とある達人の地獄回遊《アルスゲヘナ》   作:✕せんたくだま

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3 郷に入って郷を従えよ(Call_and_Plan_C)

 ヨハンの指先が振るわれた。気軽に。 

 たったそれだけで大通りを包んでいた砂煙は晴れ上がり、その向こうで今まさに飛び掛かろうとしていたミノタウロスの頭の一部が抉り取られるように吹き飛んで仰け反る。

 一瞬見えた頭の断面はコールタールみたいに真っ黒で、グロテスクな肉塊が覗くことはなかった。

 

「生き物ではない、と。()は一撃で肉塊に化けたものを、今度は一味違うのう。ここには似つかわしくない余所者同士と思ったが、互いに出所が違うのかえ?」

 

 それは必殺の魔術だった。ヨハンの意識が向いた先が独りでに破壊される、そういう魔術。

 凡人は言うまでもなく、世界の分解を目論んだ大悪魔やそれに相対した守護天使の感覚だって振り切って実行されるそれは、確かに一度で一方的に勝敗を決してしまえるもののはずだった。ソニックブームなんて逃げ場を許さずに、大気を圧搾しながら目標へ向かうその速さに具体的な数字を与えることすら烏滸がましいだろう。だが、不足。

 

 実のところ、ヨハンはこのミノタウロスという怪物を知っている。一応は自身の被造物に含まれる存在だ。正しくは()()()()()()()()()()を作っただけで、後は自動生成された付属品でしかないのだが、何にせよヨハンの知っているものと仕組みが違うらしいことは明らかになった。

 

 さて、次はどんな手を試そうか……。久しぶりに舞い込んできた試行錯誤の機会に心を踊らせつつ、ヨハンは──、

 

 

──そんなことより地面になにか落ちている。

 

「……かわいい」

 

 姉御と呼ばれた少女の落し物だっただろうか、リュウのものと同じアサルトライフルだった。正確には、それにボールチェーンでぶら下がっているストラップ。

 大体2.5等身くらいの、顔面にドクロマークを付けた人型キャラクター。

 モモフレンズのスカルマンと言っても、ヨハンは知らないのだが。

 

「黒地に髑髏と言えば死の象徴。大航海時代の海賊だってテンプル騎士団だって掲げとった由緒正しいデザインじゃな。しかしそんなものが子供のマスコットに使われるのはどういうことかのう。『死を思え(メメント・モリ)』? それとも『死の舞踏(ダンス・マカーブル)』かえ? くくくっ、夢見がちな少年少女に生命の現実ってものを暗示するのが意図だとしたら興味深い思想に見える。夜ふかししてたらたまたま両親の情事を見てしまうような……ああ、良くないのう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは。まさしく魔術師仕草というものよ」

 

 アサルトライフルを持ち上げて、ストラップを目の前に置いてまじまじ見つめたヨハンは、それを置いて急に立ち上がった。

 別に何だって良かった。無数にある手札が等価値に並べられた中で、それに順序を与えるための判断基準が手に入るのなら。

 

「きーめーたっ☆」

 

 バラバラという乾いた破裂音が響いていた。既に他の生徒たちによる攻撃が再開されている。

 突然乱入して怪物の相手をしていたヨハンが急に戦うのを止めたので、彼女らも身を守るのに必死だった。そもそも、彼にとっては戦いですらないのだが。

 

 ヨハンは胸の前でパチンと両手を合わせた。一見して柏手かお祈りのポーズに見えるそれの意図は誰にも分からない。そして、何も起こらなかった。

 

「……」

 

 本当はそれだけで何かが起こるはずだった。だが、その目論見は綺麗に外れている。

 眉をひそめるヨハンは、もう一度胸の前で手を合わせて、呟いた。

 

「──『抱卵』

 

 ゴトリ、という重たい金属音が響いた。ヨハンのすぐ後ろでだ。

 それは直径2メートルをゆうに超える球体だった。丁寧に三脚を生やして接地するそれは、鈍い銀色の輝きを放ち、側面に水密扉みたいなハンドルが付いている。

 まるで最初からそこに存在していたかのように置かれたそれが現れる瞬間を、その場の誰も見ていなかった。認識できなかった。

 

「さあて、さてさて。今日の出目はなんじゃらほい」

 

 ヨハンは巨躯の怪物を前に、よりにもよって背を向けて、呑気にもその球体のハンドルを回し始めた。ガリガリという硬い音を連続させて、球体の表面に幾何学模様みたいな亀裂が広がっていく。その奥には無数の歯車が見えた。

 最後に、ガゴンッという重くて大きな音を立てて全ての亀裂が膨れるように開いた。気付けば球体は何事もなかったかのように元の姿に戻っている。ツルリと滑らかな表面にヒビが入っていたことなど、誰も信じないだろう。

 

「……ふむ。シンプルじゃな」

 

 ヨハンは可もなく不可もなくといった様子で、巨大な金属球の下の地面から何かを拾い上げる。

 それは手のひらサイズの石だった。歪に砕けたその表面は、揺蕩う夜の海面を写し取ったかのように曲線的に波打っていて、コールタールのように湿った黒色をしていた。

 

 ──プネウマなき外殻。

 薔薇十字系の魔術に用いられる霊装(れいそう)の一種であるこれは、ハンドルを操作することで仰々しく変形する金属製の球体だ。変形の際にランダムなガラクタを一つ排出する姿はタチの悪いカプセルトイの一種にも見える。福袋と称して売れ残りを押し付けてくるような。

 だが出てくるガラクタには何らかの「世界最古」であるという魔術的特性が備わっている。凡人にとっては無価値でも、達人が手に取れば強力な魔術的エッセンスに早変わりするのである。

 

 今回出てきた物──それは黒曜石。

 天然のガラス質は打製石器の時代から刃物として広く用いられてきた。ヨハンの手に収まっているのは刃物としてナマクラかも知れない。だが、その事実さえあれば。

 

「すなわち世界最古の斬首刑。あるいは失血死かえ? まあ何でもよいわな」

 

 ズジジ──ッ!

 手持ちの黒曜石を軽く傾けると、20メートルほど先で銃弾を浴びていたミノタウロスの胸元がパックリ裂けた。それは断面と同じ色の真っ黒い血を吹き出しながら勢い良く仰け反って、背中から倒れ込む。

 そこまで見届けて、ヨハンはとりあえずの結論を出す。

 

「──不調、じゃな」

 

 おかしな話だった。あれだけの深傷を負ったはずのミノタウロスが、僅か10秒足らずでのそりと起き上がりつつある。

 一撃で何もかも一切合切決着する必殺の魔術に、達人がその魔術的記号を限界まで引きずり出して放つ世界最古の斬撃。例えバケモノといえど、牛頭の巨人程度なら億は殺し直せる威力のはずなのに、異常に効きが悪い。

 一方で、断続的に撃ち込まれる生徒たちの弾丸は効いていないように見えて、確かにミノタウロスの筋肉にめり込んでいる。単に筋肉の鎧が分厚すぎるだけで、もっと運動エネルギーがあれば貫通も狙えるだろう。

 

 威力は十二分なのに効いていないヨハンの魔術。威力は足りていないのに、一応の効果はある銃撃。とんだアベコベだった。

 更に、本当ならば眉一つ動かさずに呼び出せたはずのプネウマなき外殻を、わざわざ口に出して詠唱しなければならなかった点も問題だ。ヨハンという魔術師のスペックが明らかに落ちている。

 理由はこれから探そう。だから、とにかく不調と理解する。

 

 ついでに、ちょっと好奇心が湧いたので姉御のアサルトライフルを拾い直して撃ってみた。

 現代の銃の構え方も何も経験がないため、反動で跳ね上がった銃口からあらぬ方向に弾が飛んでいった。射撃中だった他の不良から「オッサンどこ狙ってんだこのノーコンがッ!」と怒られてしまう。

 

(……突然慣れないことはするべきではないのも道理かえ)

 

 そこまで考えたところで、ヨハンの頭上を何かが飛んでいった。黒い握り拳くらいの大きさの物体は、山なりに高い軌道で通り過ぎ、ミノタウロスの頭上まで行くと──炸裂。

 

 ぶもあああああああ────ッ!!

 

 ミノタウロス語なんてものがあるのかはさておき、今のが苦悶の悲鳴であるのはヨハンにも分かった。振り返れば見知った顔が駆け寄ってくる。

 

「オッサン、何やってんだよ……」

 

「リュウ嬢ちゃんか、良い肩をしとるわい。イブキ嬢ちゃんは無事かえ?」

 

「物陰で隠れてるように言って置いてきたっつの。ホラさっさと戻──れとは言えねえなコレ」

 

 20メートルほど先で頭を抑えてのたうつミノタウロスを視界から外さないよう気を付けながら、リュウはヨハンの隣に立った。

 

「嬢ちゃん、一つ聞いても良いかえ?」

 

「あン?」

 

「このキヴォトスという土地には、ああいうのが良く居るのかえ?」

 

「まさか。アタシだって初めて見たし、あんなの知らねーよ……あーチクショウ。アンタを引っ張って帰るつもりが何で戦ってんだよ。てかどうやったんださっきの……?」

 

「……単なる子供騙しよ。覚えんでよい」

 

「けど、すげーじゃん。後で教えてくれよ、めっちゃ気になる」

 

「気が向いたらな」

 

 その機会は永遠に来ないとでも言いたげに、ぶっきらぼうな返事をしながらヨハンはプネウマなき外殻のハンドルを何度も回した。意味不明のガラクタがその下の地面に幾つも転がる。

 

「すげーのは分かるけど見た目すっげぇ呑気だよなそれ。──チッ、この距離じゃ効きが悪ぃな……かと言って近付きたくもないときた」

 

 そのヨハンの横ではリュウがアサルトライフルを丁寧に3点バーストで連射している。別に仲間でもない不良生徒に交じることはしないが、それとは別方向から攻撃を加えてミノタウロスの行動阻害を試みていた。

 巨躯の怪物が細かい弾の雨を嫌って腕で防いだ反対方向のビルの屋上から、スナイパーライフルの徹甲弾が撃ち込まれる。貫通はしなかったが、逆にそれがストッピングパワーを発揮した。

 

 倒すことは二の次。今この瞬間は何だか凄そうなヨハンを頼りにしつつ、相手に動く隙を与えないことの方が大事だと皆が理解していた。

 仮にヤツが動けばどうなるか。それはリュウの足元付近に転がる左腕と血溜まりが証明しているのだから。

 

「──ま、待ってぇ……!」

 

 そんなときだった。

 

「おわっ! 隠れてろって言ったろうがイブキ……なんで出てきた!?」

 

 それは責任感か。あるいは一人で不安だっただけかも知れない。

 背を丸めて姿勢を低くし、身の丈にギリギリ収まるアサルトライフルを抱えたイブキがちょこちょこ二人の下へ歩いてきた。

 

「だ、だって……ヨハンおじさん、案内しないと……」

 

「だからってわざわざ出てくるこたあねえだろって……まあアタシもオッサンを連れ戻せてねえから人のコト言えねえけども」

 

 慣れた手付きでスクールバッグからマガジンを取り出してリロードするリュウは、呆れたように上を見て、それから腹を決めて口を開いた。

 

「──イブキまで付いてきちまったし、こうなりゃプランCだ」

 

「その、()()()()()とは何かえ?」

 

「決まってる──アレぶっ倒して進むんだよ」

 

「ひっひひ、今日はシンプルなものによく出会うのう」

 

「……と、大見得切ったところ悪ぃけど、この場であのバケモンを倒せるのはオッサン、アンタしかいねえ。何か手はあるか?」

 

「──無い

 

 はァッ?!

 あまりにもあっけらかんとした様子でヨハンの口から放たれた言葉に、ついリュウは叫んでしまう。隣まで歩いてきたイブキは驚いて跳ねた。

 

「厳密には、手間がかかり過ぎるというのが正しいかのう。仮にも地獄の番人、咎人が十全に力を振るって下せてしまう方がおかしいのかも知れんが」

 

「え、じゃあどうやって……イブキ、風紀委員とか呼べねえか? 万魔殿なんだろ?」

 

「う、うん……さっき呼んだんだけど、別件で時間が掛かるって……」

 

「そりゃあよくやったって感じだけど……じゃあマジでどうすんだよオッサン」

 

「そこまで悲観することもないぞ。二、三、手は思い浮かんどるし、一つ一つ順番にというのも面白味に掛けるというもの。終着点が同じなら纏めてこなすのが効率的じゃな。

 ──つまりは、だ。鍵になるのはお主じゃよ、リュウ嬢ちゃん」

 

 ヨハンは後ろ手でハンドルを回しつつ、リュウに茶目っ気を込めたウインクを飛ばした。

 

「え、アタシに何しろって?」

 

「良い肩をしとったじゃろ。これからアレに風穴を空けるから、それが塞がる前にさっき投げた手榴弾をまた入れてくれれば良い。()()()()()()()、とか言うんじゃったか?」

 

 そりゃゴルフだろ……、とツッコむリュウを他所に、ヨハンは遠方で射撃を続ける不良たちにも声を掛けた。

 

「おーい、そっちのお嬢ちゃんたち。もうすぐ片付くからそのまま撃ち続けてくれい。……イブキ嬢ちゃんも出来るかえ?」

 

「……うんっ。色んな先輩に教わったから!」

 

 ──ヴンっ!

 

 イブキがおっかなびっくり突撃銃を構えたとき、空気が引き裂かれる音がした。

 

「ぇ?」

 

 自棄っぱちだったのかも知れない。頭部を打ち据えられ続けて立ち上げれないミノタウロスが、その手に持っていた大斧を投げ放ったのだと気付いたときには、それはイブキたちの眼前数メートルまで迫る。

 

「──時にお嬢ちゃんたち。お主らの使っとるそれは何じゃ?」

 

 ──がッがぢぢ……っ!

 

 だが、その瞬間は訪れない。

 事も無げに、ヨハンはいつの間にか右手に担いでいた巨大な物体で大斧を受け止めていた。

 

「え、えぇ……?」

 

「じゃから、その手でバリバリ撃っとるものは何なのかと聞いておる」

 

 それは鋭い棘を無数に生やした茨が何重にも絡みついた十字架だった。茨の隙間からは重みを湛えた黄金の輝きが覗いていて、その全てが純金でできていると言葉もなく語っていた。

 どうやって破壊的な威力を殺したのか。そもそも一瞬前まで死の危険に晒されていた事実に現実味が湧かなくて、リュウの思考はその語彙を大幅に減らしている。

 

「そりゃあ……銃、だろ?」

 

「そうじゃな。では、銃とは何じゃ?」

 

 絡め取った大斧ごと十字架をどこかに放り捨てたヨハンは、後ろに佇む金属の球体、その下に積み上がったガラクタの山の前にしゃがみ込んで漁り始めた。

 

「何って……なんだ?」

 

「弾をバンバン撃つ道具……?」

 

「左様左様、小さい弾丸を撃ち出す道具じゃな。ではそれ、何のために使う?」

 

「──いや待てよオッサン、この質問に何の意味があるんだ?」

 

「単純なものほど大事なんじゃよ。身の回りのありふれたものに一体どんな寓意が隠されているか……神秘というやつはそこいらに転がっているのものよ、見つからぬだけでな。さて、イブキ嬢ちゃんには分かるかえ?」

 

 ヨハンの言葉の意味が分からないリュウは、とりあえずミノタウロスを撃ち続ける。投げるべきグレネードの位置は確認したし、ヤツの手にあった凶器はもう飛んでこない。

 一方で先程の大斧への怯えが取れないイブキは胸元にライフルを抱えたまま震えている。小さく口が開かれた。

 

「……遠くのものを、狙うため?」

 

「それじゃ!」

 

 欲しかった答えはまさしくそれだと言わんばかりに、ヨハンは歓声を上げた。

 

「ずっと気になっておったのよ。頭を抉ろうが胸を斬り開こうが治ってしまうのに、お嬢ちゃんらが銃で撃った傷はそのまま……リュウ嬢ちゃんの手榴弾なんてよく効いとったな。これはもう手順の問題だと考えるほかあるまい?」

 

 ヨハンはプネウマなき外殻から出てきたガラクタの山をガサゴソと漁って、目当てが見つかったのか立ち上がった。

 

「つまり銃で撃っておらんのが原因……などと簡単には思わんが。何にせよ条件を似通わせて行くのが基本。そして──これがこの老骨の()じゃ」

 

 その手にあったのは、ありふれた小石だった。河原とかに落ちていそうな滑らかな丸みを帯びた小石が五つ、手のひらに乗せられていた。

 

「言ってる意味が分かんねえよ……」

 

「要するに、銃というものは遠方のものを狙って小さい物を飛ばすのであろう? ということは、究極的には石を投げるのと何も変わらん。火薬で加速させるか、腕の膂力で投げ放つかの差でしかないわけじゃな」

 

「????????」

 

 本当に意味がわからない。イブキもリュウも全く同じ考えだった。

 もしもヨハンの言うことが正しいのなら、今ごろキヴォトスでは銃撃戦じゃなくて物の投げ合いが当たり前になっていたはずで、そんな疲れること誰もやりたがらないだろう。

 

「ギリシャの怪物に有効かは知らんが、大物狩りならダビデの術式も重ねるかの。

 ──そろそろ行くぞリュウ嬢ちゃん。準備は良いかえ?」

 

「え? ああ、いつでも投げられるぞ」

 

「イブキも撃っとくね!」

 

 リュウはスクールバッグから愛用のグレネードを取り出し、イブキはミノタウロスの頭を狙って射撃を始める。それらを見て頷いたヨハンは、重々しく口を開いた。

 

「──羊飼いが携えるは剣にあらず、槍にあらず、杖にあらず。若く、小さく、兄より弱く、しかし万軍の主より祝われし王よ。集めし五つの一番目、巨人の額を打ち砕き、ここにその威光を示せ。

 ……この老骨がわざわざ十字教の術式を編み込むんじゃ、どうか楽しませておくれ」

 

 ヨハンは上投げの容量で腕を振り、持っていた石の一つを投げる。

 ──空気が圧搾された。

 

 音が消え、誰の感覚も追い付けない。

 石は手を離れた瞬間に異常な速度を与えられ、前方の大気を断熱圧縮でプラズマ化させながらミノタウロスの頭を打ち抜いた。いや、消し飛ばした。

 一瞬にも満たない時間の間に、ミノタウロスの頭から肩口にかけて、アイスクリームをディッシャーで掬い取ったときみたいに消えている。

 あまりの威力にプラズマの痕跡はミノタウロスの向こうの空、その彼方まで続いていた。

 

 世界最古の飛び道具。達人ならばそれだけで絶大な威力を引き出せるところに、ヨハンは別の魔術をかけ合わせる。ダビデとゴリアテの逸話は有名だろう。

 言ってしまえばダメ押しの一手で、同時に異なる魔術を小さい小石の中で瞬時に成立させる芸当は、フラスコの中に世界を創り上げる伝説の錬金術師でもなければ出来ない。

 

 ──これからアレに風穴を空ける。

 言葉通りだった。どれだけ異常な光景でもあの男にとっては予定調和なのだ。リュウは即座に構えていたグレネードのピンを抜いた。

 

「……」

 

 じっと見据える先では、もうミノタウロスの方がぐにぐにと蠢きながら再生を始めている。

 だが、すぐには投げない。

 

 投射タイミング、着弾に掛かる時間、点火から炸裂までの猶予……それら全ての最適な組み合わせを割り出して、もっとも威力の出る瞬間に投げる。

 地獄に足首まで浸からねば為せない芸当。手元で自爆するリスクを呑み込んで、確かにリュウはそれを実行する。

 

「──行けやぁッ!」

 

 どん、と力強く左足を踏み出し、重心の運動を乗せてグレネードが放たれた。

 放物線を描いて飛んだそれは寸分の狂いもなくミノタウロスの抉れた断面──心臓の位置に着弾する。ぐにぐにと増殖して元の形を取り戻そうとする漆黒の肉体は、当然のようにグレネードを呑み込んだ。

 

 ヨハンの観察通り、()()()()()()()()。だが表面からでは火力が足りない。

 では、内部からなら?

 

 ──どッッごぉ!!!

 

 約束された炸裂。

 腰から上が膨れて弾け飛んだミノタウロスの肉体が、今度は黒色の塵となって崩れていく。決定的な死を刻み込まれたかのように、もう再生はしない。

 後には抉れたアスファルトやひび割れた建物の壁面などの爪痕だけが残った。

 

「──しゃあっ! ゲヘナの強肩ナメんなッ!!」

 

 リュウが上げた快哉の声をきっかけに、その場は歓声に包まれる。

 

「お、終わったのか……?」

 

「マジかよ、あのオッサンたちやりやがった!」

 

「あー死ぬかと思った……つーか、死にかけたやついたし」

 

 ビルの隙間や裏路地から数人の不良たちが集まってきた。目の前の景色が夢でもなんでもないと確信するために。

 

「おいオッサン、アンタすげえじゃねえかっ! さっきだって腕ふっ飛ばされてたの治しちまったし! ガチの奇跡じゃん!」

 

「さっきヨハンって名乗ってたよな。あのやべえやつは魔法か何かか!? マジかっけーよ、ヨハンのオッサン! 奇跡の魔法使い!」

 

 急なストレスから開放されたことへの揺り戻しでもあった。

 目の前で仲間が死の淵に追いやられ、それを引き戻す奇跡を見た彼女らは皆、こう思った。

 自分たちはツイている。守られている。

 

「ヨ・ハ・ン! ヨ・ハ・ン!」

 

 不良たちとフィーリングが近いのかリュウまで乗っかってのヨハンコール。

 空気は一転、お祭り騒ぎであった。何ならヨハンを置き去りに勝手に盛り上がっている。

 

「……」

 

 だが、そんな騒ぎに混ざらない生徒が一人。

 

「……おじさん、どうしたの?」

 

「……」

 

 イブキだけは、彼の雰囲気が変わっていることに気付いていた。

 ヨハンはただ無表情で、無言で、どこかを見ている。その視線の先が、さっきから変わらずダビデの術式を乗せて放った石の進行方向そのままだったことは、意識を向ければ誰でも分かるだろう。

 だが、実のところヨハンが何処にも目を向けていないことに、果たしてイブキは気付けたか。

 

「うええええいっ!! なんかもう学校行く気起きねーわ! このままカラオケ行こーぜ、ヨハンのオッサンが何点取れるか勝負すんだよ!」

 

「お、そりゃ良いな……ああでもオッサンに学生証あんのか? 学割使えねーと厳しくね?」

 

 リュウと不良たち。

 

「……」

 

「……ねえ、おじさん?」

 

 ヨハンとイブキ。

 

 まるで空間が二分されたかのように、その温度はハッキリと違っていた。

 

「まあ、何とかなんだろ。おっし、行くってことでいいよな、オッサン?」

 

「ドリンクバーで乾杯しよーぜ! アタシ滅茶苦茶イイ組み合わせ見つけたんだ」

 

 勝手に話が決まったらしいリュウたちがヨハンの下へ戻ってきた。

 賑々しい彼女らは当然ヨハンの変化に気付かない。このまま学生らしい規模の祝勝会に洒落込めると信じて疑っていなかった。

 

「……のう、あまり持ち上げんくれるか。この老骨は飽くまで手伝っただけで、足止めも決定打も嬢ちゃんたちの功績よ。奇跡でも魔法でもなんでもない」

 

 果たして不良たちは、これが一種の最後通牒だったと気付けたか。

 「いやいや、謙遜するこたねえって」と言葉を返した彼女に向けられた視線がひどく冷めきっていたことを理解できたか。

 知らなければどうしようもない。この男の前で「奇跡」や「魔法」を語ることの意味を。

 

「──あ、待って!」

 

 そんな流れを断ち切ったのは、イブキだった。

 

「あのねあのね、ヨハンおじさんは外から来た人だから、これからイブキが学園に案内しなきゃなの。だから先輩たち、カラオケは後でも良いかなあ……?」

 

「あン? 誰だよせっかく盛り上がってるところに──って、お前万魔殿(パンデモニウム)のイブキか!?」

 

 ヨハンの赤い衣の袖を引っ張って出てきたイブキの顔を、不良生徒が覗き込む。一瞬遅れて彼女はバツが悪そうに後退った。

 学園が自治権を持つここキヴォトスにおいて、その生徒会のメンバーであることが持つ意味は大きい。例えそれが不良相手でも、だ。

 

「……あ、そうじゃん。戦ってて頭から抜けてたけど、アタシもヨハンのオッサンに着いてくんだったわ。もうすぐイブキが呼んでくれた風紀委員が来るらしいし、事情説明頼んでいいか?」

 

 愛用のアサルトライフルを背中に引っ掛け直しながらリュウも思い出したかのように同調する。

 こうなっては雰囲気も冷めてしまう。仕方なくその場で待つことにした不良たちは、ミノタウロスが居た場所に背を向けて歩き去るイブキたち三人を見送った。

 

「色々あったけど、ありがとうなオッサン!」

 

 

 

 

「なあなあオッサン、もしかして褒められるの慣れてねえタイプ?」

 

「いいや、単に嬢ちゃんらに自身を認めて欲しかっただけのこと。突然訪れた危機に見事打ち克ったんじゃ、他人を持ち上げるよりすべきことがあるのではないかえ?」

 

「その割には嫌そうだったけどな。せっかく知らねえ土地に来たってのに気分悪くなるのも良くねえだろって、気になってさ」

 

「……」

 

「だったら参考までに嫌なことを幾つか聞いといた方がお互い避けやすいだろ?」

 

「……結局、人は上っ面しか見とらん。ただのつまらん手品を奇跡と持て囃すのが良い例よ。どれだけ素晴らしい本質があろうと気にするものは居らんということじゃ。一見して気の良いおじさんに見える老骨も、実は残忍極まりない危険人物かも知れんぞ?」

 

「でも、おじさんはおじさんでしょ? みんなと一緒に戦ってくれたもん。イブキ、そんな人が悪いなんて思わないよ」

 

「アタシもそう思うね。制服をこんなにキレイにしたり、あのバケモノをふっ飛ばしたり……すげえことが沢山できるんだ。ホントに悪い奴なら隠して騙してする前に好き勝手出来るだろ」

 

「……そうかえ」

 

 


 

 

・プネウマなき外殻

 

 薔薇十字系の霊装の一種。内部からガラクタをランダムに排出するカプセルトイのような機能を持つ巨大な銀色の球体。ガラクタは共通して「世界最古の何か」であり、達人が扱えば極めて強力な魔術的シンボルとなる。

 何でも出来る達人たちにとって、御せないランダムは己を律する人生のスパイスであった。

 

 

・ダビデの術式

 

 鎧に身を包んだ巨躯の戦士ゴリアテを、小石一つと投石器で討ち倒した羊飼いダビデの逸話になぞらえた術式。十字教の魔術において最も基本的な類感魔術の一種であり、達人ともなれば小物を大物に投げつけるだけで聖書の一節と重ね合わせて発動条件が満たせる。

 ヨハン=ヴァレンティン=アンドレーエは生涯を神学者として過ごした。




 前話まで書いてて、これ本当にブルアカかなあ? と思っていたので銃撃戦で生徒に活躍の場を与えてみました。

 禁書の本編では文字通り必殺の威力を発揮したヨハンの魔術ですが、どうやら突然現れたミノタウロスには効きが悪いようです。一方で生徒の放つ銃弾は通るので、学者肌的な描写としてヨハンにはそれに合わせるようなことをさせてみました。
 要するにこれは神秘やコンテキストの話です。

 実は今話の一番のMVPはイブキだったり。
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