剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
卒論と並行なのでかーなーり亀更新です
液晶に映るのは、地面に飛び散った血と骸。夜空には、月が和装の死体を照らしていた。
視点が前に向く。刃を持った老人が、稲穂を背にしてこちらに剣を振るってきて、暗転。
これはドラマの一シーンではない。実際にあったこと――ただしゲーム内で――だ。
<Infinite Dendrogram>。通称はデンドロ。現実と見まごうリアリティや、特徴的なゲームシステムで世界的に有名になったVRMMO。
なぜ、この動画を俺が見ているのかというと。
"天地で会おう"
それだけ書かれた手紙と共に、梱包された機器が送られてきたからだ。数時間前のことである。
機器の名は、<Infinite Dendrogram>専用ヘッドセット。
今話題のVRゲームを遊ぶのに必要なVRマシーンだ。
その価格は今なお高騰しており、定価は一万円ほどだが、ほとんどその価格で手に入れている人はいない。
――が、俺にとって、そんなことはどうでもいい。
この手紙。この筆跡。どこかで見覚えが――そうだ、
その時は引っ越し作業の途中だったが、中断して本棚を探った。
本棚の隙間から、埃を被ったアルバムを引っ張り出す。
エンボス加工された表紙には、校章が刻まれている。
卒業アルバムだ。当時の青春を――そして、過ちを思い出させる。
アルバムを捲ると、制服姿の自分、仲間、そしてアイツの顔があって。
思い出に浸る自分を振り払って、最後のページにたどり着いた。
『いつか会おう』
卒業アルバムの書き寄せ部分。その端に小さく書かれた、六文字が。
手紙と照らし合わせる。"会おう"の部分が、ほぼ一致する。
『間違いない。あいつの――』
四年前に、完全に縁を切られたと思っていた。
あいつの。
四年半と少し前。俺、天河湊は高校三年生、あいつは高校二年生で、剣道部の主将とエースだった。
主将として、俺は日々部員をしごきながら、全国大会に向けて鍛錬をしていた。
――あいつは、剣の天才だった。剣道ではなく。剣の。
試合開始前の作法などはおざなりだったが、いざ試合が始まると、その裂帛の威迫で対戦相手を圧倒したかと思いきや、意表を付くようにコテを叩き相手の竹刀を叩き落とす。"嫌がらせ"と称して、コンマ数秒の鍔迫り合いの瞬間で相手の竹刀をへし折ることもあった。変幻自在の柔剣使い。実家の道場が古流剣術をやっているのだとか。
――俺は、剣道の秀才だった。剣ではなく、剣道の。
試合前の作法から、相手の心を折るための猿叫まで、十分な完成度。審判の目を盗んで竹刀を折るような高い技量はなく、体躯と膂力で竹刀を打ち込み、相手のコンディションが乱れたところでメンに一撃を食らわすタイプ。中学ではバスケ部のキャプテンをやっていた。
あいつは高校をサボりがちで、高校を留年していたため、俺とは同い年。だが、授業や提出物はサボっても、部活だけは毎日来ていた。
俺とあいつは、軽口を叩き合いながら、日々切磋琢磨する間柄だった。
――あの瞬間までは。
四年が経っても、目を瞑ればあの頃に戻るように思い出せる。
「あっ、ぐっ、痛っ……」
パァン、パァンと他の部員が木刀で丸太を打つ音が響いている。
俺はハンドグリップを握りながら、部員たちの剣筋を見ていた。
そこで萌々手は、木刀を取り落とす。
「どうした萌々手ぇ! まだ百回も立木打ち終わってないぞ!」
いつもなら、タメ語の軽口で返してくるアイツが、今日は黙って額に汗をにじませている。
「ちょっとまって、ホントに痛い……まずいかも」
その言葉を聞き、異変に気づいた。
「……萌々手? 大丈夫か? 一旦保健室行くか?」
試合の前々日。俺の追い込みで、彼は肩の捻挫を起こした。
全治は、二週間。
その結果、彼は全国試合に出ることはできず。
結果として、団体戦では県大会4位。個人戦では、俺のみが、全国三位の結果を残した。
――その日を最後に。萌々手は、剣道場に顔を出すことはなくなった。
俺に対しても、名前を呼ばず、"先輩"とだけ呼ぶようになり。
彼から俺に声を掛けることはほとんどなくなった。
俺の卒業式に、三年生の教室に立ち寄って、寄せ書きを残したきり。
彼からの連絡は、四年間途絶えた。
「――萌々手。今更なんだってんだよ。お前に合わせる顔なんて、ねぇよ……」
俺は卒業後、実家から離れた国立の経済学部に推薦入試で合格。
だが、燃え尽きた俺は、最も時間的制約が少ない、"楽な"ゼミを選ぶ。バイトも楽なものを。
――そして、いろいろあってサクラサク春、3月末。今に至る、という感じだ。
動画を見ながら、再開した引越し作業を終える。後は、このヘッドセッドが入った箱を廃棄するかどうか、だが。
「……結局、謝れなかったな」
あの時。そもそも剣の天才であるアイツを、無理に特訓に参加させたのは俺だ。
"大会前特訓"と称して、熱血ぶって愚かな真似を部員に、そして萌々手に強要したのだ。
全国三位のメダルは、取った直後に引き出しの奥に仕舞った。俺の愚かしさの象徴だから。恥の塊を、目に入れたくなかったから。
"許されたい"、だけど、"許される訳がない"。そう、自分に言い聞かせていた。だから、向こうから連絡が来るまで、何もせず――そして、四年と半年は過ぎていった。
俺は、あの頃と何も変わらず。愚かなままだ。
それでも。謝罪すべき相手から連絡が来て、それを無視するほど愚かであり続けたくはない。
「頭下げに、行くか」
ヘッドセットをかぶる。
電源ボタンを押す。
最初のログインを、した。
そこは、暗い闇に光を放つウィンドウだけが浮かんでいる空間だった。
ウィンドウの内側にはモザイクがかかっているが、その動きからなんとなくゲーム内の戦闘風景であることが伺える。
その中に、俺の他には一人の人間――人間? が立っていた。
シルエットは成人男性、に、西洋竜のような翼が生えている。その他にも、毛皮部分、鱗部分などの異形が散見された。
その男は、渋い声で僕に声をかけた。
「<Infinite Dendrogram>にようこそ。こちらも忙しい。初期設定は手早く行いたい」
プレイヤー、仮にもサービス先に言うセリフかよ。
「ええと、あなたは?」
まず相手の名を知り、覚える。コミュニケーションの初歩だ。
「管理AI4号、ジャバウォック。君の名前はどうする?」
どうって……ああ、そういうことか。
「プレイヤーネームか。そうだな。ミルキーウェイ・アンティプライド、で」
アイツに謝るためにデンドロをやるのだ。天河という名前からミルキーウェイ、あの時頭を下げなかったプライドを否定する、という意味でアンティプライド。
「ミルキーウェイ、だな。では、視覚表現はどうする。現実視・CG視・2次元視があるが――」
そこまで言って、男はふとこちらの顔色を見た。……AIが顔色を窺うのだろうかと疑問はあるが、人間らしさが真に迫っている。これがデンドロのAIか。
「2次元視は距離感。CG視も違和感が掴みにくい。戦闘をするなら現実視をすすめる」
システマチックな口調だが、説明は端的でわかりやすい。どこか気配りを感じさせる言い回しだ。
「じゃあそれで頼む」
「次はアバター作成だ。リアルを元にしてもいいし、ゼロから組んでも良い」
「リアルを元にしてくれ」
謝罪しに行くのだ。特定されない程度にリアルと近い顔つき・体格が良い。
すると、リアルの自分とそっくりの外見の仮想像が目の前に現れた。パラメーター調整をおこなうための仮想ウィンドウも眼の前にある。
パラメータを弄る。目つき顔つきには触れず、高校のときはなかった頬の傷を消す。
髪型も、高校の頃と同じ短髪にする。
眼の前の仮想像の男が、かつて剣道場で木刀を振っていた自分と重なる。
――あの頃の自分は、頭を下げられなかった。変なプライドと受動性に満ちていた愚かな時代の俺。それでも、頭を下げるべきはこの面だろう。
髪とその他の体毛の色は、個人特定の対策で鈍い灰銀にしておく。謝罪するときは、黒に染めるつもりだ。
目の色はリアルと同じ、明るい茶色。
骨格は今のまま。リアルの身長194cm、体重92kgから、体脂肪率をやや下げ、高校の絞っていた頃に合わせたら88kgほどになった。
うん、これでいい。
「これで頼む」
すると、身体が若干変化した気がした。身体に触れてみると、脂肪が薄れている。
「承知した。初期武器はどうする?」
「天地、って、日本みたいな場所だよな」
「なんだ、天地に行くのか。そうだな、安土桃山時代の日本に、文化は近い」
戦国時代か。剣を振るえ、と萌々手は言っているのだろうか。
「じゃあ刀で頼む」
「脇差か木刀しかないが、どっちにする」
脇差と木刀。攻撃力ではおそらく脇差のほうが高いだろうが。
「木刀で頼む。手に馴染む」
「……ずいぶん渋い選択だな」
ジャバウォックの口角が、僅かに歪む。AIとは思えない含みのある表情に、人間的な、いや、人間を超越したような意図を感じた。
「アイテムボックスの中に路銀といっしょに入れておく。これがアイテムボックスだ」
そう言って、人の頭が入りそうな大型の巾着を渡してくる。革紐がくっついていたので、腰に巻いた。
「これでキャラメイクは終わりだ。初期の所属国家は天地でいいな?」
「ああ――あ、そうだ。<エンブリオ>ってやつは」
「すでに移植を済ませている。左手の甲を見てみろ」
その言葉に従うと、左手には、卵型の半透明の宝石が、無色の淡い光を放っていた。
「――では、初回キャラメイクは終了だ。<Infinite Dendrogram>へようこそ。“我々”は君の来訪を歓迎する」
その言葉と同時に。
闇に沈んでいた空間は、突然破れるようにして、遥かな蒼の風景に塗り替えられる。
眼前に広がるのは、どこまでも澄んだ蒼天。
上には太陽が燦々と照り、下には三日月を連想させる、巨大な列島。山脈が縦に走り、海岸線は日本刀の如く反っていた。
その島の中心辺りに向けて、俺は落下していく。
「……まじかよ」
俺、高所恐怖症のケがあるのだが。
目を瞑って、風圧に耐え、身体を空中で丸め。
ゲーム内の落下死に備えた。
剣道部は未経験なので部活描写は調べながらのほぼ想像です。
感想・評価・描写のアドバイスなどお待ちしています!
モモタ→モモテに変更 7/14