剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~   作:砂漠谷

22 / 22
紫煙と白煙

【超博徒】スタイリー・ピーカブー

 

 TYPE:メイデンのエンブリオ、フェネクスを連れて歩む。ここは麻薬使用者のねぐら、いわゆる阿片窟だ。

 白い粉が、あちこちに散らばっている。その匂いを嗅ぐだけで、気分が悪くなる。

 ゴザを敷いて、雑魚寝するのは、やせ細った男女たち。彼らはものを言わず、呆けていたり、キセルを吸ったりしている。

 

「ひっでぇ匂いだな」

 

 黄河は伝統的に麻薬を厳しく取り締まっているが、禁断症状に苦しむ依存症患者をただ処刑する訳にもいかず、しかし依存症患者を治療するための”余計な”予算を割くわけにもいかない。

 そんな折に、民間の医療団体が発案したのが、麻薬依存症患者を自治区に入居させる、という試みだ。

 それも、禁断症状が起きない最小量の麻薬と食料を持たせて。

 

 ――巧妙に造られた治外法権。少なくとも、俺はそういう印象を受けた。

 

 こんなところに来る<マスター>が、全員まともな目的とは限らない。むしろそうでない奴の方が多いだろう。

 経験値稼ぎ、奴隷商、悪趣味な見物。そういう連中が紛れても、年に一回の名簿調査では止められない。

 

 当然、俺の目的はそれとは違う。薬物中毒もこの特典武具で癒せないか、と考えているのが一つ。

 もう一つは、とある噂の真偽を確かめに来た。

 

「スタイリー。最近のお前は、少し危ないぞ。医師じゃないんだ、お前は」

「医者じゃねぇのは分かってるよ」

 

「ま、人死にが実際に減っているから、その行動を否定はしないがな。お前、一度の治癒で他人を助けた気になっている節があるだろ」

 

 背後を警戒しつつ俺の側を歩くフェネクスは釘を俺に刺す。

 

「そうかもな。それでも、助けたい」

「好きにしろ。ただ、思慮は浅いな」

 

 そこまで言うか。それを受けて、平気な面をする。

 目の前の助けられる人を助けて、何が悪い。そう思い込む。

 

 ――気づいてない、とは言えない。

 貧しい病人への憐憫。

 治した病人に讃えられる快楽。

 そして、ここに沈んだ連中を、どこかで自分より下に見ようとする感情。

 

 全部、俺の中で育ってる。認めたくはない、が、認めざるを得ない。

 それでも止められやしない。だって、紛れもなく善行なんだから、止める理由が、探したって何処にも……。

 

 考えながら歩いていると、ふと。阿片窟の中に、ひと際変わった建物を見つけた。

 

 それは白塗りの建物だった。阿片窟の汚れた色の中で、そこだけ漂白剤をぶちまけたかのように、白い。

 治療院、という看板を立てている。「無料」「完治」「救済」、そういうワードが、胡散臭く並べ立てられていた。さきほども、一人のやつれた住人が入っていった。

 

「ああ、ぱっと見だと、お前がやってること、アレだ」

 

 ……ちょっと嫌かもしれないな。

 

「まあ、それは置いておいて。――アレ、騙りだぞ。噂は本当だったようだな。お前の偽物、ほら、看板の中に」

 

 鎖に繋げられた、水晶の意匠がある。

 『流れの治癒師、来院』という言葉がある。

 

 曰く、俺は世間で『流れの治癒師』と呼ばれているらしい。

 友人、ミルキ経由で知った。つまりこの治療院は、俺がいる、と騙っていることになる。

 

「どうする、潜入するか?」

 

「いんや。目ぇ覚めた」

 

 深く息を吸い、首を回す。拳を握り、眼の前の敵を見定める。

 

「正面から行く。俺の名前で悪行してんなら、俺が潰すのが道理だろ。――俺の責任もあるしな」

 

 フェネクスは、無言で俺の背中を叩いた。『助かった人はいる。誇らずとも、それを忘れるな』、心の声が届く。

 

 フェネクスは橙の燐光を纏った指貫きグローブに転じ、俺はそれを装着する。

 腹に力を入れ、一歩、踏み出した。

 

 カランカラン、と扉の鈴が鳴る。

 内部は薄暗く、数人の患者がうつむいて座っている。

 

「いらっしゃいませ! どんなご病気でしょうか、どんな病でも流れの治癒師様が一瞬で……」

 

 受付の、目つきの悪い壮年の男が、精いっぱいのニタニタ笑顔でこちらを出迎える。

 それを俺は見下ろし、【光因龍錘 フアンヌ】を懐から出す。

 

「俺がその『流れの治癒師』だが……ここは何だ? 一体何をやっている?」

 

「《パラライズ・ファング》……、やっとここに来たか、本物。店仕舞いだ、お前ら!」

 

 予期してはいたが、それでも唐突に。

 受付の男が振るうペーパーナイフは、予想していたより鋭く。躱し切れずに、左肩に傷を負う。

 スキル効果で身体が痺れ、動かなくなる、その前に。

 ミスで半分ほど溜まった<後悔(リグレット)>ゲージを消費して、状態異常を消し飛ばす。

 

 《再醒の星(リ・アウェイクン)》。状態異常を消した俺は、偽の治療院から跳びだす。どんな罠があるか、わかったものではない。

 

「……っああ、展開はええ! フェネクス、必殺スキルだ!」

 

「いきなりだな、だがお前には似合う! 《天獄宮の朱雀門(フェネクス)》!」

 

 グローブは橙に光る少女の虚像へと転じ、彼女は地面に手を翳し、力を注ぎ込む。

 その力は、五芒星魔法陣の実像として地面に刻み込まれた。

 

『さぁ、安心していってこい!』

 

「……ああ、そうだな。《オールベット》」

 

 SP、MP、そしてHPを全損させる代わりに、高確率で超高倍率のステータスバフを得る、【超博徒】の最終奥義。

 【死兵】の《ラスト・コマンド》の効果時間はすぐに切れ、俺はHP全損として光の塵に還り……その光の塵は、魔法陣に吸収され、再度実体となる。

 

「――うん、万全だ」

 

 一歩、偽の治療院に、踏み出す。その扉の内側で、先ほどとは異なる、鈍い光を湛えたナイフを構える受付の男に拳を叩き込むために。

 俺の纏うオーラは、先ほどまでのそれとは異なっていた。虹の光を仄かに纏いつつ、ステータスは各々特化型の超級職に勝るとも劣らない。

 ――俺たちの必殺スキル、《天獄宮の朱雀門(フェネクス)》。効果は、強化状態を引き継いだ上での完全蘇生(つよくてリスポーン)。一部の呪怨系は治癒しないが、傷痍系や病毒系、HP減少程度のリスクであれば、蘇生で問題なく踏み倒せる。

 

 蘇生陣の発動時間は、貯蔵<後悔>ゲージを消費し、最大で五分。それを相手に伝えるつもりはない。

 

「お前、名前は?」

 

「名乗るような名はない、特に口を封じられぬ<マスター>にはな」

 

「よっぽど悪どいこと、してきたんだなァ!」

 

 【功力士】の奥義《内爆掌》を叩き込もうとするが、ナイフで起こりを遮られ、膝に浅い傷が入る。ENDとSTRの差ゆえか、深い傷はないが、傷口が爛れている。

 ――身体の動きが鈍り、三連撃を喰らう。肘、脇腹、太もも。最後の一つは少し深く、太い動脈まで刃が入ったようだ。

 眠気、酸欠、そして心拍不全が同時に起こる。

 スキルの宣言は、最初と違ってなかった。無宣言系のパッシブスキルでも持っているのか。そう脳裏に過り、光の塵に還り――。

 

 魔法陣の上に、再度俺が立つ。

 

「ステータスが足りねぇ、特にAGI(はやさ)。足すぞ、《マネーベット・スピード》、ついでに《竜王気》」

(あと三分半だ、患者の救助を優先しろ!)

 

 財布型アイテムボックスを砕く。天地で稼いでいたあぶく銭だ、どうせ惜しくはない。じゃらじゃらと出てきた金が溶けて消え、確率関数を通して、俺のAGIとして加えられていく。【フアンヌ】の、コスパ悪めのバフスキルも継ぎ足す。

 フェネクスの助言に従うにしても、まずナイフ使いを制圧しないとどうにもできない。

 

 一歩で、魔法陣から扉の前に踏み込む。ナイフ使いの男はその速度に瞠目するが、それでも男と同等の速さ。

 ここまでバフを積んだ俺と同等、ということは、十中八九超級職。左手に紋章がないからティアンだな。ナイフも特典武具だろう。

 喉笛を掻き切ろうとしたナイフを、右手首を掴むことで制止する。そのまま《内爆掌》を竜王気込みで叩き込む。名付けて《竜気発剄》。

 手首が爆ぜ、ナイフを取り落とすが、男は左手で再度落ちるナイフを掴み、俺の心臓を一突き。

 

 《ラスト・コマンド》をオフにしていた俺は、死亡後、即座に魔法陣に還り、再度立つ。二度目の蘇生。

 今度は、《竜王気》を全開にする。【フアンヌ】を鎖分銅として振り回し、リーチの差を活かす。

 

 右手首が爆ぜ、左手のみになったナイフ使いは、懐の試験管を口で噛み砕き、口を裂きながら内部のポーションを飲む。

 右手首の断面から肉が泡立ち、()()()()()()()()()()膨れ上がる。骨がそこに継がれ、右手首が成型されかけている。

 

(あれは何だ!? 重度の傷痍系状態異常が一瞬で――【快癒万能霊薬】でも説明が付かない!)

 

 フェネクスの分析を頭の片隅に入れつつ、俺は鎖分銅として【フアンヌ】を投げ込む。やつは、右手首でそれを掴もうとしたが、事前に流し込んだ《竜王気》を噴射して軌道を変更、相手の右手首に絡むように巻き付いた。

 【光因龍錘 フアンヌ】の使い方にも多少は慣れてきた。はじめての、そして神話級の特典武具。愛着が沸かない訳がない。ウロボロスのような鎖の素子を握り、こちらに引っ張り込む。

 

「っなぁ、まだだ! 《パワー・ファング》!」

 

 男は、左手のナイフで鎖を断ち切ろうとする。無駄だ、特典武具の鎖、断ち切れる訳が――違う、再度右手を。

 男は再生しかけた右手を断ち切り、鎖に引きずり込まれることを回避した。

 再生途上の右手はボトリと地面に落ち、ビクビクと震え、蠢く。手首には鱗が生え、指先の爪は、獣じみて鋭かった。

 

「ぐぅ、しかし、時間は稼げた――」

 

 男の言葉につられ、治療院の方を見る。今まであった人の気配が、少なくなっている。まさか、そんな早くに撤退が――。

 

(地下道だ、今さっき気配が地面に潜って消えた! 残りの一人ももうすぐ地面に連れ込まれる!)

「フェネクス、追えるか!?」

(無理言うな、私はテリトリーじゃなくてルール・アームズだ!)

 

 治療院の奥の地下道に逃れようとするナイフ使い。それを追おうと一歩踏み出し、フェネクスに左手を握られ制止される。

(蘇生効果範囲の外に出るぞ!)

「……どうすれば」

 

「やあ、あんたが『流れの治癒師』? ずいぶんとしけた顔してるね」

 

 路地から、テンガロンハットを被った青年が現れた。

 カウボーイスタイルの、黄河らしくない服装の青年だ。

 その直後。

 

 治療院、正確にはその奥の地下道から、煙が勢いよく噴き出した。

 煙の先端が、牛の角のように錯覚できた。

 治療院の従業員、そしてナイフ使いを絡め取りつつ、患者たちを路地に吐き出す。

 偽の治療院をその勢いで破壊しながら、煙の体積は増えていく。

 

「うちのマタンガは狭いところが苦手なんだ、煙だから煙突でも潜入できるだろって、オーナーも無茶言ってくれるなぁ……好きだなぁ……」

 

 テンガロンハットの青年は、呆れたような、惚れたような顔をする。

「――お前は、一体」

 

 テンガロンハットを被り直し、青年は答えた。

 

「ジャミー・クレセント。趣味で四天王最弱をやっている男さ。――君を、捕まえに来た」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

剣一つあれば良い(作者:オルフェイス)(原作:Infinite Dendrogram)

─────そんな風に思っていた時期があった。▼しかし世界は甘くなく、幼い頃は常日頃から持ち歩いていた剣は、いつしか持たない時間のほうが長くなって。▼そんな時に、無限の可能性を謳うゲームが出てきた。


総合評価:3195/評価:8.93/連載:44話/更新日時:2026年05月20日(水) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>