推し活に励む底辺冒険者、レア素材を貢いで実力者をざわつかせる   作:フーツラ

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第33話 目を覚ましたロジェ。目を覚ました勇者

 エルルちゃんの胸が俺の手を包んでから、世界は急に彩りを増した。それまでくすんで見えていた風景が嘘だったように輝き始め、輪郭がはっきりした。

 

 柔らかさと張り。それぞれ相反するように思えるが、エルルちゃんの胸は見事にその両方を表現する。

 

 つまり至高。神。いや、神をも凌駕する存在。それがエルルちゃんである。

 

 生きとし生けるものは、エルルちゃんの前に首を垂れるべきであり、その存在に感謝の祈りを捧げるべきなのだ。

 

 エルルちゃん。存在してくれて、ありがとうございます! と。

 

「ロジェ! ちょっと怖いんだけど! 何をずっと一人でつぶやいているのよ!」

 

 地下街の人通りの多い十字路でエルルちゃんの素晴らしさについて説いていると、急に声を掛けられた。見ると、巨漢の冒険者ブーマーだった。

 

 同性愛者向けの風俗店で働く男であり、地下ギルドのメンバーでもある。

 

「エルル教の信者を集めているのだが? お前も入るか?」

「入るわけないでしょ! てか、宗教とか本当にやめた方がいいわよ? 絶対に嫌われるから!」

 

 ブーマーが唾を飛ばしながら、がなる。汚いやつだ。

 

「お前、先にエルル教を開宗されたのが悔しくて言っているだろ?」

「そんなわけないでしょ! 本当にやめた方がいいから、忠告してあげてるの! そもそも、エルルちゃんの許可は取ったの!?」

 

 唾を躱しながら考える。確かに、エルルちゃんの許可はとっていない。これは不敬に当たるのだろうか?

 

「許可を取ったほうがいいか?」

「当たり前でしょ! というか、絶対に嫌がられるから、エルル教の開宗を諦めた方がいいわ!」

「ちっ。五月蠅いデブめ」

 

 しかし、ブーマーの言い分にも一理あるように思える。とりあえず、現時点で信徒を集めるのはやめておこう。

 

「失礼ね! あんたが失神ばかり繰り返すから、私がエルルちゃんを地上に送っていってあげたんだからね! 感謝しなさい!」

「デブ、ありがとう」

「デブデブって言わないで! 豊満でわがままなボディって言いなさい!」

「豊満でわがままなデブ」

「うるさい!!!!」

 

 言い終えたブーマーは肩で息をして呼吸を整え始めた。少しして、やっと普通に話せるようになる。

 

「あっ、そうそう。冒険者ギルドが王国全土の冒険者に対し、『灰色の髪の男』についての情報提供を求めているわよ」

 

 ちっ。面倒なことを。

 

「灰色の髪をしたF級冒険者はもういない。俺は黒髪のロジェ。地下ギルドのメンバーだ」

「そうね。地下ギルドのメンバーがあなたを売ることはないわ。安心して」

 

 急に真面目な顔になって、ブーマーはそう言った。

 

「ただ、王国のあらゆる勢力が『灰色の髪をした仮面の男』の力を求めていることは間違いないわ。そして、帝国は――」

「灰色の髪をした仮面の男を脅威だと感じている。出来れば排除したい」

 

 ブーマーは黙って頷く。

 

「レアモンスターを狩る時は、これまで以上に気を付けることね」

「あぁ。肝に銘じるよ」

 

 その後、ブーマーは「お店の時間! 今日はお得意様が来るの!」と言ってルンルンで駆けていった。地上に出て、スラムの風俗店で働くのだろう。

 

「厄介なことになってしまったなぁ」

 

 とは言え、時間は巻き戻せない。

 

「考えても仕方がない。レアモンスターの情報を集めるか」

 

 俺は地下街の中でも情報通が集まると言われるバーへと足を向けた。

 

 

#

 

 

 リンデ王国の南部にある農村に、一人の男が訪れた。男は灰色の髪に白い肌。鋭く油断のない灰色の瞳をしていた。

 

 男の身を包むのは、王国では見慣れぬ異形の装束――身体に密着する漆黒の戦装束。その姿は、村人たちのざわめきを誘った。

 

 人々は遠巻きに集まり、警戒しつつ何事かと相談し始める。しかし、男は微動だにせず、ただ村の入り口に佇んでいた。何かを待っているのか、それとも己の所在を定めようとしているのか――その真意は謎に包まれていた。

 

 一刻ほど議論を続けたあと、集団に交じっていたベテラン冒険者が出て、村の入り口に向けて歩き出す。そして、奇妙な男に話し掛けた。

 

「俺はA級冒険者のランベルトだ。モンスターの調査依頼を受けて、たまたまこの村に滞在していた。――お前は何者だ?」

 

 ランベルトは警戒した視線を男に向ける。

 

「俺はレンヤ。気が付いたら、この村の近くにいた……。目の前にドラゴンがいたので殺したのだが、もしかしてお前の獲物だったのか?」

「……ドラゴンを一人で? 本当か?」

 

 眼つきを更に鋭くし、ランベルトは強い口調で尋ねた。

 

「嘘をつく理由がない。まだ死体はあるから見てくればいい」

「……そうだな」

 

 ランベルトは悩み始める。

 

「さっき、気が付いたらこの村の近くにいた。と言っていたが、その前は何処で何をしていたんだ?」

 

 途端、様子がおかしくなる。

 

「……思い出せない……」

 

 レンヤと名乗った男は右手で頭を押さえ、絞り出すような声で答える。

 

「記憶喪失なのか?」

「……すまない……以前のことは、何も覚えていないんだ……」

 

 ランベルトは口に手をあてて考え始めた。

 

「分かった。とりあえず村の集会場に行こう。そこで茶でも飲みながら状況を整理する」

「すまない……」

 

 レンヤはランベルトに連れられて、農村に足を踏み入れ、そのまま一番大きな建物に入った。

 

 ガランとした空間に無骨な長テーブルと簡素な丸椅子が幾つも並んでいる。

 

 二人は対峙するように座り、お互いに探り合うように視線を交わらせる。その雰囲気に緊張したのか、強張った顔の村人が茶を運んできた。

 

 ランベルトが湯気立つ茶を一口すすると、レンヤもそれに倣って口をつける。

 

「変わった服だな」

「どうやら、そうらしいな」

 

 二人はお互いの服装を見比べる。

 

「それに灰色の髪に灰色の瞳。王国では珍しい風貌だ」

「そうなのか?」

「あぁ」

 

 ランベルトはじっとレンヤの反応を見ている。

 

「いま、王国の全ての冒険者はギルドから情報提供依頼を受けている。その依頼は『灰色の髪をした男』についてだ」

 

 レンヤの白い肌が更に青白くなる。

 

「その灰色の髪の男は……何か罪を犯したのか……?」

「いや、むしろ逆だ。灰色の髪の男は王国を荒らしていた盗賊団の頭領を討った英雄だ。冒険者ギルドはその礼をするために、男を探している」

 

 瞳を細くし、レンヤは少しだけ口元を歪めた。まるで、笑い出すのを堪えているかのように。

 

「記憶を無くすまえの俺が……その英雄だと?」

「その可能性はあると、俺は考えている」

 

 そう言うと、ランベルトはティーカップの茶を飲み干した。レンヤも続く。

 

「レンヤ。俺と一緒に王都に行ってみないか? しばらくは俺が面倒をみる」

「お願いできるか?」

「任せておけ」

 

 二人は立ち上がり、がっしりと握手を交わす。二人とも、ひどく満足気そうな顔をしていた。

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