アカデミーの前期教育が終わろうという頃、事件が起こった。
なんとルナマリアの彼氏がアグネス・ギーベンラートに寝取られたのだ。寝たかは分からないけれど。
いや、恐らくアグネス・ギーベンラートは寝てはいないだろう。ああいうタイプは自分を安売りはしない。
ともかく、立派な略奪である。
付き合ってから1ヶ月が経とうかという頃で、一番おアツいだろう時期にこれは完全に狙ってやっているだろう。
それもこんなアカデミーという閉ざされた環境の中でやるなんて頭がどうかしている。こういうことがあるから社内恋愛とかグループ内での恋愛とかは面倒なのよ。
……
あいつは仕事とプライベートに一線を引いて……いやもう仕事とプライベートの境目がないぐらい働いている、半分事務所に暮らしてるような奴だけれどアイドルに手を出すような真似はしないだろう。
ただ、ふゆが戻った時にアイドルとスキャンダル起こして事務所辞めてましたなんて事になっていたら、ただじゃおかないんだから。
それはいいとして今はあいつよりルナマリア。
同室なのもあって、ここ1ヶ月程度はルナマリアの惚気話を聞かされていたのだ。
相手はまあ成績もそこそこ良くてお家柄もよろしい奴だった。ルナマリアからアタックして交際に発展したと本人の口から聞いている。
実はその彼に入学早々に口説かれたんだけど、やんわりと断っていたことは話していない。
というわけでルナマリアはベッドで横になり、枕にひとしきり当たり散らかして今は魂が抜けたみたいに天井を見つめている。
思えば、まずあの男と付き合い始めたという頃から反対しておけば良かったのだ。女の勘がやめておけと言っていたのだけど、恋愛は人の自由だと思って口を挟まなかった。今更、あの男はやめておけと言うのも悪いので自分のベッドに腰掛けて聞き専に徹することにする。
「ほんと、なにやってるんだろアタシ」
「そう自分を責めないの。悪いのはあんたじゃなくて向こうなんだから」
「そうかな……」
「トーゼンでしょ。誰が聞いてもそう言うわよ。彼女がいるのに他の女に靡く男も最低だし、彼女がいるって分かってて男を誑かす女も最低。あんたは100パー被害者なんだから、自分が悪いとか考えなくていいの」
「……やっぱりそうよね。アタシ何も悪くないわよね!」
そう言いながら勢いよく起き上がったルナマリアに「悪くない悪くない」と相槌を打つ。
シンも単純だけど、ルナマリアも結構シンプルな性格してるわよねー。
「はあ……アタシ、なんだかんだアグネスのことは友達だと思ってたのよね。でももう友達とは思わないことにする」
「それがいいわ。ああいう手合いとは関わらないに越したことないもの」
とはいえ、やられっぱなしは嫌。
やられたらやり返す。やり返すと言っても、男を取り返すとかそういうのではなく違うやり方で。
もうまもなく、前期最後のシミュレーター訓練が行われる。そこで目にもの見せてやるのが一番だろう。
アグネス・ギーベンラートはパイロット課程をご所望のようだし?
その前にモビルスーツのシミュレーションで、はっ倒しておくのが一番いい方法のはず。
あいつのあのどこで何をどうしたらそうなるのかってレベルで無駄に高いプライドをへし折ってやるのよ。
シンかルナマリア、あるいは両方が!
「よし、シミュレーション行きましょう。ここでうだうだやるより、ずっと有意義よ」
「そうね……。フユ、とにかく相手してもらってもいい?」
「いいわよ。思いっきりストレス発散させなさい」
シミュレーションにはシンとレイの姿があった。相変わらず、シンはレイにボコボコにされている。
けれど、最初に比べたらかなりマシになってきている。
本当に、見違えるぐらいに。
「今日は遅かったな」
「色々あってね。さあ、やりましょうルナ」
そうしてルナマリアのストレス発散も兼ねたシミュレーションを始めようとした時だった。
シミュレーションルームに、アグネス・ギーベンラートが現れたのだ。
「うっそ、マジでいた」
第一声がそれなあたり、かなり見下したニュアンスを感じた。
「アグネス……」
「シミュレーターに入り浸って猛特訓とかあり得ないでしょ。コーディネイターなんだから」
「コーディネイター、だから……?」
思わずふゆがそう呟くと、アグネス・ギーベンラートは嫌な笑みをふゆに向けて見下すように言った。
「そうよ。だって、全部遺伝子で決まるんだもの。努力が尊いなんてナチュラルの御伽話よ?」
————こいつ、ご丁寧にふゆの地雷を踏んでくわね。
「アグネス!」
「なに? 文句ある? 文句なら一度でもわたしに勝ってから言いなさいよね。負け犬が何言ったって遠吠えにしかならないんだから」
「んだと!」
「シンくん」
今にもアグネスに飛びかかろうという勢いのシンを宥める。
こんなところで言葉を交わしたってアグネス・ギーベンラートには何も伝わらない。
「喧嘩はダメだよ」
「でも!」
「ま、シンとわたしじゃ喧嘩にもならないでしょうけど。精々その暑苦しい努力とやらで結果を出してみなさいよ」
アグネス・ギーベンラートはそれで満足したのか部屋を出ていった。一瞬の静寂を、シンの拳が破る。壁を殴った音だった。
「くそっ……なんなんだよアイツ!」
「壁に当たっても仕方ないでしょう。右手見せなさい」
シンの右手を見てみると案の定、皮が剥けて血が滲み出ていた。
「ほら、血が出てる」
「いいってこれぐらい」
「良くないわよ」
「いいって」
「ふゆ、シンくんのこと心配してるのに……」
ふゆモードで接すると、シンは黙って右手を差し出した。
今は絆創膏ぐらいしか持ち合わせていないけど、それで事足りそうだ。
絆創膏を貼りながら、シンに話しかける。
「シン。あいつに言い返せなかったのは、あいつが痛いとこ突いてきたからでしょ」
「そうだけど……」
「あいつが言ってたとおり一回でも勝てば言い返すぐらいは出来るようになるわよ。だからあいつに勝てばいい」
「でも……オレ、本当に出来るのかな。あいつが言ったみたいに、努力は無駄なのかな」
「……そんなこと絶対にないわ。シン、あんたは絶対に強くなれる」
「え……」
俯いていたシンが顔を上げた。
それでいい。
こいつの長所はこれなのだから。
「俺もそう思っている」
「レイ……!」
「お前はいずれ、俺もルナマリアもフユコも越えることが出来る」
意外だと、思ったのは。レイが励ますためではなく、真に心からそう思っていると感じたから。
本気で、そう思っている。
いや、ふゆだってそう信じているけど、レイがそう思っていたのは、なんだか意外だった。成績もトップのレイが、シンにそこまで思う気持ちが正直なところ分からない。なにか、特別な理由があるのではないかとそう思ってしまう。
疑い過ぎかしら。
レイとシンは友達なんだから、そういう風に思っていてもおかしくはないかもしれない。
「ま、泥臭くてかっこ悪くても、何度でもぶつかってくるのがシンのいいところだから。そのうち一回ぐらいはアタシ達に勝てるかもしれないわね」
「なんだよ一回ぐらいはって!」
「はいはい喧嘩しないの。とにかくシン。あんたはオーブからプラントにやって来て、今日これまでやってこれたんだから自信持ちなさい。オーブとプラントじゃ成人年齢も違うし、学校教育の進度も違うんだから」
シンはスタートの位置が同期達とは違った。一人だけ大きく離されてスタートしたようなもの。それが今、他の同期達と遜色ないレベルになるまで追い付いてきたのだ。
この数ヶ月の間に。
それだけでも目を見張る。その成長性は計り知れない。
そしてなにより、シンは努力してきた。それが芽吹こうとしているのが、今なんだろう。
そして、運命の日。なんて言い方は大袈裟だけど、シンのリベンジマッチの日。
シンとルナマリアのペアがアグネス・ギーベンラートともう一人は……なんの因果かルナマリアの元カレというペアで模擬戦を行うことになった。
事情を知る学生達は静かながらもこのマッチに盛り上がっている様子だったのを、レイと共に後方から眺めている。
模擬戦闘はまず、シンの操縦技術の向上っぷりで盛り上がり、相手チームの二人は苛立ちを隠せない様子。
「シンがこんなに粘るなんて……!」
粘る?
あんたらが墜とせてないだけよ。
もう14秒で撃墜されるシン・アスカはどこにもいない。
あ、ルナマリアが元カレを重斬刀で真っ二つにした。女の恨みは怖いわね〜。
「フレグ!? くっ……!」
余所見している間に、シン機がライフルを撃ちながらアグネスへと接近していく。前ほどの無鉄砲さはない。デブリの間を縫うようにして射線に注意しながら、アグネス機へと着実に距離を詰めていく。
そしてアグネス・ギーベンラートは完全にシンばかりに気を取られている。
シン機へとライフルを向けた瞬間、ライフルの横っ腹に銃弾を受けた。射撃が苦手というわりには、よく当てたわね。
「ルナマリア!?」
今度はルナマリアに気を取られる。
二対一だってことをいちいち忘れるなんて、これが模擬戦で良かったわね。
もう終わりね。
「うおおおお!!!!!」
シンのジンが重斬刀の鋒をアグネス機へと向けてフルスロットルで向かってくる。アグネス機もまた唯一残った武装の重斬刀を抜いてカウンターを決めようと構えるけれど、今の動揺したアグネス・ギーベンラートにそれが可能とは思えない。
アグネス機が重斬刀を振り上げ、シン機を叩き斬ろうとする。だが、その重斬刀が振り下ろされることはなく、アグネス機の胸部には重斬刀が深々と突き刺さる。
串刺し。
勝負あり。
「よしっ!」
シンとルナマリアの周囲に同期達が集まって、その成長ぶりを讃えている。
ジャイアント・キリングというやつは、いつの時代も人間を熱狂させるものね。
まあ、そんなことより……。
どうよ! うちのシンとルナマリアはすごいんだから!
これまでシンを舐めてきた奴等もみんな理解ったわねシンのすごさを!
ルナマリアも元カレ相手によくやったわ!!!
ああダメだ、ちょっと抑えられそうにない。
我慢しなさい黛冬優子。やるなら人のいないところでよ。
ちょっと別のことを考えましょう。
「フユコ」
タイミングよく、レイが話しかけてきた。
まわりの連中はみんなあちらに夢中なので、素で話すことにする。
「なに」
「……ルナマリアが言うところの、母親のような顔をしていたぞ」
「だから誰が母親よ」
まったく、レイまでこんなことを言うなんて……。
ふと、アグネスに視線が向いた。こういうタイプの怖いところは負けた時、だけれど。
「……」
上手いこと人前では抑えられているようだけど、やっぱり怖いわね。
しばらくはおとなしくするでしょうけど……今後どうなることか。
パイロット課程にアグネス・ギーベンラートも進むようだし、そっちでも何か起きないか心配になるわね……。
ふゆはもう後期はあんまり相手してやれなくなるし、あいつら自身でなんとかしてもらわないと。
そう、思っていたのだけれど。
前期の日程が終了し、夏休み前の修了式のようなものがホールで行われている。
成績順に呼ばれ、証書と共に後期の配属先がここで発表される。
成績トップのレイから順に呼ばれてはパイロット課程への配属を告げられる。成績優秀者はほとんどパイロット課程に行って赤服を目指す。なんだかこういう時、一人だけ後方支援とかって言われるの少し気まずい気もするけれど気にしたら負け。
ふゆも成績優秀で総合5位なので呼ばれるのは早い。
「フユコ・マユズミ」
「はい!」
学長に呼ばれ、壇上へ。
「フユコ・マユズミ。パイロット課程」
————は?
「後期もこの調子で頑張るように」
「はいっ!」
証書を受け取り、踵を返して自分の席へと戻る。
ふゆだからあの場で取り乱さずに済んだ。
でもとにかく、話が違うじゃない学長!
だって希望はそのまま通そうって言ってたわよね!?
学長まさか読み間違えた?
いやでも指令書には間違いなくパイロット課程って書いてあるし!
一体なにがどうなってるわけ!?
ふゆ よっしゃぁ!!!!!あーはっはっ!見た!これがシンとルナマリアの実力よ!
からのアカデミー入学してから一番荒れた。
シン アグネス・キラーの異名を得た。
ルナ 元カレキラーの異名を得た。
レイ シンの成長が嬉しい。全てはギルのため……。
議長 優秀な手駒が手に入るのは嬉しい(チェスの駒いじりながら)
桑島 ……………………。
元彼 真実の愛に目覚めたんだ。俺にはルナしか……ガフッ⁉︎