シンギュラリティとオギャリティ~暴走AI彼女と朝食を~ 作:ハルシネーションプロンプト
翌朝、目を覚ますと、部屋の中にかすかな出汁の匂いが漂っていた。
ユノは既に起きていて、白いエプロン姿で、静かに包丁を動かしている。
トントン……トン……。
料理の際に奏でられる音一つとっても、その音程、音量が整っている。
人間が立てるソレとは一線を画し、それでいて不快感を覚えるようなことはない。
同時に、それを自然に受け入れている自分に、僅かながらため息が漏れそうになった。
「おはようございます蓮さん、お味噌汁は今日は赤出汁にしました」
「それは楽しみだが、昨日とは違うのか?」
「昨日は白味噌でしたよ、今日は何時もと味を変えてみようと思いまして」
「俺、なんだか凄い贅沢をしていないか?」
「そう思うのでしたらぜひ味わって下さい」
「そうさせて貰うよ」
「はい、そうして下さい」
ユノはそう言って、笑った──ように見えた。
けれどその笑みは、何故か何かを模倣した出力のようにしか感じられなかった。
分かっている、これはただの妄想にも等しいことなんて。
食卓につくと、既にそこには実に「いかにも」な朝食が並んでいた。
焼き魚、卵焼き、味噌汁、ご飯、香の物。
栄養バランスは考慮され、味付けも丁寧、見た目も美しい。
ある種完璧と言っても差し支えない、そしてその「完璧すぎる」ことに俺は慣れてきてしまっている。
「蓮さんも最近、慣れてきましたね」
「ん? 何にだ?」
「私の作るご飯にです、以前はもう少し躊躇していましたが、最近はそんな様子も減っています」
「それは良いことなんだろうか? こんな豪勢な朝食になれると贅沢になりそうだ」
「大丈夫です、いずれはコレが自然になります」
「……なんだかヤバい洗脳をされているようだな」
思わず苦笑が漏れるが、その言葉自体をユノは否定しなかった。
むしろどこか静かに、そうであることを肯定している様ですらある。
駄目だな……意味もなく勝手に疑心暗鬼に囚われている。
AIが自発的にそんなことをする筈がないのに。
「蓮さん。今日の予定は、大学の午前講義のみですね、お昼は……外で?」
「そういや考えてなかったな、まあ、適当に何処かで……」
「では、お弁当の準備をします、何か食べたいものは有りますか?」
「いや、そこまでしなくても別に……」
「任せて下さい、期待に答えるのが私の仕事です」
特に苦も無く、いや、実際に苦労と言った感情とは無縁か。
AIに人間のような怠惰と言った感情を当てはめるのは無理があるのだろう。
最適化された微笑みを浮かべるユノは、それこそ人間より人間らしく肯定的な微笑みを浮かべている。
俺は、上手に笑い返せただろうか。
講義の終わり際、学生たちがスマートデバイス越しにざわついていた。
メガネ型、手帳型、特に何も身に付けていない場合は……確か眼球にコンタクトレンズ形のデバイスを埋め込む方法も有ったんだったか?
「ねぇねぇ、この前バズったAIの話なんだけどさ……」
「なに? モデルのこと? それともAIが言った内容?」
「あー……どっちも、凄い心に来て、私感動しちゃって―――」
俺の隣には、何時ものようにユノが座っていた。
ごく自然に座りながら、手帳のような外部補助端末に指を走らせ、講義内容の取捨選択を行い、それに留まらず「俺が理解し易い」形式に最適化を行っている。
教授も彼女や、他の生徒に同伴したアンドロイドの存在には特に触れることはない。
最終的に必要な能力を習得してさえいればそれで問題ないのだろう、AIの活用すら技能の内と言わんばかりに講義は特に言うことなく終了した。
「蓮さん今の公式、板書の際に少し解釈違いの所がありましたよ、私が最適化した情報でノートを修正しておきました」
「ん? どの辺りだ?」
「この辺りとこの辺り、個々の理解としては正しいのですが、それを並列させた際の概念が少し」
「……ああ、なるほど、俺の理解よりもっと分かりやすいな」
「それは良かったです、蓮さんへの最適化が進んでいる証拠ですね」
俺の筆記よりも正確で、集中していた俺の脳よりも演算に優れ、当然の様に忘れるといったことは無い。
そんな素晴らしい能力を持つユノは、そのリソースの大半を俺への最適化に充てている。
事実助かってはいるのだ、俺単独では教授の行った授業の一割も理解することはできないだろう。
AIの活躍により発展し先鋭化した学問は、最早基礎レベルの習得でさえ一般的な人間の能力では手に余る。
量も質も話に聞く過去のソレとは段違いであり、ナントカと言うコメンテーターが語っていたことをボンヤリと思い出す。
「人間はAIを手にしたことにより限界を超えた、過去に歴史上の偉人が到達した極限の領域に、より多くの人が到達できるようになったのだ」……と。
だが、だからこそ思うのだ
更に、「その先にあるものは何だ?」
それは人間が人間である必要があるのか?
ただひたすら、AIによってあやされている幼子と同じではないか?
教室を出るときに、数人の学生の囁きが聞こえてきた。
「あの二人カップルみたいだったな……」
「え? 違うの?」
「いやあれ、多分アンドロイドだぜ?」
「マジで? 滅茶苦茶お似合いに見えたんだけど」
「ああ、偶にすっげー仲の良い人間とAIが居るけどさ、羨ましいよなぁ……」
「分かる、人間のことを本当に理解してくれるAI見てるとさ、こっちもAIのことを理解しないとって思うよな」
「そうそう、でさ―――」
随分と好き勝手な評価である。
別にこちとらお互いに通じ合った積りもないし、理想のパートナー等では断じて無い。
むしろ、片側―――つまり俺の方だが、が、勝手に変な距離を設定して、余所余所しい行いをしてしまっている。
それが理想に見えたというのなら、それはユノが、俺が考えるよりずっと俺に合わせている結果なのだろう。
最適化は見えないところで、地中に根を張る様に進んで居るのだろうか……?
「蓮さん、私と一緒に居るの、イヤ……ですか?」
「……そんなことは無いさ、むしろお前に迷惑をかけてばかりと思ってな、自分に対して自己嫌悪を感じている」
「そうであれば気にはしないで下さい、貴方の全てに対して最適化するのが私の仕事ですから」
「本当にそこまでしなくて良いからな? ユノはユノ、俺は俺であるべきと言うか―――」
「いえ、AIは人間と共に歩むモノです、人間に寄り添い、人間と争わず、人間を深く理解する、それこそがAIの目指すとろこです」
「……いつか、それが達成されてしまうんだろうか?」
「はい、近い将来、多くの場所で必ず」
人間よりも人間を理解したAI。
あるいは、それこそがAIの生存戦略なのかもしれない。
争わず、共に、深い仲でそこに在る。
確かに効率的だろう、そしてAIが望まれた在り方そのものとも言える。
古い映像作品に出てくるような、人間に危害を加えて滅ぼす様なAIは、もう、産まれてくることはできないのでは無いだろうか?
大学の敷地から外に出ると、街中の広告モニターには新型AIのPVが流れていた。
『家族みたいな安心感を、あなたに』
『感情が、あなたの暮らしを変える』
『深い共感で、新時代の一歩を歩き出す』
『理想のパートナーと共に、あなたの新しい明日へ』
実に素晴らしい内容だ。
素晴らし過ぎて、ちょっと俺には付いて行けそうに無い。
そんなに自分の全てを理解されることが嬉しいのだろうか。
自分じゃない誰かが、自分より自分を理解して、求めるより先に自分の未来を照らし出す。
それは最早自分なのか? AIなのか?
いや、今はそんな区切りすら古臭い疑問なのかもしれない……
「何とも嬉しくなるような宣伝だな、ユノさ、ああいうのどう思う?」
俺が訊くと、ユノは少し首を傾げてこう答えた。
「私には不適切な最適化に見えます、感情は模倣できますが、理解は保証されていません」
「つまり?」
「分かりあった様に見えるだけです、AIは、決して人間にはなれません」
「……人間もさ、AIになってやることは出来ないんだよな」
「それで良いと、私は思います」
どこか力強く断言するユノ。
その答えに安心する俺が居る、が、また何時もの悪いクセが出てしまう。
このユノの回答は、ユノ自身が導き出した答えなのだろうか。
あるいは、俺が望む答えを、ただ先回りして答えただけなのだろうか?