珍しく作業が定時で終わった日の、夕方のこと。
課題を終わらせようと机に向かっていて――。
ポコン、とモモトークの受信音が聞こえた。
「…………はぁ」
勝手に、ため息が出た。
――上手くいった(と思った)時に限って、後で何かが発覚して、結局いつも通りの作業時間になるんですよね……。
いつものことだから、今更失望もなにも無いけれど。
――連絡が来るのなら、先生か、ノゾミかヒカリの方がいいのにな。
そう思っている自分が居て、もう一つため息。そんな都合のいいことなんて、無いのに。
なんて思っているうちに、ポコン、ポコン、と立て続けにモモトークが来ていた。
上司は相当おかんむりらしい。……頭はもう学習モードに入ってるから、作業の思考に切り替えるの大変なんですけど。
ため息を一つ吐いてから、充電ケーブルに繋がっているスマホを手に取る。
「…………え」
表示されていたのは、【ヒカリ】、一件、のみ。
上司からのモモトークでは、なかった。
「…………えっ!?」
慌ててモモトークを開く。最初にモモトークが来てからどのくらい経ったろう。心の中で謝罪しながら、ヒカリとのトーク画面を開く。
【アオバーへるぷー】
頭に、ヒカリの声が聞こえた気がした。トークの発言は、その下にも続いていた。
【銃の整備してて】
【変だったから】
【叩いたら】
【曲がった】
「………………」
見間違いかと思って、目を擦って、もう一度見る。同じだった。
思わずため息が出て、『いや、まさか、そんなことは』と瞬きをして、もう一度見る。同じだった。
「なんでそんな精密な物を叩いたんですか!?」
口からも声が出て、同じ内容をモモトークにも打ち込んだ。
私たちは一人一丁の銃を持っていて、それを整備するのは私たちの義務。――というよりも、整備しないといざ必要となったときに弾詰まりしたり使えなくなったりして、結局は自分にツケが返ってくる、とは、学校の授業でも、家でも、色んな人から口酸っぱく言われてることだと思うんですけど。
どうやら話を聞く限り、ノゾミもヒカリも銃の整備は苦手――というよりも、めんどくさがっているだけの気がするけれど――らしく、割と適当にやっているらしいというのは、いつかに一緒にご飯を食べたときに聞いたこと。
だから時々、お昼の時に『銃の整備してますか?』とか言ってるんだけど。『先生みたいなこと言うね、パヒャッ』だとか『おしゅうとー』だとか言われるくらいで。
で。
目の前のモモトークに表示されているものは。
……正直、あまり、信じられない内容で。
――繊細な、銃を、叩く……? そんなことしたらそうなるに決まってるんですけど!
言葉を続けようとしたところで、ヒカリのモモトークが届く方が早かった。
【アオバが】
【叩けば直るって】
「う、」
――言いましたけど。……確かに、一言一句間違いなく、しかも何回も、言いましたけど!
作業場に『遊びに』来たときだって、お昼を一緒に食べてるときだって、修理の話になったときは、大体、言った覚えがある。
でもそれは、時と場合と物によるもので。何でもかんでも叩けばいいものじゃなくて。
――というか、銃なんて繊細なものはその最たる物なんですけど!
【なんでも叩けばいいってもんじゃないんですけど!?】
目の前にノゾミとヒカリがいたのなら、たぶん説教に近い感じで言ってたと思う。でも今はモモトークを介してのやりとりでしかない。そして言葉というのは、文字にするとよりトゲが鋭くなるということは、私が嫌と言うほどに知っているから。
――アオバ、へるぷー
ヒカリの、何回か聞いたことのある声が、頭を過ぎる。
私が悪いかどうかで言えば、たぶん悪くはない。私が責を問われるものじゃない。
でも。友達が困ってるのを、助けを求められているのを見て見ぬ振りなんてのは、できない。
【今、どこですか】
そう送ると、すぐに書き込み中の表示が出る。
【おうちー】
二人の寮の場所は知ってるし、徒歩で行ける距離だ。
【待っててください。今、行きます】
――何かに困ったら、呼んでくださいね。
確か、モモトークを交換したときに、なんて言えば分からなくて、先生にしたときと同じようなことをノゾミとヒカリにも言っちゃった気がする。
本当に頼ってくれるのは、……それでも……嬉しいな、と思う。
私はいつも持っている工具入れとスマホを持って、一度脱いだ作業着に着替え直して、部屋を出た。
◇◇◇
「おー、アオバー、きゅうせいしゅー」
「ありがとね、アオバ」
チャイムを慣らすなり、ぱたぱたと走るような音と共に二人が出迎えてくれた。
部屋の中からは、嗅ぎ慣れたグリスの匂いがして、銃の整備をしているのは確かに思えた。
……の、だけれど。
「…………ん?」
グリスの匂いに混じって、何やら香ばしい匂い。それはまるで、作業場でご飯を食べるとき感じるような感覚の、それ。
「いえ。……そ、それで、銃ってのは、どこ、ですか?」
「こっちー。あがってあがってー」
「アオバが来てくれて助かったよ。このままじゃ、明日以降の鎮圧は銃でぶん殴るとこだった」
ヒカリに手を引っ張られて、そしてノゾミから物騒な声が聞こえたのは、聞かなかったことにした。
――もしかして、銃が変になった理由って、銃
そう思ったのだけれど、詳しくは聞かない方がいいと思った。
「うわぁ……」
二枚の白色の布の上に、それぞれパーツ単位に分解されて置かれた二人の銃は、銃身がくの字に曲がっていた。角度の調整だとか、そういうのじゃなくて、そもそも曲がってはいけない方向に曲がっていて――二人の視線を感じていた以上、顔に出ないようにするのが大変だった。
――これは、想像以上に酷い、んですけど……。
「……えと、ちなみに、何で叩いたんですか?」
「え? これー」
トンカチだった。しかも、割と、大きめの。
私でさえ、叩くときはパイプレンチか、スパナくらいなのに。そんなので叩いたら、間違いなくそうなるというのは自明だと思うんですけど。
……のだけれど。二人は、私の『叩けば直ります』という言葉を信じて、叩いた。そして、こうなった。
そして助けを求めたのが、私。『マッチポンプ』という言葉が頭を過ぎるけど、それはそれ。
頼られたのなら、力になりたいから。業務範囲外の仕事は嫌だけれど、友達のためなら、いくらでも、やってあげられる。
「……直るっていう確証は、ないですけど。やって、みますね」
「アオバ、おねがーい」
「任せたよ!」
「そこの作業用の机は、使っても大丈夫ですか?」
「だいじょーぶー」
「机なんて全然使ってないからね!」
背後に二人の声を聞きながら、私は愛用の工具箱を開いた。
「え、と…………」
スマホに二人の銃の取扱説明書を表示させて、丁寧に叩いていく。
――銃は叩いたら駄目って言ってたじゃん!
とノゾミがうるさく言っていたけれど、ここまで行ったら叩いて直すしかない。
そういえば。と。
鼻から息を吸う。グリスの匂いと、鉄の匂いがすぐ近くから香ってきているのは変わらないけど、先ほどから――というよりも、家に来たときから――感じていた、香ばしい匂い。
なんだろうな、と思いながら、もう一度銃身を曲がった方向から逆側に叩いて行って――。
「アオバー」
突然、背後から声がかけられた。
「はい、あーん」
声と共に香ってきたのは、グリスとも、鉄とも違う、最初から感じていたもの。匂いを感じていたら勝手にお腹が減りそうな――。
振り向く。ヒカリが、ピザを私に向けていた。
ああ、と思い立った。
あの時に嫌って程に感じた、ペパロニピザと同じ香りで。――――ピザ?
「え?」
我に返る。なんでピザが? というかなんでヒカリが、私に?
「アオバ、手が汚れてるだろうから。あーん」
「え、あ……え、っと。なんで、ピザ、を?」
「答えは簡単!」
ヒカリの後ろで、オフィスチェアに――ヘッドレストも付いていて、見るからに高そうなもの。これだから幹部は……いいもの使ってる――座ってくるくると周りながら、ノゾミは言う。
「銃の整備を諦めて、私たちはやることがない! じゃあご飯食べよ! ってなった。以上!」
――以上! じゃないんですけど。こっちは銃の整備してるんですけど。
「アオバに、食べてもらうためー」
「……え?」
「そゆこと。腹が減っては戦はできぬ、ってね。パヒャッ!」
「だから、アオバ。あーん」
ヒカリは言葉足らずだし、ノゾミは回りくどいしで、もう少し端的に話して欲しいんですけど、と思うけど、これまでの付き合いでそれは無理だと分かってるから、頭で言われた言葉のパズルを組み立て直す。視線は銃に向けたまま。手はパイプレンチを握ったまま。
ええと。つまりは。…………ピザを注文したのは。……私に、食べさせる、ため?
「――――」
叩いた瞬間、ギンッと変な音がした。叩く場所が悪かったのかもしれない。……リカバリーは効きそう。ふぅ。
「アーオーバー。あーん」
隣からはじれったそうなヒカリの声。紙皿の上に持たれたピザは、私の方に向いたまま。
「…………え、と。…………あー?」
私が口を開けた瞬間、ピザが私の口の中に入り込んできた。口の中に、チーズの風味。それに遅れて、ケチャップとペパロニのしょっぱさを感じる。
熱々の物ではなく、ほどよく冷めていて食べやすい。咀嚼して、飲み込む。お腹がぐぅ、と鳴る音がした。
「アオバのお腹がもっと食べたいって言ってる。はい、あーん」
私が食べたのは一切れの三分の一ほど。もっと食べてとヒカリが差し出してくる。
「いえ、いいです、けど。少しくらい、食べなくても。平気、ですけど……」
そう言った瞬間、もう一度お腹が鳴る。
「………………」
「口ではそう言ってても体は正直だね。パヒャッ」
ヒカリの後ろからからかうような声。
我慢はできる。けど、そのまま作業をしてても、ヒカリはきっとこの態勢を変えないんだろうと思えた。修理してるのはこっちとしても、ずっとピザを持ったままに居させるのは、逆に、なんだか申し訳ない気がして。
「あ、あーん」
口を開ける。ヒカリがピザを差し入れてくる。喉の奥まで入れるようなことはしないで、私が食べやすいくらいまでに留めてくれているのが分かる。噛む。飲み込む。口を開ける。入れる。噛む。飲み込む。一切れを食べ終えると、ヒカリはむふん、と満足げに鼻息を吐いた。
「おいしー?」
「…………はい」
「なによりー」
「ありがとう、ございます。続き、やりますね」
ピザを一切れ食べさせてもらっただけで、なんだか、元気が出た気がした。
さぁ続きを、と思って、パイプレンチを、振り上げて。
「私もやるやる! はい、あーん」
背後から、やかましいというか騒がしいというか元気な声が聞こえてくる。
今振り下ろしたら危ないことになりそうな気がして、振り返る。先ほどのヒカリの場所に、ノゾミが居て。ヒカリと同じように、ピザを私の口元に差し出していた。
「一切れ頂いて、十分なんですけど。残りはお二人で……」
「いいからいいから。私もやりたいの! はい、あーん!」
私の言葉なんていつも通り聞かず、目をキラキラとさせてノゾミがピザを差し出してくる。
「あ、あーん」
口を開ける。ノゾミがピザを私の口の中に入れて――。
ガチッ、と、口の中で音が鳴った。
口の中には、風味もなければ、物を噛んだ感覚も無くて。
「…………」
ピザを持った手を引いたノゾミが、にまぁ、と口を横に広げていた。
「パヒャヒャッ! じょーだん! はい、あーん!」
イタズラしないでは居られないんだろうか、と思うけど。それがノゾミの平常運行だから、今更だと思う。再びピザが差し出される。念のため、匂いを嗅ぐ。もし大量にタバスコが振りかけられていたなら、匂いで分かるから。
すん、と匂いを嗅ぐも、それまでと同じ、チーズとケチャップの香り。……大丈夫、かな。
口を開ける。入れる。噛む。飲み込む。先ほどと同じ、おいしいピザだった。
それを何回か繰り返し、一欠片を食べ終わると、ノゾミは立ち上がるや否や、紙コップを持って再び私の元へ。
「アーオーバー、コーラにする? ウーロン茶にする? そ・れ・と・も、ミックス?」
だなんて、眩しいくらいの笑顔で言ってくる。
――最後は絶対にやらないでほしいんですけど。
とは言っても、右手はパイプレンチ、左手は銃身を保持。どっちの手にもグリスや油汚れが付いているから、それを取るわけにはいかない。
「そのどちらか、なら。ウーロン茶で、お願いします」
「りょーかい! ミックスね!」
「ウーロン茶って言ったんですけど?」
「パヒャッ! 分かってる分かってる!」
本当に分かってるか分かんないんですけど……、
ため息を付きながらも。そのやり取りは、やっぱり、楽しくて。
私の口は、勝手に、横に広がってしまって仕方が無くて。
いつもなら手で戻したり隠したりするんだけど、今はそのどっちもが出来なくて。
「…………」「…………」
私を左右から見るノゾミとヒカリに。
「あにふんえふか。はぎょうできないんでふけど」
頬を左右からつつかれるのを、止められることも、防ぐことも、できなかった。
◇◇◇
「どう、ですか……?」
「おー、かんぺきー、さすがー」
「すっごい! あんな酷いのが元通りに!」
持ち手の感触や装填の手順を試しながら、二人は目を輝かせて言う。取説ベースで元通りにして――あとついでにしっかりと整備もして――返したのだけれど、反応を見る限り、ちゃんと二人が望むとおりのものに出来たのだと思う。
ほっと息を吐く。胸の中にあった、『二人の銃をちゃんと元通りにできるか不安』という重さがなくなって、気持ちは晴れやかだった。
「これからは叩いたりしないで欲しいんですけど。…………整備に困ったら、叩く前に呼んで、ほしいんですけど……」
だからだろう、そんな言葉が、出てしまったのは。
「分かったー! 整備する時に呼ぶね!」
口から滑り出てしまった言葉は元に戻らないし、それをしっかりと拾うのがノゾミだ。キラリと目を光らせて、私の方を見て、嬉々として言う。
「困ったとき限定なんですけど! 流石に毎日は大変なんですけど!」
「分かってる分かってる!」
後ろから抱きつかれながら言われても説得力はない。
上司や同僚から、『便利』に『利用される』のは癪だけど慣れた。でも、ここまで感謝される作業なら、友達のための作業なら、なんら、苦にならない。
これはなんなんだろう、と思う。
まだ、その答えは分からないけど。
でも。
「また、いつでも、呼んでください」
その言葉は、リップサービスだとか、うわべの言葉とかじゃなくて。私の、二人への、嘘偽り無い言葉だと思った。
「さて、ピザたべよー。あっためるよー」
「そうそう、まだアオバの分が残ってるからね!」
「え、なんで二人で食べきらなかったんですか?」
「えー?」
「だって、ねぇ」
「ねー」
二人で顔を合わせて、二人で首を傾げる。行動がまるっきり同じなのを見ると、やっぱりこの二人は双子なんだなって分かる。
「きゅうせいしゅのアオバに食べてもらうためのピザだからー」
「そうそう。お昼をあんなに食べるアオバが、これで足りるわけないよねー。と、いうことでぇ」
何やら含みを持たせた事を言うな、と思っていると、呼び鈴が鳴る音がした。
「あ、来た!」
「きたー」
ノゾミがぱたぱたと駆けていって、そして袋に入った何かを両手に持って、戻ってくる。
なにやら、香ばしい匂いが、袋の中から香ってきて――。あれ、この匂いって、さっき。
袋から出てきたのは、平たくて、四角い、箱。そしてそれが開けられるなり、チーズの香りが部屋中に充満していって、それまであったグリスや鉄やオイルの匂いは、チーズの匂いに追いやられていく。
「………………いやいや」
目の前の光景にボーッとしていたけど、おかしい。二人とも、なんで。
「はい、ピザの追加。そしてスイーツとサイドメニューも!」
「ピザパ、やるよー」
「…………」
まさかの、ピザの追加注文。そして見た目からしても、香ってくる匂いからしても、さっき注文したものとは、また別の物。
「なんでこんなに買ったんですか」
色んな言葉が頭にはあったけれど、出てきたのは、そんな、どうでもいい言葉。
人は思考は読めない。だから、私の言葉にしか、二人は返せないんだけど。
「頑張ってくれたアオバに、いっぱい食べてもらいたいからね!」
口から出た言葉じゃなくて、私が頭の中で考えていた方の言葉への返答を、私にくれる。
――もう。…………ああ、もう。…………あなたたちは、そういうところ、なんですけど!
天井を見て、大きく息を吐いて。
嬉しいって気持ちが、溢れそうになるのを。口を押さえて、見えないようにする。
「…………ここまでしなくて、いいんですけど」
――もっと素直になるべきだと思うんですけど。
頭の中の私が、言ってくる。でもどうしようもなく、口から出るのは、この世界が嫌いな、ひねくれた私の言葉で。
けれど、そんな声に。二人は。
なんでも分かってるかのように、笑ってくれるんだ。