お汁の味付けは、やってみると案外難しい。お母さんの手伝いはよくやっていたから調味料の種類や分量は覚えているのに、その通りにやっても味が上手くまとまらない。
「お醤油を足そうかな」
入れ過ぎると身体に良くないから、お玉に半分程で止めるのが大事。健康第一は我が家のモットーだし、沢山食べられるものを作っておきたいもの。
それにひーちゃんの舌が馬鹿になるのも避けなきゃいけない。まだまだ小さいから色んな味を覚えさせなきゃ。
「ねぇ〜、お昼ご飯はなぁに?」
お出汁の香りに誘われて、カウンターからひょっこりとひーちゃんが顔を出す。年越し蕎麦はこれが初めてだから、きっとこれだけだとピンと来なかったんだ。
「お蕎麦だよ」
「なんのお蕎麦? ひーちゃん、にしん蕎麦がいい」
前にテレビで見たにしん蕎麦が美味しそうだったのか、一昨日出したニシンの甘露煮が美味しかったからかは分からないけど、渋い注文が入った。意外とはーちゃんよりも好みが大人っぽいんだよね。
「残念だけど甘露煮が無いからにしん蕎麦はまた今度ね」
「えー!」
不満げにほっぺたを風船のように膨らませるひーちゃん。でも私がある物を取り出すと、風船は一気に萎んだ。
「代わりにこれを入れてあげる」
「あ、お昆布だ!」
それはとろろ昆布。
前にお味噌汁にいれたら気に入ってくれたんだよね。ふわふわで美味しいって。
「喜んで新年を迎えたいからね」
「お昆布を食べると嬉しいの?」
なんのことだかよく分からないからか、ひーちゃんはキョトンとしている。験担ぎにはまだまだ御縁のないお年頃だから仕方ないか。
「喜ぶの『こぶ』と『昆布』をかけたの」
「かけるって何?」
「おまじないだよ。良い事がありますようにって」
「じゃあいっぱい入れなきゃ。お蕎麦じゃなくてお昆布のお汁にしちゃおうよ」
「それじゃあ駄目だよ。お蕎麦も入れなきゃ」
「どうして?」
「悪い事はもう起きないようにするためだよ」
「お蕎麦でできるの?」
「うん。お蕎麦は切って作るから悪い事ともさよならできるって意味があるんだ」
「じゃあはーちゃんとひーちゃんは大盛りにしてね」
「もちろんそうするけどどうして?」
私の質問にひーちゃんは目を伏せて答えた。
「やな事が何度もあったから。起きてほしくない事が何度も」
「ああ……」
2人とも身勝手な理由で命を奪われたんだ。しかもそれがもう一度起きるところだった。
他にもモフルンと2人で死後の世界から帰れなくなりかけたこともあった。あれからしばらく良い子になっちゃったし、カタツムリニアにも乗れなくなっちゃったから、リコ共々慌てたっけ。
「分かった。良い事もいっぱいあるように特盛にしてあげる」
「そんなこともできるの?」
「長生きできますようにとお金が沢山入りますようにという意味もあるんだ」
「じゃあお腹が破けるくらい食べる! お小遣いがいっぱい増えるもん」
「残すと逆に減っちゃうよ?」
「じゃあやめとく」
切り替えが早くて助かるなぁ。
「みらいー、ひーちゃんー、ただいまー」
ちょうど蕎麦を茹でるタイミングでリコたちが帰ってきた。買い出しの後で皆んなヘトヘトだ。
「おかえりなさい。もうすぐお蕎麦ができるからね」
「ありがとう。年越し蕎麦なんて久しぶりね」
そっか。前に一緒に食べたもんね。でもね。
「昔食べたものとはちょっと違うよ」
「そうなの? はー、太いや」
はーちゃんの言う通り、実家よりも太打ちの蕎麦を使っている。
「こんなに太い物があるのね」
「その方が私たちらしいでしょ?」
「アタシ、身体は細い方なんだけど……」
「身体じゃないよ。お互いを結びつけている絆の太さだよ」
誰にも手を出せないほどの強い絆で結ばれている。それを表せる物で縁を繋ぐものを作りたかったんだ。
「確かにこれなら切ろうにも切れないモフね」
「モフルン、お蕎麦は切って作るんだよ?」
「ひーちゃん、このお蕎麦の一本一本が私たち家族そのまんまって事だよ」
これ以上切ったらこの太さでのおいしさがなくなる。この家族が割れたらその楽しさもなくなるのと同じだ。
「お蕎麦がひーちゃんたちか……。みんなを食べてるみたい」
「ちょっと……、怖いこと言わないの」
「ピーちゃん、怖いことじゃないモフ。どんな時もみんな一緒ってことモフ」
「そうそう」
絶対に切れない絆を皆んなで身体に取り込む。さながら命を取り込むように。
もうそれだけで……、明日へと歩いていける。