剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~   作:砂漠谷

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偽りの拮抗、おもいで、リザルト

 【クレグレ】の刀を一刀、受ける。

 

 やはり、【剣聖】のソレと比べて、刀の冴えは鈍い。

 だが、剣を重ねるにつれ、どんどんと鋭くなっていく。

 恐るべきは学習速度。人間の脳という制約のない、呪詛生命体だからこその処理能力。

 

「――だが、こっちにも<エンブリオ>がある。クロがいる」

 

『<エンブリオ>におむつに抱っことは! 随分と幼稚な剣士でありますね!』

 

『主に頼られる歓びを知らぬ愚かな刃よ、叩き折る!』

 

 挑発に腹を立てるな。剣を鈍らせるな。クロにもそう命じ。

 煽りながらの突きを首を傾けて躱し、【クロサワ】を振るって弾く。伸びていた髪が一房散った。頬に一筋、赤い線が刻まれたことを痛みで知覚する。

 

『キハ、キハハハハ! 自らの意志で振るう剣、啜る血、素晴らしいでありますね! もっと、もっと寄越すであります!』

 

 力強く、雑に。しかしさらに鋭くなる【クレグレ】の剣。スタイリーから受け継いだバフを駆使しても、基礎ステータスはクレグレの方が上だった。

 弾く、躱す、受け流す。【クロサワ】が【クレグレ】に触れるたび、音が鳴る。刃と刃の一問一答は加速していく。剣士としては、クレグレはあまりにも優秀な生徒だった。水を浴びせたスポンジのように、剣戟を浴びて成長していく。

 このままでは、膂力だけでなく剣術でも追い抜かれかねない。

 だが、焦りはない。相手は防戦一方の俺を嘲笑することに夢中で、俺の策に気付いていない。

 

 耳たぶを斬られ。脇腹の肉を僅かに削られ。

 そういった小さな負傷が重なり、俺のHPは半分を割り込んでいった。

 疲労で視界の色は鮮やかさを欠いていく。少しずつ、モノクロに近づいていく。

 体力も無尽蔵ではない。防御の精度も下がっていく。それでも、攻撃に転ずることはしない。

 【クレグレ】はそんな俺に違和感を覚えたのか、一度振るう剣を止め、距離を取った。

 

 ……気付かれたか?

 

『貴様、前に戦った時は、確か。<記録剣>ととかいう物まね剣を振るっていたでありますね。ほら、見せてみるであります』

 眼に光のない老爺の死体は、俺を挑発するように指を動かす。

 

「そうか。そんなに見たいなら見せてやろう」

 

 挑発に引っ掛かったような言い回しを敢えてする。

 師匠から借り受けた鞘に、一度【クロサワ】を納刀する。

 そして、スキルを用いて一閃。

 

「<刳昏(くれぐれ)>」

 

 だが、それは【クレグレ】の剣を刃こぼれはさせたものの、老爺の死体の首を断つことも、妖刀を折ることもできなかった。

 

『キハッ、キハ! ワガハイの名を冠した抜刀術を、ワガハイが防いだ! もはや宿主など要らぬということでありますな!』

 

 老爺の死体は、怨念に浸されて黒く染まる。まるで、黒炭で作られた泥人形のように。

 老爺の個性は全て無為に帰し、そこから、剣を振るうのに最適化された肉体となっていく。

 【クレグレ】を持つ右手は細長くなり。それと質量が釣り合うように左腕は巨人のそれを移植したかのように太くなる。

 脚は半人半獣のようにつま先立ち。頭部は爬虫類のように平たく、長くなる。

 頭上の名称表示は、【邪刃操乱 クレグレ】からぐにゃりと変化する。

 【凶刃墨泥 クレグレ】と。

 

『キハッ、キハハハハ! 新たなる力、それにひれ伏して死ね!』

 

 もはや語尾も変わって、刃を振るう【クレグレ】。

 

 ……そろそろか。

 

「クロ、アレだ」

『我が主、承知いたしました。――今こそ跳躍する時。《踏破するは模倣の道(ブレークポイント・シミュラークル)》』

 

 【クロサワ】の新スキル。同一対象から《アーカイブ・ブレイド》で一定数"モーション"を記録したことを条件に発動できる。

 効果は、"モーション"に内包された攻撃力・速力を、ストック数に応じて最大で100%、現在のステータスに加算すること。

 

 【クレグレ】のSTR・AGIなどの物理ステータスは、平均一万前後であり、"モーション"にもそれと同程度の攻撃力・が記録されていた。

 一方、俺のステータスは、スタイリーから継承したバフ込みで七千足らず。技量は上回っているが、それでも追い抜かれかけていた。

 

 膂力・速力の上下関係が――逆転する。

 

「<亡春>」

 

 首を断つ。油断していた泥人形は、反応が遅れた。爬虫類の頭部が空を舞う。

 本体は剣。さらに<失秋>で、小手を切り落として地面に妖刀を叩き落す。

 泥人形が、もはや人の形も無くして俺の身体に纏わりつこうとする。

 

「《一刀両断》、<殺冬>」

 

 【一刀武者】の奥義も用いて、大上段から打ち砕くように。

 スタイリーの拳の一撃が如く、かつて老爺だった汚泥を剣圧で吹き飛ばす。

 

『グギッ、グギギギギギ!』

 

 余った泥で腕のみを構成し、妖刀は自らを握らせる。腕だけの剣士。

 もはや、警戒には値しなかった。

 

『クキャアッ!』

 

 剣を延伸して俺の額を貫こうとする。だが、それも、髪一つ斬られずに躱せるほどには、速力に差があった。

 

 そのまま、刀身を横から、【クロサワ】の峰で叩き砕く。

「<無夏>」

 武器破壊の一撃。クレグレにとっては、自らの骨髄が砕かれる一撃。

 

『クキ、キカカカカカカカ!』

 

 クレグレは、自らの死を悟ったのか。

 自らの刀身を振動させつつ、狂気的に嗤いながら無茶苦茶に剣を伸ばしまくる。

 砕いた刀身の破片も周囲の怨念を喰らって増殖し、結晶化する。

 周囲の地面には破片が新しい小刀となって、まるで雑草のように生え茂る。

 それは俺の足の甲を貫き、痛みは神経を伝って脳に叩き込まれる。システムが痛覚を30%に抑えているにも関わらず、骨と骨を抉る痛みは強く存在感を保つ。

 アドレナリンによって麻痺しているにも関わらず、僅かに眉をしかめた。

 

「無駄な抵抗ッ、だなァ!」

 

 本体は鍔にあることは、今までの観察で分かっていた。発された怨念、その根源は鍔だったからだ。

 柄を掴み、無理やり鍔を外そうとする。

 その瞬間、【呪縛】【呪詛】【吸魂】【傀儡】などのデバフが俺を襲うが、関係ない。

 デバフは俺に対して掛かっている。《刃心降霊》によって俺の身体を操る【残照録刀 クロサワ】には掛かっていない。

 

「クロサワ!」

『承知ィ!』

 クロの叫びが、俺の口を借りて魂を揺らす。

 今は、この剣に任せよう。主導権を【残照録刀 クロサワ】に明け渡す。俺はその援けとして、剣に意志を載せるだけ。

 

 俺の身体を操るクロは片手で柄を掴み。

 もう片手、【クロサワ】を握る腕を振り下ろし、【クレグレ】の鍔を、その刀で叩き割った。

 

 鍔が割れる直前、耳の奥で甲高い悲鳴が弾ける。

 音ではなく、魂の共鳴。生物の死ではなく、人工物の呪詛が断たれる時の断末魔。

 

 音は、一瞬で収まった。直後、空気が軽くなる。

 俺は、崩れるように地面に仰向けで倒れ込む。

 空は、いつの間にか晴れていた。一陣の風が、治りかけの頬の傷を撫でた。

 

 

 

【<UBM>【凶刃墨泥 クレグレ】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【ミルキーウェイ・アンティプライド】がMVPに選出されました】

【【ミルキーウェイ・アンティプライド】にMVP特典【延刃善壊 クレグレ】を贈与します】

 

 

 

 ――思い出すのは、アイツの剣だった。

 萌々手の剣とは比べるまでもなく稚拙だったが、【クレグレ】の剣術家としての方向性は、そう。

 出会った頃のアイツの剣術と似ていた。

 

『俺様の剣は活殺の剣! 試合剣道とは違うんだ!』

 

 高校生にもなってそんなことを言う彼を、剣道部の他の皆は笑っていた。

 俺だけは、笑えずにいた。彼の剣に籠る凄みを、彼が使う流派が積み重ねた屍の数を連想させたから。

 もちろん、それでは死合には勝てるかも知れないが、公式試合には勝てない。俺が何度も叩き直して、彼の剣の強みを生かしつつ、弱みを潰したものだ。

 その矯正が、彼の剣の魅力を失わせていたのだと。このゲームで真剣を振るうようになってから、はじめて気が付いた。

 活殺の剣が、試合に勝つための剣になり下がっていくことを、彼は表向きは肯定していた。

 

『人を斬ったことはないし、これからも斬ることはないと思う。だったら、斬る技術より試合で勝つ技術を磨きたい』

 

 基礎ができていたからか、ぐんぐん彼の試合剣術は向上していく。だが、それに応じて失っていくのは、活殺の剣技の冴え。それだけでなく、彼のアイデンティティそのものでもあったんじゃないか。俺が、彼のプライドを、尊厳である剣技を殺したのでは?

 

 そういう疑念は、常に俺に付きまとっていた。

 今も、そうだ。

 答えは、まだ出ない。

 

 

「――ミルキ、くん?」

 

 倒れた俺を見下ろすのは、ウミネコ・アマイ。俺もそれに気が付き、過去に浸るのをやめる。

 

「ああ。特典武具は、俺が手に入れたようだ――すまないな」

 

 特典武具は、MVPと認定された一人にしか与えられない。他のパーティメンバーに与えられるのは、それなりの経験値だけ。

 

「いや、いいよ! 誘ってくれたのも、一番活躍したのもミルキくんだし。スタイリーくんも納得してくれると思う」

 

「そうか。それなら良いが――」

 

 その笑顔に、今は納得しておこう。

 そもそも、どうせ譲渡はできないのだ。

 ドロップアイテムである【宝櫃】を開き、アイテムを手にする。

 

 アイテムは、光沢があるが、金属というには柔らかく、掌を吸いつくような感触の筒。

 表面を擦ると、甲高い悲鳴を連想させる擦過音が指先を震わせた。

 鉄の筒といっても、火縄銃の類ではない。やや沿っており、そこに【クロサワ】を差し込むと丁度良く入った。

 

 ウィンドウを見たところ、アイテムの効果は以下の通り。

 

 

 

【延刃善壊 クレグレ】

伝説級武具(レジェンダリーアームズ)

 狂気に染まりし凶刃の概念を具現化した伝説の武具。

 技力を怨念力に変換し、納刀した剣を怨念製の魔法金属で延長する効果を持つ。

 

※譲渡売却不可アイテム・装備レベル制限なし

 

・装備補正

 

STR+20%

AGI+20%

 

《怨刃延長》《技力転怨》

 

 

 

 

 

 ステータス補正を見るにかなり強力な武具のようだ。流石はユニークアイテムである特典武具。噂に聞く強力さだ。

 

「クロ、行けるか?」

(はい! 我が主)

 

 早速装備して、特典武具【クレグレ】に【クロサワ】を納刀し、アマイに離れるように言う。

 

 《怨刃延長》を意識しながら――抜刀。

 

「<刳昏>」

 

 引き抜いた【クロサワ】は、本来は抜刀できぬほどに長い、通常の剣の五倍は優にあるだろう大々太刀となって、前方半径十メートル強の稲穂を切り裂いていた。

 稲穂の切断面は、黒ずんでいるほかには綺麗な平面になっていた。

 

 直後に、この長さの刀を抜刀できたからくりを理解した。

 そもそも、抜刀を終えるまでは普通の長さなのだ。まず、刀が気体状の怨念を纏いながら鞘から引き抜かれる。抜刀直後にその怨念が瞬時に凝固し、刀身を延ばす形で形成される。

 

 そして、抜刀直後を頂点として、怨念製の鋼鉄の硬度は下がっていく。

 

 一分後には、どろりと液体になったかと思えば、大気中に霧散した。

 

「これ、大気汚染とかにならないのかな……」

 

 蒸気金属、しかも怨念製というのはかなり環境に悪影響を与えそうだ。そんなことを考えていた。

 すると、抜刀を見ていた、背後のアマイが喜んだように手を叩く。

 

「凄い、凄いよ! 広範囲攻撃ができるようになれば、私の【ヤマビコ】のスキルも活きるし! これからも三人で頑張ろう!」

 

「あ、ああ……」

 

 今後の希望に満ちたその言葉に、俺は素直に頷けずにいた。




あとがき追記
この特典武具を見たベネトナシュ「絶対潰す」
SP消費で怨念増産とか許されざるよ…

あ、書き溜めは尽きました。明日明後日までは手動で更新できるかも?
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