剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
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これも、対<UBM>戦の準備だ。カンストはできなかったが、現在の総合レベルは470。カンストプレイヤーと大差はない。
そして、本日購入したアイテム、【超強力トリモチ】。ドラ〇もんの道具か?と思うほど強力なトリモチで、<UBM>のステップを阻害する。そして、【影武者】の固有スキル、《分身強化》の効果が乗った影分身で、さらにトリモチアタック。最終的に足を固定して、ステップが基点になるスキルを封じた後に、スタイリーとタイマンさせる、という悪辣な作戦だ。トリモチの値段は聞かないでくれ、トラウマになりそうだ。
完璧だァ!と喜ぶ二人に対して、フェネクス嬢と俺のクロサワは呆れた目で俺たちを見ていた。【クロサワ】に目はないが、だいたいそんな感じの思念が届いた。
<UBM>は、以前と同じ部屋に配置されていた。壁の傷跡から、最近他のプレイヤーと対戦したことが推測される。
【舞踏喰鬼 カニバルリズム】は、以前と変わらず、惚れ惚れするような舞を踊っていた。
多分、このモンスターに視覚はない。聴覚もない。ただ――驚くほどに鋭い触覚が、風の揺らぎと地面の振動から俺たちを感知しているのだろう。それが【クロサワ】のスキル外スキルである、モーション解析の結果だ。
だが、それは視聴覚と違い、離れたモノを知覚できない。足音のない俺は、トリモチを構え――【迫威走駆 オイカジキ】のスキル《急迫歩法》が自動発動するように、対象を意識してダッシュ。
AGIは二万弱、超音速の領域に入門し――相手もその速度の舞に切り替えたようだ。尋常の数十倍の認知速度でもハイテンポな舞が披露され、その一挙手一投足が、芸術であり武術でもあった。
だがしかし。俺にはコレがある。
「《影分身の術》!」
分身を作成する。【隠密】が生む分身と異なり、【影武者】、つまり近接職が元になっている。さらに《分身強化》が乗っているため、実戦にも耐えうる分身だ。
分身の人数は、ステータスの減衰も考えて五体に絞る。彼らは、右手に【クロサワ】のレプリカである影刀、左手に【超強力トリモチ】を構え、相手の足裏を地面と接着しようと【カニバルリズム】に迫る。
しかし――【カニバルリズム】の軽快なステップは、分身の動きを翻弄し、トリモチに僅かに触れないほどに迅速、かつ適切だった。
振るった手は、一切の殺意なく貫手となり、掌底となり、俺の分身を光の塵に変えていく。
「クッソ……だが!」
分身たちが引き起こした相手の行動によって、分析が加速する。
『――モーション解析、残り5%で完了。その後、呪術的側面からの分析も行います!』
《急迫歩法》の効果が切れないように、一歩ずつでも相手に近づく。それは、徒手空拳の範囲内に自ら踏み入ることでもあった。
【カニバルリズム】の足跡を踏まないように、自然と、俺もステップを踏むように、踊りながら剣武を舞わざるを得ない。《刃心降霊》によるクロサワの身体操作補助がなければ、転んで【カニバルリズム】に首を折られていただろう。
剣武と、拳舞が交錯する。一太刀入れることすら能わないようだが、それでも相手の舞の選択肢を狭めることにはつながっている。
しかし、それは相手の拳脚も同様だ。お互いに、詰み将棋のように選択肢を狭めていく。TYPE:デーモンカリキュレーターの【クロサワ】の対人演算能力を上回る舞の技術に瞠目するが、呼吸を一つ間違えれば即座に玉を取られる。
お互い、舞を間違えなければ、十七手先に俺の詰み。それを【クロサワ】が知らせる。時間にして、ゼロコンマ2秒。
――無論、それは他者の介入がなければ、の話だった。
「っだオラぁ!」
【カニバルリズム】に味方はいない。故に、俺は更なる敵の介入を意識から除外し、その分だけ詰み将棋のような戦闘に思考・演算能力を注ぎ込んだ。
同様に【カニバルリズム】も敵の介入の可能性を"切り捨て"たのだろう。それが舞に不要と判断して。
盤外戦術? いやいや、なんでも使うのがデンドロの戦闘だ。
結果として、【カニバルリズム】のこめかみに、虹色に光るスタイリーの拳が突き刺さった。
スタイリーの方を見なくても、その色だけで分かる。この男、ここぞというときに大当たりを引き当てたようだ。
【カニバルリズム】は、地面に倒れぬよう、踏みとどまる。
ダァン、と大きな音を立て、石畳を抉るように。その鬼は大きく地面に足裏を叩きつけ。
舞は、ようやく終わろうと――【クロサワ】が俺の身体を操って全力で後退する。
『呪術的分析……中途報告! あの舞は、動きそのものを膨大なリソースに変換して、さらに無限に溜め込んでいく超儀式です! 早く離れてください、儀式が終われば――何が起こるか分かりません!』
「ッ、《影分身の術》!」
影分身を、今度は人数重点で生成。十数人の分身肉壁を作り、スタイリーを庇うようにしてスクラムを組ませる。勢いよく殴って、たたら踏みやがったアイツ!
【カニバルリズム】は、顔を上げて、手を上に掲げ――動きが、止まった。
万雷の喝采を、ふと、鳴らしたくなった。だが今はそのような状況ではない。
ではない、のだが――。スタイリーは、その衝動に抗わなかったようだ。パチパチパチ、と三拍ほど衝動的に手を叩き――自分の手を、驚いた眼で見る。
『ありがとう』
声が、聞こえた。
「皇帝に呪いあれ、ただこの国に祝いあれ」
さらに聞こえたその声は、千年前から届いた残響――のような、気がした。
【カニバルリズム】の頭上に表示されていた名前が、ノイズのように乱れ、別の名に変わっていく。
確定した名は、【浄照既龍 フアンヌ】。
瞬間、世界に光が満ちた。