一、愉快であれ。
二、誓いであれ。
三、破壊であれ。
四、無戒であれ。
五、誤解であれ。
六、韜晦であれ。
七、厄介であれ。
八、奇怪であれ。
九、未開であれ。
十、首魁であれ。
十一、本懐であれ。
十二、慚悔であれ。
十三、世界であれ。
0 まえがき
常に汝の敵を許せ。それ以上に奴らを嫌がらせることはない。
言わずと知れたオスカー・ワイルドの名言であり、人間関係の難しさと、許しの心の大切さを良く言い表した言葉であるなんて評されるけれど、しかしどうだろう。この言葉、考えてみればなかなか底意地が悪いというか、果たしてここで指し示される『許し』は、本当に許しとして機能していると言えるのだろうか?
もちろんのこと、私はこの言葉を原語によって聞いたわけではなく、あくまでも翻訳されたものを聞き齧ったに過ぎないし、この言葉の前後にどのような文脈が流れているかだって全く知らないのだから、この言葉だけを見てオスカー・ワイルドの思想の全てを知った気になって語るのは愚の骨頂もいいところであろうけれど、しかしそれでもこの言葉を言い放った本人の意思をまるで無視して、翻訳によって削ぎ落とされた、あるいは追加された言語的歪曲もそういうものだと飲み下して、前後に流れる文脈をさえ余分と切って捨て去って、この一行の言葉にだけ注目して考えてみるのならば、この言葉は言うほど、許しの心の大切さなんてものを語っているようには見えないと思う。
常に汝の敵を許せ、という言葉だけを切り取ってみせるのならば、それこそイエス・キリストもかくやの自己犠牲の精神というか、いっそ無抵抗主義とさえ言いたくなるような愚直にすぎる慈悲の心の表れにも見えるけれど、しかし注目すべきはその後に続く一文だ。
それ以上に奴らを嫌がらせることはない。
いや……それってどうなの?
許しという行為を、よりにもよって相手に対する嫌がらせとして使ってしまっている。
いやもちろん、それは言葉通りの意味ではなくて、きっと人生における「敵」がどのような加害行為を働いてきたとしても、それを許してしまえば相手の悪意は行き場をなくして無意味化する、というようなことを、きっとオスカー・ワイルドは言いたいんだと思う。多分、きっと。『幸福な王子』なんて物語を描いてみせた彼の人間性を信じるのならば、だけれど……。
しかしそれにしたって、やっぱりツッコミどころが多い言葉だよな、と思う。
まずもってそもそも、敵を許したところで、それでその「敵」が本当に嫌がるか? というところにも、大きな疑問がある。
だって、「敵」だぞ。それがどのレベルのそれを指しているのにせよ、明確にエネミーと定義されるような相手だ。それなりにこちらに対して敵対的な態度をとってきているわけで、その相手を許したところで、付け上がるだけじゃないか?
少なくとも私だったらそうだ。
許されたら付け上がるし、ガチ目に怒られるまではやめないと思う。
オスカー・ワイルド氏は、ちょっと人間の善性を信じすぎてはいないだろうか?
よしんば、許されたことで気まずくなって、困ったとしても、じゃあ困らせてきた相手の「敵」であることを止めようとするかと言われれば、そんなこともないと思う。
敵は敵だ。どう足掻いても。
昨日の敵は今日の友、なんて言葉もありはするけれど、しかしむしろ、そんな簡単に敵味方をコロコロと入れ替えるような人間は信用できないだろう。信用できないし、信頼できない。ましてや親友になんて、とてもとても。人間はそう簡単に、立場を変えられるものではないだろう。
「——『へぇ』『面白い考え方をするんだね』『眉美ちゃん』『「人間はそう簡単に立場を変えられるものではない」なんて』『僕にはなかった発想だなぁ』」
なんて、同僚の先輩にそんなことを言われた時、だから私は意味がわからなかった。それってどう言う意味なんですか、学ランくん。
「『僕のことを学ランくんと呼ぶその発想も』『僕にはなかったことだけれどね』『いやだって』『そうじゃない?』『人間』『敵同士が味方になる理由は見つからなくても』『味方同士が敵になるのに理由は要らないだろう?』」
人間は理由なく裏切る。
人間は理由なく傷つける。
人間は理由なく蔑む。
人間は理由なく憎む。
人間は理由なく——敵対する。
「『立場なんて』『感情なんて』『関係なんて』『簡単に変わって』『そして取り返しがつかないのが』『人間っていう生き物じゃないか』」
どこまでも晴れやかな笑顔でそう言われて、私はふと思い出した。
常に汝の敵を許せ。それ以上に奴らを嫌がらせることはない。
そんな名言を残したオスカー・ワイルドは、けれど他にも、詩人らしく数多くの名言を残していて——その中には。
一貫性は想像力を欠いた人間の最後の拠り所である——なんて言葉もあったのだということを。
1 百面の者
「怪談百面相を捕まえろ」
それが十三階段の十段目、瞳島眉美に与えられた任務だった。
もちろんのこと、十三階段の創始者にして統率者、狐さんこと西東天の忠実なる下僕であるこの『美眼鏡のマユミ』が、まさか彼からの命令をまるで無視して遊び歩くなんて可能性は万に一つも億に一つも兆に一つも無いわけで、だからこそその任務を私が遂行するに当たって、『お目付け役』なんて存在はきっと一欠片だって必要はなかったはずだろうと思うのだけれど、なぜだかあの眼鏡フェチおじさんこと狐さんは、私の熱弁もまるで無視して、右下るれろという歩く五十音表みたいな名前をした女性を私に同行させた。
「誰が歩く五十音表さ」
彼女はそう言って私にギロリと怒りのこもった視線を向ける。怖い。その視線がというよりも、いたいけな中学生を本気で睨みつけることができる大人がこの世に存在するという事実そのものが。
「はん。あんたはいたいけな中学生って柄じゃあないだろう。せいぜい、痛い
言われた。手痛い険のある言葉を。
「しかしですね五十音さん」
「次に私を五十音さんと呼んだ時があんたの人生最後の日になるから、それをよく考えてから発言するさ」
「右下るれろさん」
言い直した。食い気味に。いくら私が人間のクズだからといって、いや人間のクズだからこそ、命は惜しい。
「眼鏡フェチおじさんから指令を出された我々ですけれど、しかしなんなんでしょう、怪談百面相って。あからさまに怪人二十面相のパロディネームであるのはわかるんですが」
「我々、なんて一括りにするんじゃ無いさ。あくまでも指令を受けたのはあんたで、私はあんたが任務をサボらないように側にいるだけの監視員さ。そして次狐さんのことを眼鏡フェチおじさんと呼んだら殺す」
語尾の「さ」すら無くして本気で凄まれ、私は思わず亀のように縮こまる。なんだよ、子供のおふざけに本気になっちゃってさ。あー、ヤダヤダ、余裕のない大人って。
「子供であることを都合のいい盾として扱うんじゃないさ。『子供の言ったことだから』なんて言葉は許す側だけが使える理由さ」
「なるほど、くたびれて余裕がない大人は人を許すのにも理由が必要ってわけですね」
「どうやらあんたを許すための理由ってやつはこの世にはないようだね」
いよいよこの世に生きていられる理由がなくなり始めたので、流石の私も口を噤んだ。人形にされちゃあたまらないからね。
「しかし結局、最初の疑問の答えがないままですよ、るれろさん」
「最初の疑問?」
「つまり、狐さんの指令ですよ——『怪談百面相』。その言葉が、一体何を指すのか」
私には一体全体、これっぽっちもさっぱりだ。
「百面相——は、まあ良いとしましょうか。明らかに元ネタであろう怪人二十面相にしたって、実際のところ、所持する面相は二十なんかでは効かず、一時期は四十面相と名乗っていたことだってあるそうなんですから、まあ四十も百も誤差でしょう。とにかく、顔がいっぱいあるってことで」
「倍以上違う数を誤差で片付ける思い切りの良さには感心するさ。けれどじゃあ、あんたが引っかかってるのはどこなのさ?」
「そりゃあもちろん、『怪談』ですよ」
怪人ではなく、怪盗でもなく、ましてや怪奇でさえもなく——怪談。
怪談百面相。
「捕まえろ、なんて指令が降ったってことは、きっと捕まえられるような実体があるものなんでしょうけれど、しかしそれじゃあ尚更、なんで『怪談』なんでしょうか」
あるいは、あるのだろうか? それこそ百の面相を持つような何者かを語る——怪談が?
「そりゃあ、あるに決まっているさ」
私の疑問に、るれろさんは当たり前のように答える。
「むしろ、あんたがそれを知らないことにびっくりさ。噂話ってやつは、若い人間の間で流行るものだと思っていたけれどね」
「若い人間、なんて言葉で一括りにされるのも、なかなか遺憾な話ですけれどね。それこそ氷河期世代だゆとり世代だZ世代だなんだって、人間を世代で区分けして一括りに語ってしまおうなんて行為が世間一般じゃあ流行りのようですけれど、それって結局単なるラベリングのレッテル貼りでしかなくて、個人軽視の差別行為ですよね」
「その論調には同意の余地がありはするけれど、しかしそれならあんたがたった今言ったところの『世間一般』って括りは、『単なるラベリングのレッテル貼り』とは違うのかい?」
なかなか鋭いツッコミだった。黙るしかないくらいには。
「まあいずれにせよ、私はその手の低俗な噂話ってやつを聞いた覚えはありませんね」
「低俗な噂話ってやつを、聞かせてくれる友達がいないってだけじゃないのさ?」
「もしかしてるれろさん、私のこと嫌いですか?」
言葉のナイフに刺し殺されるかと思った。
「ま、噂話を聞かせてくれる友達ならたった今出来ましたから良いですよ。ね! るれろちゃん!」
「馴れ馴れしく肩を組もうとするんじゃないさ」
伸ばした手を払いのけられて、私は深く傷ついた。ぐすん。
「気色の悪い泣き真似をするんじゃないさ。……まあ、このままじゃ狐さんからの指令もろくに果たせないだろうし、教えてやってもいいさ」
「もー、初めからそう言ってくださいよ。全くるれろちゃんったらツンデレなんだから!」
「ここから先は一人で頑張るといいさ」
「嘘嘘嘘待って待って」
去ろうとするるれろさんを引き止める。……いやむしろ、引き留めない方が良かったのか? お目付役がいなくなれば堂々とさぼれ——のびのびと探れるわけだし。
「……まったく、話を進めさせない才能でいうなら、あんたはあの教師もどきと同等さ。いいさ、教えてやるから、今度こそ余計な口を挟むんじゃないよ」
かくしてるれろさんは語り出した。
東西東西——なんて切り出しは無かったけれど。
2 怪談『百面相』
「これはあくまでも、聞いた話さ。
「誰からか、って?
「誰からでもいいことさ。それが誰から聞いた話だとしたって、話の中身が変わるわけじゃない。
「なんだったら、あたしから聞く意味だってありはしないさ。
「インターネットで適当に調べていれば、いずれは同じ話に辿り着くだろう。
「それくらい有名で、ありふれている話さ。
「怪談『百面相』——
「なんて、ご大層な題名がついてはいるけれど、しかし内容自体は、大したそれじゃあないさ。
「精一杯長々と語ったところでも、百行にも満たない短い話さ。
「百面相なんて名前負けだし。
「怪談——だって、ともすれば、さ。
「曰くして。
「『その男は、夜と共に現れる』。
「『否、それが男なのか、女なのか、はたまたそれ以外の何者かなのか、そんなことは誰にもわからない』。
「『時としてそれはあどけない少年であり、時としてそれは若き青年であり、時としてそれは髭を湛える壮年であり、時としてそれは絶世の美女であり、時としてそれはつるぺたの幼女でもある』。
「どこかの生徒会長が好きそう? なんの話さ。
「なんでもないならいいけどね。
「しかしそんな化け物が好きなんて、変わった人間もいるものさ。
「化け物。
「そう、化け物なのさ、そいつは。
「『時としてそれは虚空に蔓延る姿なき声であり』。
「『時としてそれはうねり狂う触手の塊であり』。
「『時としてそれは生ける幽世の霧であり』。
「『時としてそれは翼を広げる暗闇であり』。
「『時としてそれは焼け爛れる動く死体であり』。
「『時としてそれは血の涙を流し続ける鬼である』。
「『それに明確な正体と呼べるものはない。それに明確な実体があるのかもわからない。それが一体全体何者であるのかは、誰も知らない』。
「『ただひとつ、わかることがあるとすれば』。
「『
「『彼かも知れず彼女かも知れず、またそれ以外の何かかも知れない「それ」は』。
「『何処かから「怪談」の存在を聞きつけると——それを暴きにやってくる』。
「『怪談を暴き、怪奇を下し、怪異を解し』。
「『そうして、怪談を蒐集し』。
「『己の面の一つに変えてしまう』。
「『ゆえにこそ、彼の名は怪談百面相』。
「『百の怪談を束ねた混沌』。
「『百の怪奇を揃えた混迷』。
「『百の怪異と番った混血』。
「『彼は怪異に憑かれた誰か元に現れては、その怪異を奪って去っていく』。
「『そして彼に出会ったものは、皆一様にこう尋ねられるという』。
「『「君、一つ尋ねたいのだけれど」』。
「『「貌の無い狐について、何か知ってはいないだろうか?」——と』」
3 無理難題
そんなもんをつかまえろって言われてもどうすればいいんだよ。
それがまず第一の感想だった。
姿がなかったり触手の塊だったり生きた霧だったり闇の翼だったり爛れた死体だったり血涙を流す鬼だったり、そんなどう考えてもこの世のものではない化け物を、一介の女子中学生にどうやって捕まえろというのか。あれか? 『それでは将軍様、まずその百面相なる化け物を屏風から出してくださいませ』とでも言えばいいのか? この場合は屏風からというか、インターネットの掲示板からとでも言うべきなのかもしれないが。
「ツチノコでも見つけてこいって言われた方が、まだしも目がありますよ。そんなわけのわからない化け物を見つけてこいって言われても、まずもってどこを探せばいいってんですか」
「ツチノコだって、あたしは探せと言われてもどこを探せばいいのかはわからないけれどね——しかし、怪談百面相に関して言えば、少なくとも探す場所は決まってるんじゃないかい?」
「C級映画のフィルムの中とかですか?」
「そこを探して見つかると思うなら好きにすればいいけれど、しかし少なくともあたしがそいつを探さなきゃいけないとしたら、向かう先はレンタルビデオ屋ではないさ」
あるいは、
「あたしの語ってやった話をよく思い出すさ。怪談百面相——そいつは化け物ではあれど、一つの明確な目的の元に動いているらしい」
明確な目的、それは——
「怪談の蒐集……」
私が言えば、るれろさんはふんと小さく鼻を鳴らす。
「そうさ。何を思ってそんなことをしているのかは知らないが、そいつが怪談を蒐集してるっていうのなら、いいことさ」
それさえわかっていたならば、手っ取り早く。
「心霊スポットでも巡ってみれば、出会えるかも知れないさ」
あるいは百面のそれではなくても、怪談には。
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