美少年百面相   作:忘旗かんばせ

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映像の魔人 2

 

 

 

 6 ビデオ鑑賞

 

 

 

 セーフハウスに戻ったのは、ちょうど日も暮れる頃だった。道中でご飯を食べたり、買い物をしたりしてから帰ったので、そんなところになった。

 

「それじゃあるれろさん、一緒に見ましょうか!」

「一人で死ね」

 

 冷たく言われて、私は悲しい気持ちになった。えーん。せっかくポップコーンとコーラも用意したのに。

 

「そんなもん、本当に買うとは思ってなかったさ。あんた、どんな気分でそのビデオを見るつもりなんだい」

 

 呆れたように言われるけれど、そんなもん面白半分で以外にないだろう。

 

「まあいいですよ。あとでやっぱり一緒に見たいって言っても見せてあげませんからね」

「はいはい。後片付けはしといてやるから、死ぬ前にはできるだけ身綺麗にしておくさ」

「私は死にませんよ」

 

 あなたが好きだからではないが。どんなことがあったって、私は自殺なんかしてやらないぞ。石に齧りついてだって生き残ってやる。クズはしぶといんだ。まともな人間が潔いものであるというバイアスが正確であるかは別として。

 

 セーフハウスは二階建ての一軒家である。一階にはキッチン付きのリビングダイニングがあって、初めはそちらでビデオをみようとおもったのだけれど、拒否されたので仕方なく二階の私室で見ることにする。まあ、テレビはこっちにもあるしね。小さいけど。

 

 テーブルにコーラとポップコーンを配置して、テレビの下に備え付けられていたビデオデッキにビデオを挿入する(入れ方がよくわからなくて苦戦したが、なんとか壊さずクリアできた)。テレビの入力切り替えをして少し待つと、自動的にビデオの再生が始まった。

 

「……今のところ、普通だな」

 

 開始十分。私はビデオに飽き始めていた。いやだって、あまりにも普通なのだ。過去にも見たことのある映画だからわかるけれど、今のところ、おかしなことは起こっていない。登場人物はそれぞれが映画の内容に沿ってセリフを演じているし、効果音にだって異変はない。魔人とやらは影も形もなく、普通に映画が進行していた。いや、もしかすれば画面のどこかにひっそりと、気づかない程度に写っていたという可能性はあるが……そんなみみっちい登場しかできないような存在がわざわざ「魔人」なんて呼ばれるか? と思うと、どうにも。

 

 退屈凌ぎにポップコーンを口に放り込みつつ、映画の再生を続ける。魔人、早く出てきてくれないかなー。できるだけ、ド派手な演出付きで。

 

 そんなことを思っていると——

 

「そろそろ死んだかい?」

 

 なんて、部屋の外から声がかけられる。るれろさんだ。

 

「まだですよ。ていうか、死んでたまりますか。今のところ、魔人なんて影も形も、って感じですね。普通に映画が続いてるだけです。途中からになりますけれど、るれろさんも一緒にどうですか?」

「……そうだね。お邪魔させてもらうさ」

 

 お、釣れた。

 

 思っているうちに、るれろさんは部屋の中に入ってきたようで、隣にぎしりと腰掛ける気配がする。

 

「それにしても、あんたよくそんな呑気に見てられるもんさ」

「まあ、そりゃあね。巻き込んでおいてこんなことを言うのもなんですけど、少なくともこのビデオで、私が自殺するってのは絶対あり得ないですから」

「ふぅん、そりゃなんで?」

 

 わかり切ったことを。るれろさんは敢えて問うてくる。暇つぶしに、私は答えた。

 

「思い出しても見てくださいよ。このビデオにまつわる怪談——映像の魔人の内容を」

 

 要約すれば——ビデオに映る『魔人』の姿を見たものは、自殺してしまう。

 それがこの怪談の肝だ。

 

「つまり、あんたはクズだから自殺なんてしない、と」

「それもありますけれどね。まず——条件ですよ」

 

 私は言った。

 自殺をしてしまうと語られるのは——ビデオに映る『魔人』の姿を見たものだけなのだ。

 

「それなら、私が自殺する可能性は、万に一つもないでしょう」

「どうして?」

「るれろさんも意地悪ですねー。こっち側の才能ありますよ」

 

 笑って言って、私は答える。

 

「んなもん——()()()()()()()に決まっているじゃないですか」

 

 そう言って、私は光を映さぬ己の瞳を指さす。

 

 そう、この私——『美眼鏡のマユミ』こと瞳島眉美は、盲目である。

 

 生まれつきのそれ、というわけではなく、後天的な。

 かつて私は、とある事情から自らの視力を失った。失う前には良すぎるくらいだったその視力も、綺麗さっぱり消え失せて、私の瞳は二度と光を映さなくなった。そのこと自体は、別段、辛いこととは思っていない。強がりなんかじゃなく、本心から。失うことはあらかじめわかっていたことだったし。失うことになったのは己の行動ゆえのことだ。そこに後悔はないし、未練だってない。瞳の先が暗闇に閉じたとしても、かつて見た輝きが消えるわけじゃないんだから——と、過去を振り返るのはほどほどにしておいて、ともかく。

 

 私は盲目であり、それゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()。音は聞こえども、映像は見えない。それゆえに、仮に映像の魔人とやらが登場したとしても、私はその姿を見ることができないのだ。

 

「だからこそ、私が自殺することはありえないんですよ」

 

 得意げに言って、私はふふんと鼻を鳴らす。数ある怪談の中からわざわざこの怪談を選んだのは、何も場所が具体的だったからというだけではなく、確実に安全であるとわかっていたからだったのだ。

 

「確実に安全、ね」

 

 そんな風に独りごちるるれろさんに、私は「ええ」と頷く。

 

「姿を見れない以上は、映像の魔人とやらも私のことを自殺させることは出来ないでしょう」

 

 それに、だ。

 

「多分この怪談、()()()()()()()

 

 言えば、隣のるれろさんはさして動揺した風もなく「どういうことさ?」と問いかけてくる。うーん、もうちょっと驚いてくれると思ったんだけれど。

 

「ま、私もちゃんと気付いたのは映画を再生し始めてから、なんですけどね」

 

 この怪談、おかしなところが多いのだ。

 

「るれろさんは、ビデオを借りるとき被害者が自殺してるっていうのなら体験談は誰が広めたのか? って言うところに注目してましたけれどね。しかしそれで言うなら、注目しなければいけないところは、もっと別にあるんですよ」

 

 それも大きく、巨大な陥穽が。

 

「それは?」

「それはもちろん——被害者が自殺をしたのなら、()()()()()()()()()()()、ですよ」

 

 見たものは必ず自殺してしまうビデオ——そんなものがもし本当にあったなら、どうやってビデオが返却されると言うのだ?

 

「まさか死んだ人間がむくりと起き上がってビデオを返しにいくだなんてことはないですからね。死んだら死にっぱなし。ビデオもそこに置きっぱなしです」

「だからこそ、こんな怪談は嘘っぱちだ、と? しかし、自殺者は実際にいるじゃあないか」

「ええ、居ますねぇ。()()()()()、この怪談は嘘っぱちなんですよ」

 

 冷静に考えてみよう。

 見れば必ず自殺してしまうビデオ。

 そんなビデオ、誰が借りる?

 

「その答えは——()()()()()()()ですよ」

 

 考えても見てほしい。この怪談、オチは見た人間が自殺することだけなのだ。それまでの部分に、怖い部分はそんなにない。映像の魔人が現れるとは言うが、それだけだ。画面の中に映るだけで、何をしてくるわけでもない。怖いもの見たさの人間にとっては、大して面白くもない怪談なのだ。

 だからこそ——

 

「このビデオを借りるのは、()()()()()()()()()()()なんですよ」

 

 自殺というのは、凄まじい勇気がいる。

 

 なにせ、自分を殺すのだ。他の誰でもない、宇宙で一番大切な存在である、自分自身を殺して——死ななくてはならない。どれほど重たい動機があったとしても、人間が生命体である以上は、自分を殺すという恐怖を乗り越えるには凄まじいエネルギーが必要となる。

 

「だからこそ、それを外部委託できたなら、楽ですよね」

 

 人間は楽をしたがる生き物だ。

 

 高きから低きに。苦から楽に。困難から容易に。流れ流れる生き物だ。

 だからこそ、自殺だって。

 苦しく死ぬより、楽に死にたい。

 

「自殺をしたいけれどあと一歩その勇気が出ない——そんな人が藁をも縋るつもりで、このビデオを——見れば自殺できるというビデオを、見ていたんじゃないか、と。私はそう推理するわけです」

 

 語って見せれば、けれどるれろさんに納得した気配はない。

 

「それは筋が通ってる考察かもしれないさ。けれど、あんたが最初に提議した疑問の答えには——誰がビデオを返却しているのかという疑問の答えには、なっていないじゃないのさ」

 

 その言葉に、私は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。

 

「ええ。ですから、誰もビデオは返却していないんです」

 

 ビデオは——

 

「回収されたんですよ」

「……そりゃ誰に?」

「もちろん——レンタルビデオショップ『ブロンズ』の店員に」

 

 おそらくですが、店長でしょうね、と私は補足する。

 

「このビデオ、わざわざ借りる人間は相当少ないはずです。DVD化もされている有名作ですしね。だからこそ、先も言った通り、これをわざわざ借りるのは、怪談の存在を聞きつけてやってきた人間——転じて言えば、自殺志願者です」

 

 ゆえにこそ——

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 返却期限は一週間。

 自殺をするためにビデオを借りるような客の、決心がつくには、十分な時間であるだろう。

 

「自殺している——から、なんだい? 自殺していたら、なおさらビデオの回収なんて——」

「できるんですよ。()()()()()()

 

 その言葉に——今度こそるれろさんは口をつぐむ。

 

「……それは、つまり——」

()()()、ってことです」

 

 私は告げた。

 そう、レンタルビデオショップ『ブロンズ』は——自殺者の住居に、空き巣に入っているのだ。

 

「私たちも、ビデオを借りるときに作ったじゃないですか、会員証を」

 

 ご丁寧にも住所や名前といった個人情報を、びっしりと書き連ねて。

 

「『呪いのビデオ』を借りた客は、自殺を考えている可能性が高い。期限までに返却がなされなかったなら、その考えは成就したと考えてもいいだろう。そうなったら、あとは簡単ですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()借主の部屋に踏み込んで、ビデオを回収する。そのついでに、家財なんかも、行き掛けの駄賃に」

 

 それが——『伽藍堂の部屋で一人首吊り』の正体だ。

 

「しかし、鍵はどうする?」

「中に人がいないとわかってれば、時間だってかけ放題ですから、普通にピッキングしたんでしょう。空き巣の一番難しいところは、人がいない時間の下調べらしいですからね。そこをショートカットできたなら、成功率は跳ね上がる」

 

 そういう()()で、レンタルビデオショップ『ブロンズ』は、空き巣を成功させてきたのだろう。

 

「だからこそ、この怪談は作り話なんですよ。所詮、空き巣に利用するために作り上げられたでっちあげの捜索。見れば必ず自殺するって風評も、店側が自分から蒔いたんでしょう」

 

 場所が具体的だ、というのも当たり前なのだ。

 場所が具体的でなければ、自殺者がきてくれないのだから。

 場所は克明に、開示しておく必要がある。

 

「そうでもなくちゃ、そんな怪しげな風評が立って、それを放置しておくはずがないでしょう」

 

 店舗の実名が出されているのだ。心当たりがないのなら、名誉毀損で訴えるのが普通である。

 それがなされていない時点で——そういうことなのだろう。

 

「以上が、私の推理です。どうでしょう。少しは楽しめましたかね?」

 

 私が問えば——るれろさんは「そうだね」と頷く。

 

「概ねは、正しいだろう。『ブロンズ』の店長は自ら噂を流していたし、多くのとまでは言えないが、それなりに自殺者がやってきては、ビデオを借りて死んで行った。店長は家財を売り払って、私服を肥やしていた」

 

 しかし——

 ()()()()

 

「二点、間違っていることがある。初め、このビデオを借りた客が自殺したのは、偶然だったんだ。店長は未返却のビデオを回収するために借主の住所に出向いて、そして死体と対面した。きっかけは、偶然でしかなかった。空き巣ビジネスは、その偶然から思いつかれたものだったんだ」

 

 そしてもう一つ。

 

「君は怪談を作り話だと言った。確かに、大部分は作り話だったのだろう。しかし——おかしいとは思わなかっただろうか? 自殺をさせてくれるビデオというだけなら、わざわざ『映像の魔人』なんて存在を登場させる必要がないことに」

 

 ——なぜ、人は『映像の魔人』なんて怪談を語ったのだろう?

 

 問いかけるその声は、確かにるれろさんのものだ。

 るれろさんのもので——あるはずだ。

 しかし、なぜだろう。

 その言葉には酷く、幾つも、深く、違和感があって——

 

「その答えは——簡単だ」

 

 ふと。

 私は一つの違和感を、思い出した。

 そう言えば、初め。

 この部屋にるれろさんが入ってきた時に——

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「『映像の魔人』は——実在する」

 

 

 

 たとえば、()()()()()

 

 

 

「か——は——……」

 

 喉が、締まる。締められている。両手によって、強く強く、締め上げられている。誰の両手に? るれろさんに、じゃない。るれろさんを騙る何者かにでさえもない。この手は、この両手は——

 

 私の手だ。

 

「 君に 姿を見せられないのが 残念だ 」

 

 声は騙る。それは今や、るれろさんのそれからは遥かに乖離した悍ましい声色になっている。

 

 びょうびょうと、がたがたと、風が吹いている。底冷えするような、冷たい風が。窓など開けていないはずなのに、渦巻くように、とめどなく——

 

「 たとえ始まりが嘘でも 人は死んだ ならば 映像の魔人は居る 居なければならない 」

 

 そうでなくては、死者は報われない——

 

 この世のものとは思えぬ声が、そう叫びを上げる。

 私の手は、意に反して私の首を締め続ける。息ができない。いや、それどころか、脳への血流さえも止まりそうだ。酸欠以前に、血流停止で脳が破壊されてしまう。

 

 まずい、まずいと思うのに、助けが、呼べない——

 遠のく意識、眩む思考、死に沈む肉体。

 私は、私は自ら、自分自身を殺し——

 

「全く、世話が焼けるさ」

 

 バン、と。

 ドアが開け放たれる音が聞こえたかと思えば——ふ、と。

 

 喉が軽くなる。自らの首を締め続けていた両手が、なんの前触れもなく外れ、だらりと垂れ落ちる。

 

 そして次の瞬間——拳を。

 なぜか拳を、構える。

 

「私には見えていないけれど、あんたがそうなっていたということは、多分そこら辺に居るんだろうね」

 

 凛と。澄んで響く声。それは聞き間違えるはずもなく、生き生きと弾む、右下るれろその人の声で——

 

「この宇宙ってのは、相互干渉の法則で成り立っている。つまり、干渉できるなら干渉し返せる。触れられるなら触れ返せるし、操れるなら操り返せる」

 

 この世界ってのは、そういう風にできている——

 

「 …… お前 何者だ ? 」

「ただのしがない人形士さ」

 

 そして、お前を殺すものでもある。

 

「さあ、やってしまいな、マユミ。お前は人間のクズなんだ。相手が人じゃないのは片手落ちだろうが、しかし殴るのは好きだろう?」

 

 なんて、見下げ果てたことを言われてしまった私だったけれど、しかし私は、人を殴るのが好きだなんてそんなことがあるはずもない。だって人を殴ったら——殴り返されてしまうじゃないか。

 

「それじゃあ大丈夫だね」

 

 だって今日に限って言えば——

 

「あんたの体を操るのは、この私なんだから」

 

 殴り返されるような、無様はしないさ。

 

 右下るれろ——人形士。彼女の異能は、人間をあたかも人形のように操り、支配する。その技能の卓越は、怪異なる超常の存在に取り憑かれ、その身を操られている人間をも、その憑依の上から操って見せるほどで——またその熟練は。

 

 暴力のぼの字にも親しまぬ、か弱い女子中学生をも、プロボクサー同然の体捌きに仕立て上げるほどで——

 

「さあ、仕返しを始めようか」

 

 その言葉を皮切りに——ラッシュが始まる。

 私の意思とは関係なく体が動き、そして。

 

 私は生まれて初めて——その拳で、怪異を殴った。

 





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