剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
水晶の刀と、黒の刀。二つが織りなす剣戟は、軌跡を作る。
一つは、一撃必殺を旨とする、防御を考えぬ殺人剣。
一つは、防御による剣技の解明を旨とする記録剣。
ミルキーウェイ、天河は、<エンブリオ>のスキルに依存せずとも、『受けること』によって、剣術の技法を解明するやり方を身に着けつつあった。
ステータスの加算や、特殊スキルの再現などは不可能だが、たとえば<刳昏>のような、特典武具で必要条件を補った剣技であれば、【再録示剣 クロサワ】を用いずとも再現可能だろう。
一方で、ピーチハンディ、萌々手は、【隻剣王】としてのステータスを十二分に活かした、最速最適の奪命を目的としていた。
超級職と、カンストとはいえ非超級職。剣技ではない部分で、本来ならば勝負は決まっていた、はずだった。
なぜ拮抗しているのか。それは、萌々手の殺人剣が、「うろ覚え」になっているからだ。
萌々手はデンドロ内で、包帯、【不在跋刀 クー・フー】を解いて剣を振るった経験が少ない。包帯を解くと、右手が、『肩と繋がっている』ことに強烈な違和を覚えてしまうのだ。生身の状態、つまり、リアルでやっていた売剣稼業のやり方を、思い出している段階なのだ。
不思議なことに、この瞬間だけは、萌々手は違和を忘れて剣を振るっていた。精神状態が、かつての高校時代に逆行しているからか。それとも。
殺人剣を思い出すにつれて、天河は不利になっていく。樫宮流のエッセンスを、真剣勝負で修飾した萌々手の剣は、剣道部時代とは比べ物にならない。
天河は、心果気流の元で促成修行を受けたとはいえ、剣道部時代からはそこそこ上達している、といった程度だ。
元々の実力の差が、発揮されていく。
「俺は! 燭台も切れる! 人も斬れる! クソ、なんで、なんでだよ爺ちゃん。なんで俺じゃないんだよ!」
「萌々手! 落ち着け! いい加減に、ぐっ、目を覚ませ!」
剣戟は加速していくが、両者の加速度は明らかに異なっていた。
一から殺人剣を読み取り、その対処法を編み出す天河。
ただ、両腕が揃っていた時の身体の感覚を思い出せばよい萌々手。
――天河は、舌打ちをしながら、彼女に頼った。
「【クロサワ】、前言撤回!」
刀身は満面の喜色で、分析を開始する。対象は、ピーチハンディの剣術。
看破と分析の速度が、飛躍的に上がってゆく。加速度は逆転した。
萌々手は、あり得ないものを見るように目を見開き、一瞬閉じ、そして、息を吐いた。
「天河――そうか。お前は、そういう奴になったのか。自分の剣で、戦わねぇのか。なら俺も、"こっちのやり方"で行かせてもらう」
解けていた包帯が、急激に蠢きだし、ピーチハンディ、萌々手の身体を覆っていく。
それだけではない。包帯に包まれた部位は、急速に縮んで、亜空に消えていった。
右手と、それが握る水晶の刃。
そして、視界を保持する機能があるのだろう、眼球型のアクセサリだけが、残って空に浮いていた。
デンドロ黎明期。サービスが開始してから数か月ほどまで――<
その一つである、『妖精隻剣士理論』というものがある。
天地から遠く離れたレジェンダリアには、掌サイズの小さい身体をして、空を飛ぶ"妖精"という人型範疇生物がいる。そして、人型範疇生物とされるものならば、キャラメイク次第でどんな生物もアバターとして再現可能なのがデンドロだ。
また、天地も含めた大陸のほぼ全土で、【
妖精種族を模倣したアバターに、カンストした【隻剣士】。これによって、『右手に引っ張られるようにして、本来の速度の数倍で、高速飛行する小人』が実現可能となる。それが、『妖精隻剣士理論』だ。
――この理論には欠点があった。シンプルかつ重大な欠点。
慣性によって手首に多大な負担がかかり、胴体と手を引き裂く力が掛かるジョブスキルでの飛行。それに耐えるため、理論に固執する一部のプレイヤーたちは、手首サポーターの開発や、アバターのさらなる小型化によって対処しようとした。それにしたって限界はある。デンドロは再度のキャラメイクが不可能なこともあり、多くの妖精隻剣士論者は、魔法職に転向するかデンドロを引退した。
棄てられた理論の極地に、その存在も知らず、一人だけ辿り着いてしまったプレイヤー。
肉体のほとんど全てを裏空間に退避させ、その分だけステータスを増強する包帯型エンブリオ、【不在跋刀 クー・フー】。そして、隻剣士系統超級職【
本来のAGIそのものは二万弱、剣を振れば衝撃波が出る程度。
だが、【クー・フー】によって身体を裏空間に退避させ、さらに《
その剣が、ミルキーウェイ、天河の視界の中でブレ――次の瞬間には、天河の右腕を切り裂いていた。
「――っぅ、っう!?」
天河は、焼けるような痛みと、その次に襲う感覚の喪失の意味を瞬時に理解した。【クロサワ】を左手に持ち替え、隻腕で剣を構える。
萌々手は包帯の隙間から口を覗かせ、ため息を吐いた。
「これは、使いたくなかったんだ。これは剣術じゃない。自分だけ無敵と百倍速を使うような、チートを使ったチャンバラゲーム。――本当に、惨めだよ」
「否定はしない。気は済んだか?」
「――天河。お前とは、剣術で戦いたかった。デンドロのやり方で、戦いたくなんてなかったよ」
「……だろうな。この腕じゃ、断佐どころかあの老人も護れない。――なぁ、頼み事を聞いてくれるか?」
「なんだ?」
かつての親友を、この手で斬ったからか。それとも、
「断佐と、あの老人を連れて逃げてくれないか? 人望がある孫娘を敵に回して、あの老人、北玄院藍牙は当主を続けてはられないだろ。そうなったら、藍牙も、その忠臣の藤山断佐も、北玄院家では生きていけない」
「――最後まで、仕事人間だなァ。無職の俺には理解できねェ」
「頼む」
右肩から血を垂らしながら、天河は頭を下げる。
「条件がある。俺と、二つの意味で再戦しろ。剣士として、そして、<マスター>として。期限は、リアル時間で半年。さもなくば――」
「人質を取るのか。――俺が負けたら断佐を殺すか?」
「いや、それほど鬼畜じゃねェよ。お前と、剣を通じて戦いたい。そして、<エンブリオ>を通じた――パーソナルの象徴を通じた戦いで、やり取りをしたい。それが出来さえすればいい。本当に、それだけできれば、何も悔いはねェ」
「――それは」
天河は、萌々手の言い回しに、彼の決意を察して言葉を詰まらせる。
「なァ、せめて。満足して終わりたい。そんだけの願いだ。叶えてくれよ」
「必ず。必ず守る。約束だ。その上で――」
「それ以上は聞きたくねェ。じゃ、<境海>渡るか。海外の方が安全だろ。――黄河で、待ってる」
秋の風が吹き。萌々手の、包帯にくるまれた手は、それが持つ剣と共に消え去った。
これにて連続更新&天地編は終了です。
次話は、まあ一ヶ月を目処にして天地編の後日談と幕間、超級職獲得編とかを挟んだら黄河編に行きましょうかね。