入学式の日に顔を合わせたばかりのクラスメイトとベッドで一晩明かしてしまった   作:秋塚翔

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なんでもない、どうでもない日のこと

「伊織ちゃんって、部活はどうするの?」

 

 出し抜けに、そんな問いが投げ掛けられてきた。

 いや、そこまで急でもないか。その証拠に、机の上に広げられたプリント類は、さっき学校で私も受け取った部活動に関するそれと、まだ白紙の体験入部の届けだ。それを見ながらの問い掛けだった。

 他の学校は知らないが、我が東条高校では新入生が生活環境に慣れてきた一月くらいで部活動が始動し、新入部員獲得が活発化する……らしい。その辺りは聞き流してた。

 これまた他校は知らないが、うちの学校はそれなりに部活のバリエーションが豊富だ。定番どころの野球部やバスケ部にサッカー部、文科系なら手芸部から美術部、珍しいものでラクロス部やオカルト研究部なんかもある。別段何かの強豪校でも推進校でもないが、生徒主体の自由度ある校風。そのせいか、特色がないとか不真面目な学校と云われない陰口されることも。

 話を戻しまして。学校生活もその時期を迎え、比例しておかしな付き合いがそれだけ継続している客人の問いに対して、私はベッドに寝転がって漫画を読みつつざっくりと答える。

 

「別に興味あるとこないし、いいかな」

 

 無関心を込めた結論。

 実際、目を引くような部活はないから仕方ない。そもそも、進学だって親に言われての惰性だ。こんな向上心のなさで行きたい部活なんてまずないのが心情である。

 因みに、中学の頃は手芸部に入っていたが、それも家に帰ってやることないからと、友だちに誘われての入部だった。文科系なのも、ユニフォームとかの必要出費がないからだったり。

 

「ふーん」

 

 そんな私の返答に、後ろにいるこちらを振り向きもせず机に向かったまま、気のない返事。

 ほんとになんとなく聞いてきただけか? と思った矢先、広げたプリントを雑に纏め、学生鞄へと無造作にしまい戻して何の気ないように続ける。

 

「じゃあ私もそうしよっと」

「はあ……?」

 

 思わず顔を上げて巣頓狂な声が出た。

 何故そうなった。まさか私が帰宅部を選んだから、それに合わせて? いやいや、まずそうする意味が分からないのだが。それは私たちの関係で必要性のないことでは。

 とりあえず聞いてみる。

 

「なに。水瀬さんってやっぱり私のこと……その、好き、なの……?」

 

 核心へ触れる質問に、つい言葉が詰まる。一月の間で何度か疑念を持ったことなのに。

 が、それに相手――水瀬さんは呆けた顔で振り向く。反応に異変はない。

 

「んー……そういうの、じゃないかな、」

 

 言って、また机に向き直り、今度は棚から出した漫画を開く。

 ――あの入学式の日から早一ヶ月。すっかりこの珍妙な光景が日常に感じられてきた。学校がある日の放課後、水瀬さんは割と頻繁に私の家まで来て時間を共に過ごしている。

 一般に友人とか、ともすれば恋人とも取れる過ごし方だが、私たちはそういう関係性を結んでいない。明確な形も決まっていない。体を重ねることはあれど、そこに友愛や情愛の感情は挟まっていない状態だ。

 あ、一応言っておくが、会う度にそういうことをしてる訳じゃない。あの最初の二日は例外。それ以降はこうして部屋でくつろいで、漫画読んだりゲームしたり、学校であったことを話したりしている。

 

 ……ごめん、嘘言った。その間に三、四回やることはやっています、はい。

 

 しょ、しょうがないよね。だって気持ちいいもの。これが友だちや恋人同士なら色々な配慮で節度もあろうが、お互いにどういう関係か未だに定め合っていないなので、流れと誘惑に負けて抱き抱かれの行為になってしまうのだ。若さゆえの過ちである。

 と、誰にでもなく言い訳したが。正気に立ち返れば弁解したくなる関係性となってしまったのが、私こと都築伊織と水瀬柚子の間柄だった。

 

「――まだ。」

「ん?」

「あー。まだ帰る時間には早いよね」

「えっと……そうだね、なんか用事ある?」

「ううん、別に」

 

 素っ気なく返され、開いた漫画のページにまた目が落ちる。

 こういう気まぐれな態度も、すっかり見慣れてきた。不愛想ではなく、ただ自然体なだけ。教室で友人に見せるものと大差ないそれに、奇妙な安心感を覚える。

 やはり友人というには未知な彼女に、私はあえて友人っぽく尋ねてみる。

 

「水瀬さんは中学の時、何の部活やってたの?」

 

 ページを指でめくりめくり、水瀬さんが平然と答えてくれた。

 

「私? 空手部だったよ」

「……マジで?」

 

 見かけによらなすぎでしょ、人。倒置法。

 

 

 

 

 

 いつも通り始まる学校での一日。

 私は、変わらず日々を独りのんびり過ごしている。

 学校での私と水瀬さんは、基本的に関わり合いを持たない距離を保っていた。

 放課後になれば水瀬さんが勝手に来て、一緒に帰る姿を晒しているから別に隠すようなことはないのだが、やはりそこは交友の縄張りというものがある。私が水瀬さんと接点できたとして、私が水瀬さんのグループに飛び入り加入することにはならないのだ。そこは線引きしないと、恐らく学校生活を上手く立ち回っていけなくなる。

 

「ねーねー見て見てー! 昨日ネイルやってもらったんだけどイケてなーい?」

「おまっ、昨日遊び誘ったの断ったのはそれ理由か! この薄情モン!」

「あ、ヤバ! 助けて水瀬ぇ!」

 

 授業前の自由時間、相変わらず教室前方に集まる水瀬さんグループは実に賑やかだ。背後へ回られて盾にされる水瀬さんは、二人の学友のやり取りにくすくすと可笑しそうにしている。あ、くるりと体を回して引き渡した。薄情者が薄情な報いを受けた形のようだ。

 特にやるべきこともないため、その光景をぼうっと眺める。友だちと親し気に話す水瀬さん。そのネクタイは、もう彼女のものに戻っていた。私のも、もう私の許に戻っている。元通りの状態。

 そこにちょっとの寂寥を覚えている私は、少しばかり毒されているのだろうか――?

 鮮烈なスタートを切った高校生活、そうなるのも致し方ないかどうか。日常に余りにも水瀬さんが入り込みすぎている。

 水瀬さんが誰よりも間近な日々。いま教室で明るく振る舞う彼女が、私の部屋では違う一面を見せるのを、私は見て知っている。熱し、蕩けた顔。そして肢体――思い出すべきじゃない情景を思い浮かべてしまい、居心地複雑なモヤモヤが顔を出してきた。

 いけないいけない。ちょっと切り替えよう。そう思い立ち、すっくと席を立つ。

 まだ始業まで時間がある。花でも摘んでこようと、教室を出て近場のトイレに向かうが……その真ん前には、他クラスのこれまた陽キャグループが談笑していた。うわ、通りづら。

 流石にあそこを割り込んでいく勇気はない。仕方なく一階に降りていく。

 購買部も併設されるスペースを横切ってそこのトイレを目指していたその時、

 

「わあぁっ! 待って待ってぇ!?」

 

 勢いある声が側面から飛んできた。

 すると、コロコロとリノリウムの床を小銭が転がってくる。何気なくそれを受け止めると、遅れて一人の女生徒が元気のいい足音と共にやって来た。

 

「あっ、ありがとう! 助かったよー!」

「え、ああ。どういたしまして」

 

 感謝の言葉を受け取りつつ小銭をその少女に返す。

 

「あれ? 同じ一年だよね。こっちに何か用?」

「いや、二階のトイレが塞がってたから一階のを使おうと思って」

「そっか。あー、あそこC組の子たちが良くいたっけ。貴女はもしかしてB組?」

「そうだけど……」

「だよね! 私はA組の望月(もちづき)真琴(まこと)! よろしく!」

 

 と、流れるように自己紹介された。

 いかにも活発そうな子だ。昨日の部活の話を引き合いに出せば、運動部が似合いそうな。髪を後ろに括ったポニーテールを揺らし、にこやかに差し出された彼女――望月さんの手を、つられるように握手してしまう。

 

「ほんとに助かったよ。今月家の手伝いサボったせいで、小遣い減らされてさあ。少しも無駄にできないのに、自販機でジュース買おうとしたらぶちまけちゃって。いやマジありがとう!」

「お、おう」

 

 聞いてないのに、全部語ってくれた望月さん。

 テンションにエンジンついてそうな子だ。完全に陽の者。ぶんぶん握った手が振られ、肩まで揺れ動く。その威勢に圧され、こちらも「つ、都築伊織……です」と名乗っていた。

 

「いやー、それにしても私としたことが、一ヶ月してやっと他のクラスの子と名乗り合うなんて。中学まではその日の内に最低十人は新しい友だちゲットしてるんだけど、高校生にもなるとそうもいかなくなっちゃうねっ。改めてよろしくっ、伊織さん!」

 

 素直に凄いこと言ってくる。その日の内に十人って。確かにこの快活さなら、そういうやり方で友好の輪広げてそうだなあ。ほとんど流れで辛うじて友だちできてたような私とは大違いだ。

 屈託ない笑顔を向け、疑う余地のないフレンドリーな態度で接してくる望月さん。私なんかにも知り合えたのが嬉しいかのように尚も話しかけてこようとしてきた時、

 

「――いつまでも何やってんのよ、真琴」

 

 そう、真逆のような鋭い声が割り込んでくる。

 私と望月さんが振り向いてみれば、そこにはもう一人の女生徒が佇んでいた。肩までの髪を緩くウェーブさせた栗色髪の少女。しかしふんわりしたそのヘアスタイルに相反するかのように、こちらへと向けられる双眸はキツく攣り上げられている。

 さながらトゲのある可憐な花のような少女の声に、名を呼び掛けられた望月真琴さんは、申し訳なさそうな笑みを向けた。

 

「ごめんごめんっ。せっかくだから仲良くなっとこうと思って。この人B組なんだってさ」

「へえ、B組……じゃあ、あのハチミツ女のとこね」

 

 不機嫌そうにそう返して、少女は何か気付いたようにこちらを見た。

 

「あら? あんた、もしかしてあのハチミツ女の連れ――」

「こーらっ」

 

 が、その言葉を遮る形で望月さんが窘める。

 

「もうそういう言い方しないの。綾乃(あやの)は無駄に敵作るんだからぁ」

「む……」

 

 人差し指を立て、言い聞かせるように柔らかく咎める望月さんに、対する少女は一瞬バツが悪そうにした後、腕を組んでまた尖った目つきを作る。

 

「分かったわよ。まあ私には関わり合いないしね。とにかく、そろそろ授業始まるんだから、早く教室戻るわよ」

「はいはい。それじゃあ伊織さん、また会ったらちゃんとお話ししよっ!」

 

 こっちには分からない会話で切り上げ、ふぁさっと髪を掻き上げながら踵を返す少女を追うようにして、望月さんが私へ律儀に手を振りながら去っていった。こちらもそれにぎこちなく片手を上げて返しておく。

 ……突然の春風みたいな出逢いだったなあ。ずっとペース握られてた。あっという間に顔見知りにさせられ、唐突な交友の広がりに妙な達成感を得てしまう。

 なんか今ので気が晴れた。すっと立ち戻った頭で教室に戻る。

 席について少しするとチャイムが鳴り、担当の教師がやって来た。幸い素行不良の生徒がいない教室内は、工程に従った学生たちで綺麗に席を埋める。

 余談だが、私の席は窓際二列目の後方だ。そう目立たない位置。あんまり先生に注目され名指しで差されない場所。

 そこからふと目を移せば、中央辺りの席にちょうど着いた水瀬さんが視界に映り込む。差した朝日に明るい髪色が反射し、贔屓目ながら際立って見えるよう。

 

 その蜂蜜色の髪を眺めつつ。今日も変わらぬ日常が始まる――

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