剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
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地面に、足首が埋まる。お爺様の《縛道千里》だ。最大限警戒はしていたが、まさか地中を伝って結ぶことができるとは。
直後、あまりにも大きな殺気と怨念が、真正面から放たれる。
敵は<マスター>、何が出てきてもおかしくないと思ったが、ここまでの剣術家とは。
おそらく、<エンブリオ>はあの猿真似剣の行使を補助するもの。長年の修行の成果をエンブリオで盗られたことに怒りは湧くが、その精度に感嘆する自分もいた。
敵<マスター>、断佐の護衛が抜刀する。その刃は長く長く伸び、私の首に到達――する寸前、襟首を後ろから引っ張られる。
斬撃は、私の左目を抉るに留まった。
「っぐぅ……、誰だ?」
左の視界はもう失せたな。そう感じつつ、背後を振り向く。
そこには、宙に浮く水晶の刀と、それを握る、包帯に巻かれた右手があった。
同様に包帯に巻かれた左の手は、私の襟首を掴み、上空数メートルに吊るしていた。
これは――驚いた。九死に一生を得たこともそうだが、彼がこうしたことも。
「お爺様が雇った【隻剣王】――なぜ私を?」
本来の立場であれば、雇い主に刃を向けた私を切り殺すべきではないか。そういった疑問が湧く。
「まあいいじゃん、そういうの。忠とか仁とかだるいし。そんなことより――彼があっちに付いたなら、僕は君に付くよ。<マスター>は<マスター>に任せな」
「――御言葉に、甘えます。私はお爺様を、あの妖怪を、斬らねば」
「そう」
襟首を離す【隻剣王】。私は地面に着地した。
直後、地面から生えてきた銀の紐を切り捨て、お爺様に向かって、駆ける。
視界の端に、包帯と水晶剣と水晶眼球が、断佐の護衛の剣士に向かい飛んでいくことを確認する。
その包帯は、喜色を浮かべている、気がした。
【
ようやく、彼と死合える。
彼との逢瀬をどれほど望んだことか。受けを、弾きを、鍔迫り合いを、そして血飛沫舞う斬撃の応酬を。
――リアルでも、
アイツが高校を卒業し、俺は中退した時。
凶器持ち込み自由、殺傷許容。
その名を――『御膳死合』。
刺激に飢えた成金共のバカ舌を満足させるため、多くの若者が争い、命を落とす場所。
なぜそこまで行きついたのか。そこまで堕ちたのか。
話せば長くなるし、思い出したくもない過去だ。
結果だけ話す。俺は、右腕を失い、二度と剣を握れない体となった。
だからだろう、俺の<エンブリオ>が、こんな形になってしまったのは。
【不在跋刀 クー・フー】。『斬られるのは怖い。でも斬るのは愉しい』、そんな、俺の怯懦と卑劣を具現化したかのように、身体を包み、亜空へと逃がす布だ。
リアルでは失った右腕で、仮想の世界で惨めに剣を振るう。
売剣夫であることを、辞められない。そんな俺を、お前はどう見る?
なあ、答えてくれよ。
【刀巫】ミルキーウェイ・アンティプライド
一度、剣を合せて、既視感、というより、既剣感に気付く。
デジャヴュ。これは、俺が試合剣術に矯正する前の、いや、それ以上に荒々しく進化した殺人剣。
しかし、その剣の哲学は希釈され、殺意は濃縮されている。
もしも。もしも、目の前の水晶剣の使い手が、アイツだったとしたら。
俺と別れた後に、何があったのか。それを、一合の剣戟だけで薄っすらと察してしまった。
――この殺気は、仮想世界で練られるようなシロモノじゃない。
「……お前。名は」
「ピーチハンディ・キャップ。っていう答えを期待してる訳じゃねェよな。天河」
つまり。そういうことだろうか。
萌々手は。かつての親友は。
人を殺して、生きてきた、のか?
「お前、萌々手。お前、どうしたんだよ、その剣術、その殺気は!!」
「ふふ、ふへへ。聞きたいか? 本当に?」
「――いや、後にしてくれ。頼む、ここは引いてくれないか。後で時間は幾らでも取る。今は、断佐とあの老人を死なせないのが、俺の、今の使命だ」
ヘラヘラとした声は、一転して、底冷えする声音に変質した。
「はァ? 使命? お前の使命って、何だよ? デンドロに、このデンドロに誘ッッたのは、
包帯が解かれる。質量保存の法則を無視して、手の先から腕が現れ、肩が現れ、首が、胴が、そして顔が現れる。
――その顔は、高校時代の、気の強さと幼さが共存する萌々手の顔と、髪型から目の色まで、何一つ変わっていなかった。
ただし。表情のみが、剣への、そして俺への強い執着を感じさせた。
「やっぱり、萌々手か。話したいことも、謝りたいこともたくさんある。でも、それは今でなくても良いはずだ。俺にはやるべきことがある。お前に会うだけが、使命じゃない」
彼にとっては、それは魂を否定されたかのような拒絶だったのだろう。
強く衝撃を受けた様子で、剣を構えながらよろめく。
「……え? おい、天河、天河。責任、取れよ。俺はさァ。剣道部を辞めても、高校を辞めても、諦めきれずに剣術やってきたんだよ。真剣振るって、鈍らないように
試合、ではないだろう。死合か。
「でも、爺ちゃんは、俺じゃなくて、七つの甥に継がせるって言ってよ? そのままくたばっちまった。そんでよ、許せねェから、糞餓鬼に真剣で挑んで。――俺、右腕取られちまったよ。七つの餓鬼にだぜ? すげぇ惨めだよ。惨めな人生なんだよ」
言葉を、見いだせない。子供を襲って、返り討ちに合って。
彼の、剣への妄執は、それほどまでだったのか。
「……あの時。お前と一緒に全国行けたら、サ。満足して剣を手放して、そんで、"あの頃は楽しかった"つって、冴えないけど幸せな人生を送ってた、はずなんだ。――でもよ」
「――すまない。お前をこうしてしまったのは、その切っ掛けは俺だ。リアルで右腕を切り落とせって言われたら、そうするよ。お前との友情に支払う犠牲として、それくらいは許容できる。――だけど、今は待ってくれ。今は、そんな余裕はないんだ。頼む、少しだけ待ってくれ」
萌々手は、瞳孔を開き、しかし、しっかりと俺の――俺の剣を見据えて、自らの剣を握りしめていた。
「嫌だ。今のお前にとって、剣はどうせお遊びなんだろう! 俺にとっては、全てだったんだ! 高校入る前も、高校辞めた後も、そして今も! 高校の頃のお前だけだ、俺の全てを、理解してくれたのは。――今は、違う。だったら、もう一度理解させるだけだ」
そして、彼は煉獄から響き渡るような唸り声しか口にしなくなった。
一歩引く。萌々手は、一歩踏み出す。
一歩踏み出す。萌々手は、一歩も引かず。
距離は縮まっていき――鍔迫り合いの距離へと。
もう、言葉を交わす意味はなかった。双方ともに、それを悟っていた。
【クロサワ】が、念話を通じて俺に語り掛けるが、無返答を返答とする。
それで、彼女は、【クロサワ】は察してくれるはずだ。そういう信頼があった。
つまり、『俺にやらせてくれ』。
これは、俺自身がケジメを付けるべき事象だった。
彼、萌々手はメンヘラの剣キチですが、同性愛者ではありません。腰の炎を燃やしたりはしません。腰の脇差チャキチャキはするけど。
ちなみに、萌々手君の小学生との決闘罪(半ば殺人未遂)に関しては樫宮流の権力でモミモミしました