瀬さんがふとそれを制してきた。
事態に固まった私は、そのまま吸い込まれるかのように水瀬さんに唇を奪われてしまう。
「んっ、な、水瀬、さん」
驚いて離れようとする私を押さえ、更にぐっと口づけられる。その上、ぬるりとしたものが口内に割り込む。それは私の舌を絡め取り、ぞわぞわするほど心地よい感触を与えてきた。
時間にして数秒。体感はそれ以上の時を経て、突然なキスがようやく収まる。
「な、何して」
「ん? 嫌じゃないんでしょ? じゃあしないと損かなって」
唐突な刺激にどもる私に対し、変わらぬ笑顔にちょっと熱を帯びさせた水瀬さんは、力の抜けた私をベッドに押し倒す。教室で見た明るい顔に薄影がかかり、怖いくらいに艶めかしい。
というか、損って。なんなんだそれ。
「……やっぱり、私の体が目的だった、とか?」
色恋が否定されるならと、あのあと導き出した結論。それを提示する。
自慢ではないが、私はそれなりに胸もある。体の大きさに合わせて発育も平均より半歩進んでる自覚。それを目当てとされたなら、まあ納得できるだろう。
けれど、それも頭上の水瀬さん本人にあっさり笑って否とされた。
「んー、別にそれは後付けかな。お得ってだけ」
「じゃあなんで」
「そういう細かいことはいいじゃん。せっかくできた縁だし。気にせず楽しもうよ」
腕で押した暖簾のようにするりと抜ける返答と共に、水瀬さんはまた私にキスを落とす。唇と、首筋。聞き分けのない子をあやすような優しさに、私は言葉も出なくなる。
「気を遣う友だちでもないし、尊重し合うコイビトでもない」
空いた細い手が、胸元を這い上がる。
「女同士だからやることに配慮する必要もない」
もう片方の細い手が、スカートの中へと潜り込む。
「だから、何も考えず今は楽しも?」
いっそ寒気がするくらいの笑みに、私の意思はいとも容易く呑み込まれていった――
一つだけ疑問が晴れた。
何故私は受け入れたのか――それは私がこういうことに押しが弱く、流されやすい質だったからだ。
知らない自分の一面を知り、天井を見上げながらふっと自嘲してみる。
「眠くなっちゃった」
すぐ隣から呑気な声が投げかけられる。
ふあ、と言葉の通り小さな欠伸を零す水瀬さん。よく他人の家で、何も着ないまま眠くなれるなと呆れ混じりに感心しつつ、仕方なく対応する。
「そっちが良ければ、また泊まってっていいよ。今日もどっちの親も帰らないし」
昨日に引き続き、もう二回目だ。節操なさすぎて情けなくなる半面、慣れが生まれてた。
家に親しい同級生を泊めるなんてイベントも小学生以来なのに、まさか二十四時間前に出会ったばかりのクラスメイトとこういう関係になって連泊なんて珍事は、多分今後絶対ないだろう。
私の提案を受けて、水瀬さんは肩まで被る掛布団から少し出て一考する。
「んー、いいや。今日は帰らないと、お母さん心配するかも」
「そっか」
「それに泊まったら流石に疲れそう」
「いやどういう意味?」
「そのままの意味。意外と乗ってくれて驚いちゃった」
「ぐうっ……」
思わず言葉を詰まらせる私。あのあと謎に吹っ切れて、こっちからも攻めていったのが思い返され、今になって小恥ずかしい。そして悔しい。
ほんと、どう転んだら同性のクラスメイトと二回もこんなことをするのか。昨日今日の星座やら血液型やらの占いは見逃したが、そういう星の下にあったんだろうか? なんだその占い、なくなってしまえ。
しかしどう悔やんでも、事実は変わらない。行為直後の残滓残る体を横にして、同じように寝転がる水瀬さんに向き合った。
「で、さ。これからどうするの?」
「朝も言ったけど、私は別にこのままでもいいよ。都築さんが嫌じゃないなら、だけど」
「このままって……」
つまりそれは、この関係は継続ってことか。どういう理屈で。いや、そういうのもないのか? 確か、気にせずとか何も考えずとか言ってたし。
じっ、と。水瀬さんが私を見つめてくる。
「どうかな? 私は都築さんの答えに従うよ」
さっきは意思を呑み込んで襲った癖に、今度の水瀬さんはまっすぐ答えを待つ。
それは、ここまでのマイペースだった彼女と違って、なにか信念があるように見えて。
私は、それになんとか答えを出す。
「……嫌じゃ、ないし。まあ……それでいいなら?」
「うん、分かった。これからよろしくね、伊織ちゃんっ」
分かりやすいくらい花咲く笑顔を浮かべられる。
伊織ちゃんて。距離の詰め方エグいな。これが陽キャか、っていま抱き着かないで。散々見て触ったけど、我に返って見て触れる他人の裸って刺激ありすぎる。
はあ。と、ため息を漏らす。
人生なにがどうなるか分からない、なんて陳腐に実感させられる。私はいま、クラスメイトとおかしな関係性を結んだ。きっと、一昨日の自分に伝えたら、頭おかしくなったかと蔑まれるだろう。
友達には日が浅く、恋人にも互いを知らなすぎる。体で繋がったような、名前の付けられない関係。
「……なんで、だなあ」
また一つ呆れたように言って、ひとまず今日はこの余韻に揺蕩うのであった。