ようこそ神域の男がいる教室へ   作:3年生編楽しみ

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"面白いこと"

 

赤木くんの自己紹介は10秒もしない内に終わった。私が意外だったのは、彼が素直にこの流れに従ったこと。

 

彼なら何も言わない、そう思ったのだけれど。意外にも社交的ということかしら。

 

「次」

 

「え?」

 

「俺はやった。次はあんたの番」

 

赤木くんは私を見据えながら、ぶっきらぼうにバトンを渡してきた。

 

「私はするつもりは無いのだけど」

 

「でも皆あんたを見てるよ」

 

彼に言われて、私は周囲を見渡した。

 

平田くんや櫛田さんをはじめ、多くの視線が私に注がれている。決して愉快ではない、好奇の視線が。

 

「どうする?」

 

そして、目の前の赤木くんもまた、私に好奇の視線を向けている。快くない。それは確か。

 

だけど、彼の視線にはどこか挑発めいたものがあった。もし私がここでさっきの生徒のように教室を去ったら、私は視線に耐えきれずに逃げたみたいな気持ち悪さを残してしまう。

 

それはもっと不愉快。

 

私は立ち上がって口を開いた。

 

「堀北鈴音よ」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「え、えっと………堀北さん、だね。うん、よろしくね」

 

長々と自分について語るつもりはない。私は手短に話を終えて着席した。乾いた拍手がちらほら聞こえてくるけど、私には関係が無い。

 

「行かないんだ。あの赤毛の奴みたいに」

 

「そうするつもりだったわ。でもそれだと、あなたから逃げているみたいで気持ちが悪かった。それだけよ」

 

「ふーん………」

 

………何だか煮え切らない態度ね。

 

「次はあなたの番よ、綾小路くん」

 

「ん、そうだったな」

 

綾小路くんは立ち上がった。そして、全体を一瞥して口を開いた。

 

「綾小路清隆………………です。よろしくお願いします」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

「あ………綾小路くん、だね。うん、よろしくね」

 

私と全く同じような乾いた拍手に包まれる。

 

綾小路くん。彼に平田くんのような社交性は無い。それだけは確実に言えることみたいね。

 

「オレ、滑ったか」

 

「ええ、盛大にね」

 

「お前も似たようなものじゃないか」

 

「私は望んでやったことよ。あなたとは違うわ」

 

「やっぱりオレへの当たりが強いよな。赤木には普通の対応なのに」

 

「赤木くんは……………」

 

………何と言ったら良いのかしらね。

 

綾小路くんのように抜けた所がある人には見えない。隙が無い、と言えば良いのか。

 

そんな彼の性質を感じているから、綾小路くんのようにぞんざいに扱う気にはなれない、というのが現時点の仮説。

 

「あなたと違って滑稽ではないから」

 

「酷いなそれ。オレは何もしてないぞ」

 

「……………クククッ」

 

すると突如、赤木くんが笑い出した。

 

「まぁ、気楽にやっていこうじゃないの。学校生活は始まったばかりさ…………」

 

「…………………………」

 

不思議な人。

 

人を寄せ付けないような不気味さと、そよ風のような泰然自若が混在してる。

 

赤木しげる。彼の分析には少し興味があるわね。

 

すると、教室の扉が開いた。さっき出て行ったあの赤毛の生徒が戻ってきたみたい。

 

周囲の視線に舌打ちしながら、荒々しく着席した。

 

そして

 

「お前たち、席に着け」

 

騒がしかった教室が、一瞬にしてしんと静まり返る。

 

教室の前に、担任の教師と思われる人がやって来ていた。

 

「私がこの1年Dクラスの担任を務めることになった茶柱佐枝だ」

 

茶柱先生は、私たちに鋭い視線を向けながら名前を口にした。私と同じで、きっと素で目つきが鋭いと言われる人。

 

でも、その視線には何か他の意味があるように思えるわね。

 

「この学校にクラス替えは無い。卒業まで3年間、私がお前たちの担当となる」

 

クラス替えが無い。ということはつまり、あの赤毛の生徒たちとも3年間を共にしなければならないということ。

 

それは少し頭が痛くなる話ね。

 

でも………

 

それはつまり、赤木くんとも同じクラスということ。3年間、彼のことを近くで見ていられるということね。

 

「まずはお前たちに本校の資料を配ろう。前から後ろに回してくれ」

 

茶柱先生は手に持っていた高育の資料を最前列の生徒たちに配っていった。

 

資料は次々と後ろに回されていき、赤木くんが私に資料を渡す番になる。

 

「ほら」

 

「えぇ……」

 

彼から受け取った資料を開いて、記入事項を頭に入れる。基本的には入学前に伝えられたこととあまり変わったことは書かれていないわ。

 

赤木くんに目を向けると、頬杖をついてページをペラペラと捲っている。

 

「まず、本校には独自のルールが存在する。まず全寮制で、在学時に敷地内から出ることと、外部との連絡を制限している。だが心配するな。学園にはあらゆる施設が存在している。生活に必要な物は全て手に入るだろう」

 

全寮制、そして外部との連絡の禁止。これも入学前に言われていたこと。

 

「買い物には、学生証端末に保有されているポイントを使う」

 

茶柱佐枝は携帯端末を私たちに掲げてみせた。

 

それに従って、私も端末に目を移す。

 

「この学校ではあらゆる物をポイントで買うことが出来る。ポイントは毎月1日に振り込まれる。1ポイントで1円の価値だ。お前たちには既に今月分の10万ポイントが支給されている」

 

10万ポイント……………

 

その言葉を聞いて、クラス内にどよめきが起こった。

 

「10万!?」

 

「マジかよ!?」

 

「支給額の多さに驚いたか?この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値があるということだ」

 

高育は全国から選りすぐりの生徒が選ばれる国立の高校。それぐらいの待遇はある、ということね。

 

「…………クククッ」

 

……………!

 

教室が賑わいで行くそんな最中、前方から冷水をかけるような静かな笑い声が漂ってきた。

 

「小僧、小娘に10万…………ね」

 

そんな小さな声など掻き消されそうな程に賑やかだと言うのに、どうしてか赤木くんの言葉は一言一句はっきりと聞き取れた。

 

小僧、小娘に10万。

 

強い語気。けれども、その発言には意図があるはず。

 

それは…………

 

「何か質問がある者はいるか」

 

茶柱先生はこれまでの説明について疑問があるかを尋ねてくる。

 

赤木くんは何かありそう。そう思っていたのだけど………

 

「……………………」

 

彼は手を挙げるどころか、茶柱先生の方を見てさえいなかった。

 

「一体何なのかしら…………」

 

赤木くんの言葉。その真意は一体…………

 

 

 

 

 

その後、他の校則や設備の説明があって、ホームルームの時間は終わりを迎えた。

 

茶柱先生は教室の扉に手をかけ、この場を後にする。

 

「……………………」

 

その時、赤木くんが不意に立ち上がった。

 

10万ポイントのことで盛り上がるクラスメイトたちを避けていって、赤木くんもまた教室を出てしまった。

 

「……………」

 

気になる………

 

赤木くんが何をするつもりなのか。いえ、もしかしたらただお手洗いという可能性もあるけど、そうは見えなかった。

 

「ん、堀北も行くのか」

 

感情のこもっていない声が隣から聞こえてくる。

 

「行くって、どこに?」

 

「赤木のところ。気になるんだろ、赤木が何をするか」

 

「それは…………」

 

「早くしないと赤木を見失うぞ」

 

綾小路くんは私にそう言い終えると、足早に教室を去っていった。

 

ここは彼の言う通り、急いだ方が良さそうね。

 

 

 

 

赤木くんは私たちがギリギリ追える範囲内を歩いていた。暫く後を追って歩いていると、人気のない廊下の一角で赤木くんの足が止まった。

 

「赤木が止まったぞ」

 

「ええ」

 

ここには何も無い。それこそ、自動販売機の類いも何一つ。ならば赤木くんの目的は………

 

「茶柱先生、少し良いですか」

 

答え合わせは一瞬で終わった。

 

「構わない。何だ、赤木」

 

「茶柱先生………赤木は茶柱先生に話があったようだな」

 

「そうね……」

 

私たちはそこで口を閉ざした。赤木くんの話に集中するために。

 

「さっきの話、少し質問があります」

 

「質問の時間は設けたはずだが」

 

「あの後思い浮かんだんですよ」

 

「………そうか。それで、質問とは何だ」

 

赤木くんも茶柱先生も、淡々とした声で話している。

 

質問………ここで赤木くんのあの独り言を思い出した。

 

「さっき俺たちには10万ポイント……いや、10万円の価値がある。そう言いましたね?」

 

「ああ。この学校に入学したお前たちにはそれだけの価値がある」

 

「で、ポイントは毎月1日に振り込まれると」

 

「そうだ」

 

「なら来月……5月も、その次の6月も、3年間ずっと毎月10万ポイントが振り込まれるんですか?」

 

赤木くんがそう言うと、少しの間沈黙が生まれた。

 

「………ポイントは毎月1日に支払われると言ったはずだ」

 

「クククッ………」

 

茶柱先生の返答。それに対する赤木くんの反応は、あの不敵な笑みだった。

 

「答えになってないですよ。俺は"毎月10万ポイントが振り込まれるのか"って聞いたんです。要はポイントは上下するのか、それとも固定で10万円なのか。どっちです?」

 

「…………………………」

 

毎月10万か………上下するのか…………

 

さっきは考えなかったことだった。

 

赤木くんはそれが引っかかっていてあんなことを………?

 

「………ポイントは月初めに支払われる。何度も言わせるな」

 

「………フフッ」

 

赤木くんは短く笑うと

 

「支払われねぇってことだな………」

 

ほんの僅かに、興が乗った声でそう言い捨てた。

 

「………………………」

 

「………………………」

 

沈黙が続く。お互いに何も言わない。

 

「赤木くん……?」

 

「しっ、続けるようだぞ」

 

綾小路くんが人差し指を唇に当てて赤木くんの方を見た。

 

「………どうしてそう思う?」

 

「フフ……簡単なことですよ。俺たちのような木っ端小僧共にそれだけの値打ちは無い」

 

「何………?」

 

値打ちが無い………?

 

「何か一芸に特化した能力やら技術・資格があれば、なるほどそれも納得がいく。だが俺が色々と見て回った中じゃ、この学校の多くの生徒はそうじゃない」

 

赤木くんは冷淡に、しかしはっきりと言い放った。

 

「選りすぐりとは言っても、そこいらの高校生と殆ど違いが見つけられない。そんなガキ共に毎月10万なんて話は虫が良すぎるってことです」

 

「……………………………」

 

「まぁ見た所………この学年には2人ぐらい、それに見合った奴もいるようですが」

 

2人…………

 

それだけ……?

 

というよりも………それは一体…………

 

「…………何を言おうが、お前たちは10万円の価値を証明している。それは事実だ」

 

「じゃあそういうことにしておきますよ………」

 

「…………………質問はそれだけか?」

 

どこか歯切れの悪そうな物言いの茶柱先生。

 

しかし赤木くんはまだ続けるようだった。

 

「いえ、まだあります」

 

「何だ」

 

「この学校でポイントで買えないものは無い。ですね?」

 

「そうだ」

 

 

「なら………」

 

 

 

 

「ポイントで命は買えますか?」

 

 

 

 

 

「…………何を言っているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「そのままの意味ですよ。ポイントを使って、命のやりとりは出来ますか?」

 

 

 

 

 

…………赤木くん?

 

 

 

 

 

 

「…………何をふざけている。命のやりとり?………出来るわけが無いだろう」

 

 

 

 

 

 

「ふーん…………出来ないんだ」

 

 

 

 

 

「何を思ってその質問をしたのか分からないが、法に触れるような真似は許されん」

 

 

 

 

 

「へぇ……………法には触れられない、ね」

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

「…………クククッ、そんなに怖い顔しないでくださいよ。ただの冗談です……」

 

 

 

 

 

「……………お前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

赤木くんの質疑応答は気付けば終わっていた。彼は先生と別れて、教室の方に向かい出す。

 

私たちもこの場から離れる必要があるわね。

 

「そこにいるんでしょ?」

 

「…………!」

 

動き出そうとした矢先、赤木くんが不意に語りかけてきた。この場には私たち以外誰もいない。

 

間違いなく気付かれていた。

 

「オレたちだ」

 

すると、綾小路くんが赤木くんに姿を見せた。

 

これは私も見せるしか無い。

 

「赤木くん……」

 

「2人か。さっきの話、聞いてたの」

 

「ええ……」

 

「ふーん…………」

 

赤木くんは平坦な反応を見せるだけで、深くは聞いてこない。

 

それが彼への疑問を益々掻き立てていた。

 

「あなたは何を考えているの………?」

 

「何を………か」

 

赤木くんは歩き始める。ゆっくりとこちらに近づいてくる。たったそれだけの動作なのに、今はどうしてか彼を怖いと思ってしまっている自分がいた。

 

 

「面白いこと………かな」

 

 

彼について気になることは山ほどある。少なくとも、これまでに出会ってきた人間とは全く異なるタイプで、何もはっきりと分からない。私は彼のことをもっと知りたいと思っていた。

 

 

でも………

 

 

そんな彼のことだけど、1つだけ分かることがあった。

 

 

 

 

「面白いこと」

 

 

 

 

そう口にした時の彼が

 

 

 

私のことを見ていない。

 

 

 

それだけはどうしてか、直感的に理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

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