漫画版「魔法つかいプリキュア!」の後日談でもあります。
PIXIVにも同じタイトルで投稿されております。
時の魔獣を倒し、ナシマホウ界でもう一度みんな一緒に暮らせるようになった。
これでめでたしめでたしといきたいところだけど、世の中そう簡単にはいかない。
事件が起きれば同じ事が起きないように手を打たねばならない。魔法界だろうがナシマホウ界だろうがここは変わらない。
問題は、その打開策が見つからないということだ。
校長先生やお父様との打ち合わせで、当座の課題は3つに絞られた。
まず第一に、ナシマホウ界に残存する闇の魔法の情報を全て回収することだ。これはお父様や校長先生が担当するから良い。
第二に、打ち漏らしたデウスマストの眷属の掃討だ。こっちも私たちでなんとかできるから良い。
問題は第三の課題。これがなかなかの難題だ。
「はーちゃんの安全確保かぁ」
はーちゃんの力を狙う奴は、きっとこの先も出てくる事だろう。あの子がマザー・ラパーパの後継者であることを誰があの男に漏らしたのかは定かではないが、私たち以外にその事を知る者がいる以上、第二第三の奴が現れる可能性は高い。
だから対策をみらいと額を合わせて考えているのだけど、なかなか妙案が出てこない。
「私たちが、はーちゃんに付きっきりになるのは」
「無理に決まっているじゃない」
まず私とみらいは、始終一緒にいられるわけではない。
だからといってモフルンを置いていくにしても、私たちが戦えなくなるから意味がない。
「はーちゃんが自衛できるというのも関係ないしね。そもそもその状態で襲われたわけだもの」
「つまり襲われないようにする必要があるわけでしょ?」
前提条件を基に、みらいは天井に視線を向けて思案を募らせる。でも出るのは唸り声だけだ。
「いっそのこと、はーちゃんとラパーパの力を分けた方がいいんじゃないかな」
「そんなことできるわけない。そう言いたいところだけど……、私も同感なのよ」
世界のためにお祈りしていた結果、あんな目に遭わされたんじゃ、役目から手を引かせたくもなる。あの子、私たちの娘ってだけで、別に神様でも何でもないもの。
それにはーちゃんが役目を引き継ぐまで、別にマザー・ラパーパ無しでも困らなかったのだ。2つの世界の分離が完了し、それらを繋ぐ道も再度繋がった今、その後継者のはーちゃんが役目を放棄したところで、何か不都合が起きるとも思えない。
もっともそう言ったところで、はーちゃんは承知しないだろう。でもまた似たような事が起きても困る。
「私たち皆んなで代わりばんこにできたら良いのにね。それかもう皆んなでやっちゃうか。はーちゃんだって人手は欲しいだろうし、1人じゃ寂しいでしょ?」
「本当にそうしたいわね。いや、ちょっと待った。それ有りかも」
「えっ? そんな方法あるの?」
「はーちゃん次第だけどね」
ピンクダイヤとひーちゃんの例があるから或いは……。
「私の力をリコたちに分けるの? それはできなくはないけど、やりたくはないかなぁ」
私の方策へのはーちゃんの反応は芳しくなかった。
「力をあまり分散させちゃうと、ひーちゃんがちゃんと生まれてくるか分かんなくなっちゃうもの」
ああ、あの子が全ての力を受け継げなくなるリスクを生んでしまうのか。確かにそれは良くない。
「それに誰かをひーちゃんみたいな目に遭わせたくないんだ」
「あの男がやったように、誰かをはーちゃんで塗り潰すことかしら?」
「そういうこと。もうあんなのごめんだよ」
皆んな揃って参ってしまっていた事を考えると、確かに避けたい手ではある。
「それならバッティ君たちにボディガードでもやってもらおうかしら。腕は確かだし」
「それはいくらなんでもダメでしょ。あの人たち、今は学生さんと箒職人なんだから、下手に駆り出したらそれこそややこしい事になるよ」
「でも」
「それに私の力を分けるってアイディアは悪くないし、使わせてもらうよ」
使うったってどうするつもりかしら。今の口ぶりだと分けるあてがあるみたいじゃない。
「まさか」
私の顔を見て、はーちゃんがにんまりと笑う。
「そうだよ。そのまさかをやるんだ。みらいもモフルンもきっと喜ぶと思うよ」
次の日の陽が昇る前に、はーちゃんに連れられて、蓮の花で有名な公園にやってきた。
みらいも行きたがっていたけど、今日は大学の試験があるからモフルン共々そちらに集中させた。
「蓮の花じゃなきゃダメなの?」
「うん。それも咲いたばかりじゃなきゃいけない。生まれ変わりにはこれがぴったり」
生まれ変わり。
この前、はーちゃんがいなくなった経緯が経緯だけに、どうにも不穏な言葉に聞こえてならない。
「はーちゃん、念の為教えてほしいのだけど、あなた本当は消える気じゃないでしょうね」
「そんな事ないよ。私だってみんなと一緒にいたいもん。キュアップ・ラパパ、お願い、花びらを分けて」
はーちゃんは、蓮の花びらを丁寧に1枚ずつ切り取っていく。ほんの少しだけ命を分けてもらうかのように。
なら私は。
「キュアップ・ラパパ、風よ、花と花びらを優しく包んで」
その命と命のかけらが壊れないようにしましょう。
家に持ち帰った蓮の花を一緒に採ってきた蓮の葉で包み、それを紐で縛って1個の玉と10個の袋を作る。
それらを縫い合わせて人型に組み上げ、ガーデンチェアに座らせて太陽の光に当てる。
「みらいのあったかさをたっぷり分けてもらうんだよ〜」
なるほど、お日様の下に晒すのはそういう意味があるのね。
じゃあ私のあったかさは、月の下に晒して受け取ってもらうのかしら?
「ねぇ、はーちゃん。『この子』に月の光も浴びてもらうんでしょ」
「そうだよ。それに運の良いことに、今夜は十六夜だからね。これを逃す手はないよ」
「あら、十六夜の月じゃないとダメ?」
「ダメじゃないけど、リコのあったかさを贈るならその方がいいでしょ?」
あれ? その理屈なら……。
「ならみらいのあったかさを受け取らせるには、日の出の光の方が良かったんじゃない?」
「あっ」
私とはーちゃんの間に気まずい空気が立ち込める。
この状況をどうしようかと悩んでいると、はーちゃんが杖で地面を指した。
「キュアップ・ラパパ! 地球よ!」
それはまずい!
「やめて! ごめんなさい! 余計な事を言って!」
全く誰に似たのかしら。ミスの帳消しの為に極端な事をやろうとするなんて。
地球を逆回転させようとしたはーちゃんを宥めすかし、パウンドケーキとアップルティーで一息つく。
朝から動きっぱなしで手作業もしていたから、甘い物がお腹に入ると生き返ったような心地がする。
「さてと……、昼間にできることはこれで終わりかしら?」
「うん。でも必要なものはまだあるからね。その準備は忘れちゃダメだよ」
「分かってるって。杖はグスタフさんのところから今日届くように手筈を整えたし、これも研いであるわ」
ポケットから愛用のダガーナイフを取り出し、丹念に手入れした刀身をはーちゃんに見せる。
最後の工程で私たちの血が必要らしいから、使い慣れたこのナイフを引っ張り出したんだ。
「はーちゃん、痛いのは我慢できる? 私もみらいも腕の方は自信があるけど」
「何度も斬られる以上の目に遭ってきたじゃない。大丈夫だよ。それよりも教えて欲しいんだけどさ」
「何かしら?」
「2人ともそれでお互いを傷つけあってるんでしょ? なんでそんな事するの?」
私とみらいからしたらなんでもないことだけど、はーちゃんからすれば分からない事らしい。そんなに難しい話ではないのに。
「お互いに独り占めしたいからよ」
微笑みながら返すが、どうにもはーちゃんには今一つ理解できないようで首を傾げている。
「毎晩みらいの胸の中であれだけ甘えてるのに、まだ足りないんだ。リコってば欲張りだねぇ」
そうよ、足りないのよ。本音を言えば、ずーっと抱きしめられていたい……。ちょっと待って。
「なんで夜の私を知ってるの?」
少なくともここに引っ越してからは、この子に見られるようなヘマはしていない。そんな事をしたら最後、あの優しい優しいモフルンにどやされてしまう。
「たまに覗いてたもん。後学のために」
ああ、良かった。私のせいじゃなかった。
じゃあやる事はひとつだ。
「はーちゃん、今晩のおかずは没収よ。おかわりも禁止」
おませさんへの軽いお仕置き。
いや、はーちゃんにとっては死活問題か。何しろ一食抜いただけでまともに動けなくなるのだ。盛りきりのご飯だけでも結果は同じだろう。
「はー! そんなの酷いよ!」
「じゃあ晩御飯抜きね」
はい、抗議したからグレードアップ。
「もっと酷くなったぁ! あくまー! おにー! ひとでなしー! さでぃすとー!」
首の上に落ちてきた死刑宣告に、はーちゃんは真っ青な顔をして騒ぎ出す。
サディストなんて言葉、どこで覚えてきたのかしら? 「魔女っ子ティーチャー」にもそんなの書いてなかったし。
それはさておき、人を鬼呼ばわりするだなんて。
よしよし、そっちがその気なら鬼みたいな事を言ってあげましょう。
「ねぇ、明後日の晩御飯もいらないの?」
カップを傾けながらはーちゃんの方には敢えて目を向けずに問いかける。別に顔を見る必要はない。なぜならこの子がこの後なんと答えるかは、もう分かりきっている事だからだ。
「ごめんなさい」
ほらね。
ケーキを食べ終えたところで、妖精の女の子がやってきた。最近、ちっとも顔を見せにきてくれなかった我が家の次女だ。
「ピーちゃん、久しぶり! 急にどうしたの?」
「チクルンにお使いを押し付けられたのよ。はい、これ」
ピーちゃんがはーちゃんに手渡したのは、「あの子」が持っていた魔法の杖。へし折られた蝶の飾りもしっかりと元に戻っている。
「じゃあ、アタシはこれで」
「もう帰っちゃうの? せっかくだから泊まっていきなよ」
「そうよ。もう少し待っていれば、あなたの『妹』に会えるのに」
「妹?」
妹の存在を知らなかったらしく、ピーちゃんは驚いている。
妹が産まれた事を伝えておいてって、チクルンに頼んでおいたはずなのだけれど、あの子ったら忘れていたのかしら。
「どこにいるのよ?」
「そこで日向ぼっこしてる子の事だけど?」
はーちゃんが指差す先に居るのは、もちろん「あの子」の体だ。
「指を差すんじゃないの。ピーちゃん、あなたお姉さんになったのよ」
そう笑いかける私たちに、ピーちゃんは顔を引き攣らせながらティーポットを指差す。まるで何か危ない物でも入っているかのように。
「ねぇ、まさかあのリンゴをお茶にしたんじゃないでしょうね」
「あのリンゴ?」
「アタシがアンタ達に食べさせたヤツよ」
「そこのお店で買った物よ? もしかして心配してくれたのかしら?」
「そんな事ないわよ」
ぷいとそっぽを向くピーちゃん。捻くれてるところは相変わらずだ。
「ねぇ、リコ。ピーちゃんが来てくれたんだから晩御飯は豪華なものにしない?」
あら、自分は晩御飯抜きなのに中々に気が利くじゃない。
思えばピーちゃんに手料理を振る舞った事なんて一度も無かったのよね。ちょうど良い機会だから頑張っちゃおうかしら。
「そうね。そうしましょう」
「やったー! ピーちゃん、今夜は一緒にお腹いっぱい食べようね!」
考えたな、ちくしょう。
ピーちゃんを出しにしてまんまと晩御飯を取り返すだなんて。いつぞやのあの子そのまんまの顔でこちらを嘲笑っているもの。
よしよし、そんなわる〜い子には。
「はーちゃん、明後日から当分、あなたのおかずは煮干しだけね」
にっこりと笑いながら胃袋にナイフを突きつければ良い。
「はー! 私、猫じゃないよぉ!」
「あら、ご飯はおかわり自由よ?」
「ならせめてお漬物にしてぇぇぇえ!!」
哀願するフリをしつつ、しれっと自分に有利な条件に変えようとしているから油断も隙もない。
前に菜の花漬けだけでご飯を8杯も食べたの、忘れてないんだからね。
「あっ、そうだ!」
「どうしたの?」
「明後日の晩御飯、パスタにしてよ。ニンニクとオリーブオイルのソースのパスタ! ピーちゃんもそれで良いでしょ?!」
「えっ、アタシも?」
またピーちゃんを出しにしてる。でもあのパスタか……。あれ、簡単だから作り手としては助かるのよね。
「次の日お休みだから良いけど」
「ちょっと待ちなさい。アタシ明後日まで泊まるなんて」
「やったぁ! あれならおかずいらないもん!」
ああ、だから麺類に逃げたのか。
もうお手上げだと思わず苦笑いすると、うんざりした表情を浮かべたピーちゃんに袖を引っ張られた。
「ねぇ、あんた達っていつもこんな大騒ぎしてるの?」
「まぁね」
「ついていけないわ」
「ここに住めば慣れるわよ」
「身体壊しそうだから遠慮するわ」
「あら、そう? ピーちゃんの部屋もあるから遠慮しなくていいのに」
「アタシは1人がいいの。でも……、ありがと」
帰ってきた杖を手に、十六夜の月が照らす庭に降り立つ。私から渡してあげてほしいって、リコとはーちゃんがそのままにしていてくれたんだ。
「早く帰っておいで。みんなで待ってるからね」
杖を『この子』の太ももの上に置き、まだ魂が宿る前の身体に語りかける。妊婦さんのお腹の中で眠る胎児に話しかけるようなものだ。
ちょっとでも帰ってきやすいように、微笑みかける事も忘れない。
「相変わらずね」
ティーポットとカップを載せたお盆を手に、ピーちゃんも庭に降りてきた。考えてみると、この子と2人きりでお茶を飲んだことなんかなかったっけ?
「そうかな?」
「アタシがあんたたちをバラバラにした時も、あんただけは最後まで足掻いていたじゃない」
「絶対に手放したくなかったもの。それは今もおんなじ」
受け取ったアップルティーを一口飲み、「あの子」に相応しい翠の身体を優しく撫でる。
「ピーちゃんにも会って欲しいもの」
「妹って言われても、ピンと来ないのだけど」
「そう?」
「この子は皆んなが生まれて欲しいって願ってるもの。アタシと違って」
ああ、そうだ。ピーちゃんにはそれが全く無かったんだ。
「羨ましいな」
アップルティーを啜るピーちゃんの表情はどこか寂しげだ。
昔は勝手に決めつけるなと言っていたけれども、独りが辛かったのは間違っていなかったのだろう。
だから素直な言葉を一つ贈る。
「ピーちゃんと会いたいとは願ったんだけどなぁ」
「えっ?」
「ピーちゃんだけじゃない。モフルンもリコもはーちゃんもそう。私が会いたかったから会ったんだもん。もちろん『ひーちゃん』ともね」
「最初はお互いのことを知りもしなかったのに?」
「そんなの関係ないよ」
ピーちゃんを抱き寄せ、振り解けない程の力を込める。
「会って、こうして手放したくないと思える人だったら、それはもう最初から会いたかった人なんだとしか考えられないもん」
「そういうもの?」
「そういうもの。それにね、そんな『奇跡』を手放しちゃうほど、私は諦めが良くないんだ」
諦めきれるものならば、手なんか繋ごうとも思わなかったし、興味だって持たなかっただろう。
そしてそれは皆んなだって同じ。ひーちゃんだって……。
「ではそろそろ最後の過程と参りましょう」
「分かったわ。さぁみらい、腕を出して」
「うん。お願い」
アタシの『妹』を迎える場という割には、ママとお花畑の姉さんは物々しい出立ちで、その子の身体を取り囲んでいる。
しかも腕に傷を付けて、そこから垂れる血を『妹』の体にまぶしている。あそこまでしないといけないのかしら?
「次ははーちゃんの番ね。怖くない?」
「全く。あなたの腕を信じていますから」
これからナイフで斬られるというのに、姉さんは泰然としている。世界を見守る役割とやらを担って貫禄がついたのか、根が能天気だからかは分からないが、アタシには真似できそうにない。
「モフルンはぬいぐるみの方が良いモフ?」
「いえ、今の姿でお願いします」
刃が噛み付いている間ですらこうしてお喋りしているくらいだ。そして隣に立っている道化師もそれは変わらない。
「ねぇ、アンタ怖くないの? ナイフで身体を傷つけるなんてさ」
「全然怖くないモフ。むしろ怖がることなんてあるモフ?」
何をあっけらかんと返しているんだ。このぬいぐるみは。
「あるでしょ。痛い思いするのは確かじゃない」
「その先にひーちゃんが待ってるモフ。ならどうって事ないモフ」
「アンタたち、気は確か?」
「そんなにヘンかしら? わたしたち」
うん。変だ。
紫のママにそう答える前に、ピンクのママが口を開いた。
「昔、ピーちゃんの目の前で似たようなことやってのけたんだけどなぁ。皆んなに変なリンゴを食べさせた時に、私がした事を忘れたの?」
した事って言ってもさ、砂漠にクローバーを取りに行って、逃げ回る3人をとっ捕まえて薬を飲ませたくらいじゃない。
「今みたく身体なんて」
「削ったでしょ? 何されても皆んなを絶対に逃がさないようにしてたじゃない」
確かにそうだった。魔法を掛けられようが、突き飛ばされようが、噛みつかれようが、薬を飲ませる為に必死に3人にしがみついてた。
いや、薬を飲ませる為じゃないか。家族を取り戻したいからあんな事してたんだ。
「本当に大事だから、どんなことでもできちゃうんだ」
その言葉とともに、ピンクのママは近くに浮かせていた光の球を巨大な右手に変え、ブロック塀に突撃させる。
そして塀をぶち破り、その向こうにいた人をその手で握り締めた。
「ちょっ」
「見ちゃダメ」
疑問を呈する間もなく、視界を紫のママの両手に遮られる。
「ミラクル、加減なさいね」
「分かってる。マジカルは周囲の警戒をお願い。フェリーチェはひーちゃんを」
「はいはい」
「分かっておりますとも」
その言葉が終わらないうちに、徐々に何かが押し潰されていく音が手の向こうから聞こえてきた。
「あのねぇ、子供たちの前で」
「『血祭り』をやらせないでよ」
地獄の底から響くような2人のママの恐ろしい声とともに。
「フェリーチェ、『ホットライン』には?」
「たった今連絡いたしました。すぐにいらっしゃるとのことです」
「ありがと。あぁ……」
「どうしたの?」
「呼んでない招待客が増えたのよ。モフルン、ピーちゃんをお願い」
「いや、モフルンがぶった斬っておくモフ」
「そう? じゃあお願いね」
「これで良し」
全員の血を蓮の葉の身体にまぶし終えた。アタシのものも含めて。
「ピーちゃん、ありがとうモフ」
「別に」
このくらいしないと、納得してくれないでしょうに。それにさ、手ェ汚すことはできなかったんだから、それよりも楽なことはやっておいたって損はないじゃない。一応、家族扱いはされているのだから。
「これで準備は整ったのね?」
「はい。お2人はひすいの両手を取ってください。モフルンとピーちゃんは私の両脇を固めて。私をひすいの真向かいに来るようにしてください」
「注文が多いわね」
「あと一息ですから我慢してください」
お花畑に促されて位置に着き、両隣と手を繋ぐ。自分の存在を流し込んだのに、今度は熱も送り込まないといけないなんて、この妹はかなりの寂しがりやなのだろうか。
「じゃあ帰ってきてもらおうか……。随分と時間を掛けちゃったから退屈しちゃったかな?」
「でもそんな時間ももうおしまいモフ」
「もう怖い思いをすることも無くなるわ。お日様の下で思い切り遊びましょ? いや、お月様の下がいいかしら?」
「さぁ、『ひーちゃん』。家族の下におかえりなさい」
その言葉とともにお花畑の身体から濃い緑色の煙が噴き出す。そしてその煙が少しずつ人の形を模っていく。
「あれがアタシの……。わっ!」
急に右隣に引っ張られて体勢が崩れてしまう。
何が起きたのか見ると、お花畑がしゃがみ込んでいる。顔に浮かべている表情からして、今ので体力を使ってしまって、自力で立てなくなったのだろう。
「肩貸してあげるから掴まんなさいよ」
「あ、ありがとう」
よろけながらも立ち上がる姉さんを支えて、もう一度宙に浮かぶ妹を見やる。
影は、紫、ピンク、ぬいぐるみ、お花畑と4人の家族を順々に見まわした後、アタシに顔を向けたまま首を傾げてしまった。一体、どうしたんだろ?
「そうか、ピーちゃんとはまだ会ったことが無かったものね。ひーちゃん、前に教えてあげたでしょう? あなたのもう1人のお姉さんよ」
なんだ、全く知らないわけじゃなかったのか。
じゃあ何が足りない?
「声を掛けて欲しいんじゃない? ピーちゃんからは、何にも言ってもらってないもの」
「そういえばそうモフ。『お姉ちゃんよ』でもなんでもいいから、声を掛けてあげてほしいモフ」
しれっと注文を入れてきた。お姉ちゃんか……。
自分がそんな立場になるなんて、改めて考えると妙な気分だ。そもそもアタシには、産まれた時に迎えてくれた家族すらいなかったのだから。
「何言えばいいか……」
「では『おかえり』なんていかがですか? その言葉一つで帰ってきた実感が湧きますからね」
「いなくなった時にいなかったのに?」
「いなかっただけでしょう? ひーちゃんもあなたのことを知らない訳でもないのですし……」
「確かにそうらしいけど」
「それにあなたに迎えて欲しくないなら、最初から見向きもしないはずです」
それはまぁそうか。ずっとこっちが口を開くのを待っているようだもの。早く来いとばかしに腕まで広げちゃってさ。
「慌てなくても言ってあげるわよ。おかえんなさい……、ひすい」
アタシの言葉にひすいは満足そうに頷くと、葉っぱでできた身体に吸い込まれていった。
煙の身体であそこまで動けるなら、あれはいらないんじゃないかしら? 表情も分かるくらいだし。
「そんなことないもん!」
辺りにひーちゃんの声が響くと共に、蓮人形を握る手応えが俄かに変わった。詰め物と葉っぱの感触じゃない。人間の子供の手のものだ!
「リコ……、みらい……、暑い……、取って」
はーちゃんに目配せすると首を縦に振ったので、顔を覆っていた葉を2人がかりで優しく引き裂いてあげた。
「ふぅぅぅぅぅっ! はぁぁぁぁあ!」
葉っぱが退かされると、中からひーちゃんの顔が飛び出して思い切り深呼吸をした。
「ひーちゃん!!」
再会の感動のあまり抱きしめようとすると、その前にひーちゃんが大声で叫んだ。
「の、喉乾いたぁぁぁ!!」
復活の第一声がそれ?! いや、まぁいいんだけど……、う〜ん。
「ち、ちょっと待ってるモフ! 飲み物入れてくるモフ!」
「すっぱ梅ソーダね!」
「ただいまモフ!」
モフルンとピーちゃんが家の中に入っていった。あら、ピーちゃんがなんで?
「お腹もペコペコだよぉ! ごはんにして!!」
ただそんなことを考える暇もなく、ひーちゃんから追加のオーダーが入った。あぁ、わがまま娘っぷりが完全復活している。これはもう心配いらないわね。
「わ、分かった! すぐ作るから! でもはーちゃんはあれだけ食べてたのに」
「ひーちゃんのお腹にはちっとも入らないもん!」
そういう仕組みなんだ。いや、それならさ……。
「はーちゃん、ちゃんと分けてあげなきゃダメじゃない」
「そうだよ」
「そ、そんなこと仰られても……」
「ちょっと」
はーちゃんにみらいと2人で詰め寄っていると、呆れ顔のピーちゃんに袖を引っ張られた。手にローブを持っている。
「まず服くらい着せてあげなさいよ。顔がそのまま出てきたってことは、どうせ全部の葉っぱを剥がせば裸なんでしょ」
ピーちゃんの指摘に3人揃って凍りつく。
言われてみれば、そうじゃない。現に葉っぱが暑いって言ってたんだもの。
「ったく……、眼鏡でも掛けたら?」
ああ、モノクルを置いてくるんじゃなかった。
兎にも角にも食卓に着いたひーちゃんの為に、ジャンジャン料理を運ぶことに。
最初はお粥くらいにした方がいいと思ったんだけど、血が足りないとか力が出ないとかなんとか言われてあるものを全部持っていくことにした。
「ちょっと、そんなに食べたらお腹壊すわよ」
「食べなきゃ今日遊べないもん!」
鶏の丸焼きだのチーズの塊だの塩振っただけのセロリの束だの、あの小さな体のどこに詰め込んでるんだと唖然としてしまうほどの量を平らげている。私たちも大喰らいだから他人のことは言えないけど、あそこまで食べる事は滅多にない。
「うぐっ」
ただ一気にお腹に詰め込んだ反動はすぐにきた。
お腹が破けたのか、はたまた喉を詰まらせたのか、顔色を土気色に変えたひーちゃんは、口元を必死に抑えている。
「ひーちゃん!」
「言わんこっちゃない。トイレはどこ? 連れて行って……、うん?」
ピーちゃんがひーちゃんに耳を少し傾けた後、肩を竦めて私たちにこんなことを教えてくれた。
「お腹いっぱいだから寝るって」
思わず皆んなしてすっ転んでしまった事は言うまでもない。
「まったく手の掛かる子ね。アンタたちの子供なだけはあるわ」
ソファーで寝ているひーちゃんを見遣るピーちゃんの目は、どこか優しい。憎まれ口こそ叩いているが、なんだかんだで一番気が利いているのはこの子だ。
「ピーちゃんの妹でもあるけどね」
「どういう意味よ、それ。まぁ、良いわ。でさ、ちょっと教えてくんない?」
「何を?」
「あの子、ただの子供じゃないでしょ。なんでわざわざ産み出したの?」
「分かる?」
「あんな仰々しいことやってさ、変だと思わないはずないじゃない」
それもそうか。よし、ピーちゃんにも訳を伝えておくことにしよう。
「実はね……」
「うわぁ……」
ピンクのママから聞かされたひすいが復活した理由は、思わず頭を抱えてしまうようなものだった。
さっきの男のように、お花畑の力を狙う奴がまた寄ってくるかもしれないから、リスクの分散の為にやったって。
「分けるだけじゃダメでしょ。魔法界に越した方が良くない?」
人数を増やすだけじゃ、どう考えたって時間稼ぎにしかならないだろう。
ただ私のコメントに対する紫のママの表情は芳しくない。どうやらこの手はダメらしい。
「そうした方が良さそうではあるけど、今回の事件はこの世界の人間がやらかした事なのよ。だから魔法界に皆んな行っちゃうと……」
「同じ事が起きても何にもできない?」
「そうなのよ。実際、カタツムリニアを潰されたし」
「げっ」
それだと確かにここから動きにくい。
「それでひすいは自力で身を守れるの?」
「それはできるよ。私の力を半分渡してあるから」
「すぐに使いこなせるの?」
「いや、それがひーちゃんは元々魔法が使えなかったから、すぐには無理だと思う」
「ダメじゃん」
そこが何とかならなきゃ何にもならないじゃない。
「じゃあしばらく誰かがあの子についてなきゃいけない事にならない?」
「そこは私が」
「アンタが一緒だと逆にまずいでしょうが」
お花畑から分離させた意味がないじゃない。ああ、もう。こうなったら仕方ない。
「アタシがあの子についていてあげるわよ」
「え?」
ため息混じりに答えると、皆んな驚いた顔をする。子供のお守りもできないと思われていたのだろうか?
「あの大きさなら抱えて逃げるくらいならできるから」
ひーちゃんの世話をリコ達に任せて、モフルンと食料の買い出しに行く。夜通し起きていたから歩くのが辛いが、この後の至福の時を思うと両足が止まる事はなかった。
「みらい、ピーちゃんとひーちゃんが帰ってきて賑やかになったモフ」
「そうだね。こうも良い事が続くと怖いくらいだよ」
「怖い事ならさっきどうにかしたモフ」
「あの男のこと? お母さんと再会させるとこまでやらなきゃ、どうにかしたって言えなくない?」
そこまでやったら後々面倒くさい事になるからしなかったけどさ。懸賞金がオジャンになってしまうし、ひーちゃんやお母さん達が生きづらくなるかもしれないしね。
もっとも天涯孤独の人間1人消したところで、世の中が大騒ぎするとも思えないけどね。
「おっそろしいこと言わないモフ」
「でもそのおっそろしいことができなきゃねぇ……。モフルン」
「何モフ?」
「地獄に堕ちる時は、付き合ってくれる?」
恐らくだが、そのうちそのおっそろしいことをしなきゃいけなくなる時が来るだろう。あの男が相手でもそうでなくても。
そうなってしまえば、奈落の底に真っ逆様になるのは避けられないだろう。勝手な話だけど、寂しがりやなものだから道連れが欲しくなってしまう。
「今更それを聞くモフ? ずっと側にいるって言ったモフ」
「そうだったね」
でも分かりきっていても聞いちゃうんだよなぁ。記憶の糸を辿るよりも、たった今胸許にいるモフルンから答えを聞く方が安心できるもの。
「それにモフルンだけじゃ足りないんじゃないモフ?」
「良くお分かりで」
ホント、敵わないや。
「心配しなくても、みんな揃って地獄の底まで追っかけてくるモフ」
「だろうなぁ。でも私欲張りだからさ、そんな事されても止められないんだよね」
「止める必要あるモフ?」
これまでの私たちを見ていれば、答えなんて一つしかない。
「ないね」
「みらいー! モフルーン!」
モフルンに微笑み返していると、後ろからドドドドと物凄い勢いでひーちゃんが走ってきた。あっ、ピーちゃんが引き摺られている。
「ひーちゃんを置いてかないで! ほしいお菓子があるの!」
「ごめんごめん、一緒に行こうか。それでピーちゃんは」
全力疾走させられたのか、息も絶え絶えになっている。これは何か飲ませてあげなきゃいけない。
「ポカリスエット買ってあげるね」
「ひーちゃんも欲しい! ひーちゃん色の!」
「分かったから騒がないの」
ステビアを近くの自販機で買って2人に渡すと、ピーちゃんは一気に缶を空にした。余程に喉が渇いていたのだろう。
そしてひーちゃんはというと、そんなピーちゃんに一口もつけていない自分の缶を差し出した。
「やっぱりいらないから飲んで」
これまでのわがままっぷりとは打って変わった行動に、ピーちゃんは戸惑った様子を見せている。ひーちゃんってまだ小さいけど、目はちゃんと見えているんだよね。下手をすると、私やリコよりも見えているかもしれない。
「ありがと」
気配りに他意がない事がすぐに分かったからか、ピーちゃんは素直に缶を受け取って中身を飲み干した。
「おかわり作ってあげる! みらい、『一緒に』呪文を唱えて」
「うん」
「魔法を使って」ではなくなっている事に一抹の寂しさを感じつつも、ハートの杖を空き缶に構える。
ひーちゃんも私の隣で甦った蝶々の杖を構える。さあ、これで準備万端!!
「キュアップ・ラパパ!」
「ステビアよ! もう一度空き缶を満たして!」