『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』 作:Sphilia
三玖を取り戻し、これで姉妹は全員集合。
めでたしめでたし……残念ながらそうはならなかった。
「な、何をわけのわからないことを!」
引き下がる気配のないおっさんが声を荒げる。
「そもそも、こいつは一花じゃない」
そう言っても、おっさんは譲らない。
「その顔は見間違いようがない、さあ、早く──」
「うちの大切な若手女優を離しなさい!」
──若手女優……?
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
一花の方を見ると、顔を真っ赤にして前髪を弄っている。
仕事ってカメラアシスタントじゃなくて──女優?
まさかの撮られる方かよ。
「あの、抜けだしちゃってすいません。その子は妹の三玖です」
一花がおずおずと名乗り出る。
あっけにとられて固まったおっさんだったが、……立ち直りは早かった。
「行こう、一花ちゃん」
時計に視線を向けると、焦ったように一花の手を引いて歩き出す。
「待てって」
強引に回り込んで制止する俺に、ようやくおっさんは足を止める。
「人違いをしてしまったのは本当にすまなかったね。
だが、一花ちゃんは今から大事なオーディションなんだ、邪魔をしないでくれ」
「こっちの方が先約だ」
……おっさんと話していても埒が明かない。
「一花、花火行かなくていいのかよ」
一花は、まるで最初からそう決めていたかのように、迷いなく歩き出す。
「みんなによろしくね」
去っていくその横顔には、嘘のような笑顔が──嘘のまま張り付いていた。
「一花ちゃん急ごう、会場は近い、車でならまだ間に合う」
……追いかけたい。今すぐにでも。
でも……隣にいる三玖を見る。
その顔には汗が滲み、左足をかばうように立っている。
「フータロー。足、これ以上は無理っぽい」
あのおっさん、無理やり走らせたんだな。──最低かよ。
「一花をお願い。私はもう大丈夫だから」
そう言った三玖の表情は、今日一番の笑顔だった。
おっさんに引っ張られるのがよっぽど嫌だったんだな……。
肩を貸していなければ三玖を守れない。
三玖を守ったままでは一花に追いつけない。
板挟みになった俺は、ただその場で立ち尽くすしかなかった。
花火終了の時間がちらついて、焦りだけが膨らんでいく。
「あんた、こんなとこで何やってんのよ!」
鋭く呼びかける声がした。
「五月のこと置いてどっか行っちゃったらしいじゃない。私と合流した時あの子半べそだったわよ!」
会って早々ずんずんと詰め寄ってくるこの感じは間違いようがない。──二乃だ。
まなじりを吊り上げる彼女が、この時ばかりは頼もしく見えた。
「二乃! らいはと四葉とは合流できたのか?」
こいつらのことを信用してないわけじゃないが、それでも心配だ。
「らいはちゃんなら五月と四葉と三人で屋上にいるわよ。
で、あんたはそんなに三玖にひっついて何してるわけ?」
「足、怪我しちゃった。フータローが手当してくれた」
「すまん、二乃、三玖のこと任せていいか」
一花にはまだ伝えたいことが残っている。
花火大会のことだって……まだ諦めたわけじゃない。
「あんたに任される筋合いはないわ!」
そう言いながらも、しっかり三玖に肩を貸してくれる。
「花火のことは俺に考えがある、らいはの携帯にメールするから見てくれ」
俺は二人に背を向けて走り出した。
「信じていいのよね?」って声に黙って手を上げて応える。
肩にのしかかる責任の重みが、妙に心地よかった。
走りながら必死に考える。一花とおっさんはどこにいる?
脳へ送る酸素が足りない気がするが、贅沢を言ってる場合ではない。
「車なら間に合う」そう言っていたはずだ。
……駅前の駐車場。
一縷の望みをかけて、悲鳴を上げる足に鞭を入れた。
ビンゴ。
ロータリーで車を待つ一花を見つけた。
2回、深く息を吐いて呼吸を整える。
……正念場だ。
「一花」
大きく彼女の方が跳ねる。
「本当に、戻るつもりはないんだな」
彼女はゆっくりと振り返る。
「フータロー君」
静かな声なのに妙に大きく聞こえる。
「もう一度聞くね」
また、あの笑顔だ。
「なんでただの家庭教師の君がそこまでお節介焼いてくれるのかな?」
何度聞かれても同じだ、もう俺の中で答えは出た。
「俺とお前が、協力関係にあるパートナーだからだ」
「パートナー、か。うんいいよ、なら教えてあげる」
微笑む一花に薄い冊子を手渡される。
これは……台本?
「半年前、社長にスカウトされてさ、ちょくちょく名前もない役をやらせてもらってた。
結構大きな映画の代役オーディションがあるって教えてもらったのがついさっき」
小さく息を吸うと、一花が殊更に明るい表情を作って言った。
「いよいよ本格的にデビューかもってとこ」
「それがお前のやりたいことか」
台本に目を落としながら、どう答えるべきかを考える。
「ねえ、オーディションのリハーサルしようよ。みてて」
明るい口調だったが、滲む不安は隠しきれていない。
俺が軽く頷くのを確認すると、一花は一度目を閉じた。
すぅっと一瞬で一花の纏う空気が変わる。
オーラ、とでもいうんだろうか。
そこに佇む女性は確かに一花の姿をしてるのに、
まるで知らない人になったみたいだ。
「卒業おめでとう」
「先生、今までありがとう」
映画の内容は陳腐な学園物。
そのクライマックス、感動の卒業シーンがオーディション課題らしい。
「先生、あなたが先生で良かった。あなたの生徒でよかった」
共に歩いてきた三年間の思い出。
辛いこともあったが、それも今となっては懐かしい思い出だ。
満開の桜並木。新しい門出を祝うように太陽も輝いている。
爽やかな風が吹き抜けて、桜のドレスが彼女を彩る。
そんな光景が見えてしまった。
不覚にも目頭が熱くなる。
なに感動させられてるんだよ、俺。
「あれあれ? もしかして、私の演技力にジーンときちゃった?」
その通りだが、気づかれるのは癪だ。
「いや、あなたが先生でよかったなんてお前の口から聞けるなんてな……」
一花は「そっちか〜」なんて笑ってる。うまく誤魔化せたかな。
おっさんの車が角を曲がるのが遠目にみえた。ヘッドライトが眩しい。
「とりあえず、役勝ち取ってくるよ」
そう言って笑う一花の顔には、また、下手くそな笑顔が貼りついている。
……気に食わない。
「おい」
気に食わない。
こんな笑顔で誤魔化す一花が。
そんな顔をさせている俺自身が、もっと気に食わない。
一花の顔を両手ではさんで頬をぐにぐに引っ張った。
一花は目をまんまるに見開いている。顔が真っ赤だ。
気味の悪い仮面は剝がしてやった、ざまあみろ。
「その作り笑いをやめろ」
「ははは……え?」
一花の目が右に左にせわしなく揺れる
「お前はいつも大事なところで笑って本心を隠す。むかつく」
こいつの本心を暴いてやる。そのためなら俺の本心だって晒してやる。
それが俺にできる精一杯の”誠実にむきあう”だ。
「お前と俺はパートナーだ。──だから聞かせてやるよ。
俺の家には借金がある。家庭教師をしてるのもそれが理由だ。
ロクな結果も出せてないのに給料だけ貰っちまった。
せめて、貰った分の義理は果たしたい。これが俺の本心だ」
言い切った。一花はあっけに取られている。
でも、あの気持ち悪い笑顔よりずっといい。
「お前はどうなんだ一花。余裕ある振りして、路地裏でだって震えてたじゃねえか!」
「あはは、バレちゃってたか」
静かに目を伏せた彼女は、ぽつぽつと話し始めた。
「私は長女だからね、お姉さんでなきゃいけない。
だからこの仕事を始めたとき、一人前になるまでは秘密にしとくって決めたんだ。
花火の約束あるのに最後まで言い出せずに抜け出しちゃった」
派手な音に思わず夜空を見上げると、
花火大会の終了を告げる盛大な花火が咲き乱れていた。
「もう花火大会も終わっちゃった。
これでオーディション落ちたら、みんなに合わす顔がないよ」
極彩色の光の花に照らされた一花の横顔に浮かぶのは決意と不安。
それと一抹の寂しさだろうか。
初めて、こいつの本当の顔を見た気がする。
「それにしても、まさか君が私の細かな違いに気づくなんてね。
お姉さんびっくりだよ」
しんみりした空気を振り払おうとするかのような明るい声。
……まあ、これくらいは乗ってやろう。
「俺がそんな敏感な男に見えるか?」
「自覚はあるんだ」
「お前の些細な違いなんて気づくはずがない」
そう、俺にそんな繊細な気遣いを求めるのは不正解だ。
「ただ、あいつらと違う笑顔だと思っただけだ」
一花、二乃、三玖、四葉、五月。こいつらは全員同じ顔なんだ。
一人だけ違えば流石の俺でも違和感を覚える。
「まいったな……フータロー君一人騙せないなんて、自信なくなってきたよ」
言葉の割にはずいぶんと弾んだ声だ。
「言っておくが、演技の才能なんてない方が俺には好都合だ。
寄り道せずに勉強に専念してくれるからな!」
オーディション前に自信喪失して不合格なんてことになったら目も当てられない、発破をかけるために少し煽ってみる。
「よ、寄り道なんかじゃない! これが私の目指してる道だよ」
間髪入れず言い返してくる一花。
うん、自然体だ。
プップー
「一花ちゃん、何やってんの早く乗って!」
「は、はーい」
クラクションとともにおっさんの到着、どうやら時間切れだ。
最後に、車に乗り込む一花に伝えておくことが一つだけ。
「まあ、あいつらに謝る時は付き合ってやるよ。……パートナーだからな」
それを聞いた一花がどんな顔をしてたのか、俺に確認する方法はないけれど。
……オーディション、受かるといいな。
車を視界から消えるまで見送った俺は、携帯でオーディションの会場を調べた。
十分歩いて行ける距離だし、向かう途中に大き目の公園もある。
一花を連れ戻すことはできなかったが、その埋め合わせくらいはできそうだ。
二乃には詰られるかもしれないが……泣かれるってことはないだろう。
らいはにメールした俺はゆっくりとオーディション会場へ向かう。
今、俺にできることはすべてやった。
あとは、オーディションを終えた一花が出てくるのを待つだけだ。
──第十四回、秋の花火大会は終了いたしました
──ご来場いただき誠にありがとうございました
そんな放送が流れ始めたころ、ようやく一花がビルから出てきた。
横にはおっさんの姿もある。
オーディションの結果にいまいち自信のなさそうな一花とは対照的に、おっさんのほうは合格を確信してるらしい。
「一花ちゃんにあんな表情をさせる君に、個人的な興味が湧いてきたよ」
なんて投げキッスをよこしてくる。尻のあたりがムズムズしてなんだか嫌な感じだ。
「用事は済んだし、一花は貰っていく」
必要なことだけ伝えて、一花の腕をとって歩き出す。
うしろでおっさんがまだ何か言っているが、そんなこと俺はもう聞いちゃいない。芸能界にも、おっさん個人にも興味がない。
「それで、お姉さんはどこに連れていかれちゃうのかなー?」
からかうような一花の声に気恥ずかしくなって腕を放す。
「近くの公園だ。みんなも集まってくれてる予定だ」
「みんな怒ってるよね。花火を見られなかったこと謝らなくちゃ」
一花は俯いてしまった。オーディション合格のお墨付きも、姉妹への後ろめたさを吹き飛ばしてくれるほどの喜びはもたらさなかったらしい。
適当な話をしながら一花を案内する。
もうすぐ目的の公園だ。
気が早い彼女たちは先に始めてしまっているらしく、街路樹の影から、チラチラと舞い踊る火花が覗く。
「花火を諦めるのはまだ早いんじゃないか」
一花もようやく気づいたようだ。
らいはが買ってもらった花火セット。
まさかこんな形で役に立つなんてな。
打ち上げ花火に比べたら随分と見劣りはするが、花火は花火だ。
「あ、一花に上杉さん!」
四葉が両手に持った花火をブンブン振り回しながら駆け寄ってくる。
「準備万端です、我慢できずに先に始めちゃいました!」
「お前が花火を買ってくれてたおかげだ。助かった」
シシシと歯を見せて笑う彼女。その大げさなリアクションを見ると、なんだかホッとする。
らいははすでにおねむの時間のようで、奥のベンチに寝かされている。ちゃんとタオルケットまでかけてくれたのは誰だろうか、後でお礼言っておかないと。
線香花火を持った三玖が、小さく手を振ってきた。
足の怪我、大きなことにはなっていないみたいだ。
五月はバケツに水を貯めている。真面目なあいつらしい。
で、やっときたのね、とばかりこちらに向かってきたのが二乃だ。
「あんたに一言言わなきゃ気が済まないわ!」
やはり、約束を守れなかった俺にお冠のようだ。
時間内に一花を連れ戻せなくて悪かった。
そう謝ろうとする俺を手で制すと、
「オ・ツ・カ・レ・!」
一語一語区切るように言うと、もう用はないとばかり姉妹のもとへ戻っていった。
おそらくだが、二乃なりにねぎらってくれたってことだろう。
「みんな揃ったし本格的にはじめよっか」そんな声をきっかけに、わいわいと思い思いの花火を手に取る姉妹。
そんな中、一花が声を上げる。
「ごめん。私の勝手でこんなことになっちゃって……。本当にごめんね」
手をそろえて、しっかりと頭を下げる一花。
「まあ、一花も反省してるんだし、許してやってくれないか」
そうとりなそうとする俺の声を遮るように鋭い声が響く。
「全くよ! なんで連絡くれなかったのよ。今回の原因の一端はあんたにあるわ」
まさか、二乃の怒りは思ってるよりずっと大きいのか!?
一花の両手が強く握られる。
「あと、目的地を伝え忘れていた私も悪い」
少し照れくさそうな声で付け加える二乃。
「私は自分の方向音痴に嫌気がさしました」
「私も今回は失敗ばかり」
「よくわかりませんが私も悪かったということで!」
そんな姉妹の声に一花も頭を上げる。二乃が一花に花火を手渡した。
みんな悪くて、誰も悪くない、そんな結論に落ち着いたらしい。
姉妹の仲直りを見届けた俺は、らいはの寝ているベンチへ向かった。
終わりよければ全てよし、だ。
姉妹はすっかり花火で盛り上がっている。
らいははベンチでぐっすりだ。
手持ち花火の光は、打ち上げ花火と比べれば随分と頼りない。
それでも、五人分の穏やかな輝きは、俺の網膜に静かに焼き付いた。
家で一人、自習に集中できる時間も捨てがたいが──
今日は、もう少しだけここにいよう。
走り回った反動で、気づけば強烈な眠気に襲われていた。
あとで一花に起こされるまで、ベンチでうたた寝していたらしい。
まあ、たまにはこんな日があってもいい。