黛冬優子。
283プロに所属し芹沢あさひ、和泉愛依らと三人組アイドルユニット「Straylight」を組み、リーダーとして活動しているアイドル。
そう、アイドル。
ふゆはアイドル。
それが、何がどうしてこんなことになっているのか。
緑萌ゆる中、同年代の男女に混ざって門をくぐった。
「アカデミー……」
オレンジ色の上着に同じ色の膝丈のタイトスカートという姿。髪に関しては短くする必要があるだろうかと不安だったけれど、そこら辺は緩いようで特に決まりはなかったのでいつも通りの髪型を貫いている。まわりの同期達も多様な髪型をしていて、軍隊の学校ということを忘れてしまいそうだ。
それに軍服というにはデザイン性が悪くない。所謂、迷彩柄だったり暗めの緑だったり紺色をイメージしていたのだけれど、妙にオシャレだ。アカデミーを卒業して正式に入隊することになれば、更に格好の良い制服に袖を通すことが出来るかもしれないらしいけど、そんなことはふゆには関係ない。
「なんで軍隊なんかに志願してるわけ……」
この世界で目覚めてから、もう数え切れないほど吐いたため息がまた増えた。この日までに何度も吐いてはやるしかないと鼓舞してきたが、いざアカデミーという軍学校の前に立つとため息が出る。
黛冬優子はアイドルである。
たしかに、ストレイライトというユニットのカラーとして体力を使う体当たり的な企画も経験してきた。ライブはもちろん。運動会であったり、無人島に三泊四日のサバイバルをしてイカダを造り、島から脱出して番組のエンディングライブを披露するなんてこともした。
しかし、これは仕事ではない。
軍隊にアイドルが体験入隊! 君は生き残ることが出来るか? みたいなバラエティの企画でもなんでもないのだ。
ましてや、自分から軍隊に入りたいなんて思ったことはない。
自衛隊で働く人達のことを純粋にすごいなとは思ったことはあったけれど、では入りたいかと言われれば否定せざるを得ない。
しかし、ふゆではない自分自身が入隊を希望し志願していた。
ある朝、目が覚めるとこの世界にいた。周囲の状況を察知するのに長けていたことが幸いし、変に怪しまれるようなことはなかったけれど、こっちの世界でも両親は変わらずにいたのが救いのように思えた。違う世界でも、知らない人だけれど知ってる人がいて安心したのだろう。
それから、この世界について調べ上げた。
この世界では西暦は既に過去となっていて、コズミック・イラと呼ばれる時代だった。直訳すれば、宇宙時代。
ふゆが今、呼吸して地面に立っているこの場所も地球ではなく宇宙。プラントという宇宙で生活するための建造物の中なのだという。
まったくそんなことを感じさせない程度には草花が生え、当たり前のように人々が生活していた。けれど、流石は宇宙時代。科学はふゆの時代よりも恐ろしく進んでいた。
こうして宇宙に暮らすことが出来ていることはもちろん、医療も何もかもが進んでいる。特に極めつけはあれだろうと、アカデミーの敷地の中で動き回る、ひとつ目の機械の巨人を見上げて思う。
モビルスーツという人型の兵器。なんてロボットアニメの世界?
ふゆ達も演出として荒廃した世界でロボットがどうの……というのはやったけれど、それが当たり前のように存在している世界なんて本当に馬鹿げている。
……ライブで使えたりしないかしら、あれ。
いや、やめやめ。あんな物騒なものを持ち込むわけにはいかない。
あさひがモビルスーツに興味なんて持とうものなら一目散に乗り込んで、曲芸を披露するんじゃないかとか考えてしまう。モビルスーツにとんでもないダンスを踊らせたり、あいつならやりかねない。
愛依も止めないでしょうし……はあ、今頃どうなってるんだろう。
あちらにはこちらのふゆが行ったりしているのだろうか。軍人になりたい奴にアイドルが務まるかしら。
いや、でもこちらの黛冬優子はアイドルオタクであった。
ラクス・クラインという桃色の髪の美少女のポスターが壁に何枚も貼られていたし、曲もコンプリートしていた。試しに聴いてみたけれど、アイドルというよりは歌姫という呼び名の方がしっくりくる。
案外、上手くやれているかもしれない。
同じ黛冬優子であるならば。いや、上手くやってもらわねば困る。
ここで軍人として生涯を全うするつもりは更々ないし、絶対に元の世界に帰ってやる。そのためにも生き残らなければいけないのだけど、どうやらここは日本のように平和な国というわけではないらしいことも調べて分かっている。
プラントだけじゃない。今は世界中が不安定でどこから火が出るか分からないような情勢だ。
つい最近まで、大きな戦争があった。
宇宙時代の戦争とあって、地球全土に宇宙までもを戦場にした大きな戦争が。
連合・プラント大戦。
一連の戦乱について、そう呼ばれていた。
地球連合軍とここプラントの軍隊、こっちのふゆが入ろうとしているザフトが衝突した恐ろしい戦争。
開戦当初、プラントの農業用コロニーに核ミサイルが撃ち込まれ、およそ24万人の命が奪われた。それが2月14日の出来事であったため、血のバレンタインと呼ばれている。
核なんて、こっちの歴史では日本が唯一撃たれた国でそれ以降は持っている国はあれど、撃てば終わるような代物だ。それぐらいは義務教育の範囲内の知識で理解している。
けど、この世界ではそれ以外にも核兵器が使用されてきた歴史がある。つい最近もプラントに向けて撃たれたがなんとか全て撃墜することが出来たとか。
もしも一発でも命中していようものなら、ふゆは今ここにいなかったんじゃないかとゾッとする。
ふゆの世界がこうはならないことを望んでしまう。
……なるほど、平和の歌姫路線。それこそラクス・クラインだけれど、悪くな……いやいや。それは戦争中だからの話であって、仮にふゆの時代にやろうものならネットで「思想が強い」とかなんとか言われて笑い者になるだけね。つくづく、平和って素晴らしいわね!
それにしてもラクス・クラインの恐ろしいところは自ら戦場に立って、連合とザフトの両方を相手にして最終的に戦争を止めたとかいう噂が流れている。
少し調べたところ、ザフトの新兵器の強奪を手引きしたとかで指名手配されて現在は芸能活動を当然の休止。その後の行方も分かっていない。
まったく、とんだ平和の歌姫だこと。
まあ、顔は可愛いし、歌も好きだけど。
そして、この戦争の発端は非常に根深い差別感情によるものだ。
それも、ふゆの時代からは考えられないような新たな差別。
ナチュラルとコーディネイター。
この世界には、そんな言葉がある。
ナチュラル。言葉通り自然的に生まれてきた人類のこと。それが当然だとふゆの感覚からしても思うけれど、科学の進歩は新たな人類を生み出したらしい。
コーディネイター。
遺伝子調整を施された、正にコーディネートされた人類。
知能、身体能力、免疫力……様々な分野でナチュラルの能力を上回るコーディネイター。それ自体はまだ良かったとも思えた。
誰だって、頭が良くなりたいと思う、強い身体が欲しいと思う、健康でありたいと思う。それ自体は自然な発想だ。
けれど、私が面食らったのは。
容姿までも調整することが出来るということ。
なるほど、外に出れば美男美女がやけに多いと思った。そりゃ、生まれてきた時から可愛く、カッコよくあった方がいいと思うのもまた自然な話だ。
けれど、そうなのね。
このふゆの顔は、そういう風になるように生まれてきたのね。
この世界の黛冬優子はコーディネイター。
その事が、やたらと胸に突き刺さった。
作り物。
ふゆと冬優子。
まあ、同じようなものかもしれない。
人から好かれるために作り上げたふゆというキャラもまたコーディネイターと言えるかもしれない。
なんせ、ふゆ自身がコーディネートしたのだ。みんなから好かれるように、と。
そういう生き方をすると決めたのは紛れもなく自分自身。
ふゆがふゆのままで愛されないのは悲しい。
けれど、ふゆが作ったふゆが愛されるのは嬉しい。
黛冬優子とは、そういう人間なのだ。
トップアイドルを目指す、Straylightの黛冬優子。いつか絶対に元の世界に帰ってやるんだから、それまでの間、こっちの世界の黛冬優子のことは何とかしてやろうじゃない。
案外それが元の世界に帰る手がかりになるかもしれない。そう信じなければ、やっていられるものですか。
誰か続きを書いて