剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~ 作:砂漠谷
【超博徒】スタイリー・ピーカブー
TYPE:メイデンのエンブリオ、フェネクスを連れて歩む。ここは麻薬使用者のねぐら、いわゆる阿片窟だ。
白い粉が、あちこちに散らばっている。その匂いを嗅ぐだけで、気分が悪くなる。
ゴザを敷いて、雑魚寝するのは、やせ細った男女たち。彼らはものを言わず、呆けていたり、キセルを吸ったりしている。
「ひっでぇ匂いだな」
黄河は伝統的に麻薬を厳しく取り締まっているが、禁断症状に苦しむ依存症患者をただ処刑する訳にもいかず、しかし依存症患者を治療するための”余計な”予算を割くわけにもいかない。
そんな折に、民間の医療団体が発案したのが、麻薬依存症患者を自治区に入居させる、という試みだ。
それも、禁断症状が起きない最小量の麻薬と食料を持たせて。
――巧妙に造られた治外法権。少なくとも、俺はそういう印象を受けた。
こんなところに来る<マスター>が、全員まともな目的とは限らない。むしろそうでない奴の方が多いだろう。
経験値稼ぎ、奴隷商、悪趣味な見物。そういう連中が紛れても、年に一回の名簿調査では止められない。
当然、俺の目的はそれとは違う。薬物中毒もこの特典武具で癒せないか、と考えているのが一つ。
もう一つは、とある噂の真偽を確かめに来た。
「スタイリー。最近のお前は、少し危ないぞ。医師じゃないんだ、お前は」
「医者じゃねぇのは分かってるよ」
「ま、人死にが実際に減っているから、その行動を否定はしないがな。お前、一度の治癒で他人を助けた気になっている節があるだろ」
背後を警戒しつつ俺の側を歩くフェネクスは釘を俺に刺す。
「そうかもな。それでも、助けたい」
「好きにしろ。ただ、思慮は浅いな」
そこまで言うか。それを受けて、平気な面をする。
目の前の助けられる人を助けて、何が悪い。そう思い込む。
――気づいてない、とは言えない。
貧しい病人への憐憫。
治した病人に讃えられる快楽。
そして、ここに沈んだ連中を、どこかで自分より下に見ようとする感情。
全部、俺の中で育ってる。認めたくはない、が、認めざるを得ない。
それでも止められやしない。だって、紛れもなく善行なんだから、止める理由が、探したって何処にも……。
考えながら歩いていると、ふと。阿片窟の中に、ひと際変わった建物を見つけた。
それは白塗りの建物だった。阿片窟の汚れた色の中で、そこだけ漂白剤をぶちまけたかのように、白い。
治療院、という看板を立てている。「無料」「完治」「救済」、そういうワードが、胡散臭く並べ立てられていた。さきほども、一人のやつれた住人が入っていった。
「ああ、ぱっと見だと、お前がやってること、アレだ」
……ちょっと嫌かもしれないな。
「まあ、それは置いておいて。――アレ、騙りだぞ。噂は本当だったようだな。お前の偽物、ほら、看板の中に」
鎖に繋げられた、水晶の意匠がある。
『流れの治癒師、来院』という言葉がある。
曰く、俺は世間で『流れの治癒師』と呼ばれているらしい。
友人、ミルキ経由で知った。つまりこの治療院は、俺がいる、と騙っていることになる。
「どうする、潜入するか?」
「いんや。目ぇ覚めた」
深く息を吸い、首を回す。拳を握り、眼の前の敵を見定める。
「正面から行く。俺の名前で悪行してんなら、俺が潰すのが道理だろ。――俺の責任もあるしな」
フェネクスは、無言で俺の背中を叩いた。『助かった人はいる。誇らずとも、それを忘れるな』、心の声が届く。
フェネクスは橙の燐光を纏った指貫きグローブに転じ、俺はそれを装着する。
腹に力を入れ、一歩、踏み出した。
カランカラン、と扉の鈴が鳴る。
内部は薄暗く、数人の患者がうつむいて座っている。
「いらっしゃいませ! どんなご病気でしょうか、どんな病でも流れの治癒師様が一瞬で……」
受付の、目つきの悪い壮年の男が、精いっぱいのニタニタ笑顔でこちらを出迎える。
それを俺は見下ろし、【光因龍錘 フアンヌ】を懐から出す。
「俺がその『流れの治癒師』だが……ここは何だ? 一体何をやっている?」
「《パラライズ・ファング》……、やっとここに来たか、本物。店仕舞いだ、お前ら!」
予期してはいたが、それでも唐突に。
受付の男が振るうペーパーナイフは、予想していたより鋭く。躱し切れずに、左肩に傷を負う。
スキル効果で身体が痺れ、動かなくなる、その前に。
ミスで半分ほど溜まった<
《
「……っああ、展開はええ! フェネクス、必殺スキルだ!」
「いきなりだな、だがお前には似合う! 《
グローブは橙に光る少女の虚像へと転じ、彼女は地面に手を翳し、力を注ぎ込む。
その力は、五芒星魔法陣の実像として地面に刻み込まれた。
『さぁ、安心していってこい!』
「……ああ、そうだな。《オールベット》」
SP、MP、そしてHPを全損させる代わりに、高確率で超高倍率のステータスバフを得る、【超博徒】の最終奥義。
【死兵】の《ラスト・コマンド》の効果時間はすぐに切れ、俺はHP全損として光の塵に還り……その光の塵は、魔法陣に吸収され、再度実体となる。
「――うん、万全だ」
一歩、偽の治療院に、踏み出す。その扉の内側で、先ほどとは異なる、鈍い光を湛えたナイフを構える受付の男に拳を叩き込むために。
俺の纏うオーラは、先ほどまでのそれとは異なっていた。虹の光を仄かに纏いつつ、ステータスは各々特化型の超級職に勝るとも劣らない。
――俺たちの必殺スキル、《
蘇生陣の発動時間は、貯蔵<後悔>ゲージを消費し、最大で五分。それを相手に伝えるつもりはない。
「お前、名前は?」
「名乗るような名はない、特に口を封じられぬ<マスター>にはな」
「よっぽど悪どいこと、してきたんだなァ!」
【功力士】の奥義《内爆掌》を叩き込もうとするが、ナイフで起こりを遮られ、膝に浅い傷が入る。ENDとSTRの差ゆえか、深い傷はないが、傷口が爛れている。
――身体の動きが鈍り、三連撃を喰らう。肘、脇腹、太もも。最後の一つは少し深く、太い動脈まで刃が入ったようだ。
眠気、酸欠、そして心拍不全が同時に起こる。
スキルの宣言は、最初と違ってなかった。無宣言系のパッシブスキルでも持っているのか。そう脳裏に過り、光の塵に還り――。
魔法陣の上に、再度俺が立つ。
「ステータスが足りねぇ、特に
(あと三分半だ、患者の救助を優先しろ!)
財布型アイテムボックスを砕く。天地で稼いでいたあぶく銭だ、どうせ惜しくはない。じゃらじゃらと出てきた金が溶けて消え、確率関数を通して、俺のAGIとして加えられていく。【フアンヌ】の、コスパ悪めのバフスキルも継ぎ足す。
フェネクスの助言に従うにしても、まずナイフ使いを制圧しないとどうにもできない。
一歩で、魔法陣から扉の前に踏み込む。ナイフ使いの男はその速度に瞠目するが、それでも男と同等の速さ。
ここまでバフを積んだ俺と同等、ということは、十中八九超級職。左手に紋章がないからティアンだな。ナイフも特典武具だろう。
喉笛を掻き切ろうとしたナイフを、右手首を掴むことで制止する。そのまま《内爆掌》を竜王気込みで叩き込む。名付けて《竜気発剄》。
手首が爆ぜ、ナイフを取り落とすが、男は左手で再度落ちるナイフを掴み、俺の心臓を一突き。
《ラスト・コマンド》をオフにしていた俺は、死亡後、即座に魔法陣に還り、再度立つ。二度目の蘇生。
今度は、《竜王気》を全開にする。【フアンヌ】を鎖分銅として振り回し、リーチの差を活かす。
右手首が爆ぜ、左手のみになったナイフ使いは、懐の試験管を口で噛み砕き、口を裂きながら内部のポーションを飲む。
右手首の断面から肉が泡立ち、
(あれは何だ!? 重度の傷痍系状態異常が一瞬で――【快癒万能霊薬】でも説明が付かない!)
フェネクスの分析を頭の片隅に入れつつ、俺は鎖分銅として【フアンヌ】を投げ込む。やつは、右手首でそれを掴もうとしたが、事前に流し込んだ《竜王気》を噴射して軌道を変更、相手の右手首に絡むように巻き付いた。
【光因龍錘 フアンヌ】の使い方にも多少は慣れてきた。はじめての、そして神話級の特典武具。愛着が沸かない訳がない。ウロボロスのような鎖の素子を握り、こちらに引っ張り込む。
「っなぁ、まだだ! 《パワー・ファング》!」
男は、左手のナイフで鎖を断ち切ろうとする。無駄だ、特典武具の鎖、断ち切れる訳が――違う、再度右手を。
男は再生しかけた右手を断ち切り、鎖に引きずり込まれることを回避した。
再生途上の右手はボトリと地面に落ち、ビクビクと震え、蠢く。手首には鱗が生え、指先の爪は、獣じみて鋭かった。
「ぐぅ、しかし、時間は稼げた――」
男の言葉につられ、治療院の方を見る。今まであった人の気配が、少なくなっている。まさか、そんな早くに撤退が――。
(地下道だ、今さっき気配が地面に潜って消えた! 残りの一人ももうすぐ地面に連れ込まれる!)
「フェネクス、追えるか!?」
(無理言うな、私はテリトリーじゃなくてルール・アームズだ!)
治療院の奥の地下道に逃れようとするナイフ使い。それを追おうと一歩踏み出し、フェネクスに左手を握られ制止される。
(蘇生効果範囲の外に出るぞ!)
「……どうすれば」
「やあ、あんたが『流れの治癒師』? ずいぶんとしけた顔してるね」
路地から、テンガロンハットを被った青年が現れた。
カウボーイスタイルの、黄河らしくない服装の青年だ。
その直後。
治療院、正確にはその奥の地下道から、煙が勢いよく噴き出した。
煙の先端が、牛の角のように錯覚できた。
治療院の従業員、そしてナイフ使いを絡め取りつつ、患者たちを路地に吐き出す。
偽の治療院をその勢いで破壊しながら、煙の体積は増えていく。
「うちのマタンガは狭いところが苦手なんだ、煙だから煙突でも潜入できるだろって、オーナーも無茶言ってくれるなぁ……好きだなぁ……」
テンガロンハットの青年は、呆れたような、惚れたような顔をする。
「――お前は、一体」
テンガロンハットを被り直し、青年は答えた。
「ジャミー・クレセント。趣味で四天王最弱をやっている男さ。――君を、捕まえに来た」