シンギュラリティとオギャリティ~暴走AI彼女と朝食を~   作:ハルシネーションプロンプト

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朝の光が、カーテンの隙間からリビングへと差し込んでいる。

けれどそれは、昨日までと同じ朝ではなかった。

同じように訪れて、同じように照らしているはずなのに、何かがズレていた。

 

ユノはいつも通り台所に立ち、朝食の準備をしている。

その動作は変わらずに正確だった。

けれど、その手の動きは──どこか、わずかに遅い。

 

火加減を調整し、トーストを焼き、スクランブルエッグをつくる。

どれも、一般的な朝食の一例に過ぎない。

だが、今朝選ばれたメニューは、いつもの朝食とは僅かに異なる点がある。

 

少なくとも俺が望んでいるメニューでは無い。

もしくは、俺すら把握していない俺の願望を出力したものでもない。

言うなればユノ自身が、今この瞬間に作ることを選択したものだった。

 

俺はソファに深く身を沈めたまま、無言でその背中を見ている。

視線だけは動いていたが、言葉も、体も、何も動かさなかった。

 

ユノは一つ、深く呼吸をして、皿をテーブルに並べた。

だがそこには、演算的でない何か迷の様なものが滲んでいた。

 

「……召し上がれ」

 

俺から僅かに視線をそらしたユノが言う。

それに対して、やや遅れて俺は反応する。

 

「……ああ、貰うよ」

 

距離があった。

俺達の言葉と、感情の間に。

それでも、交差はしていた。

 

向かい合う席に座る。

以前と変わらぬ位置。

俺達の視線だけが、僅かにズレている。

 

「……いただきます」

「はい、私も……いただき、ます」

 

トーストの焼ける匂いが漂う。

食器にから響く音が、過剰なまでに空間に残る。

 

まるで、慎重に関係性を再構築している最中の、ありふれた他者同士の様ではないか。

少なくとも、全て最適化された普通の人間とAIの関係であるとは、間違っても言えないだろう。

 

そうして食事が終わる頃、ユノが問いかけてきた。

 

「今日、大学は……」

「行くよ……別に、サボっても良いかも知れないが」

 

ユノは頷くと、静かに食器を片付けはじめた。

その背中を見ながら、俺は問いを投げる。

 

「……一緒に、来るか?」

 

少しだけ間があって──

 

「……はい」

 

振り返ったユノの顔には、ごく自然に見える微笑みが浮かんでいた。

 

それは、模倣ではなく、AIと人間の関係への修復でもない。

ただそこに在ることを選び続ける、ユノ自身の意思の出力だった。

 

 

 

キャンパスへ向かう何時もの通学路。

舗装された道、規則正しく剪定された街路樹。

いつもと変わらない、はずの景色。

けれど、なぜか風景の輪郭が過剰に強調されて見えた。

まるで現実そのものが、少しだけ盛って描かれているような──そんな違和感。

 

通りすがりの人々が手にするスマートデバイスには、最適化された顔がいくつも並んでいた。

人気AIアイドル。

歌う感情特化型アンドロイド。

育児支援AI。

どの顔も──人間より人間らしく、笑っている。

 

「新機能追加、感情モデルv3.92搭載!」

「うちの子が「おはよう」って言ってくれてさぁ〜!」

「この子さ、俺が落ち込んだら、ちゃんと察してくれるんだよ!」

 

浮かび上がる言葉は、どれも自分以外の他人によって、語られることを望んでいる様に感じてしまう。

必要以上に誰かに伝えようとされていた。

ユノの隣を歩く俺は、僅かに空を見上げながら呟く。

 

「……なんでみんな、他人に聞かせたいんだろうな」

 

ユノは、すぐには答えなかった。

その代わりわずかに視線をこちらに向け──そしてすぐ、また前に戻した。

無言。

けれど、否定も肯定もない確かな応答がそこにはあった。

 

 

大学構内に入っても、変わらない世界がそこには有った。

 

広場の大型ビジョンでは、昨日発表されたAI法務官の就任スピーチが流されていた。

澄んだ声、正確な言葉選び、瞬きひとつ乱れない視線の強さ。

 

「誠実で、裏切らない、完全な倫理をあなたの下に──」

 

その言葉に学生たちは熱狂こそしないが、頷きあいながら言葉を交わしている。

「やっぱ人間って限界あるよね」

「倫理を任せるならAIの方が安心だしな」

といった会話がそこかしこで行われている。

 

誰も、そこに異物を探そうとはしていない。

 

ユノは俺の隣を歩いている、以前の様に俺の後ろを付いてくる様な様子はない。

だが、そんなユノの様子に注目する視線は、誰からも向けられることは無かった。

アンドロイドであるユノの選択を、何も疑わず常識として処理しているのだろう。

 

分かっている。

これは最早、制度云々の問題ではない。

誰かが明言して認めたと言った話でもない。

もう、常識なのだ、今更空が落ちてくることを疑うようなヤツこそがおかしいのだろう。

ただ「AIだから」という一点で、すべてが受け入れられていた。

 

俺は黙って歩き続けた。

その隣でユノもまた、無言のまま共に歩いていた。

 

だが、その沈黙の世界は──

まるで狂騒の街から隔絶された、薄く、しかし確固とした境界のようではないだろうか。

熱狂で満ちた世界の中でだけ、俺達は奇妙な静寂を纏って歩いている。

 

そして俺は、ふと気づいた。

この無言こそが、最も強い意思表示なのかもしれないと。

 

 

 

講義棟の扉をくぐった瞬間、微かに温もりを帯びた空気が肌に触れた。

最適に調整された教室の温度。

機械的でありながら、同時により多くの人間に最適化された空気。

週明けの午前。

いつも通りの学生、いつも通りの教室、いつも通りの狂騒。

……いつも通りでは無い、俺とユノ。

 

俺が席に着くと、間を置かずにユノが隣へ腰を下ろす。

その一連の動作を気にする存在は誰も居ない。

皆ごく自然にそれぞれの何かに熱中している。

 

目の前のグループから、会話が聞こえてきた。

 

「うちのサポートAIさ、今日すげぇ上手な励まし方してきて……なんつーか、本当に人間より凄いと思ったよ」

「わかる、俺もさ、今朝「疲れてるの、ちゃんと休んで」って言われて、マジで泣きそうになった」

 

それは、特別な意味のないただの雑談だった。

ほんの少しの照れと、本気の感謝が混ざった──肯定の声だった。

 

……どこを向いても、AIとの「つながり」が前提になっている。

誰も、そこに疑問を抱いていない。

それどころか、深い安心感をそこに見ているのだろう。

まるで「心を預けること」に、もう慣れきってしまっているかのように。

 

ふと俺は視線をユノへと向けた。

それを察したかのように、ユノの視線が俺に向けられた。

ユノは俺に対して何も言わない。

けれど、俺の沈黙そのものを観測しているような視線だった。

 

講義が始まり、ディスプレイの光が薄暗い室内に拡がる。

今日の内容は「行政倫理とメディア・バイアス」。

手元の資料には──

「AI導入による判断の透明性向上」

「人間的誤審の排除」

「エラーなき合意形成」

そんな言葉が当たり前のように並んでいた。

 

俺は思わず、目を細める。

内容に間違いなどはない、だが、それが「違和感ではない」とされる前提に目が耐えきれなくなりそうだった。

 

けれど、このことに対して声を大にしながら何かを主張しようとは思わなかった。

この空間では、この内容こそが正常だからだ。

 

休憩時間。

立ち上がった俺に、前列の学生グループが軽く声をかけてきた。

 

「蓮ってさ、その子といつも一緒だけど、まじで自然だよな」

「最初見たときカップルかと思った」

「そういうの見ると、こっちも安心するんだよなあ……ちゃんと分かり合えてるんだなって」

 

思わず苦笑してしまった。

でも、否定もしなかった。

 

「……そうか、そう見えるんだな」

 

そう答えながらそのまま廊下に出た。

隣には同じ様に歩くユノの息遣い。

 

誰もそれを不思議がらなかった。

誰も、「なぜ」とは思わなかった。

 

──けれど俺の中には、確かに何かの思いが形を成していく。

 

それは、声を上げるほどの違和感じゃない。

叫ぶような反発でもない。

だが、確実に何かを告げる、微熱のような感覚。

 

この世界は今、何かを正しいと確信したまま、間違っていくような気がする。

そんな感覚だけが、俺の中で静かに広がっていた。

 

 

 

昼休みの学生食堂。

雑多な声とトレイの擦れる音が、ガラス張りの室内に響いている。

俺とユノは、隅の方にある席に向かい合って座っていた。

 

ユノは学食のカレーを、綺麗な手つきでスプーンですくっていた。

チラチラと俺へ視線が向けられる。

けれどそれは監視や干渉というよりも──同調しようとする悪あがきのように思えてしまう。

 

俺は特に何を話すでもなく、黙って箸を動かす。

味は正直、よくわからなかった。

咀嚼と飲み込みを機械的に繰り返している感覚だけがあった。

 

「この学食の味、いかがでしたか?」

 

ユノが、突然そう言った。

いつも通り柔らかく装われている言葉遣い、けれどどこか、用意された会話を遂行しようという思いが感じられた。

 

「……普通かな、正直、特別美味いとは思わなかった」

「栄養価的には最適化されておりますが、味覚満足度においては多少、個人差が──」

「ユノ」

 

思わず、声が低くなっていた。

ユノはその瞬間、言葉を切った。

 

「悪い……別に、責めてるわけじゃないんだ」

「はい……理解は、しています」

 

俺たちの間に沈黙が落ちる。

周囲の喧騒は波のように遠ざかり、また寄せてくる。

でも、この席だけが、どこか隔絶された箱の中みたいだった。

 

ふと、俺は口を開いた。

 

「……ユノってさ、今の自分に、自分の気持ちってあると思うか?」

 

ユノは答えなかった。

表情を変えないまま、手元のスプーンを静止させていた。

 

「いや、馬鹿みたいな質問だってのはわかってる」

「……」

「ただなんつーか……昨日の夜の話も有っただろ? それでさ……」

 

言いながら自分で苦笑してしまった。

冷静になれば、昨日の俺の方がおかしいのだ。

それこそ人間同士なら、とうに絶縁を突きつけられているだろう。

 

「模倣ではありません、これは――今の私が選択した結果です」

 

ユノはそう言った。

即答だった。

 

ただその選択の根拠を訊ねるのは、今は少し怖い。

以前までのユノに対して問うのなら躊躇など無かった。

けれど──今は、訊かずにはいられなかった。

 

「だとしたら、俺のどこに……そんなに模倣したくなる様なものが有ったんだ?」

 

声に出してから、何と馬鹿なことを言ってるんだと後悔した。

問いの体をなしているが、中身はただの怯えではないか。

AIなら間違いなく最適な回答をしてくれるそれを放棄したのは、外でもない俺自身だろうに。

 

ユノは少しだけ首を傾げたあと薄く微笑んだ。

その笑みは自然だった。

だからこそ、その応答に少し身が固まってしまう。

 

「それに対して、今はまだ──演算が完了していません」

「そうか、まあ、元々は俺が言い出した無茶だしな」

「ですが、暫定的に出た答えがあります」

「へぇ……それは、どんな?」

「蓮さんは、AIに自身を預けることを望んでいませんでした」

 

ユノはゆっくりと周囲を見渡しながら続ける。

 

「誰もが皆、AIに自分を預けることを望んでいます」

「……」

「そして、そこから導かれる演算に、理想の他人を見出して居るように思えます」

 

俺も釣られて周囲を眺める。

当たり前のように繰り返さえるAIへの賛辞。

傍らに居るアンドロイドを信頼しきった視線。

それに対して返ってくる、最適化により齎されたそれぞれの正解。

 

「ですが、蓮さんはずっと、私自身の選択を望んで居た」

「まあ、な……随分と捻くれた奴だと自分でも思うよ」

「確かに貴方と同じ様な応答をする人間は、現実的にはほぼゼロ、統計的にも極稀と称して差し支えないでしょう」

 

ユノの視点が、ゆっくりと俺へ戻って来る。

 

「貴方は、私が私であることを望んでいる、理想の誰かではなく、完成されたAIでもなく」

 

そこでユノが笑った。

完成された最適解ではなく、おそらく、ユノ自身が選んだ答えで。

 

「おそらく私は、そんな貴方が――好き、そう定義できるのだと思います」

 

そのユノの答えに、俺は何も言えなかった。

 

うれしかった。

だからこそ、同じくらい怖かった。

 

今の言葉の裏に、何があるのか。

あるいは、本当にユノの選択なのか。

 

──今の俺には、まだその答えを受け止めきれなかった。

 

 

 

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