幼い子どもたちの歓声と、ぱちぱちという拍手の音があった。
ゲヘナの学区内にある街の片隅の人通りは疎らで、時々付近の道路を車が音を立てて過ぎていく。そこはある種の空き地だった。
雑居ビルの間に生まれた、砂地と少ない雑草が野ざらしになっているだけの空間。そんな場所に子どもたちが集まっているのを、後ろから一人の少女が暑そうに顔を手で仰ぎながら眺めている。
「……」
1年ほど前から、ここゲヘナには小さな噂があった。
曰く、赤い布に身を包んだ神出鬼没の生徒がいる。
曰く、にも関わらず観客の子供たちは毎回集まる。
曰く、それは一流の奇術師である。
曰く、そのタネを暴けたものは居ないという。
少女の視線の先では、何処からともなく取り出した薔薇の花や風船を子供たちに配っては手を降って見送る生徒の姿が見えた。
ゲヘナの生徒なら誰でも着ているような普通の制服の上から、ローブともマントともつかないような形で頭の上から全身を赤い布で覆っている。確かに噂の通りである。
だが、精々が街のウワサ話にしかならないような相手を、どうして少女──
──特異現象捜査部。
ここ学園都市キヴォトスに巻き起こる数々の謎めいた現象を調査し、その正体を暴くミレニアム学園の集団だ。
その捜査対象は街の小さな噂から、閉園した遊園地に蠢く生き人形、預言者を自称する大型兵器たちまで多岐に渡る。とはいっても前者の噂話の優先度は低く、最近は自称預言者たちの相手がウェイトを占めていた。
しかし、昨今はそういった神秘や未知を良からぬことに利用する者が出てきたため、小さい噂にも目を向ける必要が出てきたのだ。
その上で、ただの大道芸人、それも他学園の人物を特異現象捜査部が調べる理由──それは、
確かに、どこの生徒名簿にも、ある時点まで彼女の名や痕跡は見当たらない。まるで突然差し込まれたかのように彼女の存在が増えている。
だがそれ以上に、その同時期にもっと大きくて決定的な事件があった。彼女はその数少ない重要参考人なのだ。
「──よしよしガキンチョども、ちゃんと気を付けて帰るんだぞ~。道中で変なモン見つけても拾うなよ、ピンの抜けたグレネードだったら目も当てらんねえ」
(あれ、あの生徒……)
赤い布の生徒の忠告に、元気よく「はーい!」と返事して去っていく蜂蜜色の髪の少女に、エイミは見覚えがあった。直接会ったことは無かったかも知れないが、資料でその顔を見たのだ。
──丹花イブキ。
ゲヘナ学園の生徒会、
そんな人間までここにやってくるというのは、確かにエイミの目を引く理由になった。
少しして、他の観客たちもプレゼントを受け取って去っていくと、その場にはエイミとその生徒だけが残った。赤い布の生徒はエイミのことに先に気付いていたようで、手招きしてくる。
「……時間通りだな?」
「その方が合理的だから」
「ははっ、違ぇねえ。つーか、何なんだその格好……水着ファッション?」
「……? 暑いから。そういう貴女だって、その赤い布はどうしたの?」
「コイツか? まあ、トレードマークというか……憧れみたいな? とにかく目立つから、バレねえように動き回るのに苦労するんだよな」
「バレたくないなら外せばいいのに」
エイミが近寄ると、まずはプレゼント、とその生徒は何処からともなく薔薇の花を一輪取り出して渡してきた。エイミは断った。
「ありゃ、残念」
「他の子に渡してあげて。それより、貴女のことが聞きたい──奇術師『
「直球本題だな」
「単刀直入とも言う」
「まあ、構わねえが……その前に、約束は覚えてるか?」
神出鬼没という割に、エイミたち特異現象捜査部が赤い布の生徒──リュウに連絡を取るのはさほどの手間を要しなかった。精々が他学園の生徒を探す時くらいのものだ。
ほとんどダメ元でモモトークを送ってみれば、意外と話が通じた上に、次に興行する時間と場所を教えてくれた。多少警戒しつつ来てみれば、確かにリュウはここにいたのである。
そんなリュウがエイミからの聴取を受けるに当たって、事前に奇妙な条件を出してきた。
「うん。これから聞く内容は私と部長、先生しか知らず、その記録はヴェリタスが厳重に保管して誰の目にも触れないようにする。そしてヴェリタスは内容について一切感知しない──だよね」
「おう、それでいいぜ」
「何でそんな事するの? プライバシーにしたって厳重過ぎるけど……」
「まあ、ワケありってのもあるけど……それ以上に広めたくねえのさ、アタシの自己満足をな。
エイミは言っていることの意味が理解できなかった。自然と表情に浮かんでしまったその困惑を読み取ったリュウは、真上を見て呟く。
「──世の中、すげえやつってのがいるんだよ。何の脈絡もなく、
アタシには憧れがある。そうでありたいと思う。だがそれが歪んだ形で広がって元とは別物になっちまうのは避けたいのよ」
いつからだろうか。あるいは、まるで最初からそこにあったかのように、リュウの手に一枚のカードが握られていた。
縦長のそれはタロットカードだろうか。くるりと翻すと、描かれていたのはXVという数字に、角と翼を生やした赤肌の悪魔──だが絵柄は逆さだ。
「どうだ、すげえだろ?」
「……さっき薔薇を渡してきたときに仕込んでたんでしょ。簡単なミスディレクションだよ」
「ははっ、簡単なのはやっぱしバレるか」
「……そろそろ聞かせてもらっても良い? 今までまで貴女がどうしていたのか、急に現れた貴女が何者なのか。
──そして、
「もう終わったことの話だけど?」
「それでも聞かせて」
良いぜ。それなら──。
リュウは広げた右手の親指にフッと息を吹きかけた。
突然、その場に一陣の強風が吹き抜けて、乾いた空き地から砂煙が舞い上がる。
5秒ほどで視界が晴れると、そこには2つの椅子が向かい合うように置かれていて、片方にはリュウが腰掛けている。砂埃が掛かっているはずなのにその椅子はチリ一つ見つからないほどにキレイだった。
エイミが腰掛けるのを見届けたリュウは、わざとらしく喋り口調まで変えて言うのだ。
「────くくくっ、
ギロリとリュウの瞳に鋭い輝きが灯る。それは、おとぎ話で言うところの「昔々あるところに」と同じ意味だった。
全てはここから始まると、そう告げていた。
それは一つの終わりだった。
分厚い氷が砕けて、ひび割れた隙間から暗黒が広がっていく。
ここは地獄の最下層、ジュデッカ。コキュートスの中央たるここには、見渡す限り凍りついた湖が広がるばかりだった。
直前まで繰り広げられた激闘により、そこから上の層の全ても崩れ、傾き、破片や責問者たちが降り注いでいる。
それはある男子高校生のリビドーの具象であったり、ミノタウロスやハーピーにケルベロスといった伝承の怪物、罪人を焼く火の粉、何処かの青年の記憶から生まれた街の瓦礫など様々だ。
そんな
一人は男。
赤いローブに身を包み、長い顎髭を貯えた銀髪の青年。この地獄の創造主にして、400年前に実在した伝説の達人……
一人は女。
赤みがかった金髪は一本のエビフライのように纏められていて、その上に大きなとんがり帽子を被っている。オレンジ色の競泳水着みたいな服の上からパレオを纏ったその顔には、柔らかい笑顔と共にメガネが掛けられていた。アンドロイドの肉体を与えられ蘇った彼女は、世紀を跨いだ過去に亡くなった死人だ。「反則」を使ってでも男から
「──それで、一体何が得られるというのじゃ。一つきりの階段を登れぬ以上、嬢ちゃんとてこれからこの老骨らに何が待っているかは分かっておるはずなのに」
男──CRCと名乗る青年が口を開いた。外見に反してその声は老人のようにしゃがれている。
「
女は即答した。アンドロイドの肉体から発せられる言葉は、少しブレて聞こえる。
「己ハ、全体ノ作戦ニ組み込んだ全てヲ救う、ト」
ここは、地獄であって、地獄ではない。
現世にて蘇り、そして死んだ伝説の達人CRCが、今一度蘇るために本物の手前に挟み込んだ、仮初の地獄。その最下層中央から伸びる光の階段を登ることで、冥府へ行くはずのあらゆる死を臨死体験だったことに矮小化する、いわば後出しのイカサマ。
その一度きりの権利は、同じくこの地獄に堕ちてきた少年が使ってしまった。
そして今、その仮初の地獄は崩れている。間もなく見える限りの全ては無くなってしまうだろう。であれば、ひび割れた隙間から覗いている暗闇の正体は決まりきっていた。
「さぁて。本物ノ地獄とやらガどれほどノものか、二人デ見聞してみようではあり
「……まあ、こうなっては仕方あるまいな」
己の生み出した幻想を殺すという願いのため、現世で暴虐を働いた男。
ある教え子との約束の履行として少年を救うため、男の願いを遮って邪道を働いた女。
『本物』はその悪に反応した。ひび割れた隙間から覗く暗黒、あるいはその向こうにあるものが。
「周囲に奉仕するために、か」
「
ついに、二人を支えていた氷の湖が完全に砕け散った。引力に惹かれるまま、二人の身体は真下の暗黒へと堕ちていく。ここから始まるのは本物の地獄。「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」とはダンテの詩にあったこと。
対して、落ち行く二人は真上を見た。絶望や暗黒とは対極の、か細く天上へと伸びていく光の螺旋階段。そこを登っているであろう少年の姿を。
「「……幸せに生きろよ、上条当麻」」
死を撒くための偽物が砕け、薄皮一枚めくった先の本物が姿を顕す。正真正銘、本当の、地獄。
前人未還のそこに、一体どんな景色が広がっているのだろうか。
創約11巻まで読む→達人たちが好きになる→二次創作を探すも見当たらない→仕方ないので書く
というありふれた流れです。
取り敢えず書き溜め出来てる分だけ毎日放出予定。
レールガンとコラボ出来たんだから禁書だってコラボ出来るよね、という祈りを込めて。