12 哲人Qへの回答 1
私はもう一度、彼が教えてくれた問題文の文字たちを脳裏に浮かべた。
究、一、砂、覿、五、憚、鱒、八、椅、惨、二、滑、染、五、回、悟、五、机、成。
「……やっぱり、入ってる」
「インテル?」
「それが入ってたら多分もっと早く気付いてたよ」
そうじゃなくて——
「数字が、入ってるんだ」
究、一、砂、覿、五、憚、鱒、八、椅、惨、二、滑、染、五、回、悟、五、机、成。
これらの文字のうち、元から数字であるそれはのぞいて——
究、覿、鱒、惨、染、悟。
これらの六文字には——数字が含まれている。
「数字……が?」
「そう。漢字の構成の一部に、数字が含まれているんだよ」
究には『九』が。覿には『四』が。鱒には『八』が。惨には『三』が。染には『九』が。悟には『五』が。それぞれ一部に——含まれている。
それを数字として捉えるなら、文字列はこうなる。
九、一、砂、四、五、憚、八、八、椅、三、二、滑、九、五、回、五、五、机、成。
「……こう直してみるとさ、これって何かに似てない?」
「何かって?」
「棋譜だよ」
棋譜。
いわゆるボードゲーム全般のスコアブックを指す用語だけれど、ここでは特に、将棋のそれに限って言っている。
「真丸くんは将棋ってやったことある?」
「まあ、一応は? そんな詳しいわけじゃねーけど」
「将棋盤を見たことがあるなら十分だよ。将棋ってさ、九かける九、八十一マスの、正方形の盤でやるでしょう?」
その対戦を棋譜として残そうとする時、いちいち手番ごとに盤の全てを書き記していたのでは大変すぎる。それゆえに、棋譜として残す際には、将棋盤の右上の角のマスを『1、一』として、横の列を算用数字で、縦の段を漢数字でそれぞれ表し、1から9、一から九の数字をそれぞれ割り振って座標を記録する。そして、その二つに加えて打った駒の種類を書き記すことで、棋譜とするのだ。
たとえば『1、四、歩』のように。
「つまり、数字が含まれた漢字を算用数字として、漢数字を縦の段として、この『砂』とか『憚』みたいなのを『駒』として見立てる、棋譜だ、って言いたいのか?」
「そういうこと」
それを前提とすれば、この意味不明の文字列は六個に分割できる。
究/9、一、砂。
覿/4、五、憚。
鱒/8、八、椅。
惨/3、二、滑。
染/9、五、回。
悟/5、五、机、成。
「……五つ目まではともかくさ、最後の一つは、それで一塊なのか? 一つ、字が余ってるけど」
「余ってるんじゃないよ。これできっかり、一塊。むしろ、これがあったからこそ、私はこの文字列を棋譜だと推察したんだよ」
本当は彼がつぶやいてくれた『士四貝見』のおかげだったんだけれど、その手柄を密かに取り上げて己のものにしつつ、私は言った。
「将棋ってさ、『成り』があるんだよね」
成り。駒を盤上の一定の区画まで動かした時、
それは当然棋譜にも影響を与え——その一手によって駒が成る場合には、『9、九、歩、成』のように、
「つまりは、だ」
私は言って、目の前にある『机』を叩く。
「将棋盤において、5の五は盤のちょうど中心。挑戦状の置かれたこの部屋は、イコール『問題の中心』で——」
この『机』には。
「裏があるんだよ」
文字通りに——駒を成らせるように。
机を裏返せば、あるはずだ。
盤に置かれた、答えの欠片が。
13 哲人Qへの回答 2
もちろん実際には机を裏返すなんて重労働をわざわざ行うわけもなくて、私は真丸くんに命じ、机の下を覗かせた。
その結果——
「確かに、あったよ」
机の裏側には——一枚の紙が貼られていたという。
その紙には、ひらがなが一文字だけ、デカデカと刻まれていたと言う。
『に』。
その一文字だけが、堂々と。
「……ヒントが見つかったのは良いけどさ、残りは? 机がテーブルだっていうのはまあ、そのまんまだから良いとしてもさ、『砂』とか『憚』とか、意味わかんないし」
真丸少年の言葉はもっともだけれど、それに関しても抜かりはない。すでに謎は解けている。初歩的なことだよ、ワトソンくん。
「それ、実際には言ってないセリフらしいけどな……じゃあ、答えを教えてくれよホームズさん」
意外とノリのいい真丸少年の言葉に気をよくしつつ、私は指を立てて答える。
「まず、なんだけどさ。数字が含まれた漢字を棋譜における算用数字の代用と見立てるのはいいとして——じゃあ、なんで5の代用に『悟』を使ったんだと思う?」
「え?」
私の問いに、真丸少年は疑問符を浮かべる。
「たとえば同じ『五』を構成に含む漢字でも、たとえば『吾』とか『伍』とかでもいいわけじゃない。なのにどうしてわざわざ、『悟』という漢字を使ったのか」
「そんなの、適当じゃねぇの? あるいは、数字だってことを気づかせないために、複雑な漢字を使いたかったとか」
「その可能性もありはするね。でも私は違うと思う。『悟』という漢字を使った理由は——これが座標を表す漢字だからだよ」
私は言った。このミドリビルの机の下。その座標を表すためには、『吾』でも『伍』でもダメだったのだ。
「あるいは、『語』や『齬』なら良いかもしれないけどね」
「は? ……いや、ちょっと待て。それってもしかして——」
「そう」
気付いたであろう真丸少年の言葉を遮って、私は言う。手柄を横取りされちゃあたまらないからね。
「この付近の区画は、比較的素直な碁盤の目状に道が通ってる。つまり、縦の道と横の道が直角に近い形で交わっていて、各区画が、
そして、このミドリビルは——
「交差点の角——つまり、区画の隅に聳え立っている」
たとえば、北を上として設定する地図ならば、
「それって——」
「そう。この『悟』という文字の中の『五』は、そのまま『マス目の中のどこにその場所が位置しているか』を示しているんだよ」
つまり、座標を表す要素は算用数字と漢数字の二種類だけではなく、さらに
「そしてそれは、他の漢字も同じだろうね。たとえば同じ9を表すのにも、わざわざ『究』と『染』、二種類の漢字が使われているのは、それぞれ区画内での場所や大きさが違うからだろう」
そして——
「ここまで分かれば、残りの要素も自ずと解ける。『机』がそのままテーブルを指していたように、残りの漢字も、それぞれ『その場所』にあるものを示している」
「待て待て、たとえば『椅』が多分椅子を示しているであろうことはわかるけどさ、残りの『砂』とか『滑』とか、何がなんだかわかんないぞ」
「惜しい」
「え?」
「『椅』が椅子だっていうのは、惜しいって言ったんだよ」
私は言って、ニヤリと笑う。
「『椅』が示すのは、多分椅子じゃなくて——ベンチだよ」
野外に置かれるような、横長のね。
私が言えば、けれど真丸少年から帰るのは首を傾げる気配。
「なんで、そんなことがわかるんだ?」
「気付かない?」
私は言った。
『砂』『憚』『椅』『滑』『回』。
これらの漢字が示す共通点を。
「共通点……って、一つもないと思うけど」
「いいや、あるよ。これらの漢字に共通するのは——『公園』だ」
特にわかりやすいのは、『砂』と『滑』だろう。
『砂』は『砂場』。
『滑』は『滑り台』。
どちらも、代表的な公園の遊具だ。
「……砂が砂場、滑が滑り台ってのは良いとするぜ。『椅』がベンチってのも、良しとしよう。だけど、『憚』とか『回』はなんだよ。そんなもん、公園で見たこともなけりゃ使ったこともないぞ」
「え、使ったことないんだ『憚』。ばっちぃね」
「は?」
「だってそうでしょ? 『憚』——『憚り』って、トイレのことじゃん」
もしかして、催したらその辺でシてた、ってことだろうか? ……まあ、この歳の男の子ならギリギリあり得る……か?
「待て、違う! 変な風評を振り撒くな! 流石に、トイレは使ってる!」
ただ、トイレを憚りって言うことを知らなかっただけだ! と抗議する真丸少年。良いよ良いよ、秘密にしておいてあげるから。ただ、年齢が上がるにつれて公然猥褻で逮捕される可能性は上がっていくから、野ションの癖は少しずつ直していったほうがいいとは思う。
「だからそんな癖ないんだって! あー、もう! それじゃあ、『回』は!?」
「そうそう、それが一番の悩みどころだったんだよ」
『砂』『憚』『椅』『滑』の四つまでは、比較的すぐに公園を連想できたのだけれど、残りの一つ——『回』だけは問題だった。
けれど、つまりそれは、回答者が私だったからこそ問題だったのだ。
私と言う——別の世界の人間だから。
「は?」
「あるいは別の世代の、って言った方が良かったかな」
狐さんならば、『別の物語の』と言うのだろうけれど——ともかくとして。
「つまりさ。私はもう、
回転遊具。あるいは正式には回旋塔とか、回転ジャングルジムとか、そんな風に呼ばれる遊具たち。
かつては砂場や滑り台と肩を並べて公園の代表的な遊具として語られていたそれらだけれど、私の知る『今』では、あまりにも危険すぎるとして公園からは撤去が進んでいる。
実際、間違いなく危ないしね、あんな遊具。アニメや漫画なんかではよく見るけれど、実物の写真なんかを見るとそれが『遊具』として置かれていたことに恐怖を覚えるレベルだ。現代っ子の私から見れば、ちょっとした処刑器具としか思えない。
そんな危険極まりない遊具であるところの回転遊具だけれど、しかし過去には、間違いなくそれが遊具として公園に設置されていた時代もあって——つまりこの世界における『今』は、まだその時代であるのだ。
レンタルビデオ屋もあれば、回転遊具もある。コンビニにも堂々とえっちな本が置いてある。そういう時代で、そういう時勢だ。今はまだ。
「『砂場』、『トイレ』、『ベンチ』、『滑り台』、『回転遊具』——ね? どれもこれも、公園に置いてあるものばかりだ」
そう思えば、座標を表す漢字における、数字が占める割合の差異も理解できてくる。それはつまり、
「ミドリビルの向かいには、遊具もない小さな公園がある……言ってたよね、真丸くん」
あるいはそれは真向かいではなく——ミドリビルから見れば、やや右寄りの斜向かいなのだろうけれど。
覿、五。
これが示す座標は、悟、五——ミドリビルの、すぐ隣の区画だ。
「……多分、あんたの推理は正しいんだと思う」
なぜか負けを認めるように苦々しく、真丸少年は言った。どう言うことだ、おい。私が問題を解けちゃ悪いのか。
「そういうわけじゃねーよ。いや、むしろ
なんて、妙なことを言う真丸少年。
「どう言う意味?」
「だってよ……あんたの推理が正しいなら——
? どう言うことだろう。
問題は、ほとんど解けたも同然だろう。王手飛車取りどころじゃない。盤面は完全な『詰み』だ。
あとは分かった場所にあるだろうヒントを見に行けばいいだけで——
と、そこまで考えて、私は『詰み』にハマったのが逆であることに気付いた。
「あ……」
「気付いたみたいだな。そうだよ。この問題は初めから、解けないように出来てるんだ。だって——」
哲人Qからの挑戦状は。
「部屋から出たら、負けなんだから」
14 詰み
哲人Qからの挑戦状——それに対する敗北の条件は、『答えがわかっていない状態で部屋から出ること』。
一方で、この問題の答えを知るにはこの部屋を出る必要があって——つまり盤面は、詰んでいる。
王手飛車取りどころではない、完全無欠の、デッドロック。
「……部屋を出るなら、止めないよ。どのみち、こんな何もない部屋に篭ってても、餓死する以外にないんだし」
真丸少年は言って、深々と——魂すら吐き捨てるほどに深々と、ため息を吐いた。
この部屋を出れば、ジ・エンド。彼の友人たちのように——私は不幸に見舞われる。
そして真丸少年も、また——襲いくる不幸から、逃れることはできない。
その場に座り込んでしまった真丸少年に——けれど私は、笑って見せる。
「……どうしたよ。おかしくなったか?」
「違わいよ。この笑顔は——余裕の笑みってやつ」
私は言って——ポケットから、携帯電話を取り出した。
「……? なんだよそれ」
「知らない? 携帯電話ってやつ」
それも、十三階段から支給された最新式のスマートフォンではなく——古臭い、プッシュ式の携帯だ。
私はそれを操作しながら言う。
「いいことを教えてあげよう。表向きには、私は十三階段の一員として活動してはいるんだけれどね。それは、表向きの顔ってやつでさ」
「は? 何? 十三階段?」
何言ってんだこいつ、と言う雰囲気で声を上げる真丸少年を無視して、私は話を続ける。良いよ、別に。君にわかってもらいたくて話しているわけじゃないからね。
ただ——この電話に頼るのには、ちょっと勇気がいるってだけなのだ。
心の準備をするために、私は話を続けていく。
「言ったでしょ? 私、かつては探偵だったこともある、ってね」
かつて、私はとある少年に誘われて、『探偵団』に所属していた過去がある。
その過去は、煌めくように美しい日々で——眼に光を失った今でも、なお。
瞳の奥で、私のために輝き続ける星の光だ。
そして、その縁で。
私は今も——とある組織に所属している。
業腹ながらも、頼もしい仲間たちがいる——とある組織に。
そしてこの携帯電話は、その組織への直通ホットラインなのである。
「改めて、自己紹介をしておこうか。私の名前は、瞳島眉美。十三階段の十段目にして——」
またその裏にては。
「とある遊び人が率いる少年少女組織——『
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