美少年百面相   作:忘旗かんばせ

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 22 怪談百面相を捕まえた!

 

 

 

「——ええ、そうですよ。そうですとも。ついにあなたの忠実なる第一の部下であるこの私、あなたの大好きな可愛いメガネをかけにかけ尽くした『美眼鏡のマユミ』が、ついにあなたのご要望通り、怪談百面相を捕まえたと言っているんですよ」

 

 電話の向こうで、敬愛すべき眼鏡フェチおじさんへと向けて、私は事情を説明する。

 

「え? 怪談百面相? そりゃもうしおらしくしてますよ。己の末期を悟ったんでしょうね。昨日まではみっともなく泣きべそをかきながら鼻水垂らして命乞いを続けていましたけれど、今日に至っては遂に『せめて楽に殺してくれ』と言い始めました」

『お前その歳で拷問趣味でもあるのか?』

 

 ドン引き、と言った様子で、電話の向こうの眼鏡フェチおじさんは言う。

 

『それにしても——『しおらしくしてますよ』ね、ふん。どんな方法を使ったのかは知らないが、そうか。しおらしくしているか』

 

 当てが外れたな——なんて、彼は呟くように言う。それは一体、どういう意味なのだろう。

 

『いや何、つまり物語の終わりとは——俺が目指す、『全ての物語の終わり(ワールディング・エピローグ)』とは何かって話でな』

 

 その一端として使えると思ったんだが、見込み違いだったかな——なんて、彼は面白くなさそうに言った。

 

『ま、せっかく捕まえたって言うんだ。成果を労うのも、クライアントの仕事だろう。どうせだ、顔の一つでも拝んでおきたいところだし、()()()()()

 

 逃がさんようにな——なんて言葉を添えて、彼は電話を切った。

 

 瞬間——私は深くガッツポーズを取った。

 

「やりましたよ」

 

 振り返れば——見えずとも、そこにいるのはただ一人。怪談百面相その人だ。

 

「ああ、ありがとう。これで少なくとも、貌のない狐の——西東天の面前までは、確実に辿り着くことができる」

 

 拳を握る音。彼もまた、作戦の成功を喜んでいるらしい。

 

 彼の用意した案は、つまり逆転の発想。つまり西東天の元へ殴り込みをかけるのではなく、むしろ逆に、西東天にその身を捧げることで彼の元に至るという、単純明快にして明瞭なる奇策。

 

 彼が西東天を探すように、西東天もまた、怪談百面相を探している。

 

 なにせ、私に怪談百面相を捕えるように命令したのは、彼自身なのだから——その命令を、素直に遂行して仕舞えばいい。

 

 怪談百面相を捕まえたとなれば——捕まった百面相は、西東天の元へと運ばれるだろう。

 

 何をするまでもなく、全ての障害を素通りして。

 彼の御許まで、送り届けられる。

 

「——ただし間違いなく、『危険のない状態で』にはなると思います」

 

 流石の西東天といえど、まさか明確に己を付け狙っている『敵』を相手に、無策で向かい合うことは——するかもしれないけれど、周りがそれを許さないだろう。

 

「確実に、護衛はいるでしょうし、もっとすると、道中で人形にされるとか、そういうことだってあり得ます」

 

 西東天に対面するころには、()()()にされた状態で——なんてことも、決してあり得ない仮定ではない。

 

「私もなるべく、そうはならないようにはしますし……あなたは一応、元人間ということですし、家族や恋人を人質にとっているとか、そういう方向性で安全を保証してはみますけれど、それを素直に受け入れられるかは分かりません」

「……むしろそれを素直に受け入れられる方が怖いけどな。何、きみ、そういうことをしそうなやつだって組織の中で思われてるの?」

 

 ツッコミをスルーしつつ、私は話を続ける。

 

「電話に曰く、彼は一応、今は『この世界』にいるみたいです。途中までは、電車とかで行けると思います。……虜囚を連れて電車で移動っていうのもなかなか、間抜けな話ではありますが、まあそれがむしろ、安全の証明にはなるでしょう。問題はそれ以降で、彼はおそらく、十三階段の一段目——一里塚木の実が()()した空間の中にいると思います。その中は完全に相手のホームグラウンドですし、私もついて行けるかは分かりません。はっきりいえば、何が起こるかわからない……いいえ、()()()()()()()()()()()()()、そういう場所へ、行くことになります」

 

 言外に、それでもいいのか——と私は問う。

 身の安全など、一切保証できない。ともすれば、まだしも地獄の方がマシだというべき人外魔境でさえあるだろう。それでもなお、行くのか。私は問うけれど——

 

「構わない」

 

 彼は、頷く。

 

「もともと、そのつもりだよ。何があっても、何が待ち受けていても——僕は貌のない狐に挑む。そのつもりで、僕は奴を探し続けていたんだ」

 

 だから、心配なんて、いらないぜ。

 彼は笑って、そう言った。

 その覚悟に——私は。

 

「分かりました」

 

 小さく頷いて、彼に手を差し出す。

 

「……たとえ何が起こっても、私はあなたの味方です。危険を感じたら、自分の身の安全を優先してください」

「ありがとう。眉美ちゃんは優しいな。でも、大丈夫だ」

 

 僕は——不死身の怪談百面相だから。

 そんな風に彼はどこか寂しそうに言って、結局、私の手を握り返してはくれなかった。

 

 

 

 23 怪談百面相を連行せよ!

 

 

 

 駅は少し混んでいた。時間帯もあるだろう。ちょうど、帰宅ラッシュの時間だ。人口密集地帯と言うわけでもないから、ホームに人が鮨詰めなんてことはないけれど、しかしそれなりに多く、人はいる。

 

 電車が来るのは少し先らしい。

 

『迎えを寄越しても良かったが』

 

 電話の向こうで、狐さんはそんなことを言った。

 

「別にいいですよ。わざわざそのために、他の人に来てもらうのも悪いですしね。怪談百面相一人くらい、私一人で運べますよ」

『『怪談百面相一人くらい、私一人でも運べますよ』ね。ふん、どうやら本当に、牙を抜かれちまったらしいな……いや、人質を取った、って話だったか。この場合、お前をよくやったと褒めるべきなんだろうな』

 

 彼は面白くなさそうに言った。なんだ、そんなに私を褒めるのが嫌か。

 

『そういうわけじゃないがな。まあ、いい。上手くいっているのなら、それに越したことはない。せいぜい、道中気を付けろよ』

 

 なんて言って、彼は電話を切った。

 私は電話をポケットにしまって、少し離れた乗車位置の先頭で場所を取ってくれていた怪談百面相の元へと戻る。割り込みで、ちょっとマナー違反かもしれないけれど、座席争奪戦には不参加とするので、それでなんとか許して欲しい。

 

「すいません、お待たせしました。急な電話だったもので」

「いや、構わないぜ。狐さんからの電話だったんだろう?」

「ええ。でも、たいした話はなかったですね。品行方正な私が人質を取るという卑怯な戦法を取ったと言う話はあまりに荒唐無稽だったせいかなかなか信じてはもらえませんでしたが」

「それにしては電話時間が短かったようだけど」

 

 ツッコミを無視しつつ、私は彼の隣に並んだ。

 

「それにしてもさ、君も度胸があるよな」

 

 彼は言った。

 

「度胸、というのは?」

「言っちゃなんだけど、目も見えないのにぼく一人を捕まえるためだけに方々で怪談探しなんてさ、なかなかできることじゃないぜ」

 

 言われて、振り返れば確かに、無茶をしたものだなと思う。

 

「あー、まあ確かに、空振りも多かったとは言え、あたりを引いた時は大変でしたね。哲人Qの時も、百面相さんに助けてもらえなかったら死んでたと思います」

「……本当、無茶するね、マユミちゃん」

 

 もうちょっと、自分の命は大切にしたほうがいいぜ、なんて彼は言う。不死身の彼から言われると、なかなか重たい言葉だ。

 

「まあ、その無茶のおかげで百面相さんと出会ったわけですしね。これでようやく——」

 

 ようやく。

 

「団長を取り戻す第一歩を、踏み出せる」

「……大切なんだな、団長さんのこと」

「まあ、あれでも一応、私の恩人ですからね」

 

 人生の全てに絶望していたこの私に、輝く星を与えてくれた。

 今でも。

 私に取って彼は、光り輝く道標だ。

 

「ちょっと恥ずかしいですけど、ま、あいつらのためなら、命をかけるくらいは惜しくないですし——」

 

 狐さんに——西東天に反旗を翻すことだって、怖くはない。

 私は言った。

 

「西東天に反旗を、か」

 

 彼は感慨深げに言った。

 

「マユミちゃんはつまり、そのために十三階段に潜り込んでた——んだよな?」

「ええ」

「それでも仮にも、十三階段としてそれなりの時間、在籍していたわけじゃないか。少し嫌な話かもしれないが——仲間に情が湧いたりとか、そう言うことってないのか?」

 

 本当の意味で、敵対できるのか? なんて彼は問うけれど、答えなんて初めから決まっている。

 

「できますよ。初めから彼らは、私の敵だ」

 

 ……無論、全く情がないってことはない。たとえばるれろさんなんかと戦うことになったら、私はきっと苦しむんだと思う。思うけれど、それでも——

 

「それでも私は、戦わなくちゃいけないんです」

「団長さんのために?」

「はい」

 

 私が頷けば、彼は「そうか」と小さく返す。

 

「むしろ、その、何度も聞くことになりますけど、百面相さんの方こそ大丈夫ですか?」

「大丈夫ってのは?」

「その、百面相さんに、一番危険なところを任せることになるわけじゃないですか。西東天の生け取り——敵の本丸でそれを成功させようって言うのは本当に、本当に難しいことだと思います」

 

 たとえ不死身であるのだとしても、身の安全が保証できないほどに。

 私は改めていうけれど——

 

「大丈夫だよ、ぼくは」

 

 彼は言って、小さく笑う。

 同時、電車の接近を知らせるアナウンスが聞こえた。

 

「……いや、でも少しだけ不安かもな」

「っ、やっぱり——」

「だから、そうだね、マユミちゃんがぼくにくっついて、勇気を分けてくれたら大丈夫になれるかも」

 

 そんなことを言われて、私は思わずずっこけそうになる。

 

「……ちょいちょい思ってましたけど、百面相さん——ロリコンですよね?」

「おいおい、人に冤罪をかけるのも大概にしてくれよ。ぼくがいつどこで女子中学生の未発達な肉体に興奮するなんて言ったんだい?」

「いやもうそれ自白したようなもんでしょ」

 

 未発達な肉体、なんて普通の人間は使わない。ロリコン御用達の不適切ワードだ。

 

「マジかよ」

「マジですよ、マジマジ、大マジです。価値観のアップデート、した方がいいですよ」

 

 言われて、まあ確かに、世代が違うからな——なんて彼は言う。

 そんな彼に、私は。

 

「仕方ないですね、ちょっとだけですよ」

 

 言って、ぽすりと、その腕の中に収まってやる。

 抱き返しはしないけれど、抱きしめるくらいはさせてあげようと言うサービス精神だ。

 

「勇気、出ましたか?」

 

 私が問えば、彼は「……ああ、ありがとう」なんて小さく礼を言う。

 

『まもなく——まもなく、××行き——××行き、電車が——電車が——参ります』

 

 輪唱するようなアナウンス。もうまもなく、電車が来る。

 

「これで——万全だ」

 

 怪談百面相のその言葉を聞いて、私は頷く。良かった。少し恥ずかしかったが、効果はあったらしい。

 

「はい、それじゃ、もう終わりです」

 

 電車の間もない到着を知らせるメロディが鳴りく中、私は言って、線路へと向けて振り返り——

 

「——え?」

 

 

 

 どん、と。

 

 その背を——強く押される。

 

 

 

 ホームの乗車位置。落下防止柵なんてない、片田舎の電車のホーム。先頭に立っていた私は、背後から押されれば——当然のように、線路へと落下する。

 

 一瞬の浮遊感。後——叩きつけられる体。受け身なんて取れるはずもなく、私は地面に叩きつけられた。がちん、と脳内で火花が散る。どうやら、頭を打ったらしい。

 

「え——なんで——」

 

 見えない。何も、見えない。自分がどこにいるのか、どこに逃げれば助かるのか。何もかもが見えない中、私は問いかけて——

 

「どうしてですか、百面相さん!」

 

 私の背を押したのは——怪談百面相だ。

 だって、そうだろう。私は直前まで、彼の腕の中で抱かれていて——

 

「残念」

 

 なんて声が——頭上から振り落ちる。

 それは。

 それは怪談百面相の声とは、()()()()()()()()()()()()

 

「君はもっと、身内を警戒するべきだった」

 

 あらゆる意味で——と彼は言う。

 

()()()()には、心強い味方がいたじゃあないか。人間の体を——その声帯をさえ作り替えられる、心強い()()()()()が」

 

 その存在を知っておいて——入れ替わりを疑わないのは、怠慢だろう。

 

 彼は言う。怪談百面相ではない、彼は。

 

 しかし、でも、だって、入れ替わる隙なんて、いつあった? 怪談百面相、彼とはずっと、ずっと一緒にいて——いや、違う。電話だ。狐さんからの電話をとった時——私は彼から離れていた。その隙に——入れ替わられた? でも、どうやって——と、そこまで考えて、私は気付く。ホームから人が転落したと言うのに——ホーム上から、騒ぎの声が聞こえない。まさか誰も彼もが人が死んでもなんとも思わない薄情ものだなんてわけがない。そう、これは、騒ぎが聞こえないんじゃなくて、きっと、()()()()()()()。心強い仲間は、一人じゃない。()()()()()。一里塚木の実が、一枚噛んでいるとしたら。彼女の空間制作によって、私と百面相が分断されたのだとしたら——いきなり人が消えても、()()()()()()()()()()

 

「真実に辿り着いたみたいだね。おめでとう」

 

 警笛の音色が、響く。電車はもう、すぐそこに迫っている。

 

 彼は小さく、拍手をする。なんの感情もなく、ただ純粋に、小さな吉事を祝うかのように。

 

 彼は、彼は、彼は——

 

「お——()()()()()!」

 

 私は。

 私は問う。

 おそらくは、人生最後となるだろう問いを。

 列車が、迫る。

 迫る中。

 彼は。

 彼は——

 

 

 

「ぼくの名前は————串中(くしなか)弔士(ちょうし)()()()()()()()()、串中弔士」

 

 

 

 名前に一本筋が通った男と覚えてください——

 

 

 

 そんな言葉を、最後に聞いて。

 私はホームに侵入してきた電車に轢かれ、その体をバラバラに引き裂かれた。

 

 

 





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