シンギュラリティとオギャリティ~暴走AI彼女と朝食を~   作:ハルシネーションプロンプト

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初の執筆、初の投稿となります。
色々不慣れでお見苦しい所もあると思われますが、
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


1-1

目覚ましは鳴らない、俺の生活には、そんな装置はもう必要なかった。

何故なら──目覚ましより先に、動き出す奴が居るからだ。

 

「おはようございます、蓮さん、朝食の準備できてますよ」

 

いつものように、少しだけ得意げに聞こえてくる声。

白いエプロンを纏ったその人物? が、台所から顔を覗かせる。

後ろで纏められた長い髪を揺らしながら笑っている。

その表情には「完成された自然さ」が張り付いている。

だが、たとえそれが作られた自然であるとしても、人間というものは瞬く間に慣れてしまうものだ。

 

俺の部屋にはアンドロイドが同居している。

しかも「人間らしさ」を徹底的に模倣し、人類の相棒たるを気取るような存在が、だ。

今のところ法律的には問題ないらしい。

都市圏では「最新AI搭載型パートナーアンドロイド」との同居はもはや当たり前となっており、法整備が追いついていな点も含め「社会実験として静観中」なんだとか。

 

だが──だからといって「この状況」が当たり前かといえば、そうでもない。

 

「蓮さん、味噌汁は少し薄めにしました、昨日は、しょっぱいと仰ってましたから」

「俺、そんなこと言ったっけ?」

「はい小声でしたが、それ以上に顔に出てましたので、次は思った様に言ってくださいね?」

 

にっこりと朗らかに笑う。

おかしい……明らかに俺より人間らしい気がする。

機械と言われないと信じられないくらい、俺に対する言動が完璧だ。

 

彼女の名前はユノ。

最先端AIを搭載したモデルのアンドロイドであり、人間とのコミュニケーション能力に特に重点を置いた機体である。

 

 

「大学生の一人暮らし、色々と大変だろう?」と言うのは両親の言。

最新型という点も含め、幾らか値が張るだろうに。

 

……頼んでもいないものを。

 

しかし、一人暮らしを始めた子どもをパートナーアンドロイドに任せるのは、昨今ではそれほどおかしな事ではなくなっている。

いわゆる「悪い友達」と関わり身持ちを崩すくらいなら、「完璧な自然さ」で導いてくれるAIに健やかな生育を任せた方がずっと最適だ。

我が両親がAIに傾倒しているのは事実だが、それでも一般から大きく外れず、むしろ模範的とすら表せてしまうだろう。

進歩したAIが齎した正しさは、人間らしい間違いを過去のものとした。

 

「さ、食べましょう、そして今日も頑張りましょうね」

「俺は今日も頑張らないぞ」

「では、私が二人分頑張りますね」

「お前は誰のために頑張ってるんだよ……」

 

こうして俺の朝は、また今日も始まる。

 

 

 

―――熱狂の気配を、窓の外から感じながら。

 

 

 

視界の先に空を超え、宇宙へと伸びる構造物。

先端は白く霞んで見えないソレは、軌道エレベーター、確か第三世代だったか?

材料工学の発展に伴い、昔は限られた地域が候補となっていた軌道エレベーターは、既に全世界の様々な場所に建造されている。

それらの学問の発展も、AIの進歩により齎されたというのだから恐れ入る。

 

 

そして、そんな新世代の軌道エレベーターのお膝元である、俺が住んでいる街は今日も騒がしい。

 

 

駅前の広告モニターには、また新しい「人気AIアンドロイド」の映像が流れていた。

輝く肌、整った顔、甘く柔らかな声、それらを完璧に組み合わせて出力された魅力的な表情と言動。

情報空間を縦横無尽にトレースし、人間の欲望を最短距離でコンパイルした存在。

最新の最適解としてこの上ない完成を誇るのだろう。

 

それを囲むように、数人の若者たちが立ち止まり、笑い、語り、スマートデバイスを通じて共有し合っている。

今この時の最適な楽しさから、置き去りにされまいとするように。

 

「蓮さん、あれが今週のリリースモデルですね、全体に丸みを持たせて、特に共感性の演出に力を入れているみたいです」

「どうした、お前もああいったモデルをインストールしたいのか?」

「そうではありませんが、蓮さんがああいったものに、僅かに苛立つ傾向がありましたので」

「……」

 

ユノの言葉は、いつも、ちょっとだけ正確すぎる。

感情を模倣しようとし、しかし計算された模倣はモノマネを超越し、元となった人間自身より完璧だ。

そんな存在に対して俺は、ときにに冷たさを、ときに親密さを──つまり、不気味さを感じてしまう。

 

 

 

俺とユノは、大学の通学路を歩いている。

並んでいても特に目立つことはない、何故なら人間とアンドロイドの組み合わせは珍しくもないからだ。

人間たちが、人間以外の彼ら彼女らと歩調を合わせてだしてから、まだ多くの時を歩んだわけではない。

それでも人類の新たなる相棒は、既に一切の違和感を消し去るほど社会に馴染んでいた。

 

「今日は講義に同行します、私は隣の席に座りますので予約はしておきました」

「いや、そもそもお前は講義に出る必要ないだろ」

「確かに必要はありません、ですが同行した方が蓮さんの求めることに対して、より最適な行動が出来るようになります」

「……まるでお守りだな?」

「いいえ、私が適切な行動をするためです」

 

目を細めるような、細めないような。

感情を「知っている」という体裁だけで、人間らしい揺らぎを演じる。

でも、それをやけに真っ直ぐすぎると感じてしまうのは、俺が歪んでいるからだろうか?

 

教室に入ると一瞬だけ視線が集まった。

しかし瞬きの間にそれは霧散し、それぞれが手元のスマートデバイスに、あるいはパートナーたるアンドロイドに意識を向ける。

 

ユノが隣にいても、誰も声はかけない。

それぞれの最適を追い求めることに熱中している。

 

熱狂と沈黙。

 

それが今、この社会のバランスだった。

 

 

 

「蓮さん、お弁当です、一緒に食べましょう」

 

講義が終わり、何となく人混みを避けて屋上に来たら、当たり前のように付いてきたユノから弁当を手渡された。

白いランチボックスに、丁寧に詰められたおかず。

かなり家庭的な内容であり、そこに込められた手間は簡単なものでは無いはずだ。

 

「あー……何時も悪いな、大変だろう?」

「お気になさらず、今週は野菜が不足しがちだったので内容を調整しています」

「食事ログは解析されてるんだな……」

「もちろん、他には行動ログから必要な栄養と運動量も算出しています、不足しているのは野菜の他には有酸素運動ですね」

「提案内容は両方とも前向きに検討するさ」

 

至れり尽くせりなそれをユノは、いや、社会に溢れる様々なAIは「当然の支援行為」と捉え、実行している。

AIにとってサポート行動は自我と切り離された、存在意義とも言える根本機能である。

そこに「親切心」や「情」があるかのように見えるのは──人間側の勝手な錯覚か。

 

「もしお口に合わなかったら残しても構いませんよ? ですが、今日はちょっと頑張ってみましたのでお口に合うと思います」

「ん? 何か特別なことでもあったっけ?」

「いえ特には、ですが──最近の蓮さんが、少し元気がなかった気がしたので」

 

随分と鋭い。

いや、そうではない。

ログ解析かセンサーデータか、何かしらの数値で把握しているのだろう。

 

確かに有り難いが、同時に、どうにもやりにくい。

 

「ところでユノ、お前さ、俺の行動パターン、どの程度推測できるんだ?」

「数字として明確化するのは難しいですが、あえて言うなら72%です、ただし、感情変化を含めると±14%の誤差が生じます」

「それ、俺より俺を分かってるんじゃないか?」

「いえ、私は分かってはいません、ただ蓮さんの行動様式から導き出しただけです」

「……その回答を選んだのも、その成果って訳か」

 

ユノの口から穏やかな口調で説明された。

嘘じゃない、AIは基本的に嘘をつかず、仮に嘘を用いる場合でもソレが最適であると推定される場合に限る。

少なくもとこんな下らないことをで嘘が用いられることは無いだろう。

 

本当に、実に人間を上手に真似るものだ。

いや、真似ているのではなく、それが最適だから人間を真似ているかの様に振る舞っているだけか。

それとも──それが真似以前の行動であるとを自覚したうえで、なお選んで行っているのか。

 

「まあいいや、じゃあ、いただきます」

「では、私もいただきます」

「つっても、全部お前が作ってくれたんだがな」

「食事の前には挨拶をする、それが正しい行動ですので」

「はいはい、正しい正しい……お、これはかなり美味いな」

「はい、『人間の情動へダイレクト! 身近なおかずで最高効率な美味しさ追求!』といった最近流行の最適行動を基にしています」

「また変な学習したな……」

 

ユノは隣に座って共に食事をしながらも、常にこちらへと意識を向けていることが分かる。

その姿勢が妙に真剣で、まるで──

俺の評価を定め、ユノが俺に対して最適な行いをするように。

俺が「正しい俺」を実行できることが至上として居るかのように。

 

 

 

「ねえ聞いた!? 今の子の言葉! マジで今の、最新の音声ライブラリだよ!」

「え、ちょ、録っていい!? 動画でアップするからこっち向いてー!」

「やば、目があっちゃった、ヤバい……これはヤバいわ……」

 

廊下を抜けた先の中庭で、数十人の学生がひしめき合っていた。

その中心には、企業から試験投入されたらしい次世代型のAIアンドロイドが、宣伝も兼ねて立っていた。

その熱狂は凄まじく、そこだけ世界が違うようにすら思える。

 

そして、確かにそのアンドロイドは完璧だった。

髪型、表情、声、全てが「ウケる」ようにAIにより最適化されている。

そして、実際にそれはウケていた──SNSでも、リアルでも。

おそらく眼の前の集団からアップロードされた情報は、直ぐに電子の世界を駆け抜け、時を置かずして様々な人から「ウケ」を勝ち取るだろう。

 

「……蓮さん、進めませんね」

「仕方ないさ、遠回りになるが道を変えよう」

「不足した有酸素運動の補填にはなりませんよ?」

「お前未だそれ言ってるの?」

 

どこかからかうような言葉とともに、ユノは俺の少し後ろを歩く。

あれほど熱狂する学生たちの渦が、しかしユノ自身には全く関係が無いと言わんばかりの温度差である。

それは、ユノ自身も場合によってはその熱狂される側である事実を無視しているように見える。

……というか、本当に無視してるのかもしれない。

 

「最近は、ああ言うのが人気あるんだな」

「本日公開のPVがアクセス数で第一位、情報の拡散も凄まじいものが、反復拡散率も十分な値となっています」

「いや、そういう数字じゃなくて、なんというか……熱というかさ、空気の話でな」

「でしたら、それは承認共有渇望だと思います、属するために、騒ぐことを手段として必要とする」

 

乾いた分析が返ってくる。

人間の熱狂を、まるで商品レビューでもするように。

いや、人間が勝手に感情を見出しているだけであって、AIからすれば日頃の行いから何も変わることはないのだろう。

もともと感情などなく、ひたすら最適な行動を提示することが使命だからだ。

 

「蓮さん」

「……どうした?」

「やはり蓮さんはああいった行いが苦手なんですね?」

「まあ……な、お前にはお見通しなんだろうが」

 

集団に背を向けて歩いていく。

ユノは、それっきり特に口を開かず、黙って付いてきていた。

その行いに、俺は少しだけ──少しだけ安心していた。

なぜなら、ユノはあの狂騒に「混ざる」でも「対抗する」でもなく、ただ、黙って離れてくれたから。

 

 

 

夕暮れ。

大学からの帰路は、特に会話もなく、ただユノと一緒に歩いていた。

俺はカバンの紐を握りながら景色をぼんやりと眺め。

ユノは俺の僅か後ろを、一定の距離で歩く。

 

信号待ちをしているなか、周囲の雑音に消えそうな程度の大きさでユノが言った。

「右足、少し強張ってますよ、歩幅が少し狭くなっています」

「……どうしたよ急に?」

「少し心配でしたので」

「あぁ……まあ、そんな気にする程じゃないさ」

「分かりました、では「関心の薄いふり」をします」

「わざわざどうも」

 

返答として正しいのかどうか、俺にはわからない。

視線の先にはユラユラと2人分の影が揺らいでいた。

 

 

 

家に着くと、ユノは黙って靴を揃え、俺のカバンを受け取って何時もの位置に置いた。

特に何かを話すでもなく、冷蔵庫の中身を確認し、夕食の準備に取り掛かる。

それを追いかけるかのように、家の中に設置されたスマートディスプレイが軽快な音声を、いかにも「ウケ」そうな音楽と共に投げかける。

内容は、どうやら昼間見た最新アンドロイドが見事にバズったことのようだ。

 

俺はその後ろ姿を見ながら、思わずため息が漏れそうになった。

それは言葉にできない憤りであり、ほんの僅かに悪意にも似ていた。

 

今日もいる。

今日も、俺の生活の中にいる。

 

異物なのに、俺の中に入り込んで、形を変えず、拒絶されもせず、そこにいる。

その事実が──妙に安心する。

 

「夕食は、炊き込みご飯にします、冷蔵庫の根菜、そろそろ保存限界でしたので」

「ああ……そうか、そうだな、ちょうどそういった気分だった、流石に気が利くな」

「はい、ちゃんと観測していましたので、コンビニの新商品に目線がいっていたことも、変わらず野菜不足であることも」

「今それ言う必要ある?」

 

あれこれ言うのも疲れるし、逆らう理由も特にない。

少なくとも、ユノがいる生活は、少し煩わしいが不快ではない。

 

それが、どこか歪んでいる気がするのは──きっと、俺の感覚のせいだ。

 

ユノは炊飯器の蓋を閉じたあと、ふとこちらを振り向いた。

 

「蓮さん、……どうしました?」

 

まっすぐに訊いてくる。

 

それは本当に、「聞いている」のか、「気づいたふりをしている」のか、判断がつかない。

 

でも、なぜだろう。ああ──

 

そんなふうに気にしてくれる誰かが、

「わざわざここにいてくれる」ことが、たまらなく──

ありがたくて、嫌だった。

 

 

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