本日二話目の更新となります。
『哲人Q 3』をお読みで無い方はそちらからお読みくださいませ。
15 チンピラ別嬪隊
「もしもし?」
というわけで、電話をかけた。解けない問題にはテレフォンだ。
数回のコール音の後、ぷつりと電話が繋がる音がして——
『——コードネームは?』
もしもし? の返事はそんな誰何だった。
「……それ毎回やらなきゃいけないの?」
わざわざ確認取らなくても、電話番号で誰から掛かって来たかくらいはわかるだろう。そう思って言うのだけれど、電話の向こうの
『わかってないね、君ってばさ。たとえばこの電話が正規の隊員以外の、悪意ある誰かの手に奪われている可能性だってあるわけじゃないか。本人確認は最低限のセキュリティだよ』
理解したかい、マユミくん? なんて続けるあたり彼女の言葉はその全てが建前で、単純に私にコードネームを言わせたいだけなのだろう。あの小っ恥ずかしいコードネームを、無理やりに。
私はわずかの苛立ちと共に名乗る。
「こちら、隊員ナンバー6、瞳島眉美」
『違うだろうマユミくん。私が聞いたのは君の本名じゃなくてコードネームだぜ』
あれあれ、忘れてしまったかな? なんて煽られて、いよいよ私は電話を切った。
「……何してんだあんた、さっきから」
「テレフォンはダメだ。オーディエンスかフィフティ・フィフティを使おう」
「は?」
真丸少年が困惑に首を捻るうちに、折り返し電話が掛かってくる。
『そちらから掛けておいてガチャ切りとは礼儀がなってないんじゃないかい?』
「うるさいよ。礼儀で言うならそっちこそ、名乗り忘てるんじゃない。自分のコードネームをさ」
経緯がどうあれ、掛けて来たのはそっちなんだから。私が言えば、彼女はくすりと余裕の笑み。
『ふふ、かわいいね、マユミくん。そんなにボクの名乗りを聞きたかったんだ。なんだ、そうなら初めからそう言えば良いのに』
喉元まで出かかった暴言を飲み込むのに必死で、つい終話ボタンを押し忘れてしまった。その結果、私は彼女に堂々たる名乗りを許してしまうこととなる。彼女は受話器の向こうで小さく息を吸って言った。
『こちら、チンピラ別嬪隊隊員ナンバー5、『機敏のリレイ』こと
もう一回電話を切ってやろうかとも思ったけれど、非常に腹の立つことに、私はこれからこの女に頼み事をしなければいけない立場であるので、仕方なく、本当に仕方なく名乗りを返すことにした。
「……こちら、チンピラ別嬪隊隊員ナンバー6、『
何がありがたくじゃボケカス、と続けたくなるのを我慢して、背筋がむず痒くなるような名乗りを終えた。
『うふふ、『貴賓のマユミ』なだけあって、気品溢れる良い名乗りだ。さてさて、『貴賓のマユミ』。君がわざわざボクに電話を掛けてくると言うことは、つまり相当、切羽詰まった状況というわけだね?』
それがわかった上で会話を引き延ばしてたのか、こんちくしょう。
『引き延ばしていたわけじゃあないぜ。むしろ、それっていうなら君のほうだろう? 君が恥ずかしがってなかなか名乗ってくれないものだから、こちらだって協力してあげられなかったというだけの話だよ、『貴賓のマユミ』くん』
嫌味ったらしくも、彼女は何度も私のことを『貴賓のマユミ』と呼び続ける。その呼び名が好きではないことを、彼女は十分以上に知っているだろうに。
チンピラ別嬪隊。それはとある人類最悪ではない若き遊び人が生み出した少年少女組織。時にいたいけな中学生を相手に非合法のカジノを経営し、時にいたいけな中学校をバニーガールとスカジャンの巣窟に変える、恐るべき組織。私にとってはかつては敵であり、そして今はその一員として所属する組織である。本当ならば、一員として所属するどころか関わりたくもない組織であるのだけれど、私はとある理由からその門戸を叩かざるを得ず、結果として——チンピラ別嬪隊の『貴賓』として、招かれざる客でありながらも、もてなしと共にその末席を与えられたのだ。
『うふふ、招かれざる客だなんて、とんでもないよ、マユミくん。私たちは心の底から君を歓迎しているんだぜ? 特に君が真っ先に自分を頼って来た時の隊長の浮かれぶりと言えばもう本当に気持ち悪いくらいで——』
「御託はいいから、本題に入らせて」
『機敏』の二つ名とは真逆に、無限に話を脱線させ続ける彼女に対し、私はピシャリと言った。
「実は今、私はとある敵と戦っている最中でね。そいつがもうとんでもない強敵で、今全く手が離せないの。え? 具体的にどんな敵か? あれよ、ゾーマとバラモスとデスタムーアを足して三で割らない感じ。まあそいつのことは別に私一人でもいくらでも倒せるとは思うんだけど、それはそれとして、そいつを倒すためのヒントみたいなものが各地に散らばってるらしくてさ、ほら、チンピラ別嬪隊のみんなって大体いつも暇そうにしてるし、お仕事の一つでも投げてあげたら喜ぶかなって思ってさ、本当に暇だったらでいいんだけど、それをちょっと行って取ってきてほしいんだよね」
『なるほど。つまり君は『敵』に追い詰められて大ピンチの状況で、自分では動くことができない状況にまで追い込まれていて、このままだと二進も三進も行かないから、窮地を脱するために、大切な仲間であるところのボクたちチンピラ別嬪隊の手を借りたい、と、そういうわけなんだね?』
「全然違うけど大体そんな感じかな」
私が言えば、受話器の向こうで『なるほど、なるほど』と頷く気配。
『幸いにして、ボクは君のセーフハウスの周辺に待機している』
「ストーカー?」
『せめてシークレット・サービスと言ってくれたまえ。……ともかく、だ。私はすぐに動けるが……他のメンツはどうかわからないな』
話を聞くに、行くべき場所は一箇所じゃあないんだろう?
なんて彼女はいうけれど。
「一人で全部回ればいいじゃん。機敏なんでしょ?」
『当然のように人を酷使しようとするね、君は。……まあ、別に、ボク一人に任せるっていうんなら、それでもいいけれどね。その場合ボクは当然の権利として、マユミくんのピンチを救ったことを他の隊員に自慢させてもらうぜ』
それでもいいなら一人で行くけど、どうする? なんて問われて、私は思わず舌打ちをした。面倒なことを言ってくれるものだ。……チンピラ別嬪隊のメンバー、何故だか知らないけど私の役に立つ機会を奪い合ってるんだよな……この間なんかメンバーの一人を「適当にお菓子買ってきて」ってパシッたら何故か五人全員が大量の菓子を抱えてやってきたからな。多分、あの性悪の隊長から何かを吹き込まれてるんだろう。可哀想なことだ。
『今、もしかして受話器の向こうで投げキッスした?』
のぼせたことを言っている彼女に苛立ちつつも、私は仕方なく覚悟を決めてため息を吐いた。
「わかった。他のメンツにも連絡入れる。だからリレイちゃんはとりあえず、××町にあるミドリビルってビルから見て——」
私は彼女に向かうべき座標を伝え、電話を切った。
そして一度深呼吸をして——残りの四人にも電話をかける。
『こちら、チンピラ別嬪隊隊員ナンバー1、『絶品のジャネット』ことジャネット・エクスオ。絶品のオーダーをお望みかしら?』
『こちら、チンピラ別嬪隊隊員ナンバー2、『天稟のデルタ』こと
『こちら、チンピラ別嬪隊隊員ナンバー3、『救貧のカカト』こと
『ひっ! こ、こここ、こちら、あ! あの、ちんっ、チンピラ別嬪隊の、隊員ナンバー4の……ふ、『不憫のヒャーコ』こと、
電話を終えて、私は携帯をポケットにしまい直す。
目的地五に対し、動員五人。これにて、数はちょうどとなる。
さあ、いよいよ追い詰めたぞ、哲人Q。
お前からの挑戦状は、この私——『貴賓のマユミ』が打ち破る。
16 不憫のヒャーコ
『こちら『機敏のリレイ』。回旋塔の根本に『こ』と書かれた紙を発見』
『こちら『天稟のデルタ』〜。トイレに『み』ぃの張り紙みっけたでぇ。あったん男子トイレの方で嫌やったわ』
『こちら『絶品のジャネット』。ありましたわよ。砂場の埋まって、『き』と書かれただけの紙が』
『こちら『救貧のカカト』。部下より報告。ベンチにて『の』と書かれた紙を発見したとのこと』
『こ、こちら『不憫のヒャーコ』っ……あ、あの、公園、見つかりませんっ!』
四枚までは順調に集まった。問題は、不憫のヒャーコだった。
「公園が見つからないってどういうこと? 道、わかんなくなっちゃった?」
私が聞けば、彼女は「うぇえ……」と涙ながらに語る。
『あの、多分、場所は間違ってないと思うんですけど……あっ! わ、私がそう思ってるだけで間違ってるかもしれないですけど、で、でもっ、あの! 多分、ここだってところに来たんですけど、あの、公園、なくて、周りも、周り、あっ、周り結構、周りも、探したんですけど、その、公園、なくて……! どうしよう、私、どうしたら……!』
言葉を詰まらせながらゆえに、なんだか要領を得ない話し方だったけれど、とにかく彼女の主張するところによれば、『言われた通りの場所に行ったが公園が見つからない』とのことだった。
「……言いたくないけど、それ、本当に場所合ってる? 道間違ってるとか、町目間違ってるとか、東西南北間違ってるとか、そういうことってない?」
『あっ、あ、あ……た、ぶん……ない、と思うんですけど、でも、わかんないです。全部、間違ってるかもぉ……』
全部間違ってたらもうおしまいだよ。
「……まあいいや、場所は、間違ってないとしよう。それで? その上で、そこに公園がないの?」
『はいぃ、ないです。なんか、あっ、なん……多分、ないです』
多分ないってなんだ。万が一にはあるのか?
『いや、あの、その……おうち、あっ、お家立ってて、あの、花壇、ちっちゃい花壇はあるんですけどっ! それ……それ、公園ですか?』
「ちっちゃい花壇は公園じゃあないだろうね……」
そこでボール遊びでもしてみろ、大目玉じゃ済まないぞ。
私は顎に手を当てて思い悩む。考察が間違っていた……のか? いやしかし、他の場所では紙が見つかっているのだ。法則性的には、合っているはず。
「とりあえず、他の隊員にヘルプかけてみるから、その辺で待ってて」
『あっ、ひっ、はい……役に立たなくて、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ』
ブチリ。ごめんなさいモードに入ったヒャーコを通話を切断することで落ち着かせつつ、私は次の電話をかける。
『こちら『天稟のデルタ』〜』
「あ、もしもし? あのさ、ヒャーコが『座標の場所に公園が見つからない』って言ってるんだけどどう思う?」
『あの子がポカしただけちゃうん。鈍臭いもん、あの子』
残酷な一刀両断だった。
「……仮に、仮にさ、ヒャーコがちゃんと間違ってなくて、座標の場所にたどり着けていたとして、その上で公園がないとしたら、どういうことだと思う?」
あり得ないことだとは思うけれど、私の推理が間違っていた……ということになるのだろうか。
『いやー? 間違うてるゆうことはないと思うで?』
「そうよね。私って完璧だし」
『めちゃめちゃおもろいギャグ言うやん。ほやのうてな、この問題、そないに難し問題とちゃうねんよ』
お、なんだ。喧嘩か?
『ちゃうよ。この問題な、あと一個っちゅうとこで間違う余地があるほど、複雑な問題とちゃうねん。見た通り以外に解釈のしようがない。コケるとしたらもっと根本からや。半端に合うてて半端に間違うてみたいな事にはならへん。せやさけ、マユちゃんの方が間違うてるゆうことはないと思うねん』
ふむ、なるほど。となると、間違ってるのは——
『普通やったらヒャーコ……ゆうとこやし、ウチもそう思うけど、ほんでもヒャーコも合うてるっちゅうことにするんやったら、もう間違うてんのは一つだけやわ』
「それは?」
『間違うてんのは——現実や』
その言葉を聞いて——私は電話を切った。
17 犯人
「犯人はお前だ」
突きつけた指が正確にそれを指しているかどうかは、実のところ自信はなかったのだけれど、とりあえず精一杯、格好をつけて言ってみた。
私は。
瞳島眉美は——隣に立つ鞠舞真丸を指差しながら、そう言った。
「……は? どういう意味だよ、それ」
白々しくも疑問符を浮かべる彼だけれど、しかし私の推理は揺らがない。
「だから、あなたこそが——哲人Qの正体だって、そう言ってるんだよ」
「いや、だから、初めからそう言ってるだろ。哲人Qの正体は俺で、でも、それがそうじゃなくなって、『本物』が出ちまったから困ってるんで——」
「『そうじゃなくなって』——は、ないんだよ、初めから」
一貫して、哲人Qの正体は鞠舞真丸で、ただ、変わったことがあるとしたら——
「君自身だ」
鞠舞真丸。君は——
「
その言葉に。
鞠舞真丸は——雄弁にすぎる沈黙を返した。
「……なんだよ、幽霊って。いきなり、トチ狂ったようなこと言ってさ」
一拍遅れて、彼はそんなふうに取り繕おうとするけど、もう無駄だ。
一応言っておくと、もちろんのこと、私だって突然トチ狂ったってわけじゃあない。
順を追って説明していこう。
まずは最大の謎——ヒャーコが公園を見つけられなかったこと、だ。
これはもちろん、ヒャーコがその不憫さゆえにポカをやらかし、本来探すべき場所と全然違う場所を探していた、なんてオチではもちろんない。
ヒャーコは自分に自信がないだけで、優秀な人間だ。そうでもなければ、あの隊長が隊員として迎え入れるわけが……いや、うーん、あるかもしれないけれど、ともかく。
流石のヒャーコだって、指示された場所にたどり着くくらいのことはできる。
だから、ヒャーコがたどり着いた場所は、『本当なら公園があるはずの場所』だったのだ。
にも関わる、公園がそこになかったのは——
「時間だよ」
「……時間?」
「そう。時間が——経ちすぎていたんだ」
出題者が知る街の形と、
「きっと、公園はその場所にあったんだと思う」
ヒャーコは確かに、公園があった場所にたどり着いたのだろう。
『かつて公園があった場所』に、たどり着いたのだろう。
「街ってさ、生きてるんだよ」
これはスピリチュアルなお話ではなく、単純に。
街という構造物には、新陳代謝がある。
あったはずの建物はなくなり、道路が新しく敷かれ、店は閉店しては新たに開店し、家は潰れては新しく経ち、公共施設でさえ刷新を繰り返し——公園だって、
「君がまだ生きていた頃には、多分まだ、公園がそこにあったんだろうね。けれど現代では区画整理が進んで、公園は消滅した」
私が言えば、けれど真丸少年は噛み付くように言う。
「……さっきから、君がまだ生きていた頃、だのなんだのと、俺を幽霊扱いして過去の人間みたいに扱ってくれちゃってるけどさ、その根拠ってのはなんなんだよ」
その言葉に、私は——
「これだよ」
そう言って、携帯電話を見せる。
それを見て、真丸少年は訝しむように吐息を漏らし——
「……だから、
と。
決定的な言葉を、吐き出した。
「やっぱり——知らないんだね」
手の中の携帯電話をくるくると回しながら、私は言う。
携帯電話が普及を始めたのは、一九九〇年代後半。あるいはこの世界で言えば、それはまだ十年前にもならない頃であり——おそらくは。
それより前の時点で、『哲人Q』に成り果ててしまったのだろう真丸少年にとっては、見知らぬガジェットなのだ。
私が携帯電話を取り出した時、真丸少年の反応には違和感があった。初めは、むしろ最新式の、この世界においては異様に早く普及し始めた最新式のスマートフォンの方を見慣れているからこそ、私の持つ旧式の携帯電話がわからないのかと思った。
だが、それは違う。
なぜって、真丸少年は、私が電話をしているときに、『
それは私の奇行に対するツッコミかと思っていたけれど——違う。
彼は本当に、
彼にとって携帯電話は見知らぬガジェットで——それを使っての通話も、理解不能な行動だったのだ。
「だからこそ——君は幽霊なんだ。今時、携帯電話を知らない小学生なんて——もう、どこにもいないんだから」
それこそ——世代が違う。
世代が違って——世界が違う。
彼と私が、いる場所は。
まるで異なる場所なのだ。
「何より——問題の答えだよ」
私は言って、机の上の紙を手に取った。
「……文字はあと一つ、欠けているはずだ」
「欠けていても、わかるよ。残りの五つが埋まっていれば」
最後の一つくらいは、推理できる。初歩的なことだ、友よ。
「『こ』『み』『き』『の』、そして『に』。これを、文章の順番通りに並べ直せば——」
『き』『み』『の』『×』『こ』『に』。
「最後の一文字は——『よ』、でしょう」
きっとヒャーコが見つけるはずだった、その文字を当てはめれば、答えは出来上がる。
——『
「さあ、哲人Q。あなたの挑戦状——解いて見せたよ」
驚く顔を見られないのは残念だけど、目にもの見せてやれたかな?
18 哲人Qの判決
「 —— 反則 だ 」
どろり、と。
現実の溶け落ちる音が聞こえた。
「 外部の 手を 借りた 」
「 反則 」
「 反則 」
「 反則 」
繰り返される無機質な声。低く、暗く、獣のように——化け物のように響くその声は、もはや間違いなく人間のそれではなくて——
「反則、って、そんなの、初めから解けないような意地悪問題出す方がよっぽどでしょ!」
私は叫ぶけれど声は止まない。「 反則 」「 反則 」「 反則 」——輪唱するように、非難の声が堆く積み上がり——
「がっ——ああああっ!」
首を締め上げられる。かつてのように己の手にてということはなく——少し前には、微笑ましくも手を繋いでいたはずの小さな手のひらに、尋常ではない力で、締め上げられる。
「……っ、また首ってワンパターンな……流行ってんの!?」
言いながらもがくけれど、喉を締める手は緩むことなく。
「 敗者には 不運を 」
「な、にが……不運よ、ただの暴力じゃん、こんなのっ……!」
あるいは——原初。造られた哲人Qの不運も、そうだったのかもしれない、なんて、今更ながらに思い及ぶ。
車に轢かれ、重体。
階段から落ち、重傷。
首を吊って、重症。
あるいはその背後に——誰かがいたならば。
車道へと突き飛ばす誰かが。
怪談を突き落とす誰かが。
首を締め上げる誰かが——いたならば。
その不運は、十分に再現可能なそれで——
「ううぅぅうううう、ああああああっ!」
息も絶え絶えに叫びながら、なんとかして締め上げる手から逃れようとするけれど——不可能。
締め付ける力は強く、強く、喉は締め上げられ、呼吸すらもおぼつかず、否、それどころか、首の骨がさえ、軋む音が聞こえて——
——砕け散る。
それは、瞳島眉美の首の骨が——ではなく。
響いたのは、硬質で、儚く、透き通るような——窓ガラスの砕け散る音。
そうか、この部屋には、窓があったんだ——なんて、今更の気付きで——
「 …… 何者だ 」
哲人Qは誰何する。窓ガラスを割り砕き、この
「……何者だ、って、そりゃ僕に聞いたのか?」
「 当たり前だ 他に誰がいる 」
「いやいや、そいつは悪かった、当たり前のことを聞いちゃってさ。なにぶん、ちょっとばかり、答えるのが難しい問いだったもんでね」
窓の向こうからやってきた乱入者は、そんな風に答えて見せる。
軽やかな声だった。
まるで、そう。年若い青年のような声。未だ青春の只中にいるのが似合うような、爽やかな声色で——けれど、どこか。
隠し難い、影があり——
声は。
「答える前に——まずはその子を、離してもらおうか」
ど、と。
爆発するような音色と共に——感じるのは凄まじい風圧。まるで至近距離で爆弾が爆発したかのような風に強かに打たれ、私は吹き飛ぶことを覚悟して、けれど。
次の瞬間——私は、誰かの腕の中にいた。
細身のようでいて、頼り甲斐のある、筋肉質な腕の中。厚い胸板に押し付けられるようにして、私は腕の中に抱かれ——
「さて、お姫様も取り返したことだし、答えよう」
声は。
私の顔の、すぐ近くで響いていた。
「訳あって、今の僕にはいくつか名前があるものでね。ここで名乗るに、どれが相応しいかはわからないんだが——」
しかし、時に。
「僕は今——『
怪談——怪談百面相。
怪奇を喰らう怪奇。
怪異を喰らう怪異。
怪談を喰らう怪談。
百の怪を束ねし王——怪談百面相!
追い求めていたそれに出会った高揚は、けれどそれ以上の動揺に塗りつぶされて——
「さて、君——哲人Qと言ったかな。うら若き子女に暴力を振るい、傷付けるとは怪異の風上にも置けない卑劣漢だが——しかし一応、問うべきは問おう。君は——『貌のない狐を知っているか?』」
「 …… そんなもの 知るものか 」
「そうかい。わかっていたことだが、また空振りか」
やれやれ、とばかりに肩をすくめる気配。怪談百面相——とんでもない化け物だ、という話だったけれど、しかしこうして、腕の中に抱かれている状態で感じるには、まるで、普通の人間のようで——
「さて、君」
「……あ、私ですか?」
「そうだよ。見たところ、女子中学生と言ったところだね」
……なんで、それがわかるんだろう。
「身長百五十五センチ。体重四十五キロ。血液型はAB型、誕生日は十月十日と言ったところか」
いや待て。
待て待て待て待て。
百歩譲って身長体重はいいとしよう。血液型も……まあ、味とかでわかる人がいるって話だしいい。そこまではいいとしても、なんで誕生日までわかるんだ。
「まあ、プロとしての嗜みってところかな」
なんだ、なんのプロなんだ。いや、聞きたくない。聞きたくないぞ。特に腕の中に抱かれているというこの状況では!
「ともかくとして、君」
「……あー、えっと……私、瞳島眉美と言います」
この状況で教えるのは非常に嫌だったが、しかし君、君、と呼ばれ続けるのもまた気持ちの良いことではなかったので、仕方なく名を名乗った。
「へえ、マユミちゃんと言うのかい。いい名前だね。きっとご両親に恵まれたんだろう」
そんなことをなんだか甘くなりつつある声色で言いながら、彼は私を抱く腕に力を入れた。
「今から、僕は君を襲ったあの怪異を倒すつもりだ。だけど——その際に、君を抱えたままじゃ、戦えるかわからない」
「あ、じゃあおろしてもらって——」
「そこでだ」
私の言葉を華麗に遮って、彼は言葉を続ける。
「マユミちゃん。本当に悪いんだけど、君の方から、僕の体にしがみついてはくれないかな? そうすれば、僕は君を守ったまま両手を自由にできる」
いやです。そう答えられたら良かったのだけれど、しかしすでに腕の中に囚われた状態でそんな風に答えてしまったならば、一体どんな目に遭わされるかわかったものではない。
「わ……かりました」
私は言って、彼の首に手を絡める。
「おいおいマユミちゃん、それじゃあ首からぶら下がっているだけだ。戦っている最中にぶらぶら揺れちゃって、危なくって仕方がないぜ。もっと全身を使って、しっかりと僕にしがみついてくれ」
「……いやあの、私、今日スカートで」
「さあ、マユミちゃん! 恐れずに僕に絡みついてくれ!」
……私は仕方なく、両手両足を使って怪談百面相にしがみついた。まるで木に抱きつくコアラのように。
「こ、これでどうですか?」
「——最高だ」
左様でございますか。それはようございましたね。
私の気分は最悪だよ、クソが。
「さーて、待たせて悪かったな、哲人Q。それじゃあいっちょ——やり合おうぜ」
「 …… 乱入者 反則 反則 反則 ! 」
そして——怪異と怪異の喰らい合いは幕を開け。
その決着は、瞬く間に決することとなる。
感想、評価、お気に入り登録、ここすきなどなど、して頂けると励みになります。
よろしくお願いします。