「ありがとねぇ、アオバちゃん。おかげでひもじい思いしなくて済むよー」
「いえ、このくらいでしたら」
胸の前で手を合わせてぺこぺこする先生に、素っ気ない返しになっちゃったかな……と思ったけど、口から出てしまった言葉は戻らない。
――先生なんだから、偉いんだから、他の上司とか幹部みたいに、上からの発言をしてもらった方が、よっぽどやりやすいんですけど。
とは思うけれど、先生は初めてお会いした時からずっと変わることなく、私たちの隣で支えてくれる大人、という印象で。どこか頼りなさげにも見えるその態度は、私たちにとって、親身にしてくれていることの裏返しで。
私はそんな先生の態度を、やっぱり好ましく思えない、なんてことはなかった。
むしろ先生に釣られて恐縮してしまうくらいで――。
だって今、私の目の前には。電子レンジの修理のお礼として持たされた、大きなビニール袋が二つ。そのどちらにも、お菓子の詰め合わせや、雑多なお菓子がたっぷりと詰められていた。
「逆に、こんなにいただいてしまっていいんでしょうか……?」
「いいのいいの。アオバちゃんに電子レンジを直してもらったお礼に比べたら全然だけど。アオバちゃんがよかったら貰っちゃって」
初めてシャーレに行って物の修理をしたとき、給湯室で見かけた、籠に入ったたくさんの駄菓子。物珍しさと美味しさでいくつか頂いていたら、偶然入ってきた先生にそれを見られたばかりか、嬉しそうに『アオバちゃんはおいしそうに食べるねぇ』って言ってくれて、恥ずかしいのと嬉しいのとで顔がすごく熱くなったのを覚えてる。そんな慌てる私を撫でてくれる先生の手付きが、優しくて気持ちよかったのも覚えてる。
そしてそれから一週間後、また先生からヘルプの連絡が入って、再びシャーレを訪れたところ、給湯室どころか作業用スペースのすぐ近くに、文字通りこんもりと駄菓子が積まれていた。別に駄菓子を食べられるのを密かな楽しみにしてたとか、また食べられるかも……とか期待してた訳では全然、無かったのだけれど――。
聞くと『アオバちゃんがおいしそうに食べるから、つい駄菓子屋さんで一杯買ってきちゃった』だとか。そしてそれは、三回目の今日も同じように準備されていて。そればかりか、帰り際に『もらい物なんだけど、どう?』と言われて、ゼリーのセットやフルーツジュース詰め合わせやら、スコーンセットやら、そしてたくさんの駄菓子やら、両手で持たなきゃいけないくらいのものを持たされてしまった。
先生に頼りにされるのは嬉しい。ただ、それは見返りを期待してのものなんかじゃなくて、先生にいただいた恩をお返しする、って考えでしかなかったから。逆に貰ってしまったら、またお返しする恩が増えてしまうな、と思ってしまう。
「これだけの量、しかも、物自体も結構お高いんじゃ……」
「いいからいいから。アオバちゃんにおいしく一杯食べてもらった方が食べ物も幸せだよ」
「…………では、いただき、ます。先生、ありがとう、ございます……!」
「ん。こちらこそ。いつもありがとね、アオバちゃん」
修理の合間に駄菓子を食べてるところを先生に見られて、私はいっぱい食べる子という印象を持たれたらしい。
――恩をお返しするだけと思ってたけど。いいこともあるんだな。
工具を整理して詰めていると、先生のスマホが音を立てる。割と最近は聞き慣れた――ノゾミとヒカリのせいで――モモトークの着信音だった。何やらスマホを操作してるのを見ると、先生は相変わらずお忙しいようだ。
「ね、アオバちゃん」
「なんですか?」
スマホの操作は終わったのか、顔を上げると、頬杖をついて、にっこりと笑みを浮かべる先生がいた。
「ノゾミちゃんとヒカリちゃんとは、あの後どう?」
「どう……とは?」
なんで幹部達のことが出てくるんだろうと思う。
「仲良くしてる?」
「…………、まぁ、一方的に絡んできたりはしてます、ね。モモトークを送ってきたり、お昼ご飯を食べてるときに突撃してきたり。……明日も、予定が入りました。急に」
「そ。よかった」
笑顔で頷く先生。……ふと、それまでのやりとりで頭に過ぎったものがあった。
――まさか、ノゾミやヒカリが私に絡んでくれてるのは、先生のお願いだとかじゃないだろうか、と。
私は、先生の掌の上で躍っているだけでは――――。
私の顔を見ていた先生は、吹き出すように笑う。
「あははは、ないない。そういうのは無いから、安心して」
手を左右に振る。――私、何も言ってないんですけど。
「生徒のことを助けるのは、私の仕事。でも、それ以上は余計なお世話になっちゃうから、何もしないよ。助けを求められたら、誰でも、手を差し伸べる。それまでは、生徒に自由にしてもらう。それが私のスタンスだから」
手を振って先生は私の考えを否定する。先生は嘘を吐かない――というよりも、大人なのに、嘘を吐くときはバレバレだ。だからその言葉は、真実なのだと思う。
――と、するなら。ノゾミとヒカリは、本当に……。
「アオバちゃん。じゃあ、明日の予定は楽しみ?」
「…………まぁ、はい」
否定は出来ない。そして、言葉にしたもの以上に、正直、楽しみにしている私が居る。
答える私に、先生の笑みがより深くなって。そして何度も、頷いて見せた。
「私ね。アオバちゃんが、未来に期待できるようになったら嬉しいなって思ってたからさ。それを聞けて、嬉しい。可愛い生徒が成長してるなぁって」
「……成長…………」
そういえば、あの時の地下鉄で先生はそんなことを言っていた。モモトークでも、言ってくれていた。ノゾミとヒカリと、そして先生に会うまでの私と、今の私は。……たぶん、違うと思う。
世の中は相変わらず大変なことばかりだし、ノゾミとヒカリを除く
寝る前に、『明日なんてこなければいいのに』とは、もう、思わない。
先生と会える回数はそんなに多くないけど。ノゾミとヒカリとは、毎日のように会ってるし。その時間も、決して、嫌じゃなくて。むしろ、楽しいかも、と思えるくらいで。
「はい。…………明日が来るのが、待ち遠しいです」
「そっか」
先生は短くそう言って、嬉しそうに目を細めた。
ポコン、とモモトークの着信音が聞こえた、と思った、次の瞬間。
「アオバはっけーん。とつげーき」
「とつげーき! パッヒャヒャッ!」
シャーレのドアが開く音と共に、すごく聞き慣れた声が聞こえてきた。
素早く動いてきたそれは――というか、ノゾミとヒカリは、床の上に置いてあった袋に手を突っ込んだかと思うと、そこから取り出したのは薄黄色のパッケージの、駄菓子。
「あっ、それ、私が先生からいただいたものなんですけど!?」
「ひとつやふたついいじゃん。あ、おいひい」
「やはりおいしん棒はー、こふぱ最高ー」
「食べながらしゃべらないでほしいんですけど。ああもう、食べかす落ちてる! ここは休憩所でも控え室でもなくて、先生の執務室なんですけど!」
「あははは」
先生が大きな笑い声を上げる。何がおかしいんだろう。
「アオバちゃんが楽しそうで何よりだよ」
「楽しそうに見えるんだったらこの二人を止めてほしいんですけ――あああ! 先生から頂いたゼリー!」
「ひとつやふたつくらいいいじゃんいいじゃん。減る物でもないし」
「食べただけ減っちゃうんですけど!」
ノゾミは目にも留まらない速さでゼリーを開け、食べ始めている。ノゾミを注意している間に、いつの間にかヒカリまで私のゼリーを食べていた。ああああ、先生からせっかくいただいたものなのに…………。
これだから、これだから、
◇◇◇
シャーレの中は、ノゾミとヒカリのおかげで急に騒がしくなった。やっと収まったかと思うと、それまでの騒がしさのせいで、余計に静かに感じられる。
今、ヒカリは先生になでなでを
そしてノゾミはシャーレのソファに寝転がって、スマホで何かを見て笑い転げている。――本当、ノゾミは自由で羨ましい。
「で、二人は何の用なんですか。先生は相変わらず忙しいんですけど。二人と遊んでる暇はないんですけど。ね、先生」
「まぁ、これが私の仕事みたいなものだし」
ヒカリを撫でながら、先生は言う。ヒカリはむふー、と息を付いて、そして先生の手が自分の頭から離れないように、しっかり両手でホールドしていた。
……先生がお忙しいのは二人とも知ってると思うんですけど。……まったく……。
「否定してください。そうじゃないと二人はどこまでもつけあがります」
「私も用なしに先生のところに遊びに来たりしないもん。ねー、先生」
「ふふ、そうね」
「どうだか……」
この間、【先生のとこに遊びに来てる!】ってモモトークを送ってきたの、忘れてないですからね。
「今日だって、アオバがここに居るって先生から聞いただけだしね、パヒャッ!」
先生に届いていたモモトークは、どうやらノゾミからのようだった。
……ん?
「…………私?」
「そ、アオバー」
「実はさー、ヒカリと一緒に銃を整備してたら、また変になっちゃって。アオバに助けて貰おうって思って」
「え……。まさか、またハンマーで叩いたりしてませんよね?」
「してないって! アオバにモモトーク送っても返事がないから、先生なら知ってるかなって送ってみたってわけ」
慌てて鞄の中のスマホを確認すると、確かに何件もモモトークの通知が来ていた。
「す、すみません。修理で気づいてなくて」
「いいっていいって。アオバが修理に集中してたら声が聞こえなくなるのは分かってるし」
「ううぅ…………」
分かって貰えてるのが嬉しいような、それをまっすぐに受けていいものかと悩む。
「ね、せんせー、そんなわけだから、アオバ借りてっていーい?」
「私は貸し借りされるものじゃないんですけど!」
「いいよ。私の方はお願いした修理は終わったし」
「先生!?」
かけられていた梯子が外された瞬間だった。これ幸いと、ヒカリが私の手を引っ張る。
「ちょっ……引っ張らないでほしいんですけど!」
「ごーごー」
「ついでに明日に行く場所とかも決めちゃお。あと修理終わったらピザパね」
「もう予定ばっちり決めてるんですね。……いやもう慣れたのでいいんですけど」
ああもうどうにでもなれ、と思いつつ、ヒカリに引っ張られるままにシャーレの出口へと向かうと。
「ノゾミちゃん、ヒカリちゃん」
「なぁに?」「んー?」
先生が、
「アオバちゃんは、二人から見てどう?」
「友達で、きゅうせいしゅー」「友達で、頼りないけど、すっごく頼りになるよ!」
「――――――」
すぐさま、同時に、ノゾミとヒカリが答える。まるでその言葉は、最初からそう言うと決めていたかのように。それが飾ったような言葉ではなく、まっすぐなもので――胸が温かくなるのが、分かる。
重なった部分の言葉が、余計にはっきりと聞こえて――顔が熱くなるのが分かる。
先生はもしかして、私にこれを聞かせたかったんじゃ。いや、考えすぎかもしれないけど。
「ん、そっか」
満足げに笑顔になる先生は、頷いて、言う。
「アオバちゃんを、よろしくね」
「まかせてー」「もちろん!」
――これは、どっちの意味なんだろう。
この後の整備のことだろうか。それとも、それ以降のことだろうか。
どっちかは、分からないけど。
でも。
「――――――~~~~~~ひ、引っ張らないでほしいんですけど!? 自分で歩けるんですけど!」
二人の言葉のせいで。顔が編に緩みそうになるのは、どうしても抑えきれそうに無かった。
シャーレに雑に遊びにくるノゾヒカは、先生から見たら親戚の孫みたいなそんな感じなんじゃないかなぁと思わなくもないし、そこにアオバが加わったらアオバは間違いなくノゾヒカに対する姉(※妹たちが従ってくれるとは限らない)な立ち位置なんだと思います。
そんな三人模様を先生視点でずっと眺めていたいなって思います。
ここまで投稿したノゾヒカアオバ作品の、同じ分量ほどの書き下ろしを収録した小説本を夏コミで頒布予定です。
続報をお楽しみに。