美少年百面相   作:忘旗かんばせ

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哲人Q 2

 

 

 

 10 怪談『哲人Q』

 

 

 

 扉を開けると、ほんのりと埃の匂いがした。生活臭はない。人が住んでいる気配はなく、しんと静まり返っている。

 

「靴、脱いだ方がいいかな」

「やめとけよ。靴下が汚れる」

 

 言って、真丸少年は土足のままずかずかと上がり込んでいった。まるっきり空き巣の行いだが……まあ、仕方ないか。いたずらに靴下を汚す趣味もないことだし、私も彼に習って土足で上がる。

 

 部屋はワンルームだった。住宅用というわけではないからだろう。申し訳程度に水場があるくらいで、あとは本当に、ただただひたすらにだだっ広いだけの部屋。その中央に——一つだけ。

 ポツリとテーブルが、置かれている。

 

 そして——

 

「やっぱり、ある?」

 

 私が問えば、真丸少年は「ああ」と頷く。

 

「あるよ——哲人Qからの挑戦状が」

 

 そのテーブルの上には——一枚の紙が乗っている。

 一枚の紙が。

 あるいは——一つの問題が。

 

 怪談——『哲人Q』。

 その怪談は至ってシンプルだ。

 廃墟ミドリビル四〇四号室。そこには『哲人Qからの挑戦状』が用意されている。

 

 用意された問題を解くことが出来れば、挑戦者には『この上ない幸運』が訪れる。

 一方で、問題を解くことが出来なければ——挑戦者には『この上ない不運』が訪れる。

 

 ハイリスクハイリターンの謎解きがこそ、怪談『哲人Q』の正体で——

 

「もう、四人目なんだ」

 

 真丸少年は言う。

 

「一人目は、車に轢かれて意識不明。二人目は階段から落ちて頭蓋骨骨折。三人目は自殺未遂の結果、頭がおかしくなった」

 

 滲屋(にじみや)(つどい)

 場後(ばご)破穿(はばき)

 百々木(とどき)(とどろき)

 

 かつて、真丸少年の友人だったと言う彼らは——今や皆『とてつもない不運』に見舞われている。

 

「ほんの冗談のつもりだったんだよ」

 

 このミドリビルは、真丸少年が通う学校では有名な肝試しスポットだったという。

 有名な、ということは、転じて言えばそれだけ多くの人間が訪れているということで、廃ビルはそれなりに探索され尽くし、今ではすでにあまり面白い場所ではなくなっていたという。

 

 いわば、心霊スポットとしては『終わりかけ』の場所であり——だからこそ、近所に住む真丸少年には、それが少々不満だった。

 

 ミドリビルが心霊スポットとしてもてはやされていた頃、真丸少年の家は()()()()だった。

 

 多くの友人たちが心霊スポットとしてのミドリビル攻略のために真丸少年の家に集まり、そこを拠点として廃墟探索を行っていた。

 

 しかし、一通り探索が終わり、ミドリビルがただの廃墟であることが露呈し始めると、友人たちは心霊スポット探索に飽き始め、それに比例して真丸少年の家に友人たちが訪れる頻度も減った。遊び場となるような大きな公園の近くに家があるクラスメイトがそのポジションに移り変わり、ミドリビル以外には、せいぜいその向かいに遊具すらない小さな公園がある程度の真丸少年の家は、集合場所としては選ばれなくなった。友人たちの中心を取りまとめるポジションにいた真丸少年も、徐々にその立場を失いつつあったという。

 

 だからこそ、真丸少年はとある怪談をでっち上げた。

 

 それこそが——哲人Q。

 

 謎を解いたものには福を、解けなかったものには禍をもたらす、正体不明の哲人。その存在を、彼は見事にでっち上げて見せた。

 

 きっかけは、ちょっとした幸運だった。真丸少年は、友人たちの間で流行っていたカードゲームで、立て続けにレアカードをパックから引き当て——それを『怪談』に利用した。

 

 自分の幸運は『哲人Q』に打ち勝ったおかげである、と。

 

 真丸少年の家は、ミドリビルのすぐ近くにある。小細工をするのは簡単だった。四〇四号室なんておあつらえ向けの部屋番号。そこにテーブルを用意して、自分が考えた問題を置くだけ。

 

 それだけで、怪談『哲人Q』は完成し——真に受けたのか、はたまた嘘を看破してやろうとしたのか、今となってはわからないけれど、真丸少年の友人たちはそれに挑んだ。

 

 友人たちは真丸少年の用意した問題を見事解き明かし——そして、()()()()()()()()()

 

 それは本当に、ちょっとした幸運でしかなかった。教室でのイタズラが偶然教師に見つからなかったとか、クラスで気になるあの子と一緒に帰ることが出来たとか、本当にその程度の、小さな幸運。

 

 普段ならきっと見過ごしてしまうような小さな幸運は、けれど『哲人Qの挑戦状』に打ち勝った彼らにとってはそのご褒美に見え——そして彼らは同じような『幸運』を求め、哲人Qに何度も挑戦するようになった。

 

 真丸少年の家は再び前線基地となり、友人たちは『哲人Q』攻略に勤しみ——そして、ある日。

 

 友人たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 初めは記憶違いかと思った。自分が忘れていただけか? と。しかしそれは間違いなく、真丸少年が出題したそれではなくて——

 

 その証拠に。

 

 いつものように、四〇四号室。無人のはずのそこへ、自ら作った問題を置きに行ったその時——

 そこにはすでに、『挑戦状』が置かれていた。

 

 気味が悪くなった真丸少年は、己が作った問題を置きもせずに逃げ帰り——そして。

 

 彼の友人たちはついに、哲人Qに敗れ果てた。

 

「その結果が——『とてつもない不運』ってわけ」

 

 滲屋集——意識不明。

 場後破穿——重症。

 百々木轟——精神錯乱。

 

 そして——

 不運に見舞われた友人たちを助けるため、『とてつもない幸運』を求めた真丸少年も、また。

 哲人Qに敗れ——現在。

 原因不明の体調悪化を、感じているという。

 

「大人に言っても、こんなこと、信じてももらえない。だから、あんただけが頼りなんだよ、オカルト屋さん」

 

 あんたが、本当に元探偵だ、っていうなら——頼む。

 

「どうか俺の代わりに、哲人Qを倒してくれ」

 

 彼の言葉に、私は深く頷いた。

 

「任せて」

 

『美眼鏡のマユミ』に、見破れない謎はない。

 目は見えずとも、目に物言わせてやるともさ。

 

 

 

 11 哲人Qからの挑戦状

 

 

 

「それで、問題の内容は?」

 

 啖呵を切って見せた手前、やや恥ずかしいものがありはしたが、私は真丸くんにそう聞いた。だってしょうがないじゃん。問題、紙に書いてあるんだもん。

 

 流石の私も、インクの微かな凹凸を指で探り当てて文字を『読む』なんて離れ技を身につけてはいない。せめて点字ならなんとかなるんだけどね。

 

「なんだろう、これ……よくわかんねぇ」

 

 おい待て。君によくわかんなかったらもうどうしようもないぞ。

 なんだ、そんな言葉で説明できないような複雑怪奇な問題なのか?

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……とりあえず、読み上げるぞ」

 

 言って、真丸くんは小さく咳払いをする。

 

「まず、最初が究極の『究』で……」

 

 目の見えない私に配慮してか、事細かに説明してくれる彼だったけれど、しかし聴き終えて私の脳裏に浮かび上がったのは、意味不明な文字列だった。

 

「『究、一、砂、覿、五、憚、鱒、八、椅、惨、二、滑、染、五、回、悟、五、机、成』」

「……それだけ?」

「それだけ」

 

 ……なんだそれ。

 漢字と数字の組み合わせ……だけど、法則性がよくわからない。漢字、数字、漢字、という順番の繰り返しのように思えるが……いや、最後が漢字、漢字になるのでそれも違うのか? 数字も順番通りではないし、被りもある。数字として捉えるのではなく、漢字として捉えるべきなのか。

 

「……ちなみにさ、これ、哲人Qに『敗北』する条件ってなんなの?」

 

 時間制限とか、あるタイプの謎解きなんだろうか。

 

「……俺も正確なところはわかんねぇけど、少なくとも答えを出せてなかったり、間違ったりしている状態で部屋を出たら、その時点でアウトなのは間違いないと思う」

「なるほどね。部屋を出るのは降参のサインってわけか」

 

 私は言って、腕を組む。問題を持って図書館にでもヒントを探しに、ってのはアウトなわけだ。

 

「図書館に言っても、ヒントが見つかるとは思えないけどな……いや、漢字の読み方くらいは調べられるか」

 

 彼は言って、机の上の問題紙を手に取った。ぺらりと、紙の捲れる音が立つ。

 

「……なんか、時々すごいむずい漢字も混ざってるよな。このしよんかいみ(士四貝見)とか、初めて見た」

「ああ、効果覿面の覿、ね」

 

 日常生活ではまず見ない字だ。ぶっちゃけ、私も読めはするけれど、そらで書けと言われたら無理だと思う。

 

「中学校で習う?」

「いや、習わないと思う」

 

 常用漢字じゃないだろうし。……構成してる文字自体は全部簡単な字なんだけどね。それこそ彼が士四貝見と読んだように——って、ん?

 





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