7 『映像の魔人』の後日談
問い詰めるまでもなく、レンタルビデオショップ『ブロンズ』の店長はあっさりと白状した。
「もう、限界だったんです——」
と。
まるで誰かに暴かれることを待っていたように、彼女は滔々と語り出した。
初めはちょっとした悪戯のつもりだった、という。ビデオの一部分に、ホラー映画のワンシーンをダビングした。わざわざ古いビデオなんかを借りる酔狂な客だ。ちょっと驚かしてやろう、なんて、そんなつまらない悪戯心。それが洒落で済まなくなったのは、だから人が死んだその時だった。
期限を過ぎても返却がない。借主の家を訪れた時、ドアの鍵は開いていて——
『私は映像の魔人を見た』
遺言には、その一行が書かれていたという。
「初めは、だからバレるのが怖かった」
もしも、自殺を店のビデオのせいにされてしまったなら。
そんな風に思った彼女は、現場からビデオと、そして遺書を持ち帰ろうとして——ふと。
机の上に、無造作に置かれた財布が目に入った。
魔が、差した。
そして飲まれた。
「使える……、と。そう思った」
噂を流した。ネット上の掲示板。場末のオカルトサイト。自殺者の集うコミュニティ。
あるいはそれを、くだらないデマだと看破する誰かがいれば、また話も違ったのだろうけれど。
噂は広まり、二人目がやってきた。
「あとはもう、止まれなかった」
自殺者の家から、金目の物を根刮ぎ奪う。そんな空き巣業が、レンタルビデオ業の裏で始まった。
何度だって辞めようと思って、けれど——
「帰ってくるんですよ」
ビデオが。
返却者がやってきたというわけでもないのに——ビデオが。
勝手に、一人でに、棚の定位置に、戻ってくるようになって——
怖くなった。
「だから、こうなって良かったと、本当にそう思っています」
彼女は。
焼け焦げ、使い物にならなくなったビデオテープを受け取りながら、そんな風に言った。
映像の魔人は死んだ。
あるいはあのような存在に、『死』という概念が存在するのかはわからないけれど、少なくとも。
この世界からは、消え去った。
無論、それは私の拳の成すところ——というわけではもちろんなく。作用反作用の法則——怪異に関わられたものは、怪異に関わり返せる。そのるれろさんの考察は、決して間違っていたというわけではなかったのだけれど、残念ながら。もとより目の見えない失明者と、怪人の姿を見てもいない人形士では、怪異を拳に捉え続けることもできず、映像の魔人は逃げ仰せ、私はるれろさんに『人形』にされている状態でなければ常に勝手に自殺を試みる状態になってしまい——最終的には仕方なく、大元のビデオカセットを取り出して、荼毘に付した。
お焚き上げ、なんていうほど上等なそれではないが。
普通に焼いて、ぶっ壊した。
その結果、私は不随意の自殺衝動から解放され、るれろさんも私を操り続ける業務から解放されて、めでたしめでたし、というわけである。
当初の目的から考えれば失敗ではあるが。
少なくとも、一命は取り留めた。
「自首します」
そう言って去っていった店主の背を見送って(私は『見』てはいないが)、私たちはセーフハウスに帰ってきた。
ガスコンロでビデオテープなんてものを焼いたものだから、プラスチックが焼け溶けた酷い匂いが溜まったままで、私たちは顔を顰めた。
「とりあえず、換気しましょう」
「いや、もうこの拠点は捨てるさ」
「流石にそれは勿体無いですって。ほら、窓開けましょ」
「妙なところで貧乏性だね、あんた」
いや流石に、変な匂いが染み付いたからって家を使い捨てるのは、貧乏性でなくても止めると思うが……。
それともあれだろうか、大富豪から見れば一般市民なんて全員貧民みたいな、そういう価値観なのだろうか?
確かに、十三階段のみんな、割と金満だもんな。狐さんとか、日頃からたっかい車乗り回してるし。家とか、普通に使い捨ててそうだ。どっからそんな収入得てるんだろ。
思いながら、家中の窓を開けていく。換気扇も全開だ。
「それにしても」
ひとしきり作業を終えて、風通しの良くなったリビングで休みながら、るれろさんは言った。
「奇妙なもんさ。初めは作り物だった怪談が、語られるうちに中身を得て、本物になるだなんて」
理解できない、とばかりに首を振る気配。まあ、確かにそうだろう。そもそも私なんか『本物』がこの世に存在するとさえ思ってもいなかったわけだし。
けれど、考えてみれば。
「それは案外、おかしなことでもないのかもしれませんよ」
「つまり?」
「鰯の頭も信心から、じゃないですけどね。よく言うじゃないですか、立場が人を作る、って。要は、そういうことなんじゃないかと思うんですよ。入れ物には、相応しい中身が、ってやつです」
つまりは、物語だ。
語られることによって、現実はそれに相応しい形になろうとする。
その逆説は、決してあり得ないことではないと思う。
「たとえば、本多忠勝っているじゃないですか。戦国武将の。あの人って『生涯無傷』なんて逸話があって、生まれてから死ぬまでの間に、一度も敵から傷を負わなかったって話ですけど、この話には続きというか、付随する逸話があって——」
曰くして。
本多忠勝が武将としての生活を終え、隠居生活を送っていたある日。彼は小刀で彫り物をしていた際に、誤って自らの手に傷を付けてしまったという。その際に、「本多忠勝も傷を負ったら終わりだな」と呟き、そして数日後、
「これって、おかしくないですか」
「おかしいって、どこが?」
「だってほら、本多忠勝って別に、
本多忠勝はあくまでも生涯無傷であって、無傷でなければ生涯が終わるというわけではなかったはずだ。
なのに、なぜか。
いつのまにか、本多忠勝は、無傷であることがアイデンティティになってしまった。
傷を負えば、かすり傷でも死んでしまうくらいに。
死の原因と見做されるくらいに。
「物語と現実が——逆転している」
本多忠勝に付随したはずの生涯無傷という『物語』が、逆に『本多忠勝』という存在を形作ってしまっていて。
そこから外れれば、死んでしまうくらいに。
致命的に、顛倒している——
「然しもの本多忠勝さんだって人間なんですから、別段、本当に小刀の傷が原因で死んだってわけじゃあないでしょう。どう考えたって、それが致命傷になるとは思えませんし。だけれど、彼自身が語った台詞が象徴するように、それによって心の糸が切れてしまったということはあり得ると思うんですよ。病は気からともいう通り、心が体にもたらす影響というのは計り知れない。病が気からなら、元気だって気からなんです。生きる気力だって、心から。己に被さっていた、己の器となっていた、『生涯無傷』という物語に罅が——傷が入った時、現実に本多忠勝は死んだんだと思うんです」
それは肉体ではなく、心が。
心が死んで——心が折れた。
そして帳尻を合わせるように、現実にも死んでしまった。
「怪異というのは、つまり『そういうもの』なんじゃないでしょうか」
物語という器に入り込み、現実をその形に修正する力。
それこそが、怪異の正体なのではないだろうか。
「……それってようは、『気の持ちよう』ってことさ?」
「ま、そうとも言いますね。結局、映像の魔人だって、『それがいる』と信じた人がいたから、この世に成立していたわけですし」
この世に成立し——人が死んで。
人が死んだからこそ、この世に成立した。
「……鶏が先か卵が先か、みたいな話さ」
「それでいうなら、始まりの卵は誰が産んだのか、みたいな話ですよ」
そしてそれを特定することは、不可能なのだ。
全ては曖昧模糊。
現実と、物語。
どちらが先であったとしても——
「そんなことは、どちらでも同じことなんですから」
ね。
と、私が微笑みかければ、けれどるれろさんはため息をついた。
「……時々、あんたのことが怖くなるさ」
「え、なんでですか?」
なんだろう、そんなに怖い顔、していただろうか?
思って頬をつねってみるけれど、うーん、柔らかいだけだ。
「……やっぱり、錯覚だったみたいさ」
彼女は言って、立ち上がる。
「あ、どこいくんですか?」
「せっかくだし、あんたもくるさ。どうせ家の中にいても、面白いこともないだろうしね」
口直しに——
「流行りの映画でも、見に行くさ」
今度はきっと、映画館に。
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