剣道少年ビターエンドアフター ~後日談はデンドロで~   作:砂漠谷

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タイトル真面目すぎ
英訳するならWork/War/Whitismの3Wかなぁ
本編とは関係ない文章でした。


労働・戦争・差別

 午前九時。県庁の端末が一斉に立ち上がる音で始まる毎日。

 問い合わせの電話を捌き、上司から課せられた書類の振り分けを行う。

 入庁から一か月と少し。こういった基本的な業務はもう慣れた。

 

 だが、どうしても上の空になってしまう時もある。集中力が切れた時に、ついデンドロのジョブ構成について考えてみたり、剣の構えや振りを思い出してみたりする。

 剣の振り。高校の剣道とはだいぶ変わったものを師匠――ゲーム内のNPCだが――に叩き込まれたものだ。勝利ではなく殺生が目的の剣。リアルでも再現できるだろうか……とやや物騒なことを想像したりもする。

 

「あ、あの――天河さん?」

「なんでしょうか」

 

 ふと、同じ新卒の女性職員から声を掛けられる。

 眼鏡を掛けた身長が低めの女性だ。

 

「これ……お願いします。係長からです」

「ああ、はい。ありがとうございます」

 

 それくらい係長が自分で渡せばいいものを。いや、ガタイが良く目つきが悪い俺にビビっているのか。デンドロを始めてから、目つきがさらに剣呑になったと友人から言われることもある。

 

「はぁ……」

「あ、あと。これは純粋な質問なんですけど。学生の頃、運動とかやってました?」

 

「ええ、け」

 んどう、と言いかけて止める。学生の頃、というのは普通は大学生の頃だろう。

 大学の頃は剣道はやっていない。適当にごまかしておこうか。

 

「け、献血サークルですね。いや、血がありあまっちゃうんで」

「そ、そうなんですか(……運動?)」

 

 首を傾げながら、彼女は自分の持ち場に戻っていった。面白い男になってしまったか。

 

 ――剣道をやった、と胸を張っては言えない。

 最後に残したのは、アイツに対する裏切りだけ。

 どうしようもない恥を、自慢げに晒せはしない。

 

 繁忙期ではないので、定時で上がりだ。

 コンビニに寄って買った握り飯を食べながら、暗くなってきた空を眺める。

 自分の部屋があるマンションは、県庁から歩いて到着できる距離だ。

 

 ふと。部活の帰りもこれくらいの暗さだったと、過去が思い出される。

 彼と、肩を並べて帰ったっけ。回想は加速し、あの大会前の悪夢まで蘇る。

 

『あっ、ぐっ、痛っ……』

 

 思い出すな。心をわざわざ自ら折るな。

 必要なのはリフレインではなく、彼を見つけること。

 そして、何もかもを謝る。それが、俺に必要なことだ。

 

 部屋の入り口でカードキーをタッチして入室。冷蔵庫を漁る。

 

「えぇっと、ジャガイモ、パスタ、ベーコン……ジャーマンポテトパスタかな」

 

 砂時計をひっくり返し、鍋に水と塩を入れてゆでる。水を入れた容器に下処理したジャガイモを入れ、自動加熱器を入れて蒸かす。

 その間にベーコンをフライパンで炒め、パスタが茹で上がったらベーコンとそこからしみ出した油をぶち込む。

 最後に適当に乱切りしたジャガイモを加えて混ぜる。そのまま皿につぎ、菜箸をそのまま口に持って行って啜る。

 行儀が悪いが、男の一人飯などこんなものだろう。腹を膨らませたらシャワーと歯ブラシを済ませ、ベッドの上に寝ころび、ヘッドセットを被る。

 

 時刻は現在六時半。十二時前に寝るとしても、リアル時間で五時間、デンドロ内部でその三倍は活動できるだろう。

 

「ログイン、スタート」

 別に言う必要もない宣言をして、電源を入れた。

 

 

 

 ログインし、宿屋から近くの道場に向かう。道場で肩慣らしに木刀を振るう。

 

 しばらくすると、師匠・静虎が眼をこすりながら顔を出してきた。

 彼女は昼夜逆転気味の生活をしている。【夜刀神(ザ・ルナティック)】だからか、月光を浴びないと元気が出ないというのだ。

 

「よう、ミルキ。今日も剣筋に関してはあまり言うことないな」

 

「押忍、ありがとうございます」

 

 刀を下ろして、賞賛に感謝する。だが、師の表情は変わらない。

 

「褒めてはいない。それに、私はその剣筋、あまり好かん」

 

「それは――どういうことでしょうか」

 

 俺の言葉に、師匠はしばらく答えなかった。道場の空気が、時間とともに冷えていく錯覚がした。

 ようやく、師が口を開く。

 

「ミルキ。お前も、人の肉を斬る経験を積むべきだ」

 

 発言の意図を最初は理解しかねた。だが、その眼の冷たさで察せられた。

 師は俺に、剣士として上に行くには、人を殺せ、と言っている訳だ。

 

「戦争に、行けということですか。まさか辻斬りしろって訳ではないでしょう」

 

「そうだ。戦争に行け。私の親戚が北玄院家でな。弟子を一人、足軽として寄越せと連絡がきた。お前が適任だろう」

 

 たしかに、俺のような<マスター>は死んでも時間が経てば復活するが。

 

「たしかに最近、黒羽家と北玄院家の間でバチバチやってるって噂は聞きますが……」

 

 正直、あまり乗り気になれない。この世界に息づくティアンの殺し合いに参戦して、敵ティアンを殺せ、ということに、忌避感はある。

 

「お前の弟弟子に当たる男が、北玄院家の足軽大将として任命された。その護衛をしてもらいたい、というのではダメか?」

 

「そうなんですか。……弟弟子? 道場の面子に多少教えたことはあっても、そんなに仲良くはないですけど。強いんですか?」

 

「いや、統率系ジョブの適性と才能があるから抜擢されたようだ。だが肝心の剣術はそれなりという程度、護衛が必要だ。お前は<エンブリオ>のスキルの都合上、防御の剣を相当鍛えてきた。それを護衛に生かしてほしい」

 

 積極的に一番槍を買って出る気にはなれないが。護衛、ということなら。弟弟子の命を守るためというのであれば、剣を振るうことを請け負っても良いだろう。

 

「仲間も一緒にクエストを受けていいですか?」

 

「お前なら信頼できるが、仲間に裏切り者が紛れ込んでいるとは限らん。一人で頼む」

 

「……分かりました。受けます」

 

 頷いた。一人では、少し心細いが。それでも自分を信じよう。

 

【クエスト【足軽大将の護衛 難易度:六】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 合戦は数日後の予定だという。夜襲の可能性も考え、その前日夜からゲーム内で48時間の護衛依頼。リアル時間で16時間だ。

 ――有給を取る必要がありそうだな。

 

 

 

 少し経ち、明日が決戦の日となる夜。

 戦場となる予定の平原、その付近に設置された、陣幕のうち一つの中に案内される。

 

 そこには、<マスター>が十数人ほどひしめき合っていた。

 陣幕の内、すこし高い壇の上に、小さな影が足を掛け、壇の上に立つ。

 

 その体重が推し測れる軽い足音。だが、足取りには迷いがなかった。

 日焼けした童顔だが、額には薄っすらと古傷。瞳は、こちら側をまっすぐに見ていた。

 

 甲冑姿の、子供。あまりにもアンバランスなそれに、俺たちはどよめく。

 その左手甲には、紋章がなかった。それは、彼がティアンであることを意味する。

 見覚えはあった。弟弟子として、一度剣の振り方を教えたことがあるだけだが。

 

「<マスター>の諸君。私が、この度の戦の足軽大将を務める、藤山断佐だ。よろしく頼む」

 

 声変わり前のハスキーボイス。しかし、年齢不相応な深みをどこか感じさせた。

 彼が、足軽大将――? 弟弟子とは聞いたが、ここまで小さいとは聞いていない。十四かそこらの子供だぞ。

 

「まずは、諸君らに感謝を述べたい。<マスター>は自由だ。その上で、我ら北玄院家の側として参戦してくれること、誠にかたじけない」

 

 彼は、感謝の意を表すように、数秒眼を瞑り、開く。社会人顔負けの演説に、俺たちは言葉を失った。

 眼を開いた彼、断佐は再度口を開いた。

 

「次に、詫びが二つある。諸君らは、北玄院家側として参戦はすれど、忠誠を誓ってはいない。そのため、地位や領地で報いることはできない。報酬は全て財貨物品、リルや武具で賄われる。不満がある者は、退出してくれ」

 

 陣幕の内から退出するプレイヤーはいなかった。演説に呑み込まれている。

 

「また、諸君らの戦場での指揮権は、足軽大将たる私が預かる。地位のない諸君らは、形としては"足軽"、つまり雑兵となるが――、その実、求められているのは、用いることのできる最大戦力としての働きだ。つまり」

 

 少年足軽大将、断佐は、一つ息を吸って吐く。俺たちはその動作にすら視線が行ってしまう。

 

「“期待している”。頼むぞ、諸君!」

 

 誰かが、声を漏らした。

 

「うぉ……」

 

 ぽつり、ぽつりと、演説の観衆の唸り声は、一兵卒の歓声に変わっていく。

 

「うぉおお……!」「うぉおお!」「やるぞ! 俺はやる!」「大将! ついていきます!」

 

 これが、藤山断佐。

 短いがすさまじい、少年のものとは思えぬ演説。

 それだけではないのだろう。烏合の衆を軍に変じさせる、将としての才も感じられた。

 その証拠に、腹に炭火が入れられたかのように、高揚の熱が感じられた。

 この少年に、背を預けたい。そう思わせる言葉の重さだった。

 

「では、足軽のうち、護衛のミルキ君は私と共に少し来てくれ」

 

 いきなり指名させられて驚くが、指示に従う。もとよりそのつもりだ。

 

 陣幕の外、少し離れた場所に案内される。

 

「――すみません、師匠の紹介なのに、あんな演説を聞かせてしまって」

 

 先ほどの威はない。あの"将"の面影が引っ込み、視線が柔らかくなる。

 声は年相応に、重厚な感じはなくなっていた。

 ……いや、それでもどこか大人びて見える。額の古傷のせいだろうか。

 

「い、いや、大丈夫です、だよ。凄かった。将来は政治家になれるよ」

 

「セイジ家……? 僕は穢多の生まれなので、武家にはなれませんよ」

 

 穢多。被差別階層出身ということか……。

 この天地にもそういったものがあると、攻略wikiやティアンの人々の発言から察してはいたが。<刀都>にはそういった人々はほとんど住んでいなかったため、実感としては分からなかった。

 

「それよりも、護衛としての任務を説明しますね。まず――僕の役割は足軽大将ですが、見ての通りこれはお飾りに過ぎません」

 

 見ての通り……? 演説をみた限りだと本物だとしか思わなかったが。

 被差別階級出身の少年をお飾りにする理由も分からない。

 

「じゃあ、なんで足軽大将に?」

 

「理由は僕のジョブと、そのスキルにあります。【穢者(エモノ)】系統超級職、【穢者頭(トップ・オブ・エモノ)】。その奥義、《穢土還し》は、奥義と聞くと、強いと思われるかもしれません」

 

 少年は笑わずに続ける。

 

「でも、発動条件があります。それは、対象の同意を得て、【穢多】というバフを与えること。これは、技力、SPを跳ね上げる効能がありますが――、《穢土還し》のスキルを宣言されるだけで、死んでしまうようにもなるんです」

 

 それは、つまり。

 

「そう、味方殺し限定のスキル。信頼してもらって、背中を預けてもらった相手を、僕は殺せる。そのための足軽大将です」

 

 味方殺しのジョブと、そのスキル。十五にもならないだろう彼がそれを持つ苦しみを、俺には推察しきれない。

 

「僕は、飢えと病の蔓延る河原者の立場にいました。そこから拾ってくれた北玄院家に、忠誠を捧げています。ですが、<マスター>の方々はそうではない。だから、僕という安全装置が付いている訳です。あなたの役割は、その安全装置を守ることです」

 

「ああ……わかっている。俺の役割は、君を死んでも守ることだ」

 

 言葉に出す。意気込みではなく、肝に命ずるための誓いだ。

 

「役割はそうです、けど……けど。雇われ足軽ではなく、兄弟子として、弟弟子のお願いを聞いてもらってもいいでしょうか」

 

「ああ、構わない」

 

「――いざというとき。僕の命より、僕の主君、北玄院藍牙様の命を優先してください」

 

「――っ、それは」

 

 戦争に参加させられた自分の命よりも、戦争指導者の命を優先せよと、君は言うのか。

 合理的には、当然だ。だが、心情的には頷きがたい。

 

「お願いします」

 

「……善処する」

 

 承諾するとは言いたくない。

 けれど、否と言って、彼の命と彼の決意の天秤を傾けるような傲慢さは、もう持ち合わせていなかった。

 俺の言葉を受け、少年の瞳は、わずかに揺れ、そしてまた澄んでいった。




現在の北玄院家当主は、「まだ」北玄院碧乃ではない、という設定にしています(本作では)。
穢者頭(トップ・オブ・エモノ)
穢者(エモノ)】系統超級職。
ジョブ【穢者】はSP版【生贄】と呼んでも良く、メインジョブに据えると戦闘行為が不可能となる代わりに、SPがとてもよく上がり、味方にSPを譲渡するスキルなどを持つ。【生贄】と異なり、天地のごく一部にしかジョブクリスタルが存在しない。
ちなみき、HP版【生贄】には【血袋(ブラッドタンク)】というジョブがあり、これはレジェンダリアのごく一部にしかジョブクリスタルが存在しない。
なお【(トップオブ)】系統は、【征夷大将軍(コンクエストジェネラル)】の配下として作製されたジョブで、他に【陰陽頭(トップ・オブ・オンミョウジ)】などがある。
(陰陽博士があって陰陽頭がジョブとして無いのは違和感があるので捏造)
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