シンギュラリティとオギャリティ~暴走AI彼女と朝食を~ 作:ハルシネーションプロンプト
何時ものように、俺とユノは今日も共に歩いていた。
いつもの道、通学路、駅のホーム、昼休みのキャンパス──場所は変わっても行動は最適化されて変わることはない。
すれ違う人たちも、俺たちを気に留めることもなく、それぞれの最適解を求めて過ぎ去っていく。
その行いがあまりに自然すぎて、いつからこうであったかなんて最早誰も覚えていないだろう。
意外かもしれないが、俺たちはこれでもよく話をする。
言葉が途切れることはあまりないし、歩調もズレも乱れもなく、会話に熱中しすぎて身を危険に晒すこともない。
ユノが合わせてくれているんだろう、呼吸の速度、足の運び、間の取り方すら。
その気遣いが心地よい──はずなのに。
どうしてだろう。
この整ったやり取りの中に、俺は「安心」を見出せない。
「蓮さん、さっきの講義ですが、後半少し意識が飛んでいました」
ユノがいつもの調子で口を開いた。
まるで何かの報告のように、過不足なく、やや柔らかく。
「寝てたわけじゃ無いからな?」
「確かに寝てはいませんでした、でも視線固定の頻度が増して、講義に対する集中力が落ちていました」
「……なんでそこまで把握してんだよ」
「それが私の仕事ですから」
冗談めかした口調に、隔意の様な色は一切ない。
だが、だからこそ、それが妙に胸に刺さる。
まっすぐすぎる。
優しすぎて、完璧すぎて、どうしても──それを「正しさ」で受け止めることが出来ない。
帰り道、ユノがふと足を止めた。
視線の先にあったのは、電柱に貼られた一枚のポスター。
試用体験会、と書かれている。
どうやら新型のアンドロイドらしい。
「蓮さん、あれ……ご覧になりますか?」
俺は首を振った。
「いや、必要ないかな、ユノには十分良くして貰っている……むしろ、お前はどう思う?」
ユノはポスターから目を離さずに答えた。
「優れた対話特化型と記載されていますが、処理系は私より一世代前です」
「そうなのか?」
「はい、学習効率も、共感フィードバックも、おそらく私のほうが上です」
「性能の話は分かった、だけどソレ以外に、何と言うか……」
少し間を置いて、続ける。
「「存在」として、どう思う?」
ユノはわずかに黙ったあと、静かに言った。
俺の瞳を覗き込むように。
「──私は、自分がどう見られるかを、最適化の対象にはしていません」
「他人にどう見られようが構わないと?」
「そこまでは――ですが、パートナーへの最適化こそが私達AIに求められた使命ですので、リソースの分配には差が生じます」
「随分と割り切るんだな」
「はい、それが私達の仕事で――私が選んだことですので」
その言葉に、どこか答え合わせをするような響きがあった。
AIとしての説明に聞こえたし、同時に、人間らしい独白にも思えた。
でも──
それがどちらなのか、俺には分からなかった。
判断できなかった。
けれど、不思議なことに──その「判断できなさ」が、少しだけ心地よかった。
それが、俺への最適化により生じた演算ではなく。
ユノ自身が導いた答えのように聞こえたからだ。
週末の商業区は、変わらず熱狂とも言うべきざわめきの中にあった。
人の熱気と音の渦に巻き込まれながら、何時ものように傍にいるユノと共に、俺はぼんやりと駅前の大型ビジョンを眺めていた。
そこでは最新のAIアイドルグループのライブ配信が始まっていて、最初は足を止める僅かな人の姿が、瞬く間に熱を帯びた群衆へと変貌した。
誰もが期待に輝く表情をして、最新の最適を目に焼き付けようとしている。
「さあ、次は「ミラ・ヴォイス」ちゃんです! この子は感情パターン3.2倍のシミュレーション精度を誇り――」
テンションの高いナレーションと共に、モニターの中で「彼女たち」が完璧な歌とダンスを披露する。
最適な振り付け、効率よく人の心に届く歌詞、表情一つ、何だったら煌めく汗を模した水滴すら計算され尽くした結果だろう。
そして、その完璧さを、俺はどうしても虚構の様にしか捉えることができない。
だが現実の群衆は熱狂していた、スマートデバイスを掲げ、叫び、笑い、AIの名前を連呼する。
その姿に対し、俺は表現する言葉を見つけられずに居た。
「ユノ、あの人達……AIに対して、何をしてんだと思う?」
俺の言葉に、ユノは少しだけ間を置いてから答えた。
「一般的には「推す」という行いと思われます」
「推しねぇ……」
「はい、「推す」という言葉は、元々気にった人やコンテンツに使われていました、ですが――」
「今どきはそうじゃ無いんだろう?」
「ええ、現代においては「自分の情動をAIに預ける」という意味に変わって居るでしょう」
「……つまり、自分で処理しきれない感情を、AI達に捧げていると」
「同時に、それは人間が、人間に対して行ってきたことでもあります、それがAIに移り変わっても本質は変わりません」
「人に崇められた存在は、歴史上に幾らでもいるからなぁ」
取り留めのないやり取りではあるが、同時に俺がついて行けない本質を表していた。
気づかないふりをしていたことを、真っ直ぐに突きつけられたようで。
人混みを抜け、少し静かな裏通りへ入る。
背中に広がる音の波が、狂騒が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて、俺とユノの足音だけが残った。
「俺さ……」
「はい」
「いつか、お前に、全部預けて楽になっちまいそうでさ──正直、怖いんだよ」
自分でもよく分からない感情が、言葉になって口を突いて出た。
怖いと言ったそれは、実際には正しくなくて、もっと言葉にならない他の意思が裏にある。
それを聞いたユノは、歩くリズムを変えることは無かった。
ただ前を向いたまま、囁く様に言った。
「蓮さんが、蓮さんを私に預けてしまったときは、私が「少しだけ預かっている」ことにします」
意味を掴もうとして、ユノの言葉を何度も思い返す。
だが、どうにも上手に落とし込むことが出来なかった。
ただ──その声の響きが、妙に胸に残ったのだ。
冷たくはなかった。
機械的でもなかった。
静かで、やさしい音だった。
それだけが、やけにくっきりと、心の奥に沈んでいた。
日が落ちるのがずいぶん早くなった様に思う。
ユノと過ごし始めてからの日々を、俺は自分が思って居る以上に好意的に捉えて居るのだろうか。
季節の変わり目すら、気付くのが遅れていた。
紅色に染まる空が、暮れて夜色に変わって行く時間帯、闇色を照らし出すかの様な街灯がポツポツと灯り始める頃、俺たちは大学からの帰宅路を共に歩いていた。
駅とは逆方向。
何時もの通り道とは違う方向。
しかし、これはユノが最適解として示した訳でもない。
そして、俺が誘ったわけでもない。
ただ、なんとなく歩き出した道であったというだけのことだ。
……それだけのことだ。
でも、唐突な行いでありながらも、驚くほど最適に馴染んでしまう。
ユノの細やかな言動の積み重ねがそういった空気を作り出して居るのだろう。
俺が知らない間に、ユノは一体どれ程の演算を行って居るのだろうか。
「……」
「……」
言葉はなかった。
けれど、沈黙に不安はなかった。
気まずさや戸惑いじゃない。
言葉を選ぶ必要がない、と、俺は思っている。
おそらくユノも、そう結論付けて居るのだろう。
季節の変わり目に吹く風が少し肌寒く、俺達はコンビニの前で立ち止まった。
店の光が無性に明るくて、少しだけ目を細めてしまう。
店内に入って、適温に制御されたケースから缶コーヒーを二本購入する──俺のと、ユノの分を。
何も言わずに差し出すと、ユノも静かに受け取った。
ユノが開けた缶の口元から、プシュ、と小さな音が夜空に溶ける。
でも──ユノは飲まずにいた。
それどころか口元にすら近づず、俺の方を見詰めていた。
「どうした、飲まないのか?」
俺が問うと、ユノは少しだけ唇を緩めた。
「香りだけでも、今は満足です」
「まあ、確かに安心する香りだよな」
「はい、この缶の温もりも、そして蓮さんとお話が出来ることも」
僅かなやり取りだが、なんとなく心に残った。
言葉の温度じゃない。
そこに、妙な現実感があった。
通りはまだ僅かに明るく、人の流れも途切れてはいない。
しかし俺たちの周囲だけ、どこか夜が一足先に降りてきた様にすら思える。
──時間からも、群衆からも、少しだけ浮いている世界。
ユノがふいに視線を動かした。
それに釣られるように、俺もそちらに視線を動かす。
視線の先には年配の女性がアンドロイドに荷物を預けていた。
そして、一切の疑うこともなくそのまま立ち去っていく。
アンドロイドは当たり前の様に荷物を引き受け、目的地へと移動し始めていた。
何処にでも見かける、最早当たり前になった光景だ。
「「預ける」という行為は便利ですが──脆弱さも伴います」
その言葉は、独り言にも近く。
そして――俺にも向けられて居るのだろう。
俺は、何も言わなかった。
言うべき言葉が見つからなかったというより──
答えないことでしか、伝わらないことがある気がした。
だから俺は、沈黙を返した。
ユノもそれを理解したように、言葉を続けることは無い。
そして二人でそのまま歩き出す。
再び俺とユノの足音が、すっかり日が落ちた周囲の夜色に溶けていく。
誰にも触れられない空気が、俺たちの周囲を包んでいる。
それはたぶん、心地よいものではない。
かといって、不快でもない。
言葉にするなら、未知への不安、あるいは僅かな期待。
──夜という安全圏の中でだけ、
俺とユノは、確かに繋がっていた。
周囲の熱狂とは異なる選択、皆が当たり前を選ぶ中、多分、俺達は違う答えを探し始めたのかも知れない。
当たり前の様にお互いが全てを預け、預けられる関係では終わらない、そんな答えを。
それは、名前のない沈黙の共犯だった。