美少年百面相   作:忘旗かんばせ

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映像の魔人 1

 

 

 

 4 レンタルビデオ

 

 

 

 いや今時映画を見るのにレンタルビデオ屋なんか行かないだろ、なんてツッコミを放置したのは別に私がるれろさんにビビったとかそんな理由では全くない。

 

 私の認識するところの現代では見放題のサブスクリプションサービスに押されて残念ながら絶滅してしまったレンタルビデオ業だけれど、しかし私が今いる世界の『今時』ではまだしもギリギリ現役であったりする。なぜだか私の知るそれに比べて、同じ年代でも明らかにIT技術が発展しているこの世界では、たぶん私が知るよりも遥かに早く駆逐されてしまうことが、すでに目に見えた斜陽産業とはなっているけれど……それでもまだ、その未来は訪れる前で、レンタルビデオ店は旧作映画を見る時の選択肢として配信サービスと同時にその名が上がる程度には、まだ勢力を残している。この『今時』には。

 

 私自身、何を言っているのかわからないけれど、ともかくつまり、覚えておいてほしいことは、『世界とは一つではない』ということだ。分かりやすく言えば、今流行りの(私の認識上では)マルチバースってやつ。実際には色々と違うんだけれど、大体はそんなもんだと思ってもらえればいい。私の敬愛してやまない上司であるところの狐さんに言わせてみせれば——『越境交差(フェイドクロスオーバー)』だったか。あるのは複数の世界ではなく複数の物語だ、とかなんとか訳のわからないことを言っていたけれど……。まあ、その辺りのことはどうでもいいだろう。今時(これは私の認識するところの、でもこの世界の、でも同じ。もちろん読者の皆さんの、でも)、物語の冒頭で世界の成り立ちを説明するような作品がウケる時代ではなくなっている。悲しいことに。

 

 大切なのは、つまりこの物語の時間軸でいうところの『今』には、レンタルビデオ店はまだまだ現役であるということ。それさえわかっていれば、他は全部忘れてくれていい。

 

 そんなわけで、私はレンタルビデオ店にやって来ていた。

 斜陽にあれど、しかしいまだに元気一杯。所狭しとDVDやブルーレイが立ち並ぶその店は(いまだに現役、なんて言いはしたけれど、思えばレンタル『ビデオ』店ではもうすでになくなっている)、私にとっては馴染みがあるとは言えないそれで、なんだかちょっぴりテンションが上がってしまう。あるよね、こう、ちょっと昔の漫画とかでしか出てこない概念に憧れることって。ポケベルとか、駄菓子屋とか、新宿駅の伝言板とか、そういうやつ。

 

 世代的なものによるのか世界的なものによるのか、店内の客たちが話題に出すのは知らない作品ばかりだ。かかってるBGMも、たぶん流行りの音楽なんだろうけれど全然わからない。ある意味、とても新鮮だ。

 

 思わず何か流行りの作品でもと手を伸ばしてしまいそうだけれど、しかし私は首を振って誘惑を振り払う。私は楽しい映画鑑賞をするためにここに来たわけじゃない。私はここに——怪談を捕らえに来たのだから。

 

 怪談を。

 あるいは怪異を——化け物を。

 私は捕らえに、やって来たのだ。

 

「それで、どこでしたっけ、るれろさん」

「あんた、あたしを便利に使いすぎさ」

「いいじゃないですか。私とるれろさんの仲でしょ」

「敵同士ってことかい?」

 

 当たりが強すぎるだろ。

 せめて他人同士くらいでとどめてほしい。

 敵同士って……立場的には、同じ上司に仕える部下なのに。

 

「狐さんの手前、生かしてやってるだけさ」

 

 まさかの命拾いだった。立場上味方同士であることで、かろうじて命を繋いでいたとは……いやいや、どれだけ恨みを買ってるんだ、私。そんな悪いことした覚えはないぞ。

 

「そりゃそうさ。あんたは基本、狐さんのいうことを聞かないんだから。良いことも悪いこともそれ以外のことも、あんたは何にもやらないさ」

「いやいや、私だって十回に一回くらいは言うこと聞いてますよ」

「語るに落ちてるさ」

 

 るれろさんはため息を吐く。どうやら、私の『やれと言われるとやりたくなくなる』癖が、るれろさんとの間に溝を作ってしまっていたらしい。まあ、彼女は狐さんの熱烈なシンパだからなぁ……不真面目な同僚が気に入らないのは、仕方のないところだろう。

 

「まあ良いさ、狐さんからの指令を円滑に進めるためさ。協力くらいは、してやるさ」

「あ、言いましたね。言質取りましたよ。言ったからには協力してもらいますからねるれろさん」

「なんでそう前言を撤回したくなるような言い方をするんだい?」

 

 困惑したような声色で、るれろさんは言った。しまった、隙を見せられたからつい付け入る姿勢を取ってしまった。

 

「隙を見せた相手に反射的に付け入ろうとするのはもう人間のクズの所業さ」

「よく言われます」

「言われちゃダメだろう」

 

 突っ込まれた。至極真っ当に。語尾すらなく。

 

「もう良いから、さっさと探すさ。件の——()()()()()()ってやつを」

 

 言って、彼女は私の手を引いて歩き出す。

 

 ずんずんと進む彼女に歩幅がおっつかず小走りになりながらも、私は思い直す。

 

 そう、私はここに——呪いのビデオを探しに来たのだ。

 

 

 

 5 怪談『映像の魔人』

 

 

 

 ビデオデッキには触ったことのない世代であるところのこの私にしたところで、さすがに『リング』は知っている。

 

 大元の小説を読んだことはないし、なんなら有名な映画だって見たことはないんだけれど、しかしそれでも、おそらくは皿屋敷のお菊さんと日本一有名な幽霊の座を争うだろう有名人(有名霊?)の『貞子』の概念に関しては、さすがの私も知り及んでいる。

 

 映像を見たものを七日後に呪い殺すという、いわゆる『呪いのビデオ』——そこに宿る幽霊の存在は、日本国民ならば誰もが知っているとさえ言っても過言ではないだろう。

 

 というわけで、今私が探しているのはもちろんのこと映画版『リング』のDVD——なんてはずがあるわけがない。

 

 何度もいうが、楽しい映画鑑賞をするためにここに来たわけではないのだ、私たちは。

 

 私たちが求めるのは子供でも安心してご覧になれる作り物のホラーではなく——本物の怪談なのだ。

 

 日本某所。某県某市某町のレンタルビデオショップ——『ブロンズ』。

 

 向かう先はレンタルビデオ屋ではない、と言い切ったるれろさんが、しかしその後に注釈として付け加えたように。

 

 この店には——()()()()()()がある。

 

 レンタルビデオショップ『ブロンズ』。その名称からしても分かる通り、いわゆる大手チェーンのレンタルビデオ店ではなく、個人経営の、こぢんまりとしたレンタルビデオ店だ。

 

 そういう事情があってのことだろう、店内にはDVDやブルーレイといった薄型ディスクの映像資料だけではなく、現代ではとっくの昔に絶滅したはずのビデオカセットが、いまだに現役で並んでいる。

 

 もちろん流石に、DVDやブルーレイと肩を並べてとまでは行かなくて、店の隅っこにせせこましく、おそらくはDVD化やブルーレイ化がされていないような古い映像作品のそれらが、所狭しと詰め込まれている。

 

 そんな中に——一つ。

 

 ()()()()()()がある、なんて噂が——近年、実しやかに語られている。

 

「えっと、一番左の棚の、下から三列目、右から二番目……でしたっけ」

 

 私は言いながら、るれろさんと共に棚へと手を伸ばす。

 

 奇妙なビデオ、とは言っても、ビデオ自体が何か特殊なそれというわけではない。ビデオカセットが並べられた三つの棚の内、一番左。下から三列目、右から二番目。たった今私が語ったその場所には、一本のビデオが置いてある。良かった、すでに借りられているということはないらしい。手に取れば、経年劣化だろうか。背に刻まれたタイトルは掠れきって、ざらざらの手触りだが、それでも判別可能なくらいには有名な古典映画。おそらくはDVD化もブルーレイ化もされているだろうに、なぜかビデオで置かれたそれがこそ——お目当ての、『呪いのビデオ』だ。

 

「ここに——本当にいるんですかね、『映像の魔人』が」

 

 私の呟きに、るれろさんは「さあね」と興味なさげに返すばかりだった。

 

『映像の魔人』——それこそが、その怪談のタイトルだった。

 

 曰くして、レンタルビデオショップ『ブロンズ』の、そのうらぶれたビデオカセットコーナーの、左端の棚、下から三列目、右から二番目。そこに置かれたビデオには——『魔人』が映り込んでいる。

 

 その魔人は冥界からの使者であり、その姿を見たものは魂が死に近づき、必ず自殺してしまうのだ、と。

 

 怪談では、そう語られていた。

 

 ……ぶっちゃけ、言うほど怪談か? って感じだ。別に、怖くはない。いやそりゃ、見たら自殺させられるって言うんならそんなもん、たまったもんじゃあないけれど、しかしなんというか、それだけだ。いわゆる怪談と呼ばれるホラーにありがちな、おどろおどろしさとか、不気味さとか、そういうものが特にない。魔人の姿を見たものは死んでしまう。ただそれだけの、なんの捻りもないお話で——だから特異なのは、その話の異様なまでの()()()だった。

 

 某県某市某町にある、レンタルビデオショップ『ブロンズ』。具体的な店名が堂々と刻まれていて、ビデオの置かれた場所までもが赤裸々に開示されている。

 

 普通、この手の怪談では、場所はぼかされがちなものだ。

 それはなぜかって、場所がわかってしまっていたら、実際にその場所に行く人間が必ず出るからである。

 そして、そこで実際に怪談で語られる通りのことが起こらなければ、『なーんだ嘘じゃん』で終わってしまう。

 

 だからこそ、基本的に、()()()()()()では場所は伏されるのが自然なことで——逆説。

 

 場所が明かされているのならば——その怪談は、『本物』なのかもしれない——

 

「なんて、そこまで上手い話はないだろうさ」

 

 るれろさんは言う。

 

「ネットの噂なんて、話半分どころか十分の一もいいところだろう。大体、視聴者が必ず自殺するって言うんなら、その噂は誰が広めたってのさ」

「自殺した人の親族や友人、ってのが妥当なところじゃないですか? まあ、その場合どうやってビデオが原因だって突き止めたのかは疑問なところですけど」

 

 実際——

 

「ネットの書き込みは、そんな感じですよ。話半分、十分の一と考えても、そのうちいくつかは、本当なんじゃないですか?」

 

 最近まで持ったことがなかったスマートフォンの画面を、るれろさんに見せる。……ビデオカセットとスマートフォンが同じ時代にあるの、考証の甘い時代劇みたいだな。たかだか十年かそこらしか違わないんだし、同じ時代のもんだろ、みたいな。この世界、本当、IT関連の進歩が異常に早い。早すぎて、取り残されている層と使いこなしている層との分断が心配になる。最近まで後者側の人間だった身からすれば特に。

 

 私の手からスマホを奪い取った彼女は、適当に画面内をスクロールしていく。そして、苦虫を噛み潰したような声を出した。

 

「……ああ、確かに、こりゃ本物さね」

「信憑性の高い体験談、ありました?」

「あったよ。体験談っていうか、目撃証言だけどね」

 

 画像だよ、と彼女はややテンションの下がった声で言う。

 

「見なくて良かったさ。あんたみたいな子供にとっちゃ、見ていて気分のいいもんじゃない」

 

 あくまでも平坦に、ではあるけれど、しかし僅かな気遣いと共に、るれろさんは言う。それは、つまり——

 

「……自殺者の?」

 

 私が問えば、小さく頷く気配。

 

「そう、()()()()()さ……伽藍堂の部屋で、一人首吊り。ま、ありふれちゃいるが、だからと言って愉快な気持ちになる画ではないね」

 

 マジか……いや、怪談の内容的には、そういう被害者がいて然るべきことなわけなんだけれど、しかし実際、本当に「人の死」がそこにあったと突きつけられると、心に来るものがある。

 

 しかし、そうか。私は気付けなかったけれど、そんなものが投稿されていると言うことは、どうやら相当、お行儀の悪いサイトだったらしい。

 

「……少なくとも、自殺者は本当にいるわけですね」

「件の魔人が犯人なのかはわからないけれどね」

 

 犯人、犯人……か。

 思えば、少し変な話にも感じる。映像の魔人とやらは、直接的に被害者を殺すわけではなく、自殺させる。あくまでも間接的に、己の手は汚さず、被害者自身の手によって命を絶たせる。即死でもなく病気にさせるとかでもなく、怪談によくありがちな(そうか?)物理的にありえない死に方をさせるとかでもなく、あくまで自殺。

 

 伽藍堂の部屋で、一人首吊り——

 

 それは、なぜなんだろう?

 

「それこそ、映像だから、じゃないかい? 画面の中から物理的に何かをどうこうするようなことはできないんだろう。せいぜいが、自殺教唆をするぐらいが関の山ってことなんじゃないかい」

「貞子よろしく画面の向こうからこんにちはってわけにはいかない、と」

 

 しかしまあ、そうか。あくまでも映像である、ということなら、少なくとも、わたしが自殺させられる、ってことは、多分ないだろうな。そこは少し、安心できる。

 

「それじゃあるれろさん、これ借りて帰りましょうか。ついでに、帰り道でポップコーンとコーラも買いましょう」

「何楽しい映画鑑賞の準備を整えているのさ。言っておくけれど、私は一緒に見たりなんかしないからね」

「えー、いいじゃないですか、一人で見てもつまんないですし、一緒に見ましょうよ」

「呪いのビデオなんて何人で見たってつまらないだろうさ」

「呪いのビデオって……やだなーるれろさん、本気で信じちゃってるんですか〜?」

「あんただって本気で信じてるからそれを借りるんだろう」

 

 ふざけてないで、とっとと行くさ。彼女は言って、私の手を引く。

 

「えー、こちらビデオですがよろしいですか?」

 

 レジでそう確認を取られるのは、やはりビデオデッキが少数派になっていることの証明だろう。私は「はい」と答えて会計を済まそうとするが——

 

「それでは、会員証の提示お願いします」

 

 と、言われて固まる。

 ああそうか、この手の業態で、見知らぬ人間に「はいどうぞ」といきなりものを貸すことは、そりゃあできないだろう。配信サービスとは違うのだ。借りたら返さなきゃいけないし、貸したなら返してもらわなきゃいけない。そのためにも、相手の身元は確認しておかなきゃ、ということだろう。

 だろうけど——

 

「えーっと」

「あ、お持ちでなかったらここでお作りできますよ」

「お、お願いします」

 

 と、言いつつ。

 しかしこれ、大丈夫なんだろうか。

 私、こっちの世界での戸籍ってあるんだっけ?

 ……まあいいか、お役所じゃあないんだし、戸籍がどうとかまでは確認しないだろう。最低限、所在がわかればそれでいいんだろうし。

 

 出された紙に、私は自分の名前と現在の住所を書く。住所といっても、そこに住んでいるというか、一時の仮拠点として使っているセーフハウスでしかないけれど。十三階段の同僚が用意してくれたそれを、安易に公開してもいいのだろうかという不安はあったが……まあ、レンタルビデオ屋から足がついて困る程度のそれなら、どのみちだろう。

 

「はーい、それじゃあ、会員証お作りしますね……って、中学生さんですか?」

「あ、はい」

「すいません会員証をお作りするのは成年でないといけなくて……そちらのお母様にお願いできませんか?」

「誰がお母様さ」

 

 吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。

 いや、お母様って……るれろさんがそうだとしたら、彼女は小学生くらいで私を産んでいることになるぞ。

 

「ねえママー、会員証作ってー? いいでしょー?」

「あんたみたいな子供を産む羽目になるくらいなら首括って死ぬさ」

「本当に私みたいな子供を産む羽目になった両親だっているんですよ」

 

 うちの両親に謝って欲しい。泣くぞ。私が。

 

「真面目な話、このビデオ、借りれないと困るじゃないですか。私じゃ会員証作れないみたいですし、ね? 狐さんの命令をこなすためだと思って、るれろさん、お願いしますよ」

「全く……なんで私がこんなことをしなきゃいけないんだか……」

 

 ブツクサと文句を言いながらも、るれろさんは会員証を作ってくれた。右下るれろと刻まれたそれを。住所もバッチリセーフハウスのそれだ。

 

 うん、なんていうか……偽名とか、使わないんだ。

 潔いストロングスタイルである。

 

「返却期限一週間となります」

 

 言われながら、袋に入ったビデオを渡される。一週間後には、またこれを返しに来なきゃいけないわけだ。それまでに、目標が達成できるといいんだけど。

 

「……るれろさんこのビデオ、本物だと思います?」

「さあね。本物かどうかはわからないけれど、本物だったらいいとは思うさ」

「怪人百面相が呼べるから?」

「あんたが自殺してくれるから」

 

 どうやらるれろさんからデレを引き出すのは、なかなか難しいことみたいだ。

 





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