24 夢のような
気が付けば、死んだはずの私は誰かの腕の中に抱かれていた。
硬い布地の下に感じる、薄い肉付き。ともすれば頼りなく、弱々しくさえ感じるそれだけれど——なぜか。なぜか私は、それに酷く安心している。だって、そうだ。そうなのだ。その腕はこの世の何よりも弱くて——けれど、だからこそ。その心は、誰よりも強く——
「『——「
————『その物語を』『
呟くように、囁かれる言葉。
優しげで、頼りなく、弱々しくて、悍ましい。
この世の何より信頼できない、混沌よりも這い寄るその声は、けれど私にとっては、なぜだか酷く、安心を呼ぶ声に聞こえる。
「『まったく』『眉美ちゃんにも困ったもんだぜ』『僕のいないところで勝手に死んじゃうなんて』『悪い子だ』」
彼は言って、小さく笑う。そう、そうだ。私は死んだ。死んだ——はずだ。電車に轢かれ、その体をどうしようもなくバラバラに引き裂かれて、原型すら留めぬ程に死に果てたはずだ。
それが——
「『おかげで』『
——生きている。
聞くところによれば——その死を、なかったことにされて。
そんなことが、できるのか。
そんなことが、あり得るのか?
そんなことが、できると言うのならば。
それができる彼は、一体。
「あなたは……誰?」
私が問えば、彼はくすりと寂しそうに笑う。
「『嫌だなぁ眉美ちゃん』『友達の名前を忘れるなんて』『酷いぜ』『でもまあ仕方ない』『それだって今は』『なかったことになっていることだしね』」
でも——
「『「
もしくはいらないお世話とも言うけれど——なんて言って、彼は私の目に、ほんの一瞬手をかざし——
「——あ」
光が。
光が、差し込む。
全てが。
私の目に、全てが、流れ込んでくる。
見える。
見える。
見える、見える、見える。
目が——見える。
遠く透き通る、青い空が見える。雲を切り裂いて飛ぶ、翼を広げた鳥の姿が見える。極彩色に積み上がる、無秩序な街の形が見える。あつらえられた舞台のように人のいない、静けさの満ちる駅のホームが見える。
そして——私を抱き抱える、一人の青年の姿が見える。
線の細い、どこにでもいるような、普通の青年。
そのように見えて、けれど違う。それは彼の纏う、圧倒的な『負』の気配が教えてくれる。
そう、その彼はこの世の誰よりも負けていて——けれどそれゆえに。
彼はいつだって、この世の全てに立ち向かい続けた勇者であって——
「『や』『眉美ちゃん』『久しぶり』」
そんな風にはにかむ、彼の名は——
「スカートつまみ先輩……!」
「『違うよ』」
彼の持つ恐ろしき性癖にちなんだ呼び名を呼べば、けれど彼は首を振った。いやまあ、わかってる。流石にこの場面ではふざけすぎ——
「『今の僕はもう』『スカートつまみなんて低レベルな性癖に興味はないよ』」
違うって
「『最新の僕はもはや』『女子が服を着ているだけで興奮できる』」
全ての女子の脅威とすら言うべき恐ろしい告白をしてくれた彼を、改めてそう呼ぶのは嫌だったけど、しかし私はその恐ろしい性癖暴露大会から話を逸らすためにも、彼の名を呼ぶ。
「ふざけすぎですよ——
そう、彼こそは。
彼こそはまさしく——球磨川
団長を失い、仲間との連絡も取れず、孤立無縁の中、もがいていた私に——手を差し伸べ、そして道を指し示してくれた人。
たった二人だけの——世界の終わりに立ち向かうための同盟。その大切な片割れ。
どうして、それを忘れていたんだろう。
その理由すらも思い出せないけれど、ただ、今は——再び出会えたことが、嬉しくて。
「助けに来るのが、遅いんですよ……!」
私はその胸に縋り付いて言う。流れる涙が取り戻した光を再びぼかして、けれどそれももう、気にはならない。
「今までどこ行ってたんですか、球磨川先輩」
「『ごめんね』『眉美ちゃん』『僕も今は』『正体を知られるわけにはいかない身なんだ』『それだから』『君にも寂しい思いをさせてしまった』」
彼は言いながら、縋り付く私の頭を撫でてくれる。
「『せっかくの再会だけれど』『僕はまだ』『表舞台に立つわけにはいかなくてね』『今は一話限りの』『ゲストキャラだと思って欲しい』」
彼は言って、私の目を覗き込む。かつて五つの星をその内側に刻み、焼き切れたはずの私の瞳を。
「『君の瞳についても』『全てを無かったことにできたわけじゃない』『君の瞳に焼きついた星は』『よほど強い想いが込められているらしいね』『思わず僕も妬いちゃいそうなくらいに』『だからこの邂逅は』『君の瞳が再び閉じるまでの』『小さな夢のようなものだ』」
手短に、伝えるべきことを伝えよう——彼は言って、私の手を握る。
「『怪談百面相を見つけたのはお手柄だ』『彼の存在は』『「
だからこそ——
「『それを十三階段に——』『
彼は語る。厳しい瞳で、真剣に。
「『西東天本人はともかく』『その第一の部下である木の実ちゃんは抜け目ない』『君が怪人百面相を捕まえたとなれば』『必ず万全の警戒を敷く』『伊達に十三階段の一段目を担ってはいないと言うことだ』『西東天に近づく危険を見逃すほど』『愚かじゃあいてくれない』『君が怪談百面相を捉えたとなれば』『逆に君が怪談百面相に利用されている可能性を必ず考える』『そしてそれを必ず確かめようとする』『実態はさらにその上を行くわけだけれど』『君は初めから』『西東天の敵であるわけだけれど』『露呈すると言う意味では変わらない』」
さすがは策士以前の伝説だよ——なんて言って、彼は肩をすくめる。
「『現状では僕たちに勝ち目はない』『怪談百面相を味方につけて』『僕も正体がバレることを厭わず表舞台に立って』『君が全面的に協力をしたとしても』『西東天には至れない』」
彼は絶望的な未来予測を語る。でも、じゃあ、それだったら——
「私たちに、勝つ方法はないってことですか?」
「『いいや』『ある』」
私の悲観を、けれど彼は否定する。
「『勝つ方法はある』『けれどそのためには』『役者がまだ足りていない』『僕たち三人きりじゃあ』『「
だから——それが揃うまで。
僕たちはまだ、地下に潜んでいなければならない。
苦しくとも。
辛くとも。
惨めでも。
情けなくても。
耐えて耐えて、耐え続けなくちゃいけない——
彼は言う。
「『怪談百面相には』『逃げられたということにするんだ』『その上で』『繋がりだけは保つ』『来たるべき日のために』『縁だけを紡ぐ』『それは君にしかできないことなんだよ』『眉美ちゃん』」
光輝く星を見つけ、それを繋いで星座を描くのは、君の仕事だ。
微笑みかけられて、私は。
「……わかりました」
頷く。
そうだ、私には責任がある。
あの日、落ちた星を再び見つけたこの私には、責任がある。
この世界には、輝くものがあるのだと。
人は誰しも、輝くものなのだと。
この世界は——終わらせるには、美しすぎるのだと。
そう証明する、義務がある。
だから私は、立ち止まってなんていられない。
苦しくても、逃げ出すことなんてできやしない。
いつか再び、胸を張って彼らと出会うために。
そしてあの小五郎に——今度は私が、手を差し伸べるために。
私はいつだって——美しく。
少年のように希望を忘れず。。
探偵のように真実を見抜き。
同じ志を持つ者たちと
それがこの私——美少年探偵団の一員、『美観のマユミ』だ。
「『……また』『君をひとりぼっちにしてしまうことになる』」
それでも、大丈夫かい?
彼は問う。
私は——
「大丈夫です」
私はきっと、一人じゃないから——
と、確かに頷く。
少年のように、美しく。
「『やれやれ』『君は強いね』『眉美ちゃん』『この分じゃあよっぽど』『僕の方が寂しがりやだ』」
また勝てなかった——なんて。
言う彼の顔が、薄く、暗く、影に落ち——
「……そろそろみたいです」
私は、夢の終わりを悟った。
「『そっか』『またしばらく』『会えなくなるね』『けれどそれでも』『遠く離れていても』『僕たちは——』」
「友達、ですよね」
に、と。
私は笑顔を作って、言って見せた。
「『……本当』『君には勝てないぜ』」
そんな風に微笑む彼の顔が——見えなくて。
私はそれを、酷く残念に思った。
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