シン・アスカ。
この多国籍の中にあって数少ない日本を思わせる名前に少なからず親近感を覚えていた。
黒い髪に赤い瞳が特徴的な彼はアカデミーにおいて、既に落ちこぼれの烙印を押されている。
座学は覚えが悪いようで今もああして頭を掻き毟りながら教本とにらめっこを繰り広げ、運動神経の方も……体術、格闘の訓練で相手をしたことがあったけど、びっくりするぐらいとても簡単に押し勝ってしまった。
ルナマリアには思いっきり吹っ飛ばされてもいたし、身体能力の方は遺伝子調整がされていないんじゃないかとルナマリアは言っていた。
コーディネイターの社会では性別より遺伝子調整をどこまで行ったかの方が重要ゆえに訓練も男女一緒に行われている。
ふゆの時代の人が見たら男女平等のように見えるかもしれないけれど、残酷なまでに遺伝子によって差が生まれてしまう社会。それがプラントだということを実際に生活してみて理解した。
フユコはコーディネイターだけれど、冬優子は違う。この世界で言えばナチュラルに生まれてきた。身体はコーディネイターだけれど心はナチュラルなんていう歪さが、よりこの世界を残酷だと感じるのだろう。
「戻りましょうフユ。早く帰ってシャワーが浴びた……フユ?」
「ちょっとごめんね。ルナは先に戻ってていいから」
こんなことをする義理も何もないんだけど。
それでも、こんな世界だからこそ。
頑張ってる奴を、見捨てたりしたくない。
「アスカくん、大丈夫?」
「えっ」
声をかけると、シン・アスカはバッと顔を上げた。
真っ赤なルビーみたいな瞳が綺麗で、まだまだ幼さが残る男の子だと思った。
それよりもと、机に広げられている教本へと視線を落とす。今日やったところだけれど、色々とつまづいているようだ。
「ここならふゆでも教えてあげられそう。もし、アスカくんが良ければだけど……」
「本当かっ!?」
「ひゃ!?」
あまりにも勢いよく飛びついてきたので驚いてしまった。
こんなに食い付いてくるとは、余程ね……。
「マジ助かる! いつもはレイに教わってるんだけど、今日レイがいなくてさ」
レイと言えば同期には一人しかいない。
レイ・ザ・バレル
あの金髪のロン毛に目が行きがちで最初は女子かと思った。
なにより成績上位者。いいえ、トップと言ってもいい実力者だ。たしかに彼とシン・アスカはよく行動を共にしていた。きっと同室なのだろう。
そうでなければ成績トップと落ちこぼれ……んんっ! シン・アスカがつるむこともないだろうし。
「そうなんだ……。じゃあ、今日はふゆが教えてあげるね」
「ああ! ありがとうマユズミ!」
「……ふゆって呼んでほしいな❤️」
「う、うん……いいの?」
「うん❤️ その方がふゆも嬉しい❤️」
「分かった。よろしくな、フユ」
よし。
素直ないい子じゃない。
シン・アスカの前の席の椅子を借りて腰を下ろすと、ルナマリアがこちらへと近寄ってきた。
「ちょっとフユ、本気?」
「なんだよルナ。マユズミ、じゃなくてフユが教えてくれるって言ってんだからいいだろ」
「ふゆは大丈夫だから。ルナは部屋に戻ってもいいよ」
笑顔でそう言うと、ルナマリアも何やら渋々といった様子でふゆの隣に座った。
「しょうがない。アタシもここで勉強して行くわ」
「ルナは関係ないだろ」
「別にシンに教えるつもりはないから。私もフユの講義を聞いて復習しようと思っただけ。いいでしょ、フユ?」
なに?
ルナマリアもシン・アスカのことがほっとけない系?
ふゆがやらなくてもルナマリアがシンの勉強を見ていたかもしれない。
「うん! みんなで勉強した方が、きっと覚えやすいし楽しいと思うな❤️」
そんなことを言って、以前、愛依から宿題で分からないところがあるから見てほしいと頼まれたことを思い出した。あの時はふゆのペンから話が広がって、結局話すだけ話して宿題は一切進まずにお開きとなった。
けれど今回はそうはいかない。真面目に勉強に取り組ませなければ。
まず勉強法として確実なのは分からないところを確認して、それを理解するために遡るということだ。前提知識から欠けてしまっては、どれだけ新しいことを習ったところで習得は出来ない。
勉強もダンスも歌にも、全部に言えることだけれど、とにかく基礎を固める必要がある。
シン・アスカの場合はまずそこからだった。
「最初の最初からつまづいてたの? こんな基礎?」
「ルナには関係ないだろ」
ふふ、ルナマリアったら。自分のための勉強と言いつつシン・アスカの方を気にしてるじゃない。
ルナマリアもなんだかんだで面倒見がいい方らしい。あまり自覚はないのだろうけど。
「しょうがないよ。モビルスーツのことなんて、軍に入って初めて習うんだもん」
「そうだよなフユ! もうなんていうかよく分かんない単語ばっかりでさ、何がなんだか。フユもレイもだけど、こんなのどうやって覚えてるんだ?」
ふゆもレイもという言い方に一瞬ルナマリアがムッとした顔を浮かべていた。私もシンより座学出来てるんだけど、そこで名前が上がらないのはどうしてだ、とでも言いたげ。けれど、自分からシン・アスカに教えるつもりはないと言った手前、抗議出来ないといったところか。
素直になればいいのに。
ルナマリアもまだまだ子供ね。
「うーん……やっぱり予習と復習をしっかり行うこと、かな。分からないところは教官に聞いたりして、座学の時間だけで覚えるようにしないで繰り返し勉強して覚えるのが大事……って、ごめんなさい。ありきたりな答えになっちゃって……」
「フユが謝ることないでしょ。出来てないシンが悪いんだから」
「そう言わないであげて。人それぞれ覚えるペースっていうのがあるんだよ」
「……繰り返す。そっか、フユみたいな頭の良い人でも一回で覚えたりしてるんじゃないんだな……」
「フユは全然……。本当に頭のいい人なら一回で覚えられるかもしれないけど、そういうわけじゃないから。だから、何回も何回も繰り返して、覚えるしかないの」
「分かった! オレ、分かるまでやる!」
……少し、湿っぽい話になってしまったかと思ったけれど、シン・アスカには刺さったらしい。単純というか、なんというか。
でも、悪くない。
火がついたみたいな目をして、良い顔をしている。
ルナマリアの方を横目で見ると、ルナマリアもなんだか満足そうな顔をしている。本当に、素直じゃないんだから。
「あ、そうだ! 良かったら体術とかも教えてほしい! お願いだフユ!」
すっかりやる気のシン・アスカに気圧されながら要望に耳を貸す。やる気に火がついてモチベーションが上がり過ぎている。
けど、そうね……ふふっ。
「うーん。ふゆでもいいけど……体術ならルナの方が適任かな?」
「えっ!? ちょっとフユ!」
「ふふ❤️」
流石に何から何まで面倒を見るのは大変だから、あんたも手伝いなさい。
「うっ……分かった。それでいいシン?」
「ルナかよ……」
「どういう意味」
「まあまあ二人とも。アスカくんも、不満を表に出すのはダメだよ❤️」
「不満に思うのはいいのフユ?」
ルナマリアからジト目で睨まれる。しまった、もうちょっと違う言い方があった。
「あ、あはは。ふゆも体術の自主練付き合うから……許して❤️」
「もう、しょうがないわね……」
「よし、これでレイ以外にも頼れる存在が出来た! マジでありがとなフユ! ルナ!」
……こうまっすぐ感謝されるとこそばゆいわね。
でもまあ、悪い気はしない。
「こちらこそ、自分のためにもなるし。これからもよろしくね、アスカくん❤️」
「ああ! そうだ、フユもオレのことシンって呼んでくれ。アスカって呼ばれると、なんか教官を思い出して……」
「ふふっ。じゃあこれから、シンくんって呼ぶね❤️」
それから、時間が許す限り座学に取り組んだ。あの調子ならきっと、自室に戻ってからも教本と向き合うことだろう。
あとはそのやる気がどれだけ続くかだけど……。
「はあ……妙なこと引き受けたわ」
ため息を吐きながらそう言うルナマリアだったけれど、嫌だとは思っていない。そう顔に書いてある。
素直に手伝ってあげると言えばいいのに。
「……?」
今、誰かに見られているような気がした。
廊下には今、ふゆとルナマリア以外に人影はない。
「なにしてるのフユ」
「……ううん。なんでもないよ」
気のせいかしら。
気のせいだといいけど。
さっき感じた視線はただ見られているというより、もっとマイナスな感情がこもっている。
そんな風に思ったのだ。少し、警戒する必要があるかもしれない。
人にはそれぞれのペースがある。一部の例外、一度見ただけで出来るようになる
その隣で、必死に置いていかれないように。追いつくために、追い越すために、懸命に努力してきた。
才能の差。
酷く高い壁に絶望しかけたことも何度だってある。
それでも諦めない、絶対。
寮の裏にはちょうどどこの窓からも見られないような死角となるスペースがあって、夜の人気が少ない時間は貴重なレッスンの時間であった。鏡がないのだけが不便だけれど。
小さく歌を口ずさみながら、これまで覚えてきたダンスの振りを通しで練習する。
いつ元の身体に戻れるかも分からない。ストレイライトという完璧なパフォーマンスを目標としてメンバーすらライバル。何もせず、置いていかれてしまわないように、自主練だけは続けていかないと。
けど……。
「ダダッ、ダダッ、ダダッ」
一曲目、終わり。
ああ、どうして。いや、そんなことはもう分かりきっているのに。それでも、こう思わざるを得ない。
黛冬優子より、踊れる。踊れてしまう。
コーディネイターとして、身体能力がフユコ・マユズミの方が上だからだ。
初めてこの身体でダンスをした時のことを今でも覚えている。
明らかに違った。身体は思っている以上に動かせる。指先まで、細やかな動きすら神経の伝達速度すら違う。
一週間ほど自主練を繰り返すと目指していた高いパフォーマンスが発揮出来てしまった。息も全然上がっていない。
「これなら、
自分でそう口にして、背筋に冷たいものが走った。
「は————」
何を、言ってるの。
「違う、違うでしょう! これはふゆじゃない! 勝てる? それでいいわけないじゃない。こんなので勝ったって!」
意味なんか、ない。
少しでもあんなことを思ってしまった自分を責めた。
ふゆ達は、ストレイライトは、競い合って、高め合っていくユニットだ。
遺伝子なんかに頼ってたまるものか。
才能なんかに絶望してたまるか。
今、あいつらと遠く離れているからこそ逆に刺激を受けている。いつの間にか、ふゆだけが置き去りにされるんじゃないかって。
絶対にそんなの許さない。
逆に戻った時に、あいつらを見返してやるぐらいの気持ちでいなければならない。
そう、今は武者修行のようなものなんだから。
身体能力はフユコの方が上。この身体能力に頼らず、元の黛冬優子に戻った時に活かせるものがあるとすれば。それはきっと、表現力。
ひとつひとつのダンスをとにかく数を重ねて、より魅力的に踊れるように、歌えるようにならなければ。
「よし、それじゃあ二曲目……」
構え、リズムを取りながら歌い出す。
観客を意識し、全員ふゆの虜にしてやるという心持ちで……ん?
観客?
「フユ……」
ジャージ姿で、恐らくランニングをしていたであろうシン・アスカがそこにはいた。
見られて、しまった。
「シ、シンくん……あの、これは……」
「すげぇ! フユ、めちゃくちゃ踊れるし歌えるんだな!」
「あの、えっと……い、いつからそこに……」
「前の曲の途中からだけど、オレすごい見入っちゃってさ……。なんていうか、感動したっていうか。マジアイドル顔負けな歌とダンスだったし、ふゆ、本当はアイドルなんじゃないか!?」
まずいまずい声がでかい!
ここでこっそり自主練してるのがバレたらもう終わる。
「あ、あのねシンくん。その、今見たことは黙っててくれるかな……?」
「えっ、どうして。あんな上手いのに」
「だって、その……見られちゃうと恥ずかしいし……」
本職は見られる仕事だけども、練習中を見られるのはまた別の話。
ファンに見せたいのは完璧な姿なわけだし、たまにレッスン風景の配信なんかもやってたけど、あれだって配信出来るように練習してから臨むわけだし。
それに、寮の裏で歌って踊ってるなんて噂が立ったら恥ずかしいじゃない!
「うん、分かった。誰にも言わない。けどさ、すっごい上手だって思ったのは本当だから。だから、自信持っていいと思う」
恥ずかしいと言ったからか、自信がないように思われたらしい。
……まあ、でも、それは。
「……ありがとう」
「うん。それじゃあオレ、もう行くから」
たったっと軽く走り去っていく背中を見つめながら、その場でしゃがみ込んだ。
よかった……なんとか切り抜けた。
「はぁ……」
なんだか集中も途切れてしまった。
なんでこんなコース走ってるのよ。もっと明るいところ走りなさいよ。
明日から気にすることが増えた。
信じてもいい人物かもしれないけれど、シン・アスカを注意してマークしなければいけない。
何かの拍子に今のことを話されたりしたら……そんなにダメージはないかもしれないけれど、集中出来なくなってしまうかもしれない。
ともかく、シン・アスカの動向は要チェックね……。
ふゆ 現状上手くやれている。そう、現状。演じることは常に綱渡り。フユコの優秀さに感謝しつつも本業のレッスンではその優秀さに頼らないようにしている。
コーディネイターだけど心はナチュラルという状態で、自覚はないがコーディネイターに対しての差別意識のようなものがある。
ルナ 冬優子の猫被りには気付いているというより、猫被ってんなーと思っている。しかし、それで特に害が及ぶでもないしもう一人の時折猫を被る同期と比べると全然マシだと思っている。
シン CEにおける冬優子のファン第1号かもしれない。もっと狂犬ぶりを見せるべきだったか?と悩んだりもしたけれど月光のワルキューレを読む感じそうでもないし、危害を加えるつもりもない冬優子に噛み付いたりはしないだろうということであんな感じに。
ふゆモードの冬優子がちょっとだけ怖いと思っている。
レイ まだ絡んではないけれど成績優秀な冬優子のことを若干意識している。議長(まだ議長じゃない)に言うのか。
杉田 シンの友達。メカニック志望。フユコ派。
前髪 シンの友達。メカニック志望。アグネス派。
桑島 冬優子のことが鼻につき始めている。
化物 最後、モンスターみたいなため息してたっすね!冬優子ちゃん!
愛依 宿題を学校に忘れた。