剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
【
海を往く。
包帯に巻かれて浮く右手が、剣でなく、駕籠を持ち。
駕籠には、少年と老人、二人のティアンが乗っていた。
包帯に巻かれた右手の正体は俺――【隻剣王】だ。
現在はAGI10000ほど、ギリギリ超音速で駕籠を持ち、飛行している。
駕籠は符がべたべたと張られており、それが生成する結界ゆえに、内部の二人は風圧で吹っ飛ぶことはない。
藍牙が、名目上は黒羽家の食客である【
「のう、【隻剣王】よ。雇い主である儂に義理を立てた、というワケじゃなかろう」
ティアンの一人――北玄院藍牙が、俺に問う。
包帯の隙間から、口を開いてそれに返答する。
「あァ、天河――ミルキーウェイの頼みさ。感謝するならアイツにしてくれ。……今から黄河に行く。異論はないな?」
上級職パーティでも航海は困難な、<境海>を超えた先。大陸の東部分を支配する大国、黄河。
異国に今から行くというのに、二人に不安の表情はない。
「ええ、ありません」
「儂もじゃ。碧乃のやつは、後顧の憂いを断つために儂に追手を差し向けるじゃろうが……海の向こうでは、それも届かんだろう」
「数時間の船旅だ。もっとも、海面にこの駕籠が接することはないが――おっと」
右手の少し前方で浮遊する、双つの虹色水晶の眼球型アクセサリ。広大な空間把握能力を持つその瞳は、深海から高速で迫る海竜――最上位純竜に近い――を感知した。
特典武具である一対の名は――【視宙彗瞑 パロール】。
魔眼や邪眼の類ではない。ただ、頑丈さと視覚系スキル、そして飛行系スキルを兼ね備えた伝説級特典武具だ。スキル特化型で、ステータス補正はない。
《閉覚硬化》というスキルにより、視覚系スキルをオフにして飛躍的に硬度を高めることもできるが――それは今ではない。
深海に焦点を定め、【パロール】に内包される《個体解析》スキルを起動。
最上位純竜よりも上――その海竜は、竜王の域に立っていた。
【鮫竜王 ドラグジョーズ】。おそらく、浅瀬の海岸に住まい、時折砂浜を襲撃する知能の高い鮫のような竜、【鮫竜(シャークドラゴン)】種の竜王だろうか。
「あと二秒で水中から鮫型UBM。捕まってろォ!」
上空へ向けて一気に加速――10以上のGが駕籠に乗る二人に掛かる。
「ぐ、っぅ!」
「ん、むぅ」
断佐のジョブ、【
【鮫竜王】は、海面から飛び出し、駕籠に向かって顎を開く。だが、俺――【隻剣王】の方が速い。
駕籠の底に、ほんの少し【鮫竜王】の鼻先が触れる。だが、結局のところ、【鮫竜王】が与えられるダメージはその程度だった。
『おのれぇ、貴様! 北玄院の爺だろう! 我が妻を、返せ! その匂い、へどろのような性根がこびり付いた血は、皺だらけのその皮の内側に秘していても分かるぞ』
【鮫竜王】は、思念による言語で吼える。同時に、《デスヴォイス・ブレス》が放たれ、ステータスの低い断佐は昏倒した。海中に落下しないように藍牙が少年の身体を支える。
「おい、藍牙。お前の客だぞ」
「しかしのぉ……竜王の知己がおれば、以前の儂なら手駒にせぬ訳がないわ」
『ふざけたことを! 我が妻オイカジキを洗脳し、攫ったのは貴様だろう!』
《竜王気》が怒声と共にあふれ出す。【鮫竜王】はお怒りのようだ。
「オイカジキ……? あ」
黒羽家領土が拡張しすぎないように、そんな名前の<UBM>を捕獲し、黒羽家近くの湖に放流しておいた記憶がある――そう言おうとして、口を閉じたのだろう。
コイツに雇われていた俺も、事情は聞かされている。
同情するが、所詮はモンスター。結局は殺すしかない。
なんと惨めなことだ。本当に――同情するよ。
かつての婚約者を思い出す。樫宮流の嗣子候補として、まだ扱われていた頃には、そんな女もいた。
俺から婚約解消を言い出した。高校を中退した頃に。真剣の死合の道に入るにあたって、絆しはなくしておきたかった。
女は、俺を平手で殴って、その後、去って行って連絡は途絶えた。アイツは、元気だろうか。
ま、魚畜生と一緒にされたくはない。《瞬間装備》、水晶の直刃剣を、【クー・フー】の包帯の内側に装備している、腕輪型アイテムボックスから取り出す。駕籠は空中に放置。推力装置はないが、空中にホバリングする機能はあったはずだ。
【屠私淀切 ダム・デュラック】。特典武器唯一のスキルを発動せずとも、かなりの攻撃力・耐久力を持っているため使い勝手が良い。
だが、その本質は、自身の肉体の任意の部位を消失させ、その分攻撃力と攻撃範囲を向上させるスキルを持つ、古代伝説級の刀。今の俺の主武器だ。
呼吸循環器は当然必要だ。逆に、デンドロでの食事は栄養注射で済ませているから、胃腸は不要。両脚も当然、不要だ。
消滅した部位は【欠損】すると同時に、断面からは当然【出血】の状態異常が起こる。問題はない。【クー・フー】は元々包帯型エンブリオ。包帯の本来の機能である【止血】のスキルも、おまけ程度だが十分高性能だ。臓器消失時の内出血も防げる優れものである。
今回は、右足の膝から下を選択する。こいつ相手なら、これで十分だろう。
「《
水晶の剣の内側に、赤黒い煙が薫る。俺の生命の
一振り、それで十分だった。十分な膂力と、過剰な速度、そして適切な技量によって。
俺の剣から放たれる淀んだ斬撃は、【鮫竜王】をそのオーラごと、鼻先から縦に両断した。
【<UBM>【鮫竜王 ドラグジョーズ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【ピーチハンディ・キャップ】がMVPに選出されました】
【【ピーチハンディ・キャップ】にMVP特典【鮫牙契環 ドラグジョーズ】を贈与します】
小さな宝柩が海中に落下するのを、二つの水晶眼で
「さぁ、行こうか」
「お、おう……」
気絶した断佐を抱えた【糸神】は、俺を見直したようで、少し気分がいい。
その後の海旅には、大したモンスターは――少なくとも中位純竜級程度までしか――出没しなかった。運が良かったわけだ。
――天河。お前はここまで来れるだろう、きっと。
だが、そのためには、いくつかの修羅場を潜り、いくつかの絶望を味わうだろう。ティアンを大事にするお前ならなおさらだ。
その果てで、俺と対面して。
仮想の強さの代償として、惨めさを味わったお前と。俺のようになったお前と、逢いたい。
【鮫竜王 ドラグジョーズ】
血の匂いを感知したり、咆哮をブレスにしたり、鮫肌鱗で削ったり、《竜王気》を纏ったりできる。
伝説級下位。愛妻家。
【
餓鬼道戯画丸さんみたく、戦闘においてエンブリオ(【セイテン】)とあまりシナジーのないジョブを持つ。だが、それを踏まえても余りあるほどの、「封印」というものの政治的有用性により、北玄院に重宝されている。
【視宙彗瞑 パロール】
虹色の観測眼を持つグレイ型エイリアン染みた妖怪の<UBM>が特典武具になったもの。広範囲高出力の「看破」を持ち、看破が通った相手のHPを割合で減らしていく伝説級UBMだったが、看破が通る前に超音速で飛来した刀に貫かれ死亡。名前の語源はケルト神話の魔眼持つ巨人種フォモール族の王バロールのもじり。バロールほど強大ではないため半濁音。
【屠私淀切 ダム・デュラック】
怨念の染み込んだ湖沼に佇んでいたエレメンタルの<UBM>が特典武具になったもの。元は湖沼に沈む怨念を吸い上げ、水晶に封じ込め、それを素材に『魔剣』を鍛造し支配する怪異。実はレジェンダリアからアクシデントサークルでやってきたが、怨念が沈む湖沼を見つけられないまま、妖刀で十七分割されて死亡。名前の語源はアーサー王伝説における「湖の貴婦人」のフランス語「ダーム・デュ・ラック」。