剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
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光が視界を埋め尽くす。咄嗟に眼を瞑るが、それでも明るい。
数十秒で光は収まったようで、目を開く――と、そこには。
龍の仮面を被った、光放つ人型がいた。
まるで菩薩のように座しているが、あの【カニバルリズム】の進化体だ。油断してはいけない。
『――!? 我が主、状態異常が発生しているようだ!』
【クロサワ】が慌てたような口調で念話を送ってくる。ステータスを横目で確認する――すると、驚くべき状態異常の文言が表示された。
【竜王気貸与】【古龍放射能汚染】の二つ。他の表示とは明らかに違うそれが、燦々と輝いていた。
「――なぁ。この人……人で良いのか? 攻撃の意志、無いみたいだが」
光を全身から放つ人型、頭上の表示に従えば【フアンヌ】と呼ぶべきその存在は、こちらをチラりと見た。
殺気も、害意も、敵意も感じない。しかし、圧倒的な存在感だけがあった。
「スタイリー。そこから離れるべきだ」
スタイリーは、影分身のスクラムで守られているが、それでも【フアンヌ】からの距離は数メートル。あまりにも近く、吐息一つでデスペナになりかねない、そう感じた。
「いや……なんか、心地いいんだよ。体表から、ピリピリしたものが浸透してきてる。身体をより最適に、変えていく感じがするんだ」
スタイリーの側に、フェネクス嬢が現れる。彼女もスタイリーと同感なようだ。
「ああ、明らかに、スタイリーの肉体のリソースが増している。スタイリーの復活担当の私だからわかる――この<UBM>に敵意はない」
「だからって、なんでいきなり――?」
ダンスが終了したことが関係しているのだろうか。
【フアンヌ】が立ち上がり、影分身のスクラムに触れる。すると、影分身たちはこちらの指示に反してスクラムを解いた。
「っな! 影分身、スクラムを解くな!」
『ダメですマスター、影分身が持つ複製【クロサワ】から通信が帰ってきません!』
【フアンヌ】は、棒立ちになった影分身を尻目に、スタイリーに近づき――その身体を、抱きしめた。
フェネクス嬢はそれを傍観する。あまりに神々しいその光景に、俺もそれを眺めるしかできなかった。
【フアンヌ】に抱きしめられたスタイリーは気絶する。パーティメンバーのステータスを見ると、スタイリーは【強制睡眠】状態になっている。
我に返り、スタイリーを助けに行こうと一歩を踏み出し――【フアンヌ】は光の塵になると共に、アナウンスが流れた。
【
俺は光の化身――<UBM>に抱きしめられ、気が付くと、真っ白な世界にいた。
精神世界だろう。催眠系モンスターと対峙した時に入ったことがある。
そこには、女がいた。
人間の女だ。美しいアジア系の女性だが、装いは中東の踊り子風。そこに魅力的なギャップを感じた。
「ありがとう。アナタの拳で、思考を取り戻しました。あなたの喝采で、意識を取り戻しました」
「――お前は、あの<UBM>、フアンヌなのか?」
「そうですね。――もう人間を辞めてしまったのね、私の身体は」
「辞めた――ってことは、もしかして元ティアンなのか?」
「ええ。今の私は、《人龍神楽》に付着した残留思念のようなもの。もう少しで消え失せて、ただ<UBM>としての本能に従い、人を襲うだけの現象になるでしょう……その前に、アナタに頼みがあります」
頼み、とは何だろう。これまでクエストを数多く受けてきたが、<UBM>からの頼みは初めてだ。
「私を倒して、特典武具にしてほしいの。抵抗はしません。そして――その特典武具を、できるだけ多く、使ってほしい。それだけよ」
「うまい話過ぎないか?」
この存在感――おそらく、古代伝説級最上位、否、神話級に片足を踏み入れているかもしれない。その特典武具を、超級職になったばかりの俺に渡そうとしている。
何か裏がありそうだ。
「そう。裏はあるわ。《人龍神楽》の完了によって変成した私の能力は、『放射能嵐』。他人を『古龍』の近親種に変異させる【古龍放射能汚染】を無制御にばら撒くの」
この空間でもステータスは確認できる。確認すると、言われたような状態異常と共に、種族欄が<人間>と<ドラゴン>の間を行き来していた。
「もちろん、常人だと耐えられません。即死にはしませんが、体調を大きく崩し、ごくまれに変異以外の後遺症も残ります。そういった放射能の害から心身を守り、放射能の有益な部分だけを通すのが【竜王気貸与】。どちらが特典武具になるのか分かりませんが――どちらにしろ。黄河帝国内や、その近辺でこの能力を行使すれば、指名手配は避けれません」
――なんで?
意味が分からない。特典武具の使用だけで、黄河帝国から指名手配を喰らう。そんなことがありうるのだろうか。
「古龍人であること。《竜王気》を使用できる人間であること。どちらも、皇族の特権、後者は正確には【
この人は、黄河の皇族を憎んでいるのだろうか。それは、どうしてだろう。
「――少し、昔話をしましょうか」
そうして、彼女の、【フアンヌ】の昔語りが始まった。
「えっぐ、えっぐ、そんな酷い話があるかよ、なぁ」
「いえ、そこまで泣かなくても……昔の話ですし」
俺は彼女の話を聞いて、号泣していた。ようやく夫を愛せる、娘を愛せると思ったら、夫は殺されて娘は攫われる、という結末に、泣かない男はいまい。
「まあ、そんな経緯で。皇帝以外の皇族が、古龍人が城の内側に閉じ込められる帝国。常人が、古龍人と愛を育むことが禁じられる帝国。そしてそれを黙認する皇帝が、ちょっと、ちょぉ~っと気に食わないので、嫌がらせがしたいだけです」
「それは」
ただ話を聞いたから、だけじゃない。俺も、失恋の経験は一度や二度ではないからだ。
アンヌの物語は、俺自身の心の古傷を抉った。理不尽な理由で、ただ「肌の色が違う」というだけで引き裂かれた愛。
アジア系の中でも、日系はまだ地位が高いが、そうであってもアメリカの田舎の方では、白人至上主義がはびこっていた。
脳裏に、恋人の父親が猟銃を構えながら吐き捨てた「黄色い猿」という言葉が。そして、あの時の悔しさと無力感が、蘇る。
両親の実家である日本に来ても、たどたどしい日本語を理由にされ、結婚はできず仕舞い。結婚詐欺に引っ掛かりかけたことも、何度か。
ブラック企業に勤める、元帰国子女、三十代。趣味は、俺に銃を向けてきた奴の顔を思い出しながらのシャドーボクシングくらい。
かつてそれなりに整っていた顔は、ストレスで皺とクマだらけだった。
かつての恋人を思い返し、夢で逢瀬を繰り返し、目が覚めると絶望と共に出社する。
それが、今の俺のリアルだった。
「――――分かるぜ」
絞り出した声は、自分でも驚くほどに低く、乾いていて。
それでいて、熱は籠っていた。
あの恋を、理不尽な理由で諦めたくなかった。
もう一度、やり直したくて。出会い目的で、デンドロを始めた。
<超級>になれば、デンドロで相手を見つけて結婚できるかも。最初は出会い目的だった。
年下だが、いい仲間と出会った。若作りをした成果があった――いや、実際に精神年齢が幼いだけなのだろう。
ミルキーウェイは好青年で、ウミネコ・アマイも思慮深い。俺が一番幼いかもしれないな。
ただ、腹が立つ。人生一発逆転を夢想しつつ、それを本気で信じるほど、俺は弱くなかった――弱くなれなかった。
だから、ゲーム内では強くあろう。そう、大国の指名手配に、負けない程度には――!
「――お前の気持ち。お前の頼み。全部、俺が受け継ぐ。アマイの必殺スキルが無くても。俺は、フアンヌ、お前の願いを果たす!」
「……ありがとう」
拳を優しく、彼女の額に当てる。
そうして、彼女は、俺の精神世界から消失した。
【<UBM>【浄照既龍 フアンヌ】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【スタイリー・ピーカブー】がMVPに選出されました】
【【スタイリー・ピーカブー】にMVP特典【光因龍錘 フアンヌ】を贈与します】
気が付くと、ダンジョン内に戻っており。
先ほどまで【フアンヌ】だった光の塵の向こうには、驚いた顔のミルキが。
そして穏やかな顔のフェネクスが、俺を抱えていた。
「スタイリー、大丈夫か!?」
「ああ……お前は?」
「だ、大丈夫だ――意外なところで、目標も果たされてしまった」
目標。ミルキの目標は、超級職の獲得――ということは。就職条件を満たしたのだろう。
「おめでとう、後輩。しかし、俺様が先輩ってことは忘れるんじゃ――イテッ」
フェネクスに小突かれた。
《人龍神楽》のリソース蓄積は線形に加算されていきます。
+
「<イレギュラー>まであと千年はかかる」
+
三強時代終了後(500年ちょい前)から舞い続けている
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??????
今回の連続更新は終了です。次回から黄河編に移ると思います、多分ね