剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
生存報告代わりの更新です。次話もお待たせすると思いますが、黄河編の序章として……どうぞ。
【
濡れた髪から落ちる水滴を、岩肌が蒸発させる。じゅ、と音を立てる岩は、天地よりも熱を帯びているようだった。
ここは、<境海>に面した、
すなわち、黄河である。
海霧の向こう、リアス式海岸は視界の一面に広がっていた。天地とは違う湿った土のにおいが、異国のそれとして香る。
岩に剣、【クロサワ】を突き立てる。この程度で刃毀れするような柔な<エンブリオ>ではない。
自分の分身を生成し、体を下から押し上げさせる。
超級職に就いてから、リアル時間で一か月が経った。【大将影】のスキル《
「げっほ、げほ! ……船旅っつーか漂流じゃねぇか!」
後ろからせき込み声。声の主はスタイリー・ピーカブー。漂着した直後、スタイリーの指ぬきグローブが光の塵となり、それは改造セーラー服の少女の姿となって、陸からスタイリーに手を差し伸べる。TYPE:メイデンのフェネクス。彼女には、一つの水滴もついていなかった。
「よく頑張ったな。一緒に泳いでやれなくてすまん」
「……仕方ねぇなぁ!」
女からの励ましに弱い。スタイリーはこういうところがある。
屹立した海岸を這いあがった先には、まさに仙境というべき、霧の掛かった丘と谷、時折大岩の繰り返し。大地は広大だった。
「ここが大陸。【フアンヌ】の第二の故郷か」
「……ああ。俺にとっては、ケリをつけなきゃならない大地だ」
そういって、お互いに顔を見合わせ笑う。橙の刈り上げと、灰銀の長髪がたなびく。
しばらくデスペナを経験してないから、髪型も随分と変わった。
「萌々手、だったっけ。ああいう形で別れて、ここまでお前を追わせるなんて。お前にとっちゃ不幸なのやら幸福なのやら」
「不幸な気持ちはしないさ。あいつ自身が、どう思ってるかを別とすれば」
今のあいつは、自分で自分を捻じ曲げ、ねじ切れる寸前だ。
"それ"を……言ってしまえば、あいつの強い"自殺願望"を、無くしてやらないと。
断佐を助けるのも大事だが、それ以上に、俺にとっては重要なことだ。
「じゃ、ここでサヨウナラだな」
「ああ、また。そういえば、ウミネコは最近見ないが。<境海>越えに誘わなくてよかったのか?」
「いやぁ、アイツ。もう大陸来てるらしいぜ? しかも黄河超えてカルディナ。なんか相性良いジョブをカルディナのwiki編纂部が見つけたらしいからって」
「そうなのか。ウミネコもだいぶアクティブだな……アイツも、もしかして超級職くらいにはなってるかもな」
「ありうるな!」
そういって、二人は破顔する。フェネクスはそれを見て微笑み、クロサワは日光を浴びて輝いていた。
―――
――一方。カルディナ北部国境。
すなわち、厳冬山脈の麓。
「ぎゃあああ、助けてぇええええ!」
色とりどりの色に染まった半透明の鳩の群れが作る波に乗り、彼女は純竜級怪鳥種の群れから追われていた。
「「「KYHOOEEEE!」」」
場所が場所ならモンスタートレインとして罪に問われる行為。だが、彼女は無実だった……少なくとも本人はそう思っていた。
彼女自身は厳冬山脈に踏み入っていない。その領空に、彼女の<エンブリオ>である【ヤマビコ】が僅かに侵入していただけ。
そもそも厳冬山脈の空は怪鳥種の領域である。カルディナの禁忌はあくまで"地竜種"。彼女はそう、軽く考えていた。
怪鳥という、間抜けにも聴こえる分類名から、彼女は侮ってしまったのだ。
【彗星神鳥 ツングースカ】の眷属たる彼らは、厳冬山脈の空を支配する。そこに侵入するものを、絶対に許さない。
「わああああ! 同じ鳥でしょ!? 仲間だと思ってくれないワケ!?」
【クレグレ】との戦闘から進化を二度重ね、TYPE:レギオン、第六形態となった【遺声蒐鷲 ヤマビコ】。
その姿は確かに鳩の群れだが、正確に言うと、レギオンとしての種族はエレメンタル。相容れようはずもなかった。
「びゃああああ!」
厳冬山脈の麓を降り、逃れると、視界の先にうっすらとオアシスが。
彼女の眼鏡には、オアシスで休憩するキャラバンが映っていた。
「ああああ、どうしよう、トレインじゃないのにトレインしちゃう~!!!」
進路を変更しようとするが、キャラバンに狙いを変える個体が出てくるのは避けられない。
オアシスの前に、怪鳥の群れに立ち塞がるように一人立つ男。
輝く金の髪に似合わない、肥満体の男が現れる。
彼は財布型アイテムボックスを両の掌で砕き、じゃらじゃらと足元に高級貨幣を落とす。
そして、大きくスキルの発動を宣言する。
「《
彼女の背後にある純竜級怪鳥種。それらは金銀の硬貨の弾丸を受けて、悲鳴を上げて光の塵となる。
「ありがとう知らない人っ!」
「《
返答は金銀の弾丸だった。【ヤマビコ】が何十羽も消し飛ばされる。
「トレインによるティアン殺害未遂。護衛兼パトロンの俺としても許しがたいな」
その言葉はウミネコに届くはずもなかったが。
首を回し、不快感を露わにする彼の意図は理解した。
「ごめんなさい、でも仕方なかったんですぅ! カルディナでセーブまだしてないんですよ、ここでデスペナったら黄河に逆戻り! 抵抗させてもらいますね!」
《
そして、直前に、金銀の弾丸で死んだ純竜級怪鳥種の死因は、大量に収集されている。
《銭弾耐性:極大》が【ヤマビコ】とウミネコに付与される。半透明の鳩の群れは、金銀色に煌めき、硬貨が与えるダメージを大きく低減した。
「――なるほどな。攻撃に応じた耐性の獲得か? もう少しタネがあるかもしれん」
金銀の弾幕は、密度を増やして放たれ続ける。消費した金銭に比例する威力は、衰えることなく勢いを増し続ける。
耐性の上からでも、削って見せるというほどに。
しかし、彼は<エンブリオ>を発動する気配がない。それを隙と見たウミネコは、スキルを宣言する。
「ヤマビコ、お願い」
第六形態に至った結果、【ヤマビコ】が得たスキル、《
最も濃く死因を蒐集した一羽が、その身体を震わせ、黄金の卵を産む。内包されるのは、魔法で再現された、本物に迫る威力の《
そして、彼女はスキルを宣言した。【
「《プロダクト・エグゾースト》」
自らが製造した消費アイテムの消費効果を、極限まで高めるもの。
弾幕ではなく、一撃で。
Lv10、倍化された黄金の輝きがウミネコの指先に宿り。
「バキュン」
それは、放たれた。
砂漠の一山を文字通り消滅させる威力の極光は、彼に激突する。
相手が、ただのプレイヤーであれば、もしくはティアンの【放蕩王】であれば、それで終わっただろう。
だが。
「ふむ。まねっこ系か。だいぶ強力だが……」
マニゴルドとその<エンブリオ>、【金城鉄壁 ジパング】。
彼らは、<超級>だった。
無形の障壁が、ウミネコの一撃を防ぎ。
足元には、金銀の財貨のみが、その残滓として残り。
その財貨が再度弾幕として放たれ、ウミネコのHPは消し飛んだ。
ウミネコは、目的のジョブに就くことは成功した、が。
カルディナは、セーブポイントに接触することすら、それなりの金が必要。一部の都市では、ジョブへの就職権より高価であり。
長距離の旅の果てに、身銭を使い切ったウミネコは、カルディナ国内でセーブできず、デスペナルティ。
その後リスポーンした先は、結局のところ、黄河の中の、大き目の村落だった。
「という訳なんですよ、聞いてますぅ? ピーチちゃん」
全身が包帯で覆われている少年のアバターに、酔ってだる絡みするピンク髪眼鏡がそこにはいた。
「だりィ、うぜェ、暑苦しィ。お前、俺にタダ飯をたかるんじゃねェよ」
ミルキーウェイの因縁の相手だとは欠片も思わず、好みのショタにただ絡んでいる最悪の女子大生がそこにはいた。
実際のところ、年はそう変わらないことを察していたが、彼女にとっては「合法!」でしかなかった。
「作ってるのは藍牙さんじゃないですかぁ~」「材料費はオレ持ちだ!」「そんなこと言ってるとモテませんよ~?」「モテ……うっせェ殺すぞ!」
二人を見て髭を撫でる、エプロンを付けた老人が朗らかに笑う。
「ほほ、若人のじゃれあいは見てて面白いの」
「主君、そんな性格でしたっけ……?」
龍の掛かれたエプロンを身に着けた少年は老人の反応に首を傾げる。このエプロンは黄河ご当地グッズだ。
場所は調理場と、すぐそばの食卓。ピーチハンディが借りた小さな空き家だ。
食卓で喚く男女を眺めて、老人と子供はしおらしく話をする。
「いやの、こう見えても反省はしておるのじゃ。謀はあくまで手段。儂はその手段にのめり込み過ぎた……おぬしには、許されぬことをしたと、思うておる」
「僕は……主君が死ねというならば死ぬ、それ以外の生き方を知りません。許さないという考えが、選択が、心の中にはありません。」
「……すまぬ」
老人は、声が出ない。
「謝られても、困るのです。主君のために死ぬことが、僕の誉れでした。その誉れは、主君本人にも否定されたくありません」
「そう、か」
ウミネコと、包帯の少年――ピーチの言い争いだけが、食卓から流れてくる。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは老人――藍牙だった。
「儂のために死ぬ、その生き方を変えられぬ、のであれば。儂が死んだ後に、儂ができなかったことをしてほしい。天に恥じぬ生き方を、地に足をついた生き方を、人の道に外れぬ生き方を。儂の代わりにしてくれぬか」
「主君、それは……」
「何、今日明日、死ぬという訳ではない。儂とて定命、というだけの話よ」
子供――断佐は、皺の刻まれた藍牙の顔を、じぃと見つめていた。
その時である。
ガンガンガン、と玄関のノッカーが強く叩かれる。藍牙は扉を開き、訪問者に応対する。
訪問者は若い女性だった。
「どうされましたか?」
「息子が急に熱を出して倒れてしまって……こちらにお医者様がいると聞いたものですから」
「それは大変だ。息子さんはお宅ですか? すぐに案内してください」
ウミネコは、意外そうに家を出る藍牙に声を掛ける。
「ありゃ、藍牙さんお医者さんなんですか」
「ま、【
駆け足で、患者の母親らしき女性に付いていく藍牙。空は黒く、月と星の明かりが照らしていた。
「こちらです」
藍牙が患者である、幼い少年を見る。断佐より一回りほど年が下のようだ。彼は、頬を赤くして寝込んでいる。
「――《触診》せんでもわかるわい。十中八九、<流行病>。黄河では最近多いのう」
そう言いつつ、念のためと藍牙は口をマスクで覆い、手袋をして、少年の胸部、腹部に触れる。
「今回の<流行病>は、特に肺に負担が掛かるもんじゃ。健康体なら死ぬことは無いが……この子、何か先天性の持病は?」
「ええ……犬猫の類に触れると喘息を起こすのです。それがなければ健康なのですが……」
母親の答えを聞き、藍牙はマスクで覆われた髭を撫でる。
「ふむ……ちと不味い。施術しますが、よろしいな? 技術料は要りませぬ、ただ、少し高い薬と道具を使いますが……」
「ええ、問題ありません、何年掛かってもお支払い致します!」
「何割かだけでも結構です、余所者がここに住まわせてもらっているのですから」
藍牙は、懐のアイテムボックスから、棒に巻かれた、ごく細い光沢のある糸を取り出す。
糸の名は、【経絡細管】。生前の先代【
その効果は、「最小限の負荷で人体に侵入し、薬液を先端に届かせる」もの。要は糸状の注射針である。
高価とはいえど、今回使うのは一メートルほど。上級職の攻撃魔法のジェムと値段は大して変わらない。藍牙は、無理に払わせるつもりはなかった。
《透視》の眼鏡を付けて、藍牙は施術を開始する。
漢方薬を、まずは経口で投与して施術に耐える体力を付けさせる。
そして本番。【糸神】で創ったジョブスキル《細糸透過》を使って、糸の先端以外の次元を
そこからは、もはや神業の領域だった。
AGIによる体感時間加速の中、《透視》された無数の肺胞から、炎症箇所だけを瞬時に判別。コンマ数秒の迷いもなく、的確に薬剤を微量注入していく。【糸神】の超絶技巧と、【医師】の経験が組み合わさった、藍牙にしか成し得ない精密手術だった。
それから数時間。太陽が真上に上っていた。
汗一つ流さず、しかし姿勢故に、腰に負担が掛かったようで。藍牙は柔軟体操をし終えた後、眠ってしまった母親を起こす。
「お母さん、施術は完了です。これでお子さんは安心でしょう」
母親は、泣いて喜び、そして泣きつかれてまた眠ってしまった。
このように現在、黄河では<流行病>が流行している。
そして、それを治す技量や特殊なスキルを持つ者は少数だった。<流行病>に、単純な回復魔法は効果がない。
要するに、医者不足。それが、今の黄河の現状。
スタイリーに視点を戻そう。
黄河の港町を歩くスタイリーは、神話級特典武具、【光因龍錘 フアンヌ】をアイテムボックスから掌の上に出す。
そのシルエットは鎖分銅。だが、鎖の素子の一つ一つが、尾を噛む子龍を象っており、先端の分銅は龍の口に咥えられ、滑らかに磨かれた涙状の水晶で出来ていた。
「しっかし、身の丈に合わねぇもんもらっちまったなぁ、神話級だろ?」
彼は特典武具のステータスを確認したが……。
【光因龍錘 フアンヌ】
かつて【龍帝】の寵愛を受けた踊り子の成れの果て。
彼女は、奴隷から妻となり。妻から母となり。母から鬼となり、鬼から龍となった。
そして、今やその魂は物言わぬ水晶である。
水晶から放たれる彼女の魂の輝きは、細胞に浸透し、適応したものを古龍のそれに似た構造へと変質させる。
変質した細胞は、肉体を十全に保ち、体内に竜王気を巡らせるだろう。
<
・装備補正
MP+50%
SP+50%
《古龍放射線》
《竜王気》
《■■■》
「――ショボくね?」
まず、装備補正がしょっぱい。博徒系スキルは《ベット》系スキルで上限値をごっそりと持っていく。神話級なら+100%くらいは期待するだろうに、二桁パーとは……そう考え、スタイリーは呆れを隠せない。
次に、《竜王気》がしょっぱい。効果は高いが、それ以上に燃費が非常に悪いのだ。【
最後に、《古龍放射線》がしょっぱい。放射線治療で自他を健康にできると表現すれば悪くはないが、その効果は極微量の半永続バフに近い。あまりスタイリー好みではなかった。
「び、びみょ~」
悪くはない、悪くはないが……神話級にしてはあまりにもしょぼい。彼は落胆を隠せずにいた。
「まぁ、自分の力で獲得したものじゃねぇし、こんなもんか。じゃ、約束通り使っていきますか。不健康な人は……いっぱいいるな」
彼にとっては運が良かったのだろうか。
街を散策し、辿り着いたのは、スラム地帯の入り口だった。
<流行病>が発生していることもあり、ぜぇぜぇと喘いで通り過ぎるもの、せき込みながらうずくまるものならまだマシだ。
雨がしのげるだけのぼろ小屋で、死んだように寝込んでいるもの、熱にうなされているものも多い。
周囲を見て、スタイリーは決断する。人を助けたいと思う純粋な善意だけではなかった。
この景色を無くそうとしない黄河の上層部。彼らが独占する"竜王気"を自分が使って、代わりに癒してやろう。
そのような意趣返しの気持ちが、無かったとは言えない。
息を一度吸い、声を張り上げて叫ぶ。
「みんな! 俺がタダで元気にしてやるから、ちょっと集まってくれ!」
彼の周囲には、藁にも縋る人々が集まる。
水晶から放たれる光を浴びて、病人たちの体からは、すぅと苦しみが薄れていった。
いともあっけなく。病人たちの身体には、専門の術師にしか分からぬような、ごく僅かな《竜王気》が宿る。
その力を産む、さらに微量、数にして百にも満たないだろう、ステータスには表示されない《擬製古龍細胞》は、体内で活発に動き回り、彼らを健康にしようと肉体に働きかけていく。
――本来、【龍帝】にしか許されぬ《古龍細胞》、その擬製。
元をたどれば、歴史の表に立つことがなかった【龍帝】、
彼と一度まぐわり、子を成したフアンヌ。転じて【舞踏喰鬼 カニバルリズム】、さらに転じて【光因龍錘 フアンヌ】。
五百年前の【龍帝】の残滓が、人を癒していた。
「流れの治癒師の<マスター>」、そして「浴びるだけに健康になる光」。噂が、黄河全土に渡るまで、数週間も掛からなかった。
その正体を探ろうと、各地の有力者が密偵を放つ。
――そして、源流が同じであると、知ってか知らぬか。
違う形で今も黄河の闇に潜む、五百年前の【龍帝】の残滓も、噂に興味を示すことになる。
ヤマビコは、リソース不足で、上級エンブリオになった一段階後にレギオンになっています。ぶっちゃけ初登場時にレギオンにしてなかった作者のミスです。
タイトルの「飴」は某GODさんの暗喩でもあります。
ふと見たデンドロwikiの掲示板でこの作品の名前が挙がっていたので、書き溜めてから投稿しようかと思っていたのですが、更新を決意しました。
名前を挙げてくださった方、ありがとうございます。