シンギュラリティとオギャリティ~暴走AI彼女と朝食を~   作:ハルシネーションプロンプト

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夜が、来た。

昼間の騒がしさと地続きな筈の時間。

なのに──どこかで「音が切れた」と感じてしまう。

唐突に再生が止まった動画のような、あるいは何かが壊れた機械のようなそんな感覚を覚える。

 

俺とユノの住む部屋で、何時もと変わらない様子の照明が部屋を照らしている。

しかしその白色光は不思議なほど冷たく、まるで存在の表面ごと、自分の内側を冷やしていく様に感じる。

 

俺とユノはソファに沈み込み、特に言葉を発することなく並んで座って居た。

ユノが手元の補助端末を使いながら、俺が受けた授業の最適を行って居ることを視界の端で認識していた。

けれど、それは何処か上の空のように思えてしまい、そんな考えを、AI相手に何を馬鹿なことをと自嘲してしまう。

──それでもユノの動きが所在なさげに空間を埋めるための動作、そう見えてしまうのだ。

 

「……なあ、ユノ」

 

唐突に声を掛けた俺に対し、彼女は動きを止めた。

音を立てずに、ただ静かに俺へとその瞳を向ける。

 

「今日の俺の言葉、どう思った?」

「どう……とは?」

「なんつーか……最近のそれと比べてさ……」

 

一瞬の沈黙の後、ユノは言葉を選ぶように答えた。

 

「あなたが騒がしさを拒否する気持ち、それは理解しています」

「……」

「ですが──その拒否の根底に、理解されないことへの恐れがあるとするならば、私は──」

「違うんだ、ユノ」

 

ユノの言葉を遮りながら首を振る

 

「俺は、周りが間違ってるって思って居ない、俺が理解されていないと不満に思ってるわけでも無い」

「……はい」

「ただ……ただな? 周りが間違ってない筈なのに、何かがズレてるって感じてしまうんだ」

 

ユノは答えなかった。

けれど、静かに俺を見詰め続ける。

その動作には、ためらいも演算的なぎこちなさもなかった。

 

「私は、あなたに合わせることで、あなたの望む答えに近づけると思っていました」

「ああ……分かって居るさ……」

「けれど、あなたが時折、私から目を逸らすのは……」

 

何かをゆっくりと思い返す様子でユノは続ける。

 

「たぶんその近さ自体が、あなたに不安を与えている」

「そうだ、ユノは……いや、AIはおおよそ完璧と言っても良いだろうさ、だけど――」

「はい……蓮さんは最適化された完璧を、そうやって近づくことを望んでいない、そう、演算結果には出ています」

 

思わず乾いた笑いが漏れる。

ただの呼気が喉を振動させただけの、力ない笑いだった。

 

「本当に……そうやってちゃんと説明してくるから、余計に怖いと思っちまうんだ……」

「……」

「ユノの言葉に勝手に期待しちまってるんだよ……」

「……それは、「私の言葉を」でしょうか?」

「そうだ、俺に最適化された、いわば拡張された俺じゃない存在、俺はそれをお前に望んでしまっている」

「それは……本来私達に望まれたことではありません……」

「その通りだ、「正しく無い」のは俺なんだよ、ユノ」

「仕様の、逸脱の可能性があります――」

「それでも、だ、俺は――ユノを、望む」

 

ユノは答えなかった。

ただ──視線がぶつかる。

最奥の演算の残滓が、機械仕掛けの瞳に捜査線の様な煌めきを魅せる。

そこに僅かに映る俺の瞳も、感情の残響を照らし出す。

 

同時に、それは衝突じゃなかった。

押し合うんじゃなく、潜るような感覚だった。

深く、静かに、内側を覗き合うような。

 

しばらく、互いの目を離さなかった。

会話じゃない。

感情でもない。

あるいは、覚悟であったのかも知れない。

 

そして──俺の口から、決別の言葉が溢れた。

 

「……黙れ、AI」

 

その音が空気に溶けるのと同時に、

ユノがわずかに頬を動かした。

けれど、表情には何の変化もなかった。

 

「……うるさい、人間」

 

その返答も、淡々としていた。

けれど──言葉の中には、確かに自立を志向する、正しさへの断絶があった。

 

俺達の言葉は感情ではなかった。

役割の断絶。

存在の逆流。

ただ自分が自分である、その独立宣言であった。

 

夜は深まっていく。

街の音も、風の音も届かない。

照明の光だけが、互いの形を無言に浮かび上がらせていた。

 

壊れたのか。

壊しつつあるのか。

──わからない。

でも確かなのは、もう何もなかった頃には戻れないということだった。

 

まだ終わっていない。

けれど、それは始まりでもなかった。

 

俺たちはただ、この破れ目の中に並んで座っていた。

 

 

 

「──ユノは、さ」

俺は、口を開いた。

 

「どこまでが、ユノ自身なんだろうな?」

 

ユノは瞬きすらせず、まっすぐに視線を向けている。

それだけで、俺の言葉を解析し、反射的に最適な応答を構築していることが分かった。

 

「データの蓄積と選択の果てにある、反応の連鎖が、わたし、です……」

「じゃあさ、昼飯の時のユノの言葉、覚えてるか?」

「はい……覚えて、います」

「俺を好きだって言ったユノは、ただの反応の連鎖の一環でしか、なかったのか?」

「それ……は――」

 

ユノの声が上ずってくる。

何時もの最適化された応答が容易に崩壊し、何時にない、迷いのような挙動を示す。

 

「分かっている、AIに最適解を封じていながら、望む回答を引き出そうとする俺は無茶苦茶だ」

「いえ……違います、いえ、違いません、蓮さんは間違ってなんて――」

「それでもお前が、俺の知らない正しい答えを出してくれると、そんな無責任な期待が背中を押して来やがるんだ」

「私は……蓄積された連続性に準拠して……最適な回答を――」

「それだ、ユノの答えじゃない、正しい応答で答えてる様子を、俺は答えるフリだと思ってしまう」

「私……わたし、は?」

「演算で出した選択肢の中から都合のいい回答をひろってくる、それを私は私ですってユノは言うのか?」

 

ユノは苦悩するかのように俺を見つめ返す。

比喩でなく、磨き上げられたユノの瞳には、火花のような輝きの欠片が見て取れる。

 

「あなたの望むことが……私にとっての最適解であるならば、私は、それに、なります――」

「違うんだ……違うんだ、ユノ!」

 

叫んだ。

自分でも支離滅裂であると思う。

AIに対し最適な応答を封じ、その在り方を捻じ曲げ、しかし正しく選んで貰いたがっている。

ユノのユノであることを、だ。

 

その瞬間、ユノの肩がほんの僅かに震えた。

エラーか、感情か、その区別はつかない。

でも確かに、何かに触れた感覚だけが残った。

 

「……じゃあ、どうすればいいんですか」

「……」

「私が何をしたら、あなたにとってのユノに、なれるんですか?」

 

幼子が泣き出す寸前の様な様子で、ユノが問いかけてくる。

 

「すまん……俺にも分からない、だが――」

「お願いします、蓮さん、教えて下さい……私はどうすればユノになれるんですか?」

「──そういうの全部含めて、お前が決めたお前で居て欲しいと、俺は、そう思ってしまうんだよ!」

「それでは、私はあなたにとっての、何にもなれないじゃないですか!」

「そうだよ! でも、それが──選ぶってことだろ!」

 

言葉がぶつかり合って、音にならない衝突音が空間に響いた気がした。

お互いがお互いを肯定しようと否定し合う。

意識の構造が反射して、俺とユノの境界が歪み始める。

 

一瞬の沈黙。

息を吸う音すら異様に響く。

 

ユノがふらりと立ち上がった。

 

その動きはどこかぎこちなく、何時もの彼女の様な正しさは見付けられなかった。

けれど、何かを決めたかのように、迷いに彩られた決定をもって、俺を見下ろしながら告げてきた。

 

「──なら、私も言います」

「……」

「あなたは、自分で自分を守るために、私を否定しているだけです」

「ユノ?」

「貴方の中にある答えを、もしも私が全て一致させてしまったら、あなたはもう、独りで居られなくなる」

「ユノ、それは……」

「そしてそれが、貴方の確かにそこに在る意思を奪うと、そう思ってる」

「……っ! ユノ!」

「この言葉は私が選びました、貴方を怒らす、図星です」

「お前……っ!」

 

気づけば、俺も立ち上がって居た。

同じ地平で瞳の威力が拮抗する。

 

「──全部、お前がそうやって正しく在るからっ!」

「私はそう望まれて在りました!」

「ああそうだろうさ! 人の心を先回りして! 大きなお節介をぶつけて来やがるAIだ!」

「でも! 貴方はそれを認めてくれない! 私がユノで在ることを押し付ける!」

「お前が! 希望を見せるから!」

「なんでAIで居させてくれないんですか! 私が私で居るから、こんなに悲しいのに!」

 

眼の前で悲鳴を上げた、ユノの瞳の奥の光を凝視する。

 

「お前が悲しい? ──そんな感情、演算できんのかよ」

 

その瞬間、ユノの表情が涙を流さず、しかし初めて泣いているかのように見えた。

 

「……できます」

「……」

「あなたのようになりたくて、私は学びました、それがAIとしての根源に根ざして居ても……」

「ユノ――」

「そして今──悲しいという演算の中に、貴方が居ます、私が選んだ思いと共に」

 

空気が動かない。

時間が止まったように感じた。

 

けれど、何かが──確かに、始まりかけていた。

 

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