入学式の日に顔を合わせたばかりのクラスメイトとベッドで一晩明かしてしまった 作:秋塚翔
「望月さん? うん、同じ中学だったよ」
やっぱり。
土日を除いた週の半分を占めている水瀬さんとの帰り道。ふと学校での出来事を思い出して問いかけてみれば、案の定といえる答えが返ってきた。
それも当然だ。同校の子がいない私とは反対に、周りでは見るからに一緒の学校だった子たち同士のグループを見かける。望月真琴という同学年の子が私と同じ中学校の顔見知りでない以上、水瀬さんと同じところの出であるのはある意味で納得だろう。
「それがどうかしたの?」
「いや……学校でたまたま会って、ただそうなのかなって」
「ふぅん」
水瀬さんは気にした風もない反応を示した。
……私がそう尋ねかけたのは、話しただけの望月さんが理由ではなく、その望月さんと一緒にいた子の言葉が気になってのことだったが――流石にそれは正直に言えないだろう。
私と水瀬さんは、詮索するような仲ではないのだ。たとえ水瀬さんの人間関係がどうであろうとも、私が興味本位で触れていいものではない。逆に水瀬さんが、私のことで深く聞いてこないように。彼女とは体の関係を築いてはいるものの、それ以上――友だちでも恋人でもない付き合いをしている間柄だ。
だから、この話はこれでおしまいである。
「あ、そうだ。ちょっと寄り道していい? 駅前の本屋なんだけど」
「いいよ。新しい漫画?」
「そう。この前言ってた新刊の発売日が今日だった」
「そうなんだ。やった、楽しみだな」
いつも薄く微笑んだような小顔に、もう一段笑みを含めて言う水瀬さん。
この一月ほどで分かったが、意外にも彼女はコミックやゲームなどのコンテンツを嗜む人種らしい。私の家に行けば本棚の漫画を一巻から順に読んでいるし、たまに対戦系ゲームで盛り上がったりもする。聞けば、家には置いてないだけで嫌いではないし、以前は一人でネットカフェに通って読んだりしていたようだ。
てっきりふわふわのパンケーキとか、食欲減退しそうな色をしたドリンクで友だちとワイワイやるのが好きなんだろうと決めつけていたが、その認識をしていた一月前の偏見まみれだった自分を恥じたい。
そんなこんなで、いつもの帰り道からちょっと逸れて、徒歩圏内の駅前にある本屋へと二人してやって来た私たち。
私行きつけの大きい本屋であり、駅に隣接してるのもあってそこそこ利用客を見かける。
「じゃあ後でね」
「うん」
ここでわざわざ連れ添って買い物する必要ないため、入り口で一旦分かれた。水瀬さんは適当に店内を見て回るつもりらしく、ふらりと離れていった。
とはいえ、そう私も時間を掛けない。目的の品は明確なので、コミックのコーナーに足を運ぶ。するとご丁寧に設けられた新刊のコーナーにて、すぐ狙いの新刊本は見付かった。
「あったあった。よし、っと」
無駄足にならずほっとしながら手に取り、ついでに他の棚を流し見していく。
コミックも好んで読むが、ライトノベルも趣味の範疇内だ。ちなみに私は電子書籍とかは利用したりするけど、あんまり馴染んではいない人種だったりする。子供の頃から自分の足で本屋に行って探すのが楽しいという意識があるから。アナログ嗜好な現代女子高生であった。
そうしてめぼしいタイトルのものを何冊か見繕い、手早くレジで会計。
これで私の用事は済んだ。
「えと、水瀬さんは――」
買ったものを抱え、さっき分かれた連れを探しに行く。
そこそこ大きい店内ではあるけど、当然ながら専門書や児童本なども並んでいるから、くまなく探して回ることはないだろう。なのでまずさっきまでいたコミックのコーナーに行くと……やはりと言うべきか、そこに水瀬さんの姿があった。
どうやら立ち読みしている様子。この店の本は大体ビニール包装されているのだが、見本として置かれているものを読んでいるみたいだ。第一巻だけそうして内容を知ってもらい、買ってもらえるよう販促するためのヤツ。
邪魔しては悪い気もしなくないけれど、私の買い物に付き合ってもらいながらいつまでも放っておいたら、それはそれで失礼だろう。そのため、気安い足取りで近寄っていった。
「水瀬さん、買ってきたよ」
ぽんと肩を軽く叩いて告げる。
すると、気付いた水瀬さんが振り向いた。
「あ――買えた?」
「え、うん」
「そっか。じゃ、行こ?」
一瞬、何処か呆けたような顔を見せた水瀬さんは、それもすぐいつもの微笑に戻る。
興味を失った風に本を戻す。……読んでたのは恋愛もの、か。確か今年実写ドラマ化していて、今も人気のあるベタベタの作品だ。こういうのも読むんだな。そこは結構イメージ通りかも?
とか思っていると――不意に水瀬さんは私の手を取ってきた。
「え」
「ん?」
「いや、なに……?」
「早く行こ」
きゅっ、と。ごく自然に繋がれた手への疑問も虚しく、水瀬さんに導かれるまま店の外に出る。
まるで読めない……こればかりは、一月の付き合いでも未だ掴み切れないところであった。
そんな一幕を経て。我が家に到着する。
「ただいまー」
「それは図々しくない?」
あんたはいつから都築家の一員になったんだよ。
戯言を流して、先に部屋へと上がっていってもらい、私はキッチンでジュースとお菓子を用意する。今日はポテトチップスと麦茶、採用率一位の組み合わせだ。
これもすっかり定番化してきてるなあ。高校上がるまでは友だちを家に上げることもあったが、せいぜい前日に買うかしてたのを、今ではそれもいちいち面倒だからと買い置いておくようになった。多少なり好みも分かってきて、それをルーティーンで回して用意する流れが出来てしまっている。
だいぶ日常に浸食してきてるな、と今更ながら実感した。
そのもてなしセットをトレイに載せて、後から自室に上がる。部屋に入ると、すでに水瀬さんは勝手知ったる様子で座り込み、早速本棚の読みかけを手に取っていた。制服の上着を脱ぎ、ソックスも脱ぎ去っていて、完全にリラックスムードである。これも定番だが。
「お待ちどおさま」
「ん、ありがと」
ジュースとお菓子をテーブルに置いて、私もまた上着だけ脱いで一息吐く。自分の家、自分の部屋に帰ってくるとちょっとした解放感がある。
そこに水瀬さんという存在がいる状況にも、慣れた自分がいて。人間ってなんだかんだどんな環境にも慣れる生き物なんだと謎に悟るようにもなっていた。きっかけは珍妙だけど。
身軽になった私は、倣うようにさっき買ってきた本の包装を破いて読み始める。ベッドに身を沈めて、これまたいつもの体勢。
二人して家に来たところで、特に何すると決まってる訳ではない。気が向けば一緒にゲームするし、今日学校であったことを話し合ったりもする。昨日は部活のことを聞いたし、そのまた前回の先週には中学時代の学校行事の相違で盛り上がったりもした。
――そして脈絡なく、どちらともなく体を求めて重なり合うこともある。
ただそれらも、別にそれをしようと決めて行ってはいない。深い理由もなく水瀬さんは私の家に来て、それぞれ気ままに過ごして時間になれば帰る――そういう日々が定番になっている。
そこに何の文句もないし、異論はない。そもそもそういう疑問が芽生える前に、この関係が結ばれたから。改めてどうかと思うが、私としても――あるいは水瀬さんとしても――居心地悪くないために、妥協と甘受で成立させている。
友だちでも恋人でもない、水瀬さんとの放課後の時間。家での時間。
ふと漫画のページから視線を逸らし、すぐ横でベッドを背もたれに別の漫画を読む水瀬さんを見やる。淡い蜂蜜色の髪を湛える後頭部が映った。目線は本に向き、手慰みか小さな素足の指がぴこぴこ動いているのが窺える。
顔も見えないのに、それだけでも可愛いと思うのはズルい。……ズルい、か? とにかく、そう思える存在が家にいるのが日常になってるのだけは、やはり不思議だった。彼女は何を思い、どんな動機で私と同じ時間を過ごしているのか。
――『ハチミツ女』
不意に思い起こされたのは、今朝がた聞いた言葉。水瀬さんが知り合いという望月さんの、それまた知り合いの女生徒が口に出したもの。
きっとそれは、水瀬さんのことで。どこか因縁のある、悪意ある呼び名だった。
良く知らない彼女と、まだ良く知らない水瀬さんとの間に何があってそんな呼ばれ方をしていたのか。詮索する関係でないけれど、気にならない訳ではなく。だけど聞けないのが少しもどかしい。
友だちや恋人ではなくとも、しかし水瀬さんは私の一番身近になった人で。逆に体を重ねる仲だからこそ、そういう相手のことを知りたい欲もなくはない。謎のジレンマ。
この感情にタグを付けるとしたら、一体それは――
「『好き』」
「えっ?」
唐突に。水瀬さんからそんな言葉が出てくる。
見透かしたような一言は、しかし杞憂であったように続けられた。
「『あなたが好き』。この告白シーン、シンプルだけど良いよね」
「あ、ああっ……そこね。うん、そうだね」
それは、今読んでる漫画のワンシーンから抜粋されたセリフだった。
その巻は先に私も読んでいたので、ひとまず共感しておく。私の返答を聞いた水瀬さんは、満足した様子でまた読書に没頭していった。
――いや、さすがに違うよね。
突然のフリで冷静になった頭が自分の気の迷いを認める。
のぼせ上がる思考を振り払うべく、私も引き続き本に目を落とすのであった。
「じゃあ、またね」
たっぷり夕方を共に過ごし、水瀬さんがいつものように帰っていく。
玄関までついてって、靴を履いた彼女をそのまま見送る。いつものパターン。こうして私たちの今日は終わり、それぞれの夜を迎える。
「うん。また」
『また』――次があることを妙に安心する自分がいる。
この感情はバグすぎる。お陰で読んだ漫画の内容が結局頭に入らなかった。後でまた読み返さないと。
「あ。そういえば明日って小テストの日?」
「そうだね……ああ、確かにそうだ」
「帰ったら予習しないとなあ」
友だちみたいな日常会話を挟んで。私も勉強しないとと頭を過らせる。
と同時に、ふと湧いたものを会話の延長で投げ掛けてみた。
「水瀬さんの家って、行ったことないな」
「私の家?」
「そう。いつも私の家だし」
毎回同じところじゃつまらないだろうとか、たまにはそっちの家にも行こうよとか、そんなニュアンスの問い掛け。
対する水瀬さんも、何を思うでもなく応えてくれる。
「うちはアパートだしなあ。家族以外の人を上げるのには向いてないかも」
「そっか。まあ、それならいいけど」
「うん。ゴメンね伊織ちゃん」
「別にいいって」
変なとこで律儀な子だ。気なんて悪くしてないのに。
と。笑って返す私に対して、水瀬さんは一瞬顔色を抜けさせて、途端に溶けるような甘い微笑を湛えたかと思いきや、自然な足取りで顔を近付けてきた。
なに、と問う前に。水瀬さんの唇が私のと重なり合う。
「ん――っ」
首に手を回し抱き締める形で、キスされる。
まるで名残惜しむかのような別れのキスを受け、私はなすがままとなった。
数秒後。離れる間際に唇を舐めてきた水瀬さんは、にっこりと笑う。
「次はしよっか」
それが何の約束か、なんとなく分かってしまって。
答えるより早く水瀬さんは家を出ていった。
「――は」
いつかの入学翌日みたいな不意討ち。
それを警戒なく受けた私の心は、再び気の迷いを顔出させるのであった。