ノゾヒカアオバ作品   作:みょん!

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静かなお昼の乱入者

 お昼の時間は、一日の中で数少ない癒やしの時間。

 同僚とも顔を合わせる必要がなくて、上司や幹部からの連絡も『休憩時間なので』という理由で無視できる。――時々掛かってくる上からの電話は、全部無視したい。でも取らないと延々と掛かってくるから取らないといけないし、しかもそんな電話に限って長くて、電話が終わったら残り五分しかない、とかは割とよくある話。仕事関係の電話で使った時間くらいは、仕事扱いにして欲しいんですけど……。

 今はスマホも鳴らず、平和な時間。いつもの、風通しがいい木陰で食べるコンビニのお弁当は別格で――。

「アオバはっけーん」

「パヒャヒャッ、ほんとだ!」

「…………ん?」

 なんだか聞き覚えがあるような、そして勝手に眉間に皺が寄るような、声がした。

 きっと空耳だろうと思う。まさか、曲がり無きにも幹部ともあろう人がこんな所に――。

 ふと、頭上から若草色の髪の毛が降ってきたのはその時だった。

「アオバ、ご飯中ー?」

 頭上から聞こえてくる声に視線を上げる。私を上から覗き込んできたのは、ぽやぽやとした顔。

 橘ヒカリ、大変な目にあったあの時に一緒になった、姉の方。

「おいしそうな物食べてんね。私にもちょーだい」

 続いて聞こえてくる声に、視線を前に。

 私の前の方に回って、あろうことか私が後で食べようと残していた厚焼き卵をひょいと抓んで口に入れたのは、見るからにイタズラ好きそうな顔と、行動。

 橘ノゾミ、列車の整備をするだけだったはずの仕事が大変なことになった時の、妹の方。

「…………え、と」

 ハイランダー鉄道学園のCCC――つまり幹部――の二人が、なぜか昼食中の私の元に、やって来た。

 幻聴でも幻覚でもなく、本物だ。そうじゃなきゃ、私の頬を抓む感覚なんてあるはずがなくて。というか、口の中に物入ってるんですけど……。

 慌てて飲み込んで、そして上の方を見、そして正面を見る。片方は私を見下ろしてむふん、と満足そうな顔をして。もう片方はしゃがんだ膝の上に顎肘を乗せてイタズラっ子が浮かべるような顔をして。そのどちらも、私の反応を伺うような顔をしていた。

「…………なん、ですか。何か、用でも?」

 思い当たる節はない。上司から勤務命令があるわけでもない。こっちからの用がないとすればあっちの方だけれど――二人が私の所に来る理由も、分からない。

「ご飯食べに来たー」

「そうそう。私たちも昼休み、ってね」

 そう言ったかと思うと、ヒカリは私の左に。ノゾミは私の右に腰を下ろす。まるで私を挟むような位置関係。私を逃がさないと言うかのような体勢。

 ――ご飯を……? 何が、目的なんでしょう。まったく分かんないんですけど……。

 膝の上に載せたままのコンビニ弁当が落ちないように手で支えつつ、左右を警戒。何をされても飛び上がって驚かないように、と覚悟を決めていると、背負ったバッグの中からビニール袋を取りだした。その中から出てきたのは、菓子パンや、三角形のサンドイッチ。

 本当に、ご飯を食べるつもりのようだった。

 でも、分からない。なんで、わざわざここに来て食べるんだろう、と。

 幹部には専用の部屋が合って、そこは冷房も空調も効いていて、少なくとも現場の人(わたしたち)が使うような休憩スペースや外よりは、よっぽど快適なはずなのに――。

 そう思ってるうちに、二人はビニール袋を開けて、パンを食べ始める。表面に砂糖がまぶされたパンを食べるヒカリは、噛む度に顔をほころばせ、小さな鳴き声を上げる。

「……どうして、ここに来たんですか?」

「んー? なんでって言っても、ねぇ」

「んー」

 聞かないではいられなかった。場所だけで言えば、数メートル離れた先に同じ大きさの木もあるから、木陰で食べるのならそこでもいいはずなのに。なんでわざわざ、私の隣、なんかに――。

「友達でも、ないのに」

 あ、と。思ってからでは遅かった。頭に思っていた事が口から勝手に出るのは、癖、というか、私の、気にしていても治らないところで。

 小さく出た声だったから、二人に聞こえてなかったらいいなと思ったけれど。ヒカリもノゾミも、私の顔をじいっと見てくる。――聞かれてしまったようだった。

 怒るのかな、とか。失望されるのかな、とか。呆れられるのかな、とか。膝の上のコンビニ弁当をひっくり返されるのかな、とか。様々な未来が頭の中に浮かんで――。

「ともだちー」

 そのどれも、起きることはなかった。

 最初に感じたのは、声。そして左の頬に感じる、突き刺さる感覚。

「…………はい?」

「そうそう、今更じゃん?」

 ほんの少し遅れて、左の頬からも同じ感覚。こっちは少し、爪が刺さる。

「……ええと?」

 両方の頬に圧力が掛かって、少し、しゃべりにくい。

 イタズラをするような声と、ため息交じりの声に、うまく思考が追いつかない。

 あと、ヒカリが何やら聞き慣れない言葉を言ったな、と思って、いると。

「アオバと私たちは、友達。モモトークを交換した次点で、それは確定的に明らかー」

「………………」

 見せつけるかのように、私にスマホの画面を見せてくる。「ひかえいひかえーい。この画面が目に入らぬかー」などと言うヒカリのスマホには、私の名前と、私とのモモトークのやりとり――とは言っても、ほとんどが一方的にヒカリが送ってくるだけなのだけれど――が表示されていた。

 というか、幹部連中(ノゾミとヒカリ)は業務時間内外に(かか)わらず送ってくるから、返せないときも怏々(おうおう)としてある。むしろ返せない時の方が多いのに、この二人は懲りずに送ってくる。

 それも、内容なんてものはなくて。『アオバー、ヒマー』だとか『今何してんの? 私は仕事!』だとか。私の数少ないトーク画面は、ツッコミ所しかないモモトークに溢れている。

 ――私なんかに、構ってくれなくてもいいんですけど……。

 そう思う一方で、少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しいなって思う自分も、いて。

 でも心のどこかでは、裏切られるんじゃないかって線を引く自分も居て。

 その関係に名前を付けることに、私は、どうしても――。

「アオバはー」

 私の頬を突く指が、気づけば頬を引っ張るものに変わっていた。余計にしゃべりにくくなって、『止めてほしいんですけど』という短い言葉も返せない。

「友達なるー? って言ったとき、断らなかったから。友達確定ー」

「ま、そういうこと。同じ舟に乗った者同士、ってね」

「……乗ったのは列車ですけど」

「おんなじおんなじ。――ということで、これ貰うね」

「――――え、あっ!」

 私が気づいた時には、卵焼きの次に残していたミートボールがノゾミに奪い取られていて。それはすぐにノゾミの口の中に放り込まれた。

「…………うぅ、後で食べようと残しておいたのに……」

 これだから幹部は。これだから自由人は――。

 ほんの少し気を許した瞬間の愚行に、やっぱり人は信用しては。常に周りを警戒しなきゃ……という思考が、私の頭に過ぎってくる。

「はい、こーかん」

 途端、目の前に差し出されたのは一片のサンドイッチだった。

 断面からは、ハムとレタスとチーズがしっかりと端まで入っているのが見える。エイトプレミアム――プレミアムなのは名前だけ――の見せかけの安物ではない、ちゃんとしたもの。

 それが、私の目の前に差し出されている。こーかん、と、ノゾミは言う。

 こーかん。……交換……?

「え、と……分かんない、んですけど…………」

「卵焼きとミートボールとサンドイッチ一かけ。これなら公正なトレードじゃん?」

 公正か、どうかは、分からない。けど。

 取られたあとで返ってくるという、正しい意味の『交換』とは、少し違うけど。

「…………」

 でも。ちょっと、嬉しいなと思った。

 食べ物が返ってくることにではなくて。なんか。……誰かと一緒にご飯を食べるっていうのを、実感として、感じられたから。

「……で、は。貰います、ね」

「ん。貰っちゃって貰っちゃって」

 一口食べる。……思った以上に、レタスもシャキッとしてて、私が知っているサンドイッチとはまるで違うもののように感じた。なんだろう、コンビニで買うものとは全然――。

「アオバ、おいしそうに食べるじゃん? パヒャッ」

「アオバは、意外と食いしんぼう」

 かと思うと、左右から茶化す声が聞こえてきた。――折角、人が感慨に浸ってたと言うのに。

「~~~~このくらい食べないとお腹が空いて仕事にならないんですけど! これだから現場を知らない幹部ってのは!」

「大丈夫大丈夫、アオバが太ってるとか思ってないから」

「むしろ痩せてる方ー。いっぱい食べていっぱい大きくなるべき」

「そういう事じゃないんですけど!?」

 ああ言えばこう言う。一つ返せば左右から二倍になって返ってくる。何を言っても面白がって返してくる。

 お昼ご飯で、誰かと話すというのが、珍しくて、新鮮で、久しぶりで。

「~~~~~~もう! これだから!」

 癪だけど。本当に、癪だけど。……ほんのちょっとだけ、楽しいかな、と思ってしまった。

 でも、そんな昼食は、これが最初で最後だと思う。幹部連中の一度きりのきまぐれなのだと、そう、思うことにする。

 期待しちゃいけない。こういうことを望んではいけない。だってそうじゃないと――望まない結果になったときに、やるせない気持ちになるだけだから。

 やがて、ノゾミもヒカリも食べ終え、しばらくの雑談の時間があって。スマホがアラームの音を立てたかと思うと、立ち上がって、私に背中を向ける。

「ばいばい、アオバ」

「じゃーねー!」

 私に手を振って、帽子を被り直す二人を見て。

 ――ほんの一瞬の、夢みたいな時間でしたね、と思ってると。

 ノゾミがおもむろに振り返る。そしていつものように、イタズラっぽい顔を浮かべて。

「じゃ、明日も来るね」

「……はい?」

「アオバと私は友達ー。友達は一緒にご飯を食べるものー。きゅーいーでぃー」

「…………え?」

 ヒカリもそれに続く。

 二人が言うことは、それは。つまり。

「明日は私たちもお弁当ー。おかずの交換、しよーねー」

 そう言って、二人はぱたぱたと走って行く。「急がないと遅れそう! まずいね!」だとか「すこしくらいへーきー」だとか、幹部らしいやり取りをしながら。

 そんな二人の後ろ姿を見て。

「…………ほんとう、幹部連中ってのは、全く…………」

 勝手に、ため息が出た。

 でも。

 どこか。

 …………明日に期待してしまいそうな、私が、いた。




ノゾヒカアオバでわちゃわちゃするお話が読みたかった。
ので、書きました。
ノゾヒカアオバで賑やかに騒がしくお昼食べててほしいし、次の日が来ることを楽しみにしている、そんなアオバちゃんが見たいなって思いました。
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